【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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幕間 その4

 生霧会ビルより二キロ地点に下り立ち、それぞれの小隊が分散して行く。

 甲ノ七は既にビル内へ入り込み、中にいる構成員を攻撃したという報告を先行済みの調査班から受けていた。

 悠長にしている暇はない、と改めて感じた結希乃は事前の打ち合わせ通り動く小隊を見て、自らも動く。結希乃もまた小隊を率いてビルへと進む。

 

 結希乃は作戦指揮官だが、同時に小隊を率いる隊長として作戦に参加している。

 メンバーは防御術に秀でる佐守千歳と、理術妨害の専門家である國貞正幸(まさよし)、そして結界術に優れる糸杉花郁(かい)

 御由緒家が率いるに足る実力者揃いで、既に十を超える実戦も経験している。お互いの癖もよく知っているので、何かの際にもフォローがし易い。

 

 甲ノ七がビルに入ってから一時間が経とうとしている。

 未だにビル内から動こうとしない理由は判然としないが、しかし動かないというのなら好都合だった。理術を駆使して急げるだけ急ぎ、狭い路地の間など、人通りの少ない道を選んでビルへ到着した。

 

 花郁は残してビルへ入る。

 彼女には結界の展開、その作業を行ってもらわねばならない。

 結界は基本的に自動展開されるようになっているが、事前の申請で対象範囲を広げ、電線の通う範囲なら好きなように展開する事も出来る。

 だが、それを実行するには術者が近くに必要だ。その為に花郁を残した。

 

 そして遂に、甲ノ七がいると思われる部屋の前まで辿り着いた。

 ドアは破壊され、部屋の中が丸見えだ。重なるように倒れる男たちは気絶しているだけで、命に別状はなさそうだった。

 これはこれで不幸中の幸い、捕縛するのが楽になる。

 

 インカムを通して指示を下す。

 神宮周辺で、道路脇に放置されていた構成員を捕縛するように動いていた部隊だが、こちらの方も終わり次第駆けつけてもらわねばならない。

 予備として持ってきた部隊に、逃げ出したり余計な事をしないよう、先に捕縛してもらっても良いかもしれない。そのような指示をした後、結希乃は改めて部屋の奥にあるドアへ顔を向ける。

 

 そこから漂う気配は尋常のものではなく、間違いなく甲ノ七がいる事を示していた。

 二人を率いて結希乃は部屋の中に入る。

 

 待ち構えている可能性は考えていた。

 しかし結希乃は交渉役だ。最初から武器を持って部屋に入る訳にはいかない。あくまで冷静を装って入室したのだが、甲ノ七リーダーを視界に入れた瞬間、息が詰まった。

 

 顔は帽子のせいで確認する事は出来ない。

 僅かに見える隙間からもサングラスを掛けている事が伺える。多少顔の向きが変わっても、その素顔を見る事は出来ないだろう。

 だというのに、結希乃にはその顔面が分かるような気がした。

 

 ――似ている。

 そうだと確信できる程に、目の前の女性は結希乃が良く知る存在とよく似ていた。

 まずは先手を取らなければ、相手にイニシアチブを譲る訳にはいかない、そう思っていたのだが、しかし先に口を開いたのは相手の方だった。

 

「――名乗れ」

 

 高圧的な言い方だった。

 だが、それを当然と受け止める自分がいるのを、結希乃は確かに自覚していた。

 まるで神威だ。不思議とオミカゲ様と対面した時の事を思い出す。そう考えてしまった自分を心の中で叱りつけ、その思考を外に追い出し彼女を見る。

 

 机に腰掛けた態度から見ても、こちらを敵と認識しているようには見えない。その意思がないだけか、それとも敵にすらならないと思っているのか……その両方である気がした。

 

 千歳に彼我の実力差は理解できていないようだった。

 結希乃に対する、あるいは御由緒家に対する無礼に頭が登り、気炎を上げて足を踏み出そうとする。結希乃はそれをやんわりと止め、そして確信した。

 

 SNSの動画を見ながら、もしかしたら彼女は神宮に縁のある人物かと思ったが、だとすれば御由緒家を知らないというのは不自然だ。それほど御由緒家と神宮との結びつきは強い。

 だが、知らない振りをしている様子もない。

 だから改めて確認の意味を込めて言ったのだが、返ってきたのは当然だという肯定だった。

 

「貴女は間違いなく神宮勢力ではない」

「分かりきった事ではないのか、それは?」

 

 その台詞は予想済みであったのにも関わらず、結希乃の胸を千千に切り裂くような思いがした。当然という気持ちと、何故という気持ちが綯い交ぜになる。

 その感情さえ、結希乃には浮かぶ理由が分からなかった。

 

 だが今は、そんな事は些細な事だった。

 相手は対話に応じた。武器を持ち、構える千歳にすら警戒する素振りだけは見せて、実際に動こうとはしない。

 

 それならそれで良かった。

 本作戦の目標は、取引現場を押えるまでこの場に拘束し続けること。それが叶うなら、多少の挑発行為とて歓迎したいぐらいだった。

 

 注意を向けているという点には成功した、というべきだろうか。

 その時、結界が発動し、全ての騒音が掻き消えた。

 まずは第一段階成功だ、と胸を撫で下ろしたところで、彼女らには逃げる方法も、その手段も持っているのだと分かった。

 結界を内側から抜け出すなど、本来なら考えられない事態だ。彼女たちが常に余裕の態度を崩さないのも、それが可能など端から疑ってないからだろう。

 

「抵抗しないで頂きたい! この場に留まり、動かないで欲しいだけです! 事が終われば解放します!」

 

