ある者は人脈を求め、ある者は商談の機会を伺い、ある者は己を誇示する場として参加する。
豪華なドレスは財力の主張、身分と役職はお互いを斬り合う武器に変わり、時には純粋な武力で上下を付ける。
主な参加者は若い世代の未婚の女ども。
誰が呼んだか婚活舞踏会。
場合によっては血が流れる夜の戦場である。
暴れる規模など高が知れているし、会場のスタッフも手慣れているから死者が出たことは一度もない。
常ならば立食パーティーのまま
なんせあのラインバッハ家の嫡子が参加するとあっては、他の参加者の気合も違うというものだ。
実際、あたしが入手した情報では、例年の数倍の数の参加希望者が殺到したらしい。
ただでさえラインバッハ家とのコネを望むものは多くいる上に、その当主の直系の子で、さらには
金銭欲と結婚欲に飢えた獣の前に、丁寧に調理された山盛りの熟成肉に酒と金塊も一緒に並べるようなものだ。
クラウディア様の威光があったとしても、馬鹿をやるやつはやりかねない。
そいつらの相手があたしたち護衛組の仕事ってわけだ。
この日の為に作っていただいたバトルドレスに身を包む。
ドレスコードを満たしながらも体の各所を覆う装甲服は、見栄えと着心地と防御能力を兼ね備えたあたし専用の特注品だ。
首から指先までを黒と赤の抗呪術式インナーで覆い隠し、その上から各部位の装甲を装着する。
肩、前腕、胸の装甲部分はドワーフによる合金加工と金細工の装飾技術の粋が込められ、過酷な戦闘に耐えうる強度と芸術性を両立させている。
真っ赤なドレスの布地は耐衝撃・対刃・対呪の三重構造で、それを彩る薔薇の刺繡は糸の一針毎に障壁術式が装填された一級品だ。
緊急時には刺繍に仕込まれた糸がほどけ、攻撃に応じて自動で障壁を展開してダメージを肩代わりしてくれる。
脚部も同様のインナーに、術式を装填した黒のブーツを履き、腰から下げたベルトには支給された各種武装を仕込んでいる。
危険極まりないそれらはラインバッハ家の家紋の入った純白のスカートで覆い隠す。
腰回りを覆うコルセットもどきやブーツの踵などには隠し武器と触媒が仕込まれていて、緊急時にはそれだけでも戦える設計だ。
これほどの重装備にもかかわらず、全体のシルエットは細く、夜会のドレスの範疇にさえ見えるのは恐ろしいというほかない。
変質的なまでに緻密に作られたこのバトルドレスは、肌に吸い付くようで装備してから一切の違和感を感じない。
値段については正直言うと考えたくはない。
一流のドワーフ、一流の服飾技術、一流の術式加工技術…、どれほどの技術者がこれの製作に携わったのか想像もつかない。
確実に現役時代の装備を全部足しても足りはしないだろう。
勿論これらの装備はあたしだけではなく、参加するアヤメにも支給されている。
あたしの服と違ってアヤメのバトルドレスはやや重厚な作りなのは、ドレスの製作にあたってアヤメの多少の被弾を想定した戦い方を落とし込んだ為だ。
その点あたしのドレスは回避を前提にしているだけあって、スカートに腰から大きくスリットが入ったり背中の装甲を全部オミットして赤いインナーがむき出しだったりしている。
実際に身に纏って軽く動かしてみても、スカートのスリット部分がうまく機能していて、上段回し蹴りや開脚に一切の不便さは感じなかった。
スカートで隠したベルトは外部からは決して見えずに蹴り足だけがスリット部分から覗くのは、やはりあたしの身体データが正確に反映されているからだろう。
当然ながらバトルドレスに見合った武装も用意されている。
片手剣なのはいつもと変わらないが、柄から鞘の細かな装飾は儀礼目的にすら思える荘厳さで、鞘の内側にドワーフが鍛えた刃が眠っているとは思えない逸品だ。
正直外側の装飾だけで小さい家くらいなら買えるんじゃないだろうか。
それをあたしとアヤメは一振り腰に佩く。
今更獲物を壁だのにぶつけるような下手をするつもりはないが、一財産に相当する武器を腰に下げるというのは中々に恐ろしい。
同質量の金よりも価値が高いとなれば猶更だ。
自分での装備確認が終わったら、お互い向き合ってダブルチェックだ。
