【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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常識 その2

 アキラがその日、目を覚ましたのは常と変わらない朝七時の事だった。

 習慣となっていたものが、身体が覚えていたのだろう。目覚ましが鳴るより前に目が冷めるのもいつものこと、それでも頭が重く寝ぼけ眼のまま、身体を無理矢理起こす。

 口を濯いで顔を洗い、トイレに行くまでがいつものルーティン。軽く身体の柔軟体操を終わらせたところで、頭も冴えてきた。

 

 果たして昨日この身に起きた事は現実だったのだろうか。夢を見ていたと思う方が自然で、だからテーブルの上に置かれた小箱を見て動きが止まった。

 恐る恐る近づいて、触れてみれば確かに小箱はここにある。

 夢でも幻でもない事に不思議な感動を覚えていると、昨日の出来事が怒涛のごとく蘇る。

 

「ああ、夢じゃないんだ……。でも、何だろ。期待半分、不安半分。それだけでもないような……」

 

 口に出して、自分でも分からない感情に疑問を覚える。

 まだしっかり頭が回っていないのかもしれないと、とりあえずいつもの通り朝食の準備を始めた。

 フライパンに油を引き、温めている間に食材を取り出そうとして、アキラは視界に入った小箱を見る。

 

 朝食の準備は必要だろうか。

 昨日、対魔物の師匠になってくれると言った、それぞれ系統の違う美女達。その容姿もさる事ながら、多くのインパクトを残した彼女達と共にするのは緊張する。

 何しろ、今まで恋人の一人も出来た事のないアキラである。女子には可愛がられても異性として意識されてこなかった事実は、女性への過度な期待と憧憬に繋がった。

 同級生の女子より、遠くの自分を肯定してくれる誰かを求め、それが今まで付き合う異性を作れなかった原因になっていた。

 

 彼女たちと面と合わせるのは緊張する。しかし、これから接触する回数が増える事を思えば、そうも言ってられない。師匠の飯を用意するのは当然という言葉が本気ならば、何の用意もせず自分の飯だけ用意していたら、起きてきた師匠達を失望させる事になってしまう。

 

「でも、用意するだけして必要なかったら、それはそれで大変だよな……」

 

 朝は時間が限られ、余裕がないのは当然だった。今日が休日ならば、そこまで考えずとも良かったのだが、残念ながら平日。

 昨日の残りを朝食に充てるつもりだったから、とりあえず人数分のパンがあるかどうかだけ確認しておこうと、昨日置いていった黒パンで何人分の朝食になるかを調べる。

 

「……それにしても」

 

 昔の人間というのは早起きというのが相場だと思っていたのだが、違うのだろうか。あちらの世界では電気もなく、蝋燭の火が主流っぽい事は話の流れで想像がついた。

 だからこれは偏見ではなく、当然の流れとして早寝早起きになる筈なのだ。蝋燭は現代日本の電気より高価な筈なので、基本的に節約する為に日が落ちたら活動しなくなるし、その分日が昇る直前辺りから活動を始める。

 

「旅暮らしをしてたっぽいし、多分そんな感じで生活サイクル作ってたんじゃないかな」

 

 日が落ちれば視界が悪くなり、危険も増す。日が落ちたら、その日はテントを張ったり宿を取ったりするのではないか。早寝早起きの習慣は自分達だけではなく、あちらの世界の常識だとしたら彼女達だけ遅く活動するのも難しいような気がする。

 

 自分に関係ある人の事だと思えば、気にしても仕方ないような事まで考え込んでしまう。

 ――何にしても朝食だ。

 必要なのかどうなのか、昨日聞いておけばよかったと後悔する。この時間ならばもう、本人達は起床していて、朝食を済ませても不思議ではないように思う。

 思いつかなかったのも仕方がない。何しろ、あの小箱のインパクトだ。

 

「あんな事が起きた後で、そんな気の利いた質問ができてたまるか」

 

 ヤケクソ気味に悪態をつき、冷蔵していた惣菜類を取り出す。

 朝からしっかり食べる派だったら、あの人数にこの量は足りないだろう。とりあえず卵とベーコンがあれば、それらしい朝食にはなる。

 まず自分の分だけ作って、必要なら後から追加すればいい。

 

 そう決めて朝食の準備を進める。

 そして自分が朝食を食べ始めるまで、誰一人箱から飛び出してくる事はなかった。

 

 

 

