アンチョビが画面から出てきた   作:とにざぶろう

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2017年12月23日~12月31日

 2017年12月23日。土曜日。

 

 動画の編集をしていて、あぁそういえば、と気付く。

 

「今日からガルパン博じゃん。どうしよ、いつ行こうかな……」

 

 前売り券は日付指定で、確か前売り券の段階で売り切れとなっている日もあったはずだ。

 すでに時遅しという可能性もある。

 

「アンチョビさん、今日って時間ある? ガルパン博――」

 

「これからバイトだ! 行ってくる!」

 

 アンチョビはリビングを飛び出し外へ駆けていく。

 

 ……とりあえず今日のところはやめておくか。

 冬コミのサークルチェックでもしてよう。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 2017年12月24日。日曜日。

 

「戸庭! メリークリスマス! 今日は空いてるよな!」

 

「なんですかそれは挑発ですか」

 

「挑発? 何でだ?」

 

「いやこっちの話。空いてるよ」

 

「よおし! じゃあ行こう!」

 

 とアンチョビが取り出しましたるは、なんとガルパン博の前売り券である。

 指定された日付は、12月24日、今日だ。

 

「お、おぉおおおおっ? か、買ってあったの?」

 

「おう! 日頃のお礼だ! ちゃんとバイト代を前借りして自分のお金で買ったぞ!」

 

「すごい、マジ感謝だわ。ありがとうございます……」

 

「ふふーん、まぁ世話になってるんだし、このくらいはするさ!」

 

 というわけで、アンチョビと二人、池袋サンシャインシティへ。

 カップルでわいわいと賑わうショッピングモールを抜け、会場へ辿り着くとすでに長蛇の列が出来ていた。

 

「おー、すごい人だな」

 

「あ、でも思ってたよりも少ないな。前売り券制だからかな」

 

 会場内へ入り、二人揃ってヘッドホンを被る。

 ヘッドホンからは西住姉妹による音声ガイドが流れてきて、アンチョビはそれを耳にして郷愁を覚えているのか、柔らかい表情を浮かべていた。

 

 展示を見終わりグッズを購入すると、二人で謎解きに挑んだ。

 サンシャインシティを2時間ほど歩き回ったところで、解答へと辿り着く。

 謎のほとんどはアンチョビが解いた。さすがアンチョビである。

 

 そういえばガルパン博のチケットをプレゼントされておいて、俺の方はクリスマスプレゼントを何も用意していないのに気付き、サンシャインシティでアンチョビへ帽子を買った。

 もっとコートやら何やら高いものを買おうかとも言ったのだが、いやいやそこまでしてもらうのは悪いと返されたのだ。

 

 夕飯は池袋のイタリアン料理店で食べた。

 アンチョビの働く店に行こうとも誘ったのだが、またも「今日は駄目だ!」と断られた。

 

 東上線に乗って自宅へと戻ると、アンチョビがケーキと赤ワインをどこからともなく取り出した。

 

 赤ワインは追加のクリスマスプレゼントだそうで、「すぐ飲みたい」と俺が言うと、アンチョビは「つまみがいるだろ」と肉を焼いてくれた。

 必然、俺はすぐさま酔っ払った。

 

「いやーあはは、すごいなあ最高だなあ」

 

「おー、それは良かった。うんうん、用意した甲斐があった!」

 

「マジ感謝しかねえ。幸せしかねえぜあはは」

 

「……あー、そういえば、戸庭。普段は適当にはぐらかしそうだし、今だから聞くんだけどな、私って、いつまでここにいて良いんだ」

 

「え? いつまでいても良いよ」

 

「お、ぉお。そ、それは……ま、まぁ私も――」

 

「あー、でもまぁぐだぐだしちゃってアンチョビさんが元の世界に帰れなくなってもあれだし、気は引き締めないとなあ」

 

「……そういう話では、ないんだがなあ」

 

「え、なに? どういう話」

 

「いや、いい。また今度、昼間に話そう。さあ、今日はぱーっと飲めっ! ちょっと遅くなったけど退院祝いだ!」

 

