【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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神明裁判 その5

 アキラは視線を床に向けながら、その言葉にポカンと口を開けた。

 喜ばしいと思いつつ、納得できない自分がいる。

 

 無罪な事は喜ばしい。罪を問わないと、神の口から言われたのだ。

 しかし、何故と思わずにはいられない。罪を(つまび)らかにし、その上で神判による無罪を言い渡す為に、こんな事を始めたのか。

 ……一体なんの為に。

 

 その時、ミレイユが茶番と言った事を思い出した。

 最初から有罪になると知っていたからと思っていたが、もしかすると、逆にこうなる事を知っていたのだろうか。だからあれほど余裕を見せていたのだろうか。

 

 だが、だとすると何故、ミレイユがそれを知っていたのかという疑問が出てくる。

 アキラはもう何が何だか分からなかった。考えても分からないだろう事は理解しているが、誰か教えてくれという思いが脳内を駆け回る。

 

 そこへオミカゲ様の声が降りてきた。

 

「納得し辛い判決であろうな。……よい、理解しておる。一同、面を上げよ。全て説明する」

 

 神の許しがあって、アキラは顔を上げた。

 誰しも頭を垂れていた中、やはりアヴェリン達は頭を下げずにいたようだ。やるせない気持ちを抑えながら、とにかくアキラは続く言葉を待った。

 

「まず最初に、この場に我の望む者全てが集った事、嬉しく思う。急な呼び出しに苦労を掛けた事だろう。……大儀であった」

 

 その一言で、またも背後から整然とした衣擦れの音がする。彼らが深々と一礼しているのだろうと思われた。アキラもまた礼をした方がいいのかと思ったが、言葉の意味を考えれば傍聴席へ呼びかけたものだろうし、それだとアキラが頭を下げるのは不自然だ。

 しかし何もせずにいられず、とりあえず顎を引いて軽く俯く程度に礼を示した。

 

 背後の衣擦れが再び聞こえて、それでアキラも視線を戻す。

 ミレイユに顔を向けると、明らかに苛ついている様子だった。不機嫌な表情を隠しもせずに、御簾の向こうへ鋭い視線を向けている。

 

「我が無罪と判じた理由は先に言ったとおり。只人ではない、という理由。しかしこれは、単に日本国の国民ではないから、という意味ではない」

 

 オミカゲ様が一度言葉を切って、そして外に向けて手を振った。

 まるで人払いするかのような振り方だったが、それで後ろに控えていたらしい巫女が前に進み出て、まずオミカゲ様に向けて一礼した。

 続いてその御簾に手を掛けて、その前面部分を取り払って玉顔を顕にする。

 

「……ッ!!」

 

 アキラは言葉にならない悲鳴を上げた。

 その玉顔を目に出来た事にも驚いたが、しかし真に心を乱したのは別のところにあった。

 

 オミカゲ様のご尊顔を目にする機会というのは、実は意外に多い。多くは写真や絵画に寄るところだが、奉納試合など世間に接する事はあるので、そこから垣間見える機会も多いのだ。

 

 では何に驚いたかというと、その玉顔ばかりではなく感じられるマナがミレイユに良く似ていた事からだった。

 御簾を取り払い、中で正座している御姿が目に入ったと同時、まるでそれまで封じられていたかのように、ふわりと流れて来たマナが肌を撫でた。

 

 毎日のように目にするものだから、ミレイユのマナはよく覚えている。

 全くの同一のようにすら思えた。アキラは未だに未熟な身だから正確に読み取る事は難しい。それでも、個々の資質がここまで似るのは偶然とは思えなかった。

 

 アキラは改めてその玉顔に目を移す。

 オミカゲ様の表情はミレイユに比べて平坦で無感動。席の位置から考えても、どうしても見下ろす形になるから余計に冷たい印象を受ける。

 

 髪の毛は長く胸に届く長さで総白髪。白髪というより純白、雪原の上で新雪が輝くような眩しさを放っている。その髪に負けぬ輝かしさを放つのは、深紅の瞳だ。

 赤よりも赤く、そして瞳孔の具合で少し黒くも見える。その瞳に射貫かれでもしたら、どのような嘘も欺瞞も言えなくなりそうな気がした。

 

 御装束には巫女服にも似た神御衣(かんみそ)で、豪華な巫女服のようにも見える。

 元より巫女服はオミカゲ様の神御衣を簡略化したものとしてデザインされているから、その着相が似た印象を受けるのは当然だった。

 

 ただやはり違うのは使われる色が朱だけでなく、金糸銀糸を縫い込まれている点で、更に肩から柔らかそうな領巾を掛けて前に流している。

 その首元や耳元にも金で輝く装身具が纏われ、その輝き以上に美しさを引き出していた。

 頭の上には宝冠が乗せられ、金と輝石を用いられた傑作は神を神足らしめん威厳を表している。

 

