中華風ファンタジー大河ドラマ的世界で皇太子なんだが後宮薬漬け傀儡エンドは嫌すぎる   作:独活ノ苔玉

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バトル!


オカマチェイサー

 

 

 

 暗殺者集団〈暗翳蛇道宗(あんえいじゃどうしゅう)〉──。

 氷雪姿には幾つもの犯罪組織、邪教結社、殺人道場が存在しているが、〈暗翳蛇道宗〉は如何にもな名前の通り、暗殺に特化した専門組織だ。

 黒色の頭巾を被り、蛇を模した刺青を彫り、暗器を用いた毒殺を特に得手とする殺し屋ども。

 

 暗翳──それすなわちは、(くら)(かげ)そのままを意味し。

 蛇道──それすなわちは、死して蛇身に生まれ変わる因業に満ちた運命を指す。

 

 暗翳蛇道宗とは、言うなれば暗殺に生きる人生こそを本望と定めてしまった、根っからのイカレポンチカルトである。どんだけ人殺したいねん。頭おかしいんとちゃうか?

 間違いなくおかしい。

 ちなみに、毒殺を得手とすると言ったが、気功や妖術も使うヤツは使ってくる。

 俺は背後から猛スピードでこちらを追跡してくる変態のおかげで、ようやく黒頭巾の暗殺者について正体を察していた。

 まぁ、察したところで、事態は何も変わらなかったが。

 むしろ、敵のヤバさがよりハッキリとしてしまったことで、ストレスホルモン……ノルアドレナリンが脳内でドピュドピュ過剰分泌されている。……ぅ、オエッ!

 

 ──自分、吐いてもいいっすか?

 

 

「チィッ……! 意外と逃げ足が速いわねッ、皇太子! 絶対逃がさないわよッ!」

 

「イヤあぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ──!!」

 

 

 変態は足がとても速かった。

 しかも、大柄で筋肉質な体型をしているのに、足音はひとつも立てない。

 あんなナリをしているクセ、身のこなしは一流の暗殺者だ。

 下腹部に彫られた、とぐろを巻いた蛇の刺青。

 抜き身の刃もさながら、鋭く屹立した男のアレ。

 黒頭巾に全裸というふざけた格好はもちろん、視界に飛び込んでくる情報は、どれも淫猥で極めて嫌悪感を醸す記号の羅列だ。

 

 このオカマの名は、(バン)亜門(アモン)

 

 暗翳蛇道宗の幹部に名を連ねる、ウルトラ変態暗殺拳の使い手である。

 過酷な修行と複数の肉体改造により超軟体体質で、脱臼を自在とし、ナメクジのように地面を這ったり、猫や犬が通るような道でも楽々通り抜けるといったキモキモ生態を持っている。

 万・亜門の暗殺は、そういったキモキモ生態を活かしての狭所を利用した潜入、隠密、ターゲット撃破の流れが多い。

 服を脱いでいるのは、状況によって骨格レベルで体格が異なり、グニャグニャと身体が捻れることもあるため邪魔だからだそうだ。

 あと、戦闘中というか仕事中は、常に興奮状態のため血流が加速して勃起が止まらない。

 そんな、ゴミも同然の情報を公式ファンブックで補足された唯一の男だった。

 可能ならばその存在とともに、一刻も早く我が海馬から消し去りたい。

 

 しかし、万・亜門は残念なことに、己が肉体こそを至上の暗器と誇るオカマ。推定三十路。

 

 気功の操作にはかなり長け、内気の練りなど俺より遥かに巧みだ。

 ドラマでは、中盤、勢力をつけ始めた皇太子を牽制するため、()()()の一派に雇われ玉瑛の前に姿を現す。

 床板の隙間からサダコみたいにカラダをボキボキ鳴らして登場したシーンは、今でも鳥肌ものだ。

 さすがに常時鋼鉄を弾いたり、斬られても傷一つ付かないなんてコトは人間なのでないだろうと思うが、並の剣士じゃパパッと武器破壊されて容易に始末されてしまうだろう。つまり俺は危うい。

 また、寸勁(すんけい)と呼ばれる実際の武術打法があるが、亜門はそれをゼロインチで気を乗せて打ってくるし、何なら衝撃波による遠隔攻撃も可能としている。

 

 ──威力は、たしか掌底を食らったゾンビの体が五体爆散する程度。

 

 尸解仙のなり損ないとはいえ、そこそこの神通力を与えられたバケモノでさえ、簡単に爆殺されてしまう。頼むから世紀末に帰ってくれ。

 

 

「護衛──! 出てこいッ、護衛──!