 アンチョビにつがれた赤ワインを、わっはっはと飲む。

 いつの間にか寝落ちしていたのでいつベッドへ倒れ込んだのか定かではないが、おそらく深夜0時は回っていたと思う。

 

 目覚めたのは翌日だった。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 2017年12月25日。月曜日。

 

 酔いが残る体で、久々の出社だ。

 オフィスに着くと、俺を目にした上司がすぐに口を開く。

 

「あぁ戸庭。久しぶりだな。まったく、休んでた分は働いて取り戻してもらうからな」

 

 はっはっは。世辞でも良いから労いの言葉が欲しいぜ。

 

 俺は心が折れた。

 

 終業後、上司を会議室へ呼び出して宣言する。

 

「辞めます」

 

「あん? 何を?」

 

「いや、会社ですけど」

 

 そう言った上司は、ぽりぽりと側頭部を掻いた。

 特に驚いた様子はない。多少は予想をしていたのだろう。

 ふー、とため息をつき、「いつやめるの?」と短く言った。

 

「なるはやですかねー。2月末くらいですか」

 

「とりあえず社長に言っとくが、それなら別に構わんだろうと思うよ。プロジェクトの途切れめだしな。まぁ俺個人としては心底残念だよ」

 

 淡々と言う上司に「はぁまぁそうですね」と返し、俺は会社を出た。

 帰りの電車の中では心がうきうきしてたまらなかった。

 

 とはいえ、自宅の最寄り駅に着いて、アンチョビへ報告することを思うと、段々と気が重くなってくる。

 転職活動も何もしてないのに、俺は果たして大丈夫なのだろうかという不安にも襲われる。

 

 鬱々とした気分を抱きながら、しかし早く言っておかなければとアンチョビの顔を目にして、俺は口を開く。

 

「アンチョビさん。上司に仕事やめるって言っちゃった」

 

「おーっ! 良かったじゃないか! よおし、退職祝いだ!」

 

 天使かよー。

 

 俺はアンチョビの用意してくれた夕飯を肴に、昨日の残りの赤ワインをがぶがぶと飲み干した。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 2017年12月29日。金曜日。

 

 前日に仕事を納め、冬休み初日。そして冬コミも初日だ。

 

 普段なら俺もコミケには初日から参加しているのだが、今回はアンチョビもいることだし自重することにした。

 代わりにガルパンジャンルのある二日目に全力を費やすのだ。

 アンチョビも俺も、色んなフォロワーと会う約束をたててもいる。

 

 アンチョビは朝からバイトへ出かけていった。

 俺も暇だったので昼飯ついでに彼女の働くイタリアン料理店へ顔を出す。

 アンチョビは、活き活きと働いていた。

 

「おーっ! 戸庭きたのか! よおし、何でも注文しろ? 今日はタダで良いぞっ」

 

「いや悪いよ。払うよ。お金あるし」

 

「なに気にするな。私の給料から天引きにしてもらうだけだっ」

 

 あまりにも眩しい笑顔でそう言うので、俺はお言葉に甘えてパスタとドリンクのセットを注文した。

 出来上がった料理は大層美味で、家で食べるアンチョビのそれに味がよく似ていた。

 

 午後になると花澤と長田がやってきて、一緒にゲームをして遊んだ。

 

 アンチョビがバイトから戻ると、前回のリベンジだと彼女が意気込み再び麻雀が開始されたのだが、やはり今回も長田の勝利に終わった。

 長田は「じゃあ明後日のコミケで、俺の戦利品買うの手伝って」と地獄のような命令を下した。

 

 花澤と長田は、いつも通り、酒に酔っ払って俺の寝室でいびきをたて始めた。

 

 明日のことを考え、俺とアンチョビも早々に眠りに就いた。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 2017年12月30日。土曜日。

 

 キミドリ氏の好意で通行証を譲ってもらい、俺とアンチョビはサークル入場でビッグサイトへと入った。

 長田と花澤は起こしても起きなかったので家に置いてきた。

 

