アンチョビが画面から出てきた   作:とにざぶろう

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2017年11月26日~11月30日

 2017年11月26日。日曜日。

 

 セットしておいた目覚まし時計が午前9時に鳴り響く。

 じりりんと五月蠅いベルを鷲掴み音を止めると、床に寝転がってぼうっとスマホをいじる花澤と長田の姿が目についた。

 

「おう」「おはよう」

 

 声の調子から推測するに、どうやら随分前から起きていたらしい。

 

「君らは何故にここでごろごろしてんの? 朝飯くらい食べたらどう?」

 

「コンビニ飯を買いに行こうとしたんだけど、アンチョビさんが作ってくれるらしくて」

 

「つうか二日酔いでしんどくてかなわん」

 

 俺も他人のことを言えないが、こいつらも相当な駄目人間だ。

 

 すんと匂うと、確かにキッチンの方からは何とも心地よい香りが漂ってくる。

 のそり立ち上がり、でくの坊二人の上をまたいでリビングへ向かうと、ちょうどアンチョビが両手に皿を乗せ運んでくるところだった。

 

「戸庭っ! 朝飯を作ったぞ!」

 

「やったー」

 

 俺は寝室へ戻り、「朝飯出来たらしいから早く来いカス共」と中へ声をかける。

 4人がリビングへ揃うと、いただきます。

 朝食を食べながら、昨日調整した動画を観ることとなった。

 

「アンチョビさん、こんな感じだけどどう?」

 

「すごいな戸庭! 完璧だ!」

 

 アンチョビチェックは問題なしらしく一安心だ。

 本日の動画公開タイミングは、20時に決めた。休日は、平日と違い通勤退勤ラッシュもない。

 どちらかといえば、遊び疲れて夕食も食べ終わった夜の時間帯が良いだろうと踏んだのだ。

 

「夜かー。そこまで待つのもなんだし、帰るわ」「また来るよ」

 

「もう来んな」

 

 花澤と長田は、結局、大して役に立つこともなく帰っていった。

 わかっていたことではあるが、今後あいつらを頼るのはやめようと思う。

 

「さ、アンチョビさん、夜までの間、新しく動画を撮ろうか」

 

「戸庭、編集作業、けっこうかかったんだろう? 今日は休みにしないか?」

 

「平気平気。気にせずやりましょう」

 

「私は、戸庭が無理をしすぎないか心配なんだがなあ……」

 

 ぼやくアンチョビだったが、動画の撮影は承諾してくれる。

 

 さて、それじゃあ新しい質問は届いていないかとツイッターを開きリプライ欄を確認すると、その中に気になるものを見つけた。

 アンチョビではなく、俺のアカウントへのリプライだ。

 

『DM送りましたので、拝見いただけませんか?』

 

 送り主は、俺とリアルの面識のないフォロワーで、アカウント名はキミドリといった。

 同人活動やちょっとしたガルパン仲間の集まりを仕切っているらしく、ガルパン界隈ではそこそこ名が知れている人だ。

 

 DMを開き、アンチョビにも聞かせるよう、文面を読み上げる。

 

「動画を拝見しました。とてもクオリティが高く、本当にアンチョビが存在しているかのように思えました」

「つきましては、直接会ってお話をうかがいたいのですが、お時間いただけますか?」

「邪な目的だと思われるのも何ですので、とにーさんにメッセージお送りしています。お許しくださいませ」

「ちなみに私、本日ならフリーですのでどこへでも駆けつけます(笑)」

 

 『とにー』というのは俺のアカウント名だ。

 礼儀正しいし名は通った人だし、そこそこ信用のおける内容でもある。

 

「アンチョビさん、この人と会ってみる? たぶん俺よりもガルパンに詳しいから、まぁ少なくとも花澤たちよりも頼りになると思うよ」

 

「うん、断る理由もないしな! 出来ることは全部やるぞ! 私が一人で行ってくるから、戸庭は家で待ってると良い!」

 

「いやいや俺も行くに決まってるでしょ」

 

 アンチョビ一人で男と会わせるのはさすがに危険だ。

 なにより、俺には前回の失敗がある。同じ轍は踏まない。

 

「それじゃ、アンチョビさん、DM返しておくよ」

 

「おー、任せた!」

 

 今日のところは、動画の撮影はなしだ。

 本日分は出来上がっているのだから、明日の分は明日撮れば良いだけの話。

 優先すべき事項があるなら、急ぐ必要はない。

 

 俺がDMを返すとキミドリ氏からはすぐに返事があった。

 

『おお、ありがとうございます。楽しみです』

 

 相談した結果、待ち合わせは13時に新宿となった。

 

 先程、朝食を食べたばかりなので、昼食はそこそこに済ませると、俺はアンチョビと共に家を出た。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 キミドリ氏とは、新宿の喫茶店で2時間ほど話をして別れた。

 

 花澤や長田より幾分か信用の度合いは高かったようだが、しかし、彼らと同様、初めはキミドリ氏も半信半疑の様子だった。

 

