アンチョビが画面から出てきた   作:とにざぶろう

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2017年11月6日~11月12日

 2017年11月6日。月曜日。

 

 少しだけ痛みの残る頭を抱えながら寝室を出ると、普段の我が家にはない香りが漂っているのに気付く。

 

 違和感を覚えながらもシャワーを浴びて洗面室でじゃこじゃこと歯を磨いていると、「おはよお」と声が聞こえた。

 視線を送ると、ドアの隙間から半分だけ、彼女が綺麗な顔を覗かせている。

 そこでようやく俺は、アンチョビが我が家にやってきていたことを思い出した。

 

「おはよう、何で隠れてるの?」

 

「うう、終わったら言ってくれえ。わたしも着替えたい」

 

 あぁなるほど、寝起き姿をあまり晒したくないんだな、と合点する。

 ぺっぺっと口内の水を吐き出しゆすぐと、ワックスで髪型を整え、寝室へ戻りスーツへ着替える。

 

「じゃ、会社へ行くので」

 

 ドアごしに洗面室の中へ声をかけると、すぐさまアンチョビの声が返ってきた。

 

「もう行くのか!? 朝食はどうした!?」

 

「会社でコンビニ飯。あんまり時間ないし」

 

「駄目だ駄目だ! パンを焼くから待ってろ!」

 

 扉が開く。

 アンチョビは髪を解きフリースのパジャマという出で立ちだ。ほう。

 

 まだシャワーも浴びていないだろうに彼女は先程の恥じらいなど忘れたかのようにキッチンへ向かい、器用にフライパンで食パンを焼き、上にチーズとハムを載せた。

 

「完成だ! ほら、すぐできただろ!」

 

「絶対旨いやつじゃんこれ……」

 

 実際に口に入れてみると、想像の倍ほど旨い。

 数分で完食してしまったが、その間にアンチョビは洗面室の方へ消えてしまっていた。

 

 俺はドアの向こうへ「今度こそ行ってきますよー」と投げかけて家を出た。

 

 電車に揺られて新宿の会社まで1時間強。

 顧客から仕様の詳細を聞き出したり、コードを書いたり、部下のコードをレビューしたり打ち合わせしたりなどしていたら夜が更けていた。

 

 リリースまで1ヶ月と少し。問題は山積み、追い込みの時期である。

 忙しくてかなわない。

 

 未だ社内に残る同僚や部下に「帰るわー」と声をかけ、電車でどんぶらこ、我が家へ着いたのは深夜23時だ。

 

「遅すぎだろ……何時間仕事をしてるんだ……」

 

「SEというのは不思議な人種ですよね」

 

 俺を出迎えたアンチョビは、パジャマ姿ではあるものの、朝とは違い髪をリボンでまとめていた。

 

 SNSで「夕飯いらないので」と伝えておいた(スマホは俺の予備端末を貸した)のだが、キッチンからはトマトの香りが漂ってきている。

 

 アンチョビも食べずに待っててくれていた(天使か)し、俺の分を捨てるのももったいないし、なによりアンチョビの手料理なら是非いただきたい。

 遅めの夕食とあいなった。

 

「夕食のついでに今後の作戦会議をしたかったんだが、また今度にした方が良いか?」

 

「いやいや、また今度となるとたぶん次の土曜とかになるから、今日やろう」

 

 パスタと昨日の残りのワインを取り、こたつの前へと座る。

 向かいにアンチョビも座ったのを確認し、口を開く。

 

「ちなみに、布団はもう届いた? 段ボールの引き取りは?」

 

「両方終わってるぞ。ばっちりだ!」

 

「良かった良かった。じゃあこれでひとまず暮らすのに支障はなくなったわけだ」

 

「おー、戸庭のおかげだ。ありがとう」

 

「いやいやそんな」

 

 こうも面と向かって礼を言われると照れくさくなってしまう。

 

「それじゃ、ようやく元の世界に帰る方法を探し始められるな。何か案はあるの?」

 

