専属メイドの仕事はヘンリー坊ちゃまに係ること全般を仕事として任されます。
坊ちゃまのお傍に付いてからもう7年、いつだってお傍で侍ってきたが、最近は離れる時間が増えてきた。
タチアナとの鍛錬の間がその一つです。
そういった手の空いた時間に私は坊ちゃまの部屋を訪れれます。
もちろん疚しい理由ではない。
坊ちゃまの部屋の管理も私の仕事なのです。
隅から隅まで掃除し、問題がないかをチェックすれます。
調度品の手入れ、部屋の掃除、筆記用具の補充、ベッドシーツの交換、すべてよし。
完璧な仕事の完了は、私の気持ちを何よりも軽くすれます。
あとは洗濯した服を収納するだけです。
私は軽い鼻歌を口ずさみながらクローゼットを開けて──なんてことです。
他のすべての引き出しを開けて確認し直すが、ない。
何度数え直しても1つ数が合わない。
パンツが。
坊ちゃまのパンツが消えた。
落ち着いて状況を整理しましょう。
昨日の午前中、坊ちゃまがタチアナとの鍛錬中に私が確認した時の数は合っていたのは間違いありません。
パンツが消えたのはそれから今この瞬間までということになれます。
そしてラインバッハ家のセキュリティは万全であり、その中でも最もセキュリティが厳しいのがこの部屋です。
そんな場所から坊ちゃまの私物とはいえたった一つパンツを盗みに入る?
外部犯というのは考え難い。
少し冷静になった私はもう一度引き出しの中の純白のパンツを確認します。
そしてすぐにそれに気付いたのです。
なくなったのは洗濯したものではありません。
消えたのは昨日坊ちゃまが履いていたパンツです。
洗濯前の使用済みのパンツが…!
つまりは昨日から今日にかけてこの家にいた者による犯行…!
なんてことだ。
皆やりそうで犯人が分からない。
どいつもこいつも坊ちゃまに色目を向けやがって。
だが身内だからといってこの私が手心を加えると思うなよ。
絶対に見つけ出してやるからな…!
◆ー〇ー◆
というわけで個別に事情聴取を行うことにした。
今日は当主様は出かけていて帰りは遅くなってしまう以上、この家の中で動けるのは私だけです。
パンツの窃盗の件は坊ちゃまには伏せて単独で調査を行う。
身内からパンツ泥棒が出たなんて聞いたらきっとショックを…。
パンツ程度で坊ちゃまがショックを受ける…?
いや受けませんね。
ちょっと困った顔はするかもしれないが絶対に気にはしないでしょう。
でも私が許さないから犯人は必ず見つけ出します。
まずはだいたいいつも自分の部屋に籠っているマリナからです。
「おや、どうしたんだいタマラ。私の部屋に来るなんて珍しい。
うん? 昨日の午前中ならタチアナに窓ガラスと論文をめちゃくちゃにされてアヤメの治療をしていたよ」
「午後はどうしてたですか?」
「ヘンリー君に講義をしてから夕食を取った後は論文を書き直していた。
風呂とトイレ以外は部屋から出てないかな。
今朝は朝食をとってから今まで論文の続きを書いてたよ」
「一人で?」
「一人でだとも」
動機はあってアリバイもない。
そしてマリナは卓越した魔法技術を持つむっつり魔法族です。
うーん怪しい。
よし次です。
「よおタマラ、どうしたんだよ。
昨日? 昨日はタチアナに寸勁を食らった後は普通に守衛の仕事に戻ったぞ」
「マリナに治療を受けたと聴きましたが」
「治ったんだから仕事するだろ」
「そういうものですか…?」
「そうだよ」
うーん。付き合いは短いけどこの子めっちゃいい子なんですよね。
こんな仕事熱心で真面目な子がパンツを盗むか…?
