【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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神明裁判 その6

 御由緒家を始めとした彼らは一体どうしているだろう。そして、どういう表情でミレイユ達の遣り取りを見ているのだろう。

 やはり納得できずにいるのだろうか。

 それとも、今のオミカゲ様の発言で、より信憑性を増したと考えるのだろうか。

 

 実際、オミカゲ様が己への態度としてあらゆる不敬を許すと言ったのは、明らかに過度な対応だ。名家であっても、あるいは名家であればこそ、親への不敬は咎めるに十分な要因になる。

 

 家の中にあっても軽薄な発言を許さず、厳しく教育していたりするものだ。それを考えれば、神が子に許す範囲を大きく逸脱しているように思えてならない。

 それともアキラが知らないだけで、神が思う親子間の敬意とは、それほど緩いものなのだろうか。

 

 ミレイユは変わらぬ挑むような目つきで、オミカゲ様を見ていた。

 ただ言われるままではない、と反撃を考えているかのようだった。そしてそれは事実だったようで、裁判長が顔を上げるよりも早く口火を切る。

 

「親だと? 道理に合わないというなら、父は誰だ。誰との間に設けた子だ」

 

 傍聴席からざわめきが生まれる。

 それは確かに無視できない発言だった。子が桃から生まれないのと同様、女ひとりで子は孕めない。それが誰かというのは重大な問題だった。

 

「それは言えぬ」

「言えない? 知らないの間違いだろう。私に親などいないのだから……!」

「いいや、言えぬのだ。お前の父神は今も高天原におるが、さりとて婚姻をした訳でもない。名を明らかにすれば、奉る神社関係が黙っておらぬ。権威、金銭、政治、あらゆる面倒事が発する事になる」

「下らない。そんな事の為に公表できないと?」

「神の権威とは、それ程のものなのだ。我と深い結び付きが出来た神社は、ある種の快挙として祭り上げられるだろう。その神社の宮司だからという理由で、大きな権威すら与える事にも成り得る。私の預かり知らぬところで信仰を売り物に便宜を図り、また見返りを求めるだろう。名を出す訳にはいかぬ」

 

 神が一人の男神を庇う説明に、ミレイユは顔を顰めて押し黙る。

 これでは幾ら言えと押しても決して頷かない事を悟ったのだろう。この場で聞いているだけのアキラにしても、言い訳に過ぎないのだと理解しても、それを理由に突き崩す事は出来ないのだと分かる。

 

 同じ神とはいえ、一人の男が神の情によって守られている。それが羨ましくもあり、妬ましくもある。複雑な感情が胸を駆けた。

 

 ミレイユは更なる追求は諦めたようで、つまらなそうに息を吐いて腕を組む。片手を軽く上げて自身の顎先付近をトントンと叩いた。

 

「それで、私が御子とやらと決めつけたのは、この顔が良く似ているからか?」

「一つの要因には違いない。だが、そもそも容姿の類似は、まず先に詐欺を疑う。『オミカゲ様の子を名乗りゃ、嘘つき詐欺師、雷打たれろ』……聞き覚えは?」

 

 ない、とミレイユが簡潔に答えると、オミカゲ様は平坦な視線に満足気な雰囲気を纏わせて頷く。

 ミレイユなら知らなくて当然だが、日本人なら一度は聞いたことのあるフレーズだった。元はわらべ唄の一節で、その一部分を変えたものだと聞いた事がある。ただし、詳しい事までは知らない。

 

 だが、その唄の言いたい事は明らかだ。

 オミカゲ様の子だと嘘を付くような者は、嘘つきか詐欺師のどちらかだ。そんな奴は雷に打たれてしまえ、という意味だ。

 

 御由緒家がその末裔だとは世に広く知られている事だが、それ以外にも末裔はいると声高に主張した者がいた。事実かどうかは問題ではなかった。御由緒家という血筋があるのも確かなら、落し胤がいたとしても不思議ではない、という主張だ。

 

 そしてその主張を拡大させ、オミカゲ様の子だと言う者すら現れた。

 時には傷を癒やし病を癒すような輩まで現れ、その言葉に信憑性すら現れたが、その全てが偽物だった。では何故、偽物だと分かったのか。

 話は簡単、神宮にまで呼びつけた上で、オミカゲ様自らその真偽を確かめたからだった。

 

「本日行われた神明裁判と同じ理屈よ。我が子を名乗るならば、理力を扱えて当然。扱えれば一つの証明にはなる。出来なければ果断な罰が下されるのみ。……その中には偶然にも理力の素養を感じさせる者もいたが、最終的に我の要求には応えられず、やはり厳罰が下った」

 

 その多くの逸話の中にあって、誰一人オミカゲ様に認められる者は現れなかった。オミカゲ様が直接問い質した上での結果なので、民衆は大いに納得し、次第にそれを名乗る者も見かけなくなった。

 今ではオミカゲ様の子を名乗るのは、馬鹿の代名詞とさえ言われる。

 

「そなたは理力を扱える。使えと命じられるよりも前に、既にその場面を目撃されておる。そなたの主張ではなく、客観的事実として理力を使えると証明された。それが一つの理由ではある」

「だが残念ながら、私が使うのは理力ではない。――魔力だ。よく似ているのかもしれないが、別物だろう」

 