「うはははは。あの動画を観たらどうしても真偽を確かめたくなりますよねえ」

「というのも、声があまりにも元の声優さんに似すぎていますから」

「しかもこれまでに公開された音声にはない内容を話していたので、口パクで録音を流しているわけはありません」

「はて、だとしたらこれはどういうわけか、という具合です」

「まぁしかし、リアルで対面すると、顔もアンチョビによく似てらっしゃる」

 

 キミドリ氏には、これまで同様、アンチョビと数十分、質疑応答をしてもらった。

 そしてやはり、これまで同様、彼もアンチョビの存在を認めるに至った。しめたものである。

 

「にわかには信じがたいことですが、これは真実としか考えられませんね」

 

 キミドリ氏は、別れ際に「私に協力できることがあれば何なりと仰ってください」と言ってくれた。

 おそらくはお言葉に甘える日もすぐに来よう。

 

 新宿には俺の会社もある。

 今日も休日出勤しているであろう同僚らと万が一にも顔を合わせたくない。

 

 俺とアンチョビは、キミドリ氏と別れると、すぐに電車へ飛び乗って新宿を去った。

 

 山手線で新宿から池袋へ、10分足らずで到着する。

 

 JRの改札を抜けたところでふと思いつき、人通りから離れると、「ちょっとそこ立って」とアンチョビを壁際へ立たせる。

 俺がスマホを向けたところでアンチョビは察して「はぁっ!」とポージング。

 それを俺はぱしゃりと撮影した。

 

「どうするんだ?」

 

「ツイッターに投稿する」

 

 キミドリ氏との会話でよくわかった。

 対面なら、アンチョビは信用してもらえる。味方は増やせるのだ。

 そして味方は多いに限る。

 

 先ほど撮影したアンチョビの画像を彼女のスマホへ転送する。

 そしてアンチョビに画像を添付したツイートをしてもらった。

 

『池袋にいるぞ! 近くにいる人、私に会いに来てくれ!』

 

 今日のアンチョビは、服装こそアンツィオの制服ではないが、馴染みのリボンを身につけ眼鏡も外している。

 整った顔立ちも相まってか、横で歩いていると、すれ違う人々が彼女の方を振り返るのによく気付く。

 アンチョビのフォロワーなら、人混みの中からでも彼女を見つけられるだろう。

 

 想定通り、池袋駅構内からサンシャイン60通りへ向かうまでの道のりで、3組のフォロワーに話しかけられた。

 

 最初の二組はアンチョビと握手を交わしただけで去って行ってしまったが、最後の女性二人組はアンチョビと意気投合し、通りのカフェへ入りわいわいと女子トークに花を咲かせた。

 俺は手持ち無沙汰だったので横で話を聞いているだけだったが、アンチョビはこちらの世界で人気のある恋愛小説や恋愛漫画など教えてもらいご満悦の様子だった。

 

 自宅へ戻ったのは20時ギリギリとなった。

 

 慌てて事前に開設しておいたユーチューブのチャンネルで動画を公開し、URLをツイッターで紹介する。

 

 再生数は、昨日のツイートのRT数の10倍以上にもなった。

 キミドリ氏が熱心にアンチョビの動画を宣伝してくれたのだ。

 彼が一つの広告塔として立ってくれたことによって、アンチョビの知名度が飛躍的に上がったのだと思う。

 

 アンチョビは大喜びで寄せられたリプライ一つ一つへ丁寧に返信をかえした。

 

 やり取りは夜がどっぷり更けるまで続けられ、俺とアンチョビが眠ったのは、夜中の3時頃となった。

 

 ちなみに俺は、23時頃に職場の上司から「明日は出社できるのか」とメッセージが届いていたので、「先日お伝えした通り、医者から出社するなと言われています」と返しておいた。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 2017年11月27日。月曜日。

 

 出社しなくて良いのか、というアンチョビの問いは適当に誤魔化し、今日は昨日できなかった動画の撮影を延々続けることにした。

 

 撮影本数は、3本。

 少しずつ慣れてきたせいか、編集にかかる時間も短くなってきた。

 これなら仕事を再開しても編集は続けられるだろう(たぶん)。

 

 ユーチューブで動画を公開し、そのことをツイッターで報告すると、再生数は昨日の動画のさらに3倍となった。

 すでに並のユーチューバーでは相手にならない数字である。

 

 理由は明白だ。今度はアンチョビの声優を務める方が、「なにこれ! すごく似てるぅ~♡」と、アンチョビのツイートをRTしてくれたのだ。

 

 その件は、各まとめブログでも取り上げられ、アンチョビは、一躍、界隈の有名人となった。

 

 アンチョビは一瞬だけ不安そうな表情で「こ、ここまでになるとは」と呟いたが、すぐに生来のテンションを取り戻し、「わーっはっはっはーっ!」と高笑いをあげた。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 2017年11月28日。火曜日。

 

 仮病がアンチョビにばれた。

 

 アンチョビは初めどちゃくそに怒ったが、何か思うところがあったのか、ふいに表情を変えると「たまには休みもないとなあ」と呟いた。

 

「仕方ない! 今日のところは勘弁してやるが、明日からは絶対仕事に行くように! 職場の人達にも迷惑がかかるからな!」

 