 食べ終わった後の食器を流しに入れて、とりあえず準備だけしておいた惣菜類も仕舞った後に、それは起こった。

 

「――ああ、いたのか」

 

 不意に掛けられた声に驚き、そこにいたアヴェリンの格好に二度驚いた。

 美人は何を着ても似合うとは言うが、流石に山師のような格好をした女性を見た事はない。似合うのかどうかと言われたら、元々女騎士のようなイメージがあっただけに全く正反対の格好は面食らってしまった。

 しかし、不思議と似合うと言えば似合う気がした。

 

「ど、どうしたんです、一体……!?」

「……うん。いやなに、楽しみにしていろ」

 

 言葉を濁して頷く彼女に、何か嫌な気配を覚える。

 何に対してかは分からないが、放置してはいけない、という気持ちだけは湧き上がってくる。

 

「そう、朝食! 朝食を用意して待ってたんですよ! 師匠の飯を用意するのは当然だと……!」

「ああ……」

 

 聞いた途端、申し訳ない表情で眉を下げた。

 

「既に済ませてしまった。……そうか、昨日言ったことを覚えていたか」

「え、はい。いりませんでしか……」

「うん……、いや、どうだろうか。それはミレイ様に判断していただく。……だが、そうだ。その負担を和らげてやる事は出来るぞ」

 

 自信あり気な笑顔を見せてきたが、アキラは更に不安が増した。

 

「……どういう意味です?」

「昨日、遠くに林が見えた。暗くて見えなかったが、結構長い範囲にあったように思う」

 

 言われてアキラも頭の中に地図を思い起こす。

 この町は碁盤の目のように十字に刻まれた町設計だが、そこへ斜めに線を入れるように林が通っている。

 

「……ああ、はい。ありますね」

「うむ。だから、そこで鹿を狩ってきてやろう」

「……なんて?」

 

 アキラは言っている意味が分からず、思わず敬語も外れて聞き返してしまった。

 

「だから鹿だ。狩って肉を渡してやると言っているのだ。そうすれば負担が減るだろう?」

「いやいや、無理です!」

「何故だ。肉が嫌いなどと言わんだろうな? その年頃の男が、肉が嫌いなど有り得ん事だ」

「肉は好きですけど、そうじゃないんですって……!」

 

 アヴェリンは不思議なものを見るように首を傾げる。

 

「では何だ――ああ、鹿の分布は少数か? むしろトナカイの方が多いのか?」

「違います、そういう問題じゃないです。いないんです、鹿なんて。トナカイもいません。何もいません」

「……馬鹿な、あり得んだろう。あれだけの林があって動物がいない?」

「あれ防風林ですから。風除けに作られた人工の林であって、奥行きのある林じゃないですし。動物なんてせいぜい鳥くらいしかいませんよ」

 

 ふむ、と考え込むように腕を組んだ。ちらりと斜め上に視線を向け、それからアキラに視線を返してくる。

 

「鳥肉は好きか?」

「いえいえいえ……!」

 

 アキラは思わず両手を突き出して左右に振れば、アヴェリンは納得を見せる表情で返してきた。

 

「確かに私も鳥肉は好かん。食いでもないし、脂身も足りない。しかし、逆にそのあっさりとした食感が好きだという者も……」

「そうじゃないですって! パックの肉ならともかく、狩ってきた剥き出しの鳥は受け取れませんって!」

「……捌けないのか?」

 

 アヴェリンの表情は明らかに、侮る視線に変わる。

 肉を捌けない男に存在価値はないとでも言いたげな視線だった。その視線はアキラのなけなしの自尊心を抉るものだったが、しかし出来ないというのも事実だった。

 

「そりゃ……、その、捌けないですけど、そういう問題じゃなくてですね。ああ、どう言ったらいいんだ……!」

 

 その時だった。

 小箱から続いてミレイユ達がやって来る。アヴェリンが出てきた時も、その瞬間は見えなかったが、こうして目の当たりにしても、やっぱり意味不明だった。

 映画のコマの途中を切り取ったように、箱が開いて何かが動いたと思ったら、すぐそこにミレイユが現れている。彼女が横にずれると、一気に他の二人も出てくる。

 

 彼女たちの格好は昨日とは違う普段着のようだったが、やはり現代日本では見ることのできない、北欧の伝統衣装のような物を身に着けていた。

 

「――ああ、ミレイ様。聞いてください。この男、肉を捌けないなどと申しまして」

「うん……。何があってそういう話題になったかは知らないが、この国の男は全員に近い割合で無理だ」

「そんな馬鹿な……」

 