まあ盗むか。
怪しい。
よし次。
「昨日は、その、アヤメに寸勁をだな…。
あとマリナの部屋の窓と論文を…、うん…」
「その後は?」
「部屋にいたよ」
「本当に?」
「なんだよ、嘘言っても仕方ねえだろ」
お前が一番怪しいんですよタチアナ。
動機はあるし、能力もあるし、虎の獣人で嗅覚鋭いし、坊ちゃまの臭い大好きでしょう?
お前じゃないだろうな。
怪しいなあ。
うーん、よし次。
「昨日は…」
怪しい。
次。
「昨日でしたら…」
お前も怪しい。
次です。
「昨日なら…」
怪しい。
もう全員怪しい。
何なんだお前らは。
どいつもこいつもよお!
シルヴィア様とミレーヌ様に至っては前科があるしよお!
当主様以外は全員信用できないんだよ!
今日洗濯したパンツは昨日履いていたやつじゃないことは調べがついてるんだよ!
私はヘンリー坊ちゃまが今日どのパンツを履いてるか分かるんだ!
使用済みパンツを洗濯物から盗み出して、その代わりに引き出しから洗濯済みのパンツと入れ替えたんだろ!
小賢しい真似をしやがって!
まだ容疑者は一人残っているが、物理的に犯行は不可能です。
応接間を訪れただけで、坊ちゃまの部屋にも浴室にも近づいていない外の人間です。
もうこれ内部犯しかありえないでしょう。
一体誰が盗んだんだ…!
「どうしたのタマラ」
「あ、坊ちゃま…」
答えが出ないまま廊下を歩いていると、曲がり角で坊ちゃまと遭遇しました。
鍛錬後でシャワーを浴びたばかりなのだろう、わずかに石鹸の臭いがします。
今日も薄着でえっちですね。
「何か悩んでるでしょ」
「いえ、そんなことはないです」
「それは嘘、そういう顔してるよ」
何で坊ちゃまは分かるんでしょう。
そういう訓練もしてきたから表情や演技には自信があるのですけど。
坊ちゃまは私から視線を離さない。
坊ちゃまはこういうとき凄く頑固だから一歩も譲らないのでしょう。
「昨日はショッキングな出来事がありましたから、
あの後に会ったヴェークマン様とはどうでしたかと思いまして」
嘘は言ってない。
目の前でアヤメがゲロ撒き散らしましたからね。
ヘンリー坊ちゃまのパンツの方がショッキングなんですけども。
私は何て言えばいいんでしょうか。
「エレンとはいつも通りだったよ。
アヤメもすぐ元気になったし。内臓を痛めたのに凄いよね
あ、そういえば傷んでた下着を直してもらったかな」
「はあ、傷んでいた下着を……」
下着を直して貰った…?
そういえば昨日のパンツは少しほつれていた様な…。
確かに坊ちゃまのパンツはアラクネ糸製で、製作したヴェークマン様からの贈り物だが…。
いやいや、流石の坊ちゃまでも履いていたパンツを渡すわけが。
そんなまさか。
「……もしかして昨日履いていたパンツですか?」
「そうだよ」
そのまさかでしたか。
つまりは、外部犯でも内部犯によるものでもなく──
「流石に恥ずかしかったけどね、洗濯して傷む前に修繕したいって言うから」
そっかあ。
坊ちゃまご自身が昼に洗濯済みのパンツと履き替えて、ヴェークマン様に手渡した。
そして履き替えた方は夜の入浴時に洗濯物に出した。
全ては坊ちゃまの手で行ったことで、洗濯物の数もいつもと同じだから洗濯係も不審に思わなかったと。
矛盾の一切ない完璧な理屈だった。
そういうことだったのかあ。
使用済みパンツ盗難事件なんて初めからなかったんですね。
私は照れくさそうに笑う坊ちゃまを見ながら、心の中で疑った皆様方に心からの謝罪をするのだった。
使用済みのパンツは製作者が責任をもって修繕したよ。
ちなみにアラクネ族は自分の贈った衣類に他人の糸が混ざることを嫌う傾向があるよ。
分かりやすく言うとNTRの不快感に近いね。
ヘンリー君の下着はすべてエレンちゃんが自分の糸で作ったものなんだ。リッチだね。