 迷惑ならすでに怖いくらいかけてます、なんて言えやしない。

 

 ともかく、今日も仮病は続行。

 さて、引き続き動画を撮影しようかというところで、アンチョビが「駄目だ駄目だー!」と声をあげた。

 

「今日は休み! 休みったら休みだ! 動画の撮影も編集も私一人でできる! 戸庭はゲームでもして遊んでると良いぞ!」

 

「アンチョビさん、動画の編集したことないじゃん」

 

「ふふん、私を誰だと思ってるんだ!?」

 

「安斎千代美さんですよね」

 

 アンチョビの反応は想像通りのもので、俺はそれを嬉しく思いつつ立ち上がる。

 

「じゃあ、せっかくだから池袋行ってくる。今日、ドラマCDの入荷日だから」

 

「ドラマCD?」

 

「アンチョビさんの細腕繁盛記とか入ってんだよ? すごくない? 超楽しみ」

 

「な、なんだそれは!」

 

 あっはっはと笑いながら家を出て、俺は池袋へ。

 とらのあなで目当てのものを購入して家へ戻る。

 

 しかし案の定、アンチョビは動画の編集に悪戦苦闘しているところだった。

 

「む、むぅ~。も、もうちょっとで終わるはずなんだが」

 

「いや見た感じ一ミリも進んでないし。俺がやりますよ」

 

 半ば無理矢理にPCの前を奪うと、まずは撮影した動画をチェックする。

 画面の中のアンチョビは「冬季無限軌道杯というのがあってなあ」とか「2年の時に初めて会ったんだ」とか、質問の一つ一つに身振り手振りをつけて答えている。なんの問題もない。

 

 編集は1時間ほどで終わった。

 

 2本目を撮ろうかと言ってみたのだが、アンチョビに「撮り溜めがあるんだから、今日はこれで終わりだ!」と返されてしまった。

 確かに今日撮影した分の公開は2日後である。

 

 明日から仕事だ。アンチョビの言う通り、体を休めるのも良いだろうと、俺はドラマCDを聴いたり溜まっていたアニメを観たり、映画を観たりして時間を潰した。

 やがて夜になってアルコールを入れると、時の流れは一層早まった。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 2017年11月29日。水曜日。

 

 通勤電車のなか、終始、俺は憂鬱だった。

 俺の不在によりどれだけスケジュールに遅れが出ているのかという不安と、今日からまた地獄が始まるのかという暗澹。

 新宿に着いた辺りでようやく覚悟が決まったというのに、オフィスに入ってその覚悟も霧散した。

 

「最新のスケジュール表ってこれ?」「先週から更新してねえわ」

「テスト仕様書進んでる?」「手付かずです」

「ここの機能って出来てる?」「そもそも誰が作るんですか?」

 

 結論から言うと、俺がいなかった分の作業は、何も進んでいなかった。

 リリースまで残り2週間ほどだというのにこれはもう駄目なのではないかと思われる。

 しかし、それとなく顧客側に調整を依頼しても「リリース予定日は変更しません」と返されてしまった。

 

 やるしかねえ、と、とりあえず状況把握やスケジュールの切り直しを進めていたら1日が終わる。

 

 アンチョビに「今日は帰れそうにないので動画の投稿よろしく。夕飯も一人でどうぞ」とメッセージを送る。

 俺は深夜2時頃まで仕事をし、会社近くのカプセルホテルに泊まった。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 2017年11月30日。木曜日。

 

 新宿に泊まると出勤が楽で良いなあ、あっはっは。

 というわけで、昨日投稿されたアンチョビの動画や、ツイッターのリプライおよびメーラーを確認。すぐに出社となった。

 

 再び朝から深夜まで飯を食う暇もなくぶっ続けで働き続け、なんとかコンビニ弁当を腹へ入れることが出来たのは深夜23時である。

 アンチョビからの「大丈夫か? 今日は帰ってくるよな?」というメッセージにも返信出来ていない始末だ。

 

 同僚らの視線は痛いが、さすがに二日に一度は家へ帰っておくべきだろう。俺は「これから帰る」とアンチョビへメッセージを送り、会社を出た。

 

「戸庭っ! 風呂か! それとも先にご飯食べるか!」

 

「あーすみません。ご飯食べちゃった」

 

「じゃあ風呂だな! ゆっくり入ってこい! エスプレッソ煎れておくからな!」

 

 アンチョビは本当に騒々しい。

 かたかたとキーボードを叩く音しかほとんど聞こえてこないオフィスとは正反対である。

 

 しばらく湯船につかって風呂を出る。

 

 アンチョビの煎れたエスプレッソを飲みながらメーラーを確認していると、あるメールの差出人に目を疑った。

 宛先は、アンチョビのアカウントのプロフ欄に載せているアドレスだ。

 

「アンチョビさん、アンチョビさん。きた、きた」

 

「うーん? 何がだー?」

 

『初めまして。ユーチューブの動画を拝見しまして、内容について確認したくメール差し上げました』

『単刀直入に申し上げますが、動画内の「冬季無限軌道杯」という単語はどちらで耳にしたものでしょうか』

 

 それは、ガルパン制作会社代表からのメールだった。

 

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