 アヴェリンは顔面に驚愕を貼り付けて後退りする。退いた背中が冷蔵庫にぶつかって音を立てた。

 彼女にとって、狩りが苦手な男がいても、獣を捌くのが苦手な男など存在しなかったのかもしれない。

 それ程の衝撃がアヴェリンに起きたのだと、その表情が物語っている。

 その様子を尻目に、ミレイユが気を取り直して話しかけた。

 

「……それで、どこから出てきた。その……肉を捌くなんて話は」

「いや、何でかは僕も全然分からなくて……。負担を減らすとか何とか……」

 

 アキラが困惑した顔で返事をして、ミレイユは一瞬、眉を顰めた。すぐにアヴェリンへと顔を向けて一声発せば、彼女はその簡潔な言葉へ即座に反応し背筋を伸ばした。

 

「アヴェリン、説明しろ」

「――はっ。自分なりにお役に立とうと思い至ったところ、やはり肉の提供がよかろうと思いまして」

「提供……、肉の。……それで、狩りに行こうと思ったのか?」

「左様です。この年頃の男ならば、肉を食うことを好むだろうと思いまして」

「なるほど」

「……なぁんだ」

 

 納得したミレイユの後には、ユミルの呆れを含んだ声音が続いた。

 何かしらにつけ、ミレイユの役に立とうとする心遣いは嬉しいが、ここでは非常識に当たる行為だ。ミレイユは宥めるような声音でアヴェリンに言う。

 

「何にしろ、それは中止にした方がいいだろうな。近辺に獲物になるような獣はいないだろうし、いたとしても野外で捌けば事件になる。ここはそういう国だ」

「そこまで、ですか……」

「捌かず肩に担いで獲物を持ってきたとしても、やはり事件沙汰にされるだろう。逮捕される訳ではないだろうが、厄介事になるのは間違いない」

 

 アヴェリンは眉を垂れ下げて、小さく肩を落とした。

 

「それでは別の手段で機嫌を取るしかなさそうですね」

「うん……、まぁ、それを本人の前で言うのはどうかと思うが」

「機嫌……? 本人……?」

 

 やはり嫌な予感がして、アキラは二人へ瞠目の視線を向ければ、返ってきたのは気のない返事とと誤魔化しの笑みだった。

 

「いや、気にするな。関係のないことだ」

「そうだな。ただ、お前に関係する、しかし関与も否定もせず、ただ受容すべき問題というだけの話で……」

「それのどこに、気にしないで済む要素があるんですか?」

 

 朝からした嫌な予感とは、これの事かもしれない、とアキラは直感する。

 朝起きてからここまでの僅かな時間。それだけの間でこれを放置してはいけない、という予感は幾つもあった。しかし、それでもこれは別格だ。

 この問題だけは、という強い思いが胸に去来する。

 

「あのですね、本当に関係ないなら、むしろ心底知りたくないんですけど、多分そうじゃないですよね? 何かあるなら知っておきたいんですけど」

「まぁ、妥当な提案ではある……」

「むしろ当然?」

 

 横からユミルの、茶化した含み笑いが入ってくる。

 

「アタシ達の中じゃ、もう決定事項なんだけど、アンタに説明するにはまだ考えが纏まってない感じなのよ。つまりまぁ、分かるでしょ?」

「いや、分かりません。結局、説明はしてくれるんですか?」

「する。それは間違いない。今ではないが」

 

 ミレイユが頷けば、他の面々も追随して頷く。

 

「今じゃ駄目なんですか?」

「駄目じゃないが、お前が困るだろう」

 

 アキラは首を傾げる。されて困る説明、というよりは説明されると困るというニュアンスだった。そんな事はないと思う、と考えていると、ミレイユは時計を指差す。

 

「登校時間は大丈夫なのか? お前がどこに通っているかは知らないが、普通ならもう登校しているものだろう」

「――え!?」

 

 指摘されるままに時計を確認してみれば、示している時間は八時十分。遅すぎる時間ではないが、走らなければ朝のHRに間に合わない。

 

「あ、そういう!? ちょっ、もっと早く言ってくださいよ!」

「愚痴言う暇があるなら大丈夫そうだな。さっさと着替えて、準備しろ」

 

 言われるまま寝室へ戻り、制服に着替える。

 男の着替えは簡単なものだが、焦っているとワイシャツのボタンを止めるのももどかしく感じてしまう。それに苛つきを感じながらも止め終わり、ズボンを履いて寝室から出る。すぐ隣の部屋から鞄とスマホを引っ掴むと、挨拶もそぞろに家を出る。