「仲間を探す。……こんな状態になっているのはわたし一人だけじゃないと思うんだ」

「わたし以外にも――ガールズ&パンツァーじゃないかもしれないけど、他の世界からこっちに出てきた人がいるかもしれないだろ。その人達を探すんだ」

 

 なるほど、今日一日で考えをまとめたらしいな。

 

「ちなみに根拠はある? 手がかりは?」

 

「う……実は、昼間に思いついてからネットで調べてたんだが、まだ何も見つかってない」

 

 無理もないだろう。普通に調べて出てくるようなものじゃない。

 画面の向こうからキャラクターが現れたなんて大ニュース、実際に起こってたらすでに俺が知ってなきゃおかしい。

 仮にあったとして、公表していないか、デマだとあしらわれているかのどちらかだ。

 

「一日二日で何か見つかったら苦労しないでしょう」

「俺は――まぁさっき『案はあるか』なんて訊いておいてなんだけど、まずは情報収集から入るべきだと思うけどね」

 

「情報収集? なんのだ?」

 

「この世界とアンチョビさんのいた世界との違い」

「そして作品内で描かれているガルパンの世界と、アンチョビさんのいた世界との違いだ」

「後者は結構簡単だと思うけどね」

「昨日も少し認識合わせしたけどさ。今度は実際にアンチョビさんが作品に触れてみようってこと」

「うちにBlu-rayとドラマCDは全部揃ってるから、とりあえず全部消化しよう」

 

「ドラマCDなんてあるのか……」

 

「うん、これとか」

 

 ドラマCD2巻の武部沙織によるアンツィオ訪問を流し始める。

 と、初っ端で登場した自分の声に、アンチョビは「はあああっ!? なんでこんなものが録音されてるんだ!?」と叫んだ。

 

「マイクがどこかに設置されてたのか!? どういうことだ!?」

 

「あ、やっぱそういう認識なんだ。じゃあこっちは?」

 

 今度はドラマCD4巻の戦車道講座(乗車編)だ。

 

「……あぁ、これは覚えてるぞ。カットされるかと思ってたところも全部収録されててびっくりした」

 

「収録? 向こうだとどういう扱いなの? これ、こっちのファンとしては『月刊戦車道のドラマCD版ってなんやねん』みたいな反応だったんだけど」

 

「月刊戦車道の公式サイトで配信したんだ」

 

 なるほど、きちんと補間されてるなあ。

 

「まぁこの調子ならスムーズに進められそうかな」

「じゃ、一旦明日はこれをよろしく」

「仕事から戻ってくるまでに、ある程度、差異をまとめておいてくれると助かる」

 

「おお、了解だ!」

 

 応えたアンチョビは、伏し目がちに言葉を続ける。

 

「……な、なんか、今日の戸庭は昨日よりも頼りになるような気がするな」

 

「脳みそが仕事モードになってるんですよ」

 

 今日の作成会議はこれで終わり。

 続きは明日だ。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 2017年11月7日。火曜日。

 

 通勤電車の中で考える。

 何故、アンチョビが現れたのは我が家だったのか。

 

 もしかして、アンチョビは俺の妄想の産物なのではないかとも考えた。

 漫画や小説でもよくあるだろう、俺がそれを願ったから、神様だか仏様だかがそれを叶えて彼女は現れた。

 

 しかし、彼女はどうやら俺の知らない事実を知っているようだ。

 アマレットの件が良い例だ。

 俺が創りだした存在なのだとしたら、おそらく俺の脳内にないことは出てこないんじゃないかとも思う。

 

 アンチョビの教えてくれた、俺の知らないガルパン世界の情報。

 それが今後のメディア展開で明らかになる情報と一致すれば、また一つの指標にもなるだろう。

 

 話を戻して、どうして我が家なのか。

 これについて、今日のところは結論を出せなかった。

 

 けれど、考えることに意味がある。

 少しずつ情報を整理すればいつかゴールにも辿り着けるだろう。

 