「おぉおお、なんだか気分が高揚するな。これがコミケか」

 

「始まるとこんなもんじゃ済まないよ」

 

 アンチョビと話をしながら、東館へと向かう。

 

 なんだか、こうしてアンチョビと一緒に歩くのも慣れてきてしまっているなあ。

 最初は緊張してどぎまぎすることもあったけど、今ではこれが自然になっている。

 

 俺にとっては喜ばしいことだろうけど、それはきっと、本当に俺にとってでしかないだろう。

 

 どうして慣れてしまっているのか。

 アンチョビが目的を果たせていないからだ。

 元の世界へ帰れていないからだ。

 

 彼女の目的を無視して俺だけ喜んでいるというのは、人としてどうなのか。

 

「……アンチョビさん」

 

「なんだ?」

 

「そろそろ話しておきたいんだけど、次の策、どうする?」

 

「策? なんのだ?」

 

「監督と話したじゃん。残念ながら元の世界へ帰る方法はわからず仕舞いだったけど、情報は増えたわけだし」

 

「……あぁ、その話か」

 

 アンチョビは心なしか目蓋を落とし、言葉を続ける。

 

「そうだな、次の策というか、話したいのは――」

 

 そこまでアンチョビが言ったところで、館内に入った俺たちの耳に「おぉお~~、お久しぶりです~~」と声が届いた。

 顔を向けると、キミドリ氏がサークルスペースの中で右手を振っている。

 

「あぁ、キミドリさん、本当にありがとうございます」

 

「いえいえ、このくらいはお安いご用ですよ。そちらは? その後いかがですか?」

 

「ぼちぼちですかね。まぁその話はおいおい」

 

「はははそうですな。では一旦、予定を決めちまいましょう。いやあ、今日はよろしくお願いします」

 

「いえいえ、こちらこそ」「よろしくな!」

 

 サークルチケットを譲ってもらった代わりに、俺たちはキミドリ氏のサークルで売り子の手伝いをすることになっている。 

 アンチョビの売り子は、人呼びにはもってこいだろう。

 売り子も一日中やるわけでなく手伝い程度、空いた時間はコミケを好きに回って良いとのことだ。ありがたい申し出である。

 

「着替えてきたぞ! どうだ!」

 

「とても可愛いと思います」

 

「いやはや、やっぱり似合ってますねえ。……失敬、当たり前ではありますが」

 

 せっかくなのだから、アンチョビもアンツィオの制服に身を包んでもらった。

 ガルパン島に佇む彼女の姿は、とてもおさまりが良い。

 

 やがて拍手と共に会場。

 俺はキミドリ氏とアンチョビに一時別れを告げ、ガルパン島で同人誌を買い漁る。

 

 1時間ほどであらかたの戦利品を手にし、キミドリ氏のサークルへ戻ると、アンチョビが忙しそうに本(健全本だ)を買いに来た一般参加者の相手をしていた。

 挨拶、本の受け渡し、金銭の受け取り、雑談、握手。

 それらをてきぱきとこなしながらも、まったく笑顔を絶やさない辺りアンチョビはさすがだ。

 

「それでは私は挨拶回りに行ってきますよ。後はよろしく頼みますっ」

 

 と去っていったキミドリ氏と入れ替わりに俺がサークルスペース内へ入る。

 アンチョビの隣に並んで、同人誌をさばいていった。

 

 キミドリ氏は新刊を強気に300部刷ったとのことだったが、みるみる数が減っていき、キミドリ氏が戻る頃には残り段ボール1箱分となっていた。

 

「いやあ助かりました! あとは私一人で十分です。今日はお二人ともお疲れ様でした!」

 

 キミドリ氏に挨拶し、午前中に比べ歩きやすくなった場内をアンチョビと回る。

 アンチョビに向けられる視線の数は、池袋でのそれの比ではなかった。

 

 ひとしきり歩くとコスプレ広場へ向かった。

 アンチョビの服装はコスプレにあたるのかどうかわからないが、まぁ細かく気にする者もいなかろう。

 