 誓って嘘を言ってはいなかった。

 ただ取引が終わるまで動かないでいて欲しかっただけだ。だが、刀を持ち出した威嚇も意味はなかった。

 

 銀髪の少女が制御する理術は、その正確なところを掴めるものではなかったが、発動させては拙いという事だけは分かった。

 あれが発動すれば逃げられる、そう直感して國貞へ檄を飛ばすも意味はなかった。

 

 理術の発動を許して、結希乃は歯噛みする。

 このままでは逃がす。取引開始の時間はまだ先だ。ここで逃がせば、おそらく取引は中止する。次はより深く闇に沈み、容易に機会を握らせてはくれないだろう。

 無理矢理にでも攻撃をしかけて止めるべきか、しかし本当に攻撃する訳にもいかない。

 

 逡巡しながら刀を握り直した時、彼女らは早々に都合をつけて逃げ出す算段を話し始めた。

 ここに結希乃がおり、止める為に武器すら向ける相手に対し、まるで意も向けず呑気に語る様は、結希乃にしても頭に血が上る思いがした。

 

「――ま、待て! 動かないで頂きたい、と言った筈!」

 

 結希乃の制止にも意味がなかった。

 彼女らは窓から飛び出し逃げていく。だと言うのに、その中にあってリーダーと銀髪は部屋に残った。それを不審に思ったが、しかし逃げた事を伝えない訳にもいかない。

 

 ビルから逃げ出したとしても、結界内で抑え込んだなら問題なし。まだ失敗と決まった訳でもない。

 結希乃はインカムに指を当て、叫ぶように指示を出す。

 

「ビルから三名逃走した! 対象は結界を抜ける恐れ在り、何としても途中で食い止めろ!」

 

 初めから逃げられる可能性は考慮していた。

 それ故に御由緒家も用意していたのだ。彼らは二個小隊で一人を相手するよう作戦で指示してある。可能であれば、それ以外の小隊が二つに分断するよう指示もしている。

 そこからは、各々の得意な方法で結界内で食い止めてもらう事になる。

 

 しかしそれも、長くは保たないというのが我々の総意で、だから結希乃も即座に追いかけたいと思っているのだが、まさか目の前の女性たちを放って行く訳にはいかない。

 こちらを拘束しておけるなら、その意味は大きい。

 

 だが、そう思っていたのは間違いだった。

 指示をしながら、せめて牽制程度の攻撃を向けておくべきだったと後悔する。

 目の前で行われる、銀髪の少女による理術制御、そして行われる大規模理術。

 本来なら小隊二つを使って発動できるとされる理術を、一人で、しかも有利である筈の妨害すらさせずに発動させてしまった。

 

 結希乃は唇を噛みそうになる。

 元より勝つ為に動いていた訳ではない。結希乃達が拘束されることで相手の時間を拘束できるなら、それはそれで有意義である。

 

 だがそれは思い違いだった。

 展開された術は全方位を氷で囲む牢のようであったが、同時に攻撃できる悪魔の腹の中でもあった。怒りと共に飛び出した千歳は、その氷で出来た槍にあわや串刺しにされるところだった。

 

 それだけではない。

 今や抵抗する事に意味はなく、ただ可能な限り情報を与えず長い時間、彼女たちを拘束できるかを考えなくてはならなかった。

 

 ――不興を買わないこと。

 勅と共に送られた一枚の手紙を思い出す。あるいはこうなる状況を想定してあったとしか思えない文面だった。

 

 馬鹿な、と思いながらも、あるいは、と考えられる事態だった。

 もし今回の勅が実はオミカゲ様より下ったものであったら、先を見通した指示すら必然であるかもしれない。

 

 だから結希乃は聞かれるままに答えを返す。

 話せない事もあると言えば、あっさりと納得したのは、聞きたい事に機密性は低かったからか。

 

 そう思ったのは聞いてくる内容が表面的な事ばかりだったのに加え、結希乃たちが所属する組織について深く聞こうとしなかったからだ。

 そしてそれは、オミカゲ様にすら言及がない事で確信に変わった。

 

 彼女は言葉通り、単に報復する事しか頭にない。

 怒りに狂っているという訳ではなかった。単純に彼女のポリシーがそうさせるのだろう。それこそヤクザやマフィアと変わらない、自分にとって都合の良い、自分の為に法を無視して動いている。

 

 力ある故に、力持つ傲慢さ故に狂ったとでも言うのか。

 オミカゲ様の膝下で、それを許されると思っているのは許し難かった。

 

 刀を握る手に力が籠もる。

 結希乃の倫理が、結希乃の正義が、結希乃の志が、彼女を好きにさせるべきではないと叫んでいた。彼女の行いは子供の稚気と変わらない。

 殴られたのだから殴り返す事が、常に正しい訳ではないと、知っていなければならない。

 だが彼女は、結希乃の思いの丈など棒にもかからぬと、あっさりと振り払ってしまった。

 

「ただ一つ言っておく、我々の邪魔をするな」

「――待て!」

 

 結希乃が抜刀と同時に踏み出すのと、彼女達の姿が掻き消えるのは同時だった。

 渾身の理術制御で一足飛びに接近したものの、しかし結希乃の刀は空を切る。当てるつもりはなかった、しかし当たっても構うまいと考えての一閃だった。

 

 まさか瞬間移動などという幻想が実現するとは思ってもいなかった。せめて受けるか躱すかという動きを見せると思っていただけに、二の撃があると初動が遅れた。

 結希乃は己の不甲斐なさを嘆き、怒りと悲嘆の混ざる唸り声を上げるしかなかった。

 

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