各種武装は隠れているか、ドレスの着方に問題はないか声に出して確認していく。
なにせ相手をするのはクソほど金持ってる連中だ。少しでも相手に付け入る隙を与えたくはない。
単純な戦闘以外にも、そういった戦いもあることくらいあたしでも知っている。
そういった舌戦や交渉事が得意なシルヴィア様やミレーヌ様は今回は同行なされない。
当初は参加を切望していたものの、どうしても仕事の都合がつかなかったらしく、「ヘンリーちゃんをお願いね」「傷一つでも付けたら分かっているな」と泣きながら最新式の非殺傷の各種武装を支給してくれた。
そんな姉様方の代行として舞踏会に参加してくれるのが魔法族のマリナだ。
あたし達2人は坊の護衛という立場だが、マリナはラインバッハ家のエルフの嫡子の代行だ。
主に参加者の対応は彼女に任せることになる。
学会でそういった手合いとの弁舌に長けた彼女がいて本当に心強い。
あたしらでは売り言葉に買い言葉で早々に殴り合いに発展しかねないからな。
マリナの格好はいつも目にするものローブなのだが、彼女曰く「ドレス用のローブ」ということらしいが、いつものローブとの違いがまるでわからねえ。
まあ実際に殴り合うのはあたしら二人の仕事だしそれで問題はない。
交渉役を矢面に出させるなんて、護衛役としての面子があったもんじゃねえしな。
「服装乱れなし」
「こっちもなし」
「ベルト各種武装の固定よし」
「少しスカートがずれてないか?」
「いやこれで良いんだ。ここにスリットが来るようになってんだよ」
「各種固定問題なし」
「随分と重装備だが重くはないのか?」
「意外とそうでもねえんだよ。重量が分散するように設計してあるんだってよ」
「ほうほう、うわ、スカートの下の武装えっぐいなこれ。
最新式の鎮圧装備じゃないか」
「ピンを抜いて投げれば良いらしい」
「3秒で破裂するらしいっすね」
「場合によっては手で2秒くらい保持してから投げつけた方が良いかもしれねえな」
「あー、確かに」
お互いのチェックが済んでしばらくすると、ヘンリー坊も着替えを完了してあたし達3人と合流した。
ヘンリー坊の衣装は黒がメインのスーツベストだ。
最近成長著しい坊の体を包むのは黒のタイトなシャツ。
ワンポイントに手首をぐるりと一周する赤い刺繍が彫られている。
その上からはグレーのベスト。
手首と同様に
ラインバッハ家の家紋が赤で刺繍されていて、色合いに反して地味な印象は与えない。
肌の露出を抑え、しかしやや大人な装いをした彼の姿は、いつもの坊を見慣れているあたしの目にもとても魅力的に見えた。
坊の衣装のアイデアを募っている時に半ズボンを強く主張したのだが、今回はその希望は反映されなかったようだが、こういう坊も新鮮で良いな。
でも半ズボンが一番良いと思うんだけどなあ。
あー、でも坊の足を余所の連中に見せてやるのはやっぱり嫌だな。
…おっといかん、見惚れている場合ではない。
あたしは少しわざとらしく咳払いをすると、固まったまま坊を凝視していたマリナとアヤメの目を覚まさせる。
恥じ入ることはない。あたしも半ズボン姿だったら危なかったよ。
「良く似合ってるよ坊」
「え、ええ、凄く似合ってるっす」
「まるで紳士のような立派な出で立ちだよ」
「ふふ、そんなに褒められると照れるね。
タチアナさんもアヤメも、すごい似合ってるよ。
まるで騎士みたいで格好いい」
「んん? その格好良いの中に私が入っていないんだが?」
「いや、だっていつもと変わんないし…」
「いやいやこれはれっきとした魔法族のドレス用ローブだからね。嘘じゃないよ?」
「うーん…」
「伝統衣装をいつも着ている弊害か…!」
坊もこの間の散髪で短くした髪を上にあげてるから、いつもよりも大人の印象を受ける。
そんな坊に褒められると、あれだな。妙にドキドキしてくるな。
私だけじゃない、坊も含めた4人とも全員が若干浮ついている。
いかんぞ、この先は一種の戦場なんだ。気を引き締めねば。
「分かっていると思うが、これから舞踏会の会場に向かう。