 コスプレ広場にて、アンチョビが「はあっ」とポーズをとると、周りでぱしゃぱしゃとシャッター音が鳴った。

 

 すでに界隈で彼女の存在を知らぬ者はいないくらいになっている。

 そもそもの人気もあいまって、アンチョビを取り巻く人混みはもの凄いことになった。

 スタッフが現れるまでその混雑は続いた。

 

 場が解散した後もコスプレ広場にいると、アンチョビへ挨拶に来る人間がひっきりなしに続いた。

 ツイッターのフォロワーだ。

 驚いたのはアンチョビが彼らのアカウント名を全て記憶していたことで、これも彼女の隊長たる所以の一つなのかと思う。

 

 ビッグサイトを出て家に戻ると、花澤と長田がリビングに寝転がって漫画を読んでいた。

 

 その口で図々しくも「夕飯食ってくわ」とか言い出すものだから、「じゃあお前ら夕飯の材料買ってこい」と言って家から叩き出した。

 

 1時間後に戻った二人は、食材だけでなく酒も買い込んできていた。

 必然、またも家飲みが始まるが、さすがに、無理矢理に二人は家へ帰らせた。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 2017年12月31日。日曜日。

 

 長田の「俺の戦利品買うの手伝って」令により、早朝からビッグサイトの長蛇の列に並んだ。

 俺や花澤だけでなくアンチョビにも付き合わせる辺り、長田の鬼畜ぶりが垣間見える。

 

 拍手の後、入場と共に散開。

 

 さすがにアンチョビへは健全本しか任されていないが、それでも3日目の肌色ポスターの多く展示される場内は、少し彼女には刺激が強すぎるのではないかと思わされた。

 ちなみに、当初、長田は「アンチョビさん18歳だし大丈夫でしょ」と言っていた。鬼だ。

 

 俺は長田に頼まれた品の他に、個人的な買い物も並行して済ませた。

 

 各自の買い物が終わり、合流は13時。

 疲れた顔で現れたアンチョビは、「ここは、すごい場所だな……」とさすがに辟易した様子だった。

 

 戦利品の分配が終わり、花澤と長田はビッグサイトを去った。

 二人とも今日の内に新幹線で実家へ帰るらしい。

 

 俺はといえば、まぁ今年の帰省はなしだ。

 母からのメールにも「帰らない」と昨日のうちに返しておいた。

 

 夕飯は蕎麦。そして薩摩揚げに、セセリの唐揚げだ。

 我が家には珍しく日本食だったので、酒も日本酒(新政)で合わせた。

 

 アンチョビと二人、大晦日に浮かれるテレビ番組を眺める。

 時間の流れはとてもなだらかに感じられた。

 

「あのさ、昨日の話なんだけどさ」

 

「なんだ?」

 

「次の作戦どうしますかっていう。アンチョビさん、最後に何か言いかけてたけど」

 

 アンチョビは「そうだなあ」と短く返事をした。

 続けて何か言うかと思えば、そのまま黙ったままだったので、俺は「アンチョビさん?」と問いかける。

 

「……来年の話をすると鬼が笑うって言うだろ?」

 

「笑いたいやつは笑わせときましょうよ」

 

「その返し、何かの台詞か? まぁでも、とにかく、今日はもう良いじゃないか。もう少し――そうだな、明日にしておこう」

 

 そこまで言うのなら、と俺は話題をそれきりにする。

 

 華やかな歌番組を眺めてセセリをつついていると、新政の四合瓶が残り半ば。

 今年の酒は今年のうちに、とさらにコップへ酒を注ぎ続け、四合瓶が空になったのは、テレビが寺の中継画面に入った辺りだった。

 

 やがて煩悩落としの鐘の音が響き、2017年が終わる。

 

 アンチョビと顔を合わせ「あけましておめでとう」と挨拶。

 

 そして彼女は静かに、言葉を続けた。

 

「元の世界へ帰るのは、諦めようと思うんだ」

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