 家へ帰る。と、部屋が綺麗に片付けられているのに気付いた。

 床にはホコリ一つないしどうもトイレや浴室なんかも掃除されているようだ。

 

「え、これ全部アンチョビさんやったの」

 

「他に誰がいるんだ!」

 

「なんかすみません」

 

 リビングで腰を落ち着けて、再び作戦会議。

 今日の夕飯はホワイトシチューとパンだった。

 

「そろそろ米が食べたいなあ。日本食は作らないの?」

 

「この家には炊飯器がないんだが。買って良いか?」

 

「あ、はい。ホントすみません。炊飯器含め、調理道具やら調味料やら好き勝手に購入していただいて良いので」

 

 アンチョビにはまとめて数万円を渡してある。

 足りなくなればアンチョビの方から申し出てもらうシステムだ。

 ネット通販も自由に使って良い旨伝えてある。

 

「まぁその話は置いといて。じゃ、始めようか。アンチョビさん、報告をどうぞ」

 

「ああ。結論から言うと、勧めてもらったアニメとドラマCDに関しては、わたしの認識とのずれは一切なかったぞ」

 

「に関しては?」

 

「漫画とか小説も読んでみたが、そっちは記憶にないことが多かったな」

 

「確かに、そもそもコミカライズ版とか全然性格の違うアンチョビさんもいるし。記憶にない方はあくまでパラレルワールドの物語なんでしょう」

 

「パラレルワールドっていうのがよくわからんが、たぶんそういうことだな」

 

「あ、そういえば、アマレットって出てた?」

 

「おー。えっとな――――この子がアマレットだ!」

 

 俺のPCを操作し、キャラクター画像を表示させる。

 

「Si子! Si子じゃないか!」

 

 なるほどなるほど、となると。

 

「他にも言ってた、ジェラートとかも出てるの?」

 

 俺が言うと、アンチョビは「いるぞー」と答え、OVA版を流し始める。

 アンチョビが皆の前で演説をしているシーンだ。

 

 配下の生徒を指さし、アンチョビは、「これがジェラート、これが――」と次々に口にする。

 

 しかし、その口調から徐々に元気がなくなってきた。

 一度言葉を切り、彼女はしんみりと呟く。

 

「……あの子たち、心配してないかな」

 

 あぁ、ホームシック的な。

 

「向こうがこっちの世界と同じように時間が流れてるとは限らないよ」

 

「どういう意味だ?」

 

「アンチョビさん、こっちの世界に来た時、向こうでは何月だった?」

 

「12月だ。もう少しでカルパッチョの誕生日だった」

 

「こっちはまだ11月の初旬だよ」

「日付が一致してないんだから、極端な話、向こうの時間はいま止まってる可能性だってある」

「アンチョビさんがガルパンの世界へ戻った時、向こうでは全く時間が経過してないかもしれないよ」

「だから、そんなに焦る必要はないと思う」

 

「お、おー。賢いな! 戸庭!」

 

「それなりに小説読んでるからなー知識があるんすよねえ」

 

 はっはっはと笑い、大人げなかったと反省して声のトーンを戻す。

 

「とにかくまぁ、こうして少しずつ情報を集めていきましょう」

「次は、この世界とアンチョビさんのいた世界との違いだ」

「でっかいところでは、世界の歴史や地形、ちっさいところでは存在するお店やブランド、漫画辺りかな」

「アニメ観る限り、とりあえずサンクスとか大洗の店舗はあるみたいだけど」

 

「おー! 任せとけ!」

 

 ◇ ◆ ◇

 

 2017年11月12日。日曜日。

 

 簡単な朝食を済ませ、リビングでアンチョビと向かい合う。

 久しぶりの休みなので(昨日は休日出勤だった)、今日は長めの作戦会議だ。

 

「そろそろ立ち直りました?」

 

「さすがにな。気落ちばかりしていても仕方ない」

 