あたし達の仕事は護衛だ。いつもしていることだが、今回は貴賓相手だからな、そこら辺の配慮をした対応が求められる」
「配慮っていうとどんなやつっすか」
「こちらからは決して手を出すな。相手に先に殴らせろ」
「うっす」
「来賓の主な対応はマリナに一任する。
「分かっているとも」
「ヘンリー坊にして欲しいことは、引かないことだ。
今回の舞踏会は全員が坊を目当てで集まっていると考えても良い。
女どもの視線を一心に集めることになるが、狼狽えたりしないで腹を据えて臨んで欲しい。
どんな相手であろうとも、あたしたちで絶対に抑えて見せるから、マリナと2人で対応してくれ。
顔や名前を覚えるのは追々でも構わない。きっと数が多くて全員覚えるのは無理だろうしな。
……出来そうか?」
「やれるよ。
大丈夫、みんなが付いてるんだからこのくらい楽勝だって」
「嘘じゃないよな?」
「出来なかったら、そうだね、罰ゲームとして今度何か奢るよ」
「よーし、じゃあラーメンでも奢って貰おうじゃねえか。
2人ともそれで良いか?」
「いいとも」
「美味いラーメン屋なら知ってるんで、行くならそこに行きましょう」
「よしよし。…おっ、ちょうど馬車の用意もできたみたいだ。
行こうか、坊」
屋敷の前に止まった派手に豪華な馬車に、あたし達4人は乗り込んだ。
距離はさほど離れてはいない。
場所は同じ貴族街の一角の邸宅だ。
こういった夜会を開催するためにお互いの家が金を出し合って運営・維持管理をしている共用施設だ。
既に舞踏会は始まっていくらか時間が経っている頃合いだ。
夜会の時間よりも少し遅れて到着したのは当然意味がある。
事前に参加者のリストは入手したが、こういう会場では長命貴種どもが飛び入り参加しかねないから、受付でそれを確認することが一つ。
二つ目は後から入場して入り口に近い場所に陣取ることで、不測の事態が起きた場合に真っ先に坊を連れて離脱するためだ。
幸いなことに飛び入り参加はいないようで、受付のスタッフは「部屋は静かなものですよ」と言っていたから、連中は今は大人しくしているのだろう。
あたしたちは連れ立って廊下を歩き、会場の扉の前で立ち止まる。
過去の経験から大幅な改造が幾度となく施された大広間は、中で魔術戦闘が発生しても外に影響を及ぼさない構想をしている。
当然の措置として防音処理もされている為、この中の喧騒は外に出ることはない。
いいか、この先は戦場だと思え。
あたしは坊たちの顔を順番に見て、最後の簡易ミーティングをする。
「何かあった場合は例外なく坊を最優先とする。
殴る時は相手に先に殴らせろ。
だがラインバッハ家が侮辱されたのなら例外として即殴ってよし。
相手が誰であれ容赦はするな。
命を大事に。
確認は以上だ」
行くぞ。
あたしは小さな声でそう言うと、先頭に立って扉を開いた。
大広場には天井から3つは下がっていたのだろう大きなシャンデリアが、1つに数を減らして部屋を照らしていた。
残った二つは床に落下し無惨な破片となって部屋中に散乱している。
内部で魔術戦が勃発したのだろう、壁や天井、床にはその爪痕がいくつも刻まれていて、テーブルや椅子は例外なく折れるかひっくり返され、夥しい量の食器や料理、酒瓶が床にぶちまけられていた。
そしてそれらと同様に、舞踏会参加者たちは目につく限り全員が呻きながら床に転がっていた。
力なく床に転がる参加者たちは、大広間内に散った何人ものスタッフ達によってその場で応急処置を受けたり、別の場所に担架で移動されたりと様々な処置がとられている。
彼らの行動は実に機敏で洗練されていて、何度も繰り返した結果手慣れたことを伺い知れる動きだった。
ぐちゃぐちゃに荒れた舞踏会の会場と、倒れ伏した参加者たち、それを介抱するスタッフたちだけがそこにあるすべてだった。
「ねえ、ここで何が起きたの?」
あたしの背後からヘンリー坊が訊いてきた。
何が起きたかなんて一目瞭然なんだが、坊が訊きたいのはそういうことじゃないんだろうな。
何と答えるかちょっと迷った私は、少し考えて口を開いた。
「大乱闘だよ」
婚活女が血迷った結果ともいうが。
まあよくあるやつだな。
後編に続くよ