 

「すみません、行ってきます!」

「大丈夫か? 負ぶって走ろうか?」

「この子、馬より早く走るわよ」

「――いりませんよ!」

 

 アヴェリンの提案に、それを補足するユミル。

 二人に唾を飛ばして拒否すると、アキラはそのまま慌ただしく家を出た。

 

 いつもの習慣で鍵を閉めようと思い、一瞬躊躇する。閉じ込めてしまうようで心苦しいが、そもそも出ようと思えば幾らでも出られる。

 

 問題は外出されたら鍵が掛かっておらず不用心という事だが、それは今考えても仕方がない。やはり一応鍵だけは掛けて階段を駆け下りる。

 スマホの時間を確認すれば、本当にギリギリの時間だった。

 

 アキラは久々に全力で走りながら学校を目指した。

 

 

 

「――あれはきっと、冗談だと思われたな」

「そうですね。大体私は馬より早くではなく、馬など敵ではない速度で走れる。そこを強調すれば、また違っていたのではないか?」

 

 ミレイユの感想に対し、アヴェリンがユミルを睨みつければ、肩を竦めて溜め息を吐いた。

 

「咄嗟に出たフォローとしては、及第点だったでしょうに」

「早く目的地に到着すれば、アレも感謝もしたろう。ご機嫌伺いも、一つ上手く行っていたのではないか?」

「それについては同意できませんよ。……もう何もかも空廻ってませんか?」

 

 ルチアの疑問には、ミレイユも大いに同意できるものだった。

 尚も否定を重ねようとするアヴェリンに、ミレイユが手を振って諌めた。

 

「まぁ、ルチアの言うとおりだな。誰かに負ぶさって登校なんて、アキラからすれば罰ゲームみたいなものだろう。肉の提供も発想自体は良かったが、狩猟した物では受け取れないだろう……」

「むぅ……それじゃあ、どうしたらいいのでしょうか」

「どうしたものかな。何か考えねばならないだろうが……急いで見つける必要もないだろう」

 

 ルチアはそれに頷き、そしてふと思いついたように首を傾げた。

 

「でもとにかくも、外に出ない方がいいんですよね?」

「それは……」

 

 ミレイユは難しそうに眉に皺を寄せ、顎先を摘んで考える仕草を見せる。

 

「そうだな、出来れば。しかし論外という話でもない。この近辺であれば、着る服自体を考えればどうにかなりそうだが……、やはり外に出たいのか?」

「ですね。見るもの全てが新鮮ですから、色々見て回りたいんです」

「うん……そうか、いいだろう。しかし、一人での外出は許可できない。必ず最低でも二人で行動しろ」

 

 ルチアは大輪を咲かせたような笑顔を見せる。

 

「ありがとうございます。それじゃ、どちらが一緒に行ってくれますか?」

「アタシはパスって言ったわよね」

「私に、一人残るミレイ様の傍を離れろというのか?」

 

 にべもない二人からの返事に、ルチアの笑顔が引きつり、次いで怒りに変わる。

 

「ちょっと、いいじゃないですか。付き合ってくれても!」

「別に付き合うのはいいけど、今日じゃなくてもいいでしょ。明日も明後日も、別に予定なんてないんだから」

「それはそうですけど、肝心なことを忘れてますよ」

「何よ」

「明日も明後日も、何事もなく過ごせると思いますか? 絶対トラブル起きますよ!」

 

 昨日がいい証拠だ、とルチアが主張すれば、ユミルとしても頷ける部分があったらしい。苦虫を噛み潰すような顔をして、次いで窓の外を見てからミレイユに視線を移す。

 ユミルはしげしげと眺めた後、諦めたような息を吐き、苦い苦い笑みを浮かべた。

 

「そうねぇ、そう言われるとねぇ……」

「やめろ、そういうのは。何事も起きない筈だ。私は家の中で引き籠もる予定なんだから」

「なるほど、引き籠もった上で何か起きるのね」

「そんな筈は――! いや、やめよう。こんな不毛な言い合いは」

 

 そうね、とユミルは同意して、とりあえずソファに向かう。

 疲れたようにどかりと腰を下ろせば、身体の向きを変えて横になる。完全にソファを独占した形になり、アヴェリンが顔を顰めた。

 