 ……クソっ! なんで今日はこんなに助けに来るのが遅いんだ……!?」

 

「ハッハッハッ! さては見捨てられたんじゃないのォ!? ザマァないわねェ!」

 

「チクショウ!」

 

 

 悪態をつかずにはいられない。

 この様子じゃ、たぶんだが宮殿常駐の衛兵たちも買収済みか脅迫済みか。

 あるいは、天萬のクソ野郎ではなく背後の変態に始末されてしまったのか。

 日頃から、俺の身辺にはロクな警護がつかないことで有名だが、今日はさすがに様子が違う。

 普通、これだけ皇族の寝所が騒がしくなれば、誰かしらは状況を把握しに動き出すものだ。

 俺がいったい、何のために恥も外聞もなくこうして叫び散らかしてると思ってる?

 すでに走り始めて体感百メートルを超えた。

 あと幾許かの敷居を股げば、皇族以外の人間の生活圏にも届く。

 だってのに、これだけ泣き声をあげても未だに誰の気配も感じない。

 どうやら、事前に人払いまで徹底されたのか……!?

 亜門の嘲りも、それが分かっているから躊躇いが無いのかもしれない。

 

 

「……っ」

 

 

 息を飲み、俺は逃走経路を第二のプランへシフトさせる。

 こうなったら、採れる選択肢は数えるしか無い。

 蒼・空燕。

 あるいは狩・雲鷹。

 俺が助けを乞えば、間違いなく救いの手を差し伸べる人間。

 彼らに助力を求める。

 

 ……一瞬、天萬の野郎のとこまで駆けつけて行って、強制的に鉄火場に巻き込んでやろうかとも思ったが、アイツの私室は同じ宮中でも一里──三キロは遠い。

 それに、ヤツ自身が今晩どこにいるのか、正確なところはまったく分からないし、仮にも皇太子暗殺の恐れがある夜に、野郎が宮中に留まっているとも思えなかった。

 

 ならば、確実なのは居場所を抑えている二人の師の内どちらかを頼ることだ。

 

 狩・雲鷹は皇族の狩猟指南役とは別に、日頃の宮中料理の元となる食材調達の仕事も担当している。

 利便性と実利を取る男なので、普段の寝食は厨房近くの食材貯蔵倉──そのちょっと隣にある庭園豊かな庵。

 ネックなのは、狩りというどうあっても生き物の殺生と切り離せない仕事の都合上、皇族()の現在地からはやや遠い点だ。

 しかし、行けば確実に鉈などの武器も手に入り、雲鷹を敬愛する狩猟衆の男たちも味方につけられるだろう。

 日頃の宮中散歩が役に立つ。

 

 一方で、蒼・空燕の場合は時間と距離という面で遥かにメリットが高い。

 なぜなら、空燕先生が仮の住居としているのは、〈雪華宮〉──俺が所有しているあの小離宮だ。

 身重の白銀姫に鳳皇が唯一贈ったとされ、すなわちは皇族にとってプライベートな空間。

 今じゃもっぱら俺ばかり行き来している場所だが、あそこであれば雲鷹の庵よりも近い。

 空燕先生の俺への好感度もこの頃は妙に上がっているし、〈蒼家飛燕流剣術〉が華麗にオカマを切り裂いてくれるだろう。南無三ッ!

 

 ──逡巡は刹那。

 

 俺は迷いを切り捨て、〈雪華宮〉へと舵を切った。

 単純に考え、体力の持続を懸念したからだ。

 しかし!

 

 

「──バァッ!」

 

「なっ!?」

 

「追いかけっこはおしまいよん」

 

 

 万・亜門はついに俺を追い越すと、ふざけたニヤケ眼で首根っこを掴み、そのまま思い切り明後日の方向へ投げ飛ばした。

 

 身体が宙を舞う感覚。

 

 そして墜落。

 俺は咄嗟に頭を丸め、ゴロゴロと庭の石畳を転がった。

 背中や太もも、肩などをしたたかに打って超痛い。

 擦過傷もたくさん出来たし、は? めちゃくちゃ痛いんだが?