 アキラはこれほど瓜二つの存在がいるものなのか、と唖然とした気持ちになった。

 双子と言われても信じられる程、その容姿はあまりに似か寄りすぎている。事ここに来て、ミレイユがオミカゲ様と全くの無関係とは思えなかった。

 茶番だと強気の発言をした事についても、彼女はその関係について既にアタリを着けていたのではないか。

 アキラには、そう思えてならない。

 

 オミカゲ様がその双眸で一同を睥睨したのが見えた。

 目を合わせるのが恐れ多くて、アキラは咄嗟に目を伏せる。そして痛いほどの沈黙のなか、オミカゲ様の視線はミレイユで止まった。

 

「――この者、我が御子である」

 

 アキラは今度こそ音にならない悲鳴を上げた。

 背後にいる御由緒家を始めとした名家も同様で、流石に無言を貫き通すのは不可能だったようだ。不敬と分かっても、言葉にならない溜め息とも悲鳴とも、感嘆ともとれない声が漏れ聞こえてくる。

 

 ミレイユはどうしているかと見てみれば、そこには挑むように睨みつけている姿があった。

 神の発言中、何人たりともその言葉を遮ってはならない、という常識を無視して彼女は叫ぶように言った。

 

「馬鹿な、有り得ない!」

 

 それは傍聴席にいる者、あるいは全てを代弁するような発言だったが、同時にアキラは不思議に思う。てっきり、身内である事を理解していての強気な態度、強気な発言だと思っていた。

 しかし今の彼女は本気で動揺しているように見える。

 

「私に親はいない! いる筈がない!」

「筈がない、というのは可笑しな話であろう。桃を割って中から生まれてきたとでも? 親なくして子は生まれまい」

「桃でなくとも、無から生まれる事はあるだろうさ」

「道理に合わぬ事を言う」

 

 ミレイユの焦燥感溢れる声と対象に、オミカゲ様の声はどこまでも平坦だった。

 端から聞いているアキラでさえ、理屈に合わない事を言っているのはミレイユだと分かる。突然親だと名乗る者が出てきて、しかもそれが神様となれば動揺するのも当然かもしれないが、ミレイユの様子は単に事実を認めないと駄々をこねているようにしか見えない。

 

 ミレイユはかつて、親がいないとアキラに言った。

 物心つくより前に捨てられたのだと勝手に想像していたし、ミレイユからすれば実際そのとおりだったのかもしれないが、ここまで強く拒絶するからには何か理由でもあるのだろうか。

 

 捨てられた恨みか、それとも実は突然の事態で混乱しているだけか。

 常に余裕ある態度を見せてきたミレイユが、これほど取り乱すのは初めて見た。しかし自分の身に置き換えてみれば当然、捨てた筈の親が突然現れたら、アキラだって取り乱す。

 

 しかもこのような場、そしてあのような神なのだ。

 ミレイユはとても、平静ではいられないだろう。

 

 ただ少し思うのは、あそこまで強く拒絶されるオミカゲ様も不憫に思う、という事だった。

 

「……されど、即座に納得できぬのもまた道理。寝耳に水の事であろうしな」

「する訳がないだろう。……何を企んでいる」

 

 ミレイユが警戒も顕に睨みつけ、それを平坦な視線でオミカゲ様が受け止める。

 そこへ遂に堪りかねた裁判長が、神の発言中であると知りつつ口を挟んだ。その怒号に合わせて、周囲の警護の為に立っていた兵もまた槍の穂先をミレイユに向ける。

 

「被告人、先程からどういうつもりだ! オミカゲ様に対してあまりに無礼! あまりに不敬! 例え他の罪が赦されようとも、神への不敬で罰せられよう!」

「――よいのだ、頭師裁判長」

 

 裁判長の熱の籠もった言葉は、しかし他ならぬオミカゲ様によって止められた。

 言葉を放つ毎に顔を赤くさせていたが、その一言で一気に鎮静し、兵達もまた構えを戻す。

 

「他の者ならば赦さぬ。……しかし、この者については例外。この場で宣言しよう。この者に限り、我に対して不忠不敬は何ら咎めに値せぬ。(みな)もよく心得えよ」

「……ハッ! 出過ぎたことを申し、大変申し訳ございません!」

「よい。そなたの忠義、嬉しく思う」

「勿体なきお言葉!」

 

 裁判長は感涙にむせび泣きそうな勢いで平伏した。勿論、オミカゲ様は裁判長の背後だし、そもそも座っているしで、正しい形での平伏ではなかった。しかし、頭のツムジが見える程に深く頭を下げているのを見れば、その敬意は窺える。

 

 アキラは背後を窺って見たい気持ちを必死で抑えて、膝の上で握った拳を見つめた。

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