「おい、勝手に占領するな。ミレイ様が座れん」

「ここに長居するつもりはないから、別にいいがな」

「いや、完全に休憩モード入ってるじゃないですか。早く準備して外に行きましょうよ」

「そうは言ってもねぇ……」

 

 ユミルは疲れた声を出しながら、窓から外を見る。

 

「見てご覧なさいな。外はいい天気よ。雲も多いし日差しは弱いけど、でもいい天気なワケ」

「……そうですね」

「行く気なくすわ……」

 

 ついにはだらんとソファに寝そべり、少しでも日差しから隠れようと顔も引っ込める。

 ルチアは近くに膝をついて、それに追い縋った。

 

「ちょっと、お願いしますよ。他に頼める人いないんですから……!」

「もっと天気の悪い日にして頂戴。こんな陽気じゃ、アタシの身が保たないの。これは嫌がらせとか怠慢とかじゃないのよ。もうこれは、摂理の問題なのよ」

「旅の間は関係なく歩いてたじゃないですか!」

「そりゃそうよ。天気がいいから今日休み、なんて言ってご覧なさいな。容赦なく置いていかれるだけじゃないの」

「よく分かっていて何よりだ」

 

 アヴェリンが皮肉な笑みで同意すると、ユミルは鼻を鳴らして身を捩った。少しでも陽光の当たらない場所を模索しているらしい。

 

「それに、こっちで着ても目立たない、頭から被れる何かがないとねぇ。直射日光はお肌の大敵なのよ、分かってるでしょ? まず服がないと、どうにも……」

「あるぞ」

「……はぁン?」

 

 ユミルが胡乱げな視線を向けると、アヴェリンが寝室からフード付きのパーカーを引っ張り出して来た。色は灰色、何か英字がプリントされたもので、特に悪目立ちしない服だった。

 サイズ的にも問題ないだろう。見たところ、アキラとユミルの身長はそう変わらない。体格はもちろん違うが、大きい分には着られる筈だ。

 

「何それ、どっから出てきたのよ、そんなモン……」

「ベッド付近に落ちていた。これなら問題なかろう。何かしらズボンも、探せばあるんじゃないのか」

「よくやってくれました、アヴェリンさん!」

 

 ルチアの歓喜の声とは裏腹に、ユミルの顔は苦いものへと変わっていく。このまま言い包めてやり過ごそうとしていたのは一目瞭然だっった。

 

「ルチア、お前もこっちに来て自分の着れそうな服を探してみろ。ドレッサーは見当たらないが、どこかに服はある筈だ」

「ですね!」

「……何でアンタ、そう余計な事をするワケ?」

「きっとお前が嫌がるだろうと思ったからだ」

 

 勝ち誇ったような笑みを見せたアヴェリンに、ユミルは吐き捨てるように顔を歪めた。顔を背けた後に、身体を沈めてだらしなく足を伸ばす。完全に不貞腐れた様子に、ミレイユも失笑した。

 

「まぁ、そこはしっかり相談して決めろ。何事も起こらないし、何事も起こらせないから、明日も好きに行動すればいいしな」

「大体、服って言ってもね……。ちゃんと洗濯してるんでしょうね? イヤよ、アタシ。汗臭い男の服を着るなんて」

「――そうですね……。というか、勝手に着てもいいんですか?」

 

 寝室の方からひょっこりと顔を出したルチアが、スウェット片手に聞いてきた。ミレイユは手にしたスウェットを指差してから、手を横に振る。

 

「事後承諾でいいだろうが、それはやめておけ。寝間着みたいなものだ」

「そうなんですね。……いやはや、こっちの服はよく分かりませんね」

 

 しげしげとスウェットを見つめながら寝室へ戻り、何事かをアヴェリンと相談し始めた姿を見て、ユミルもようやく覚悟を決めたようだった。

 

「まったくもう、アンタ達に任せていたら、何を着せられるか分かったものじゃないわ。見せてご覧なさい、どんなものがあるのよ」

「男の人ってあんまり種類持たないんですよね。それにしても、この数は少ないと思いますけど。……それとも、こっちの人からすると、これが普通なんでしょうか」

 

 辟易とした声音が漏れ聞こえる中、どうやら寝室では簡易的なファッションショーが始まったようだ。男物を着こなす必要はなかろうが、見栄えを気にするのはどの時代、どの世界の女性も共通している。

 長い時間が掛かりそうな予感がして、ミレイユはとりあえずソファに腰を降ろした。

 

 

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