 痛覚信号の告げてくる純粋な刺激の嵐に、俺は思わず「グホッ!」と呻いた。

 

 ──あぁ……これは、ちょっとマジィなぁ……

 

 ヨロヨロとふらつきながら立ち上がる俺に、亜門はニヤニヤした顔で歩み寄る。クソが。まさに最悪としか言えない。

 なんだって俺は、こんなド変態に苦しめられなきゃいけないんだ?

 

 

「せめて、まともに服を着ろよ……!」

 

「あら。私、他人に見られて恥ずかしい身体はしてないのよね」

 

「存在が恥ずかしいことを自覚しろッ!

 ……つか、ならなんで顔は隠してんだよッ!」

 

「そりゃ、暗殺者の基本じゃない。

 私たちは、暗き翳に生きる蛇道の徒……殺し殺され因果に生きる。

 でも、だからって手を抜いていいワケじゃない。

 ちゃんと素性を隠して、ちゃんと恨みを買って、いずれ誰かが正体を暴くまで、素知らぬ顔をして天下の往来を闊歩する。

 ──それこそ、暗殺者にとっての華ってものだと思わない?」

 

「……」

 

「ま、生まれながら高貴な出自の貴方には、難しい話でしょうけどねぇ」

 

 

 亜門はペラペラと語った。

 聞いたのは俺だが、これから殺そうって相手を前にして、なんてお喋りなヤツなのだろう。

 悪党には悪党なりのポリシーだったり矜恃があるってか?

 被害者にとっちゃ、知ったこっちゃねえ。コイツら全員、クソ喰らえだ。

 亜門も天萬も、天萬に手を貸した連中も、いずれ必ず処刑台に送ってやる。

 

 ──おおっ、憎しみの炎よ! 今だけ我に力を与えたまえ……!

 

 俺は覚悟を決めた。

 懐から護身用の短剣を取り出し、空燕先生に教わった通りカラダを揺らす。

 右に左に、呼吸を意識し……

 

 

「……無様ね。剣を抜くのはいいけど、フラフラじゃない。頭でも打った? いいのよ? 諦めても。

 最初から、子どもが私に勝てるワケがないんだし。

 それに貴方、皇族なのに(ゲート)だって閉じてるでしょ?」

 

 

 それでよく、あそこまで走ったものだわ。

 亜門は褒めるように猫なで声を発する。

 俺は黙ったまま、身体を揺らし続けた。

 バカが気分よく騙されてる間に、可能な限り準備を整える。

 

 

「──────」

 

「……そう。いえ、よく分かったわ。その歳にして良い覚悟ね。

 さすがは鳳家の血筋ってところかしら?

 父親は何も考えていない荒くれ者だし、疾うに腐り果てたと思っていたけど……、貴方はもしかすると、いい皇帝になったのかもしれないわね」

 

 

 過去形で語る亜門は、すでに己が優位を確信し、俺という弱者を完璧に侮っていた。

 悪党の驕慢、外道の思い上がり。

 きっとコイツは、こうして何人も殺してきたんだろう。

 偉そうに、上から目線で、自分に酔いしれながら。

 俺のふらつきは、一定の律動(リズム)を得て『舞』の初動となっている。

 だが、驕り高ぶる亜門はそれに気づかない。

 目の前のクソガキが、自分に歯向かうだなんて想像すらしていない。

 逃げるしか能の無い生贄だと思い込んでいる。まぁ、実際それは否定できないが。

 

 

「──ふぅ。よく見ると、将来は結構いい男になりそうだし、本当に惜しいわぁ……でも、これも仕事なのよねっ!

 分かった。じゃあ、最後に貴方に敬意を表して、一撃くらいは許してあげる」

 

「え、いいのか? なら遠慮なく」

 

「ふぁ?」

 

 

 俺は八割がた閉ざしていた(ゲート)を、一気に全開させた。

 途端、内気が充足し身体中に力が漲る。

 そのまま、俺はひらりと身を虚空に踊らせ、呆ける亜門を逆袈裟に斬り上げた。

 血が、盛大に吹き上げる。

 

 

 

「────ンなっ、なぁァんでっっすッッてえェェェェェェェェエェェェエェ──ッッ!!??」

 

 

 






窮鼠猫噛みっ(プリーズ高評価〜)


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