 水曜日のことだ、家に帰るとアンチョビが死にそうな顔でこたつに突っ伏しているのを見つけた。

 この世界に『戦車道』が存在しないという事実がショックだったらしい。

 

 続けざまに彼女は、学園艦、アンツィオ高校なども、全てこの世界には存在しないことを知った。

 先週の段階で俺が話しておけば良かったのかもしれないが、だとしても受けるショックは変わらないだろう。

 

 アンチョビは「薄々勘付いてはいたんだがなあ」とぼやきつつも、見るからに意気消沈していた。

 

 おそらく彼女自身、ようやく別の世界に来てしまったのだという自覚が出てきたのだと思う。

 

 ぱんぱんと頬を自分で叩き、彼女は威勢良く口を開く。

 

「さて、始めるぞ!」

 

「はい、どうぞ」

 

 この数日間、アンチョビは俺のPCを介してどっぷりとこの世界に浸かっていた。

 ネットにない情報は市の図書館で。

 四日間もの時間を費やした彼女は、ニュースもろくにみない俺が持ってるくらいの情報はあらかた頭に叩き込んだことだろう。

 

「――まず率直な感想だが、この世界、大丈夫なのか」

 

「あー、そういう話になります?」

 

「戦車道がないのは、戦車がまだ実戦で使われてるからだろう。ていうか終末時計ってなんなんだ!」

 

「いやいや、実際アンチョビさんが思ってるのより世紀末感は薄いと思うよ。人類滅亡寸前ってことはない」

「それに、どうせアンチョビさんの世界とは関係ないんだし、こっちの世界のことは良いじゃん」

 

「んー、そういう話でもないんだよなあ」

 

「とりあえず置いておきましょう。はい」

「で、本題に戻して、じゃあアンチョビさん、以上の情報を踏まえて、案は何か浮かんだ?」

 

「……まぁ良いか」

「もちろん案はあるぞ。まずな、あんまり認めたくはなかったんだが、やっぱりガルパンの世界は創られたものだってことが実感できたんだ」

「戦車が競技に使われるなんてこっちの世界じゃありえない」

「だからこそ、娯楽として楽しめるようにガルパンが生まれた」

「わたしの世界との比較をすることで、それがよくわかった」

 

「元々この世界にいた自分としては、自明のことだな。それで?」

 

「だったら、ガルパンを創った人たちが、何か知ってるんじゃないか?」

 

 ガルパンを創った人たち。

 

「ガルパンは創られたものだ。それは認める」

「だが、もしかしたら元になった何かがあるかもしれないだろ」

「その何かは、わたしと同じように、この世界へやってきたガルパン世界の誰かかもしれない」

「そして、ガルパンを創った人は、そこから着想を得たのかもしれない」

 

 なるほど、単なる可能性の一つではあるが、確かに制作陣に事情を訊いてみるというのは、かなり有効な手だと思う。

 

 懸念があるとしたら――、

 

「会ってくれるかどうかが、問題かなあ」

 

「それだよなあ」

 

 アンチョビが天井を仰ぐ。

 

「向こうから見たらこっちはただのファンに過ぎないわけだし、難しいかもね」

 

「まぁ、やってみるしかないだろう。正直に全てを話すんだ」

 

「頭のおかしい奴だと思われて終わるんじゃないかなあ」

 

「やってみなきゃわからないだろ~!」

 

 アンチョビが可愛く唸るのでさすがにこれを無下になどできない。

 

「うーん、じゃあとりあえず試してみますか」

 

「おー! そうだな! とりあえず制作会社にメールを送ろう!」

 

「いや、メールだけだとホント、マジで気が狂ってるんだと判断されて終わりだと思うよ。迷惑メール直行ですわ」

 

「じゃあ、どうするんだ!」

 

「直接、会いに行こう」

 

「え? どこに?」

 

 今日が11月12日だから、ちょうど1週間後だ。

 

「来週、11月19日、大洗であんこう祭りがある」

 

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