 ミレイユが顔を顰めながら否定しても、オミカゲ様の表情は平坦なまま変わらない。

 

「その認識こそが誤りである。そなたの扱うその力は神の理の力。そして人によっては理外の力。故に理力と呼ばれる。そなたが振るう力は理力に違いない」

「馬鹿な……、有り得ない……」

「受け入れやすいというなら、単に言葉の違いと表現してやっても良い。それは似ているのではない、全く同質のものである」

 

 ミレイユはただ(かぶり)を振って否定している。しかし言葉もなく主張もなく、ただ否定しているようでは、駄々をこねているのと変わりない。

 弱々しく見えるその姿に、アキラの胸が傷んだ。

 

「単に顔が似ているというだけで、我が御子と判断した訳ではない。似た顔でありつつ理力もある。十分な理由ではないか?」

「……いいや、どちらにしても子でもなければ親でもない。認められない。そんな筈がない」

「捨てられたと思ったか。近くにあっては不都合故に、外で育てさせたというだけの話。我がヤヤゴとなれば、どのような者が近寄るか分からぬ。内にいるより遥かに安全であった」

 

 ミレイユは苛立たしげに鼻を鳴らした。

 組んだ腕を強く握り、足も小刻みに動かしている。強いストレスを感じているようだ。

 

「育てるだと? 育てられてなんかいない。私に幼少期など――そんなもの……!」

「――相分かった」

 

 言い募ろうとしたミレイユの声を遮って、オミカゲ様が声を上げた。

 

「確かに性急過ぎたかもしれぬ。だが、お前の犯した罪がどのようなものであろうとも、如何なる罰も与える事は出来ぬと証明したかっただけなのだ。――人の法で神は裁けぬ、とな」

 

 そういう事だったのか、とアキラは漸く納得した。

 ここまで多くの名家や大家を呼びつけて、わざわざ秘密裁判まで開いてやることが無罪判決では納得できないのではないか、と思っていた。

 

 だが、これがオミカゲ様の御子としてのお披露目も兼ねているというのなら、納得できるものもある。背後から聞こえてくるざわめきも、恐らく同じような感想になっているのではないか。

 

 もしかしたら、今までがそうだったように遠くから見守るだけだった可能性もある。

 だが今回、ミレイユは明確に法を犯した。単なる窃盗や暴行ではなく、理力を用いた犯行だ。公にされないよう法整備すらされていたのに、それを無視して大暴れしたとなれば、実刑は免れぬと見て動いたのだろう。

 

 だがこうして大っぴらに動いたとなれば、当然その説明も求められる。

 だからいっそ、全てをオミカゲ様の信頼する一部の者へ白日のもとへ晒すつもりになったのではないか。

 

 アキラなんぞは完全に場違いで、単に巻き込まれただけの小市民に過ぎないが、それでも一応ミレイユの関係者として、周知させる目的もあるのかもしれない。

 

 ――それは流石に考えすぎか。

 アヴェリンを始めとした三人は、完全に面通しの意味合いはあるだろうな、と思いながら、アキラはミレイユの顔を見つめた。

 

 そこには、今まさにオミカゲ様より放たれた白い紙らしきものが、ミレイユの手元に舞い落ちたところだった。

 その紙をじっと見つめ、そして唐突に握りしめられる。

 顔を上げたミレイユの表情は、大いに顰められていた。何かが書いてあったのだろうと思うが、一瞬の制御で魔術を練ると、あっという間に灰にしてしまう。

 

 オミカゲ様が声を上げる。先程よりも大きな、朗々と響くような声だった。

 

「最後に一つ。一つだけ望む。この場で神威を見せてみよ」

「神威……? 無理を言うな、私は神じゃない。神威など持ち合わせていない」

 

 ミレイユは小馬鹿にするように頭を振った。ささやかな抵抗に成功したと思っているような顔だった。

 オミカゲ様は一つ頷き、そして続ける。

 

「この場に呼ばれ、侍る事を許された者どもに、我が神威を感じ間違える者などおらぬ」

 

 アキラは元よりミレイユもまた、その言葉の真意を理解できていないようだった。ミレイユの困惑する様子をよそに、オミカゲ様は傍聴席に座る者たちを睥睨しては満足気に頷いて見せる。

 どうやら傍聴席のお歴々たちは、それに頷きでも返したらしい。

 

「神威とはこれだ、見せてみよ」

 

 言うや否や、御簾を上げた時と同様、マナがオミカゲ様よりマナが溢れた。ミレイユと同様のものだと感じたあのマナが、先程より遥かに多い量が部屋中に満ちる。

 ごく軽く少量ではあったのだろう。

 

 いつだかミレイユにされた時に比べ、気分はそれほど悪くはならない。慣れるものだしな、とも言っていた。そのせいでもあるかもしれない。

 ――だが、とアキラは思う。

 

 だがこれを神威と言うのは詐欺のようなものなのではないか、という気持ちが湧き上がる。本当の意味の神威などアキラは知らないが、単に自己から生成されたマナを放出しただけのこと。

 だが同時に神から受ける威圧というなら、間違いでもない気がする。

 難しく眉根を寄せている間に、ミレイユも同じことをして見せる気になったようだ。

 

 肩を竦めると一度深呼吸して、そして部屋中全てを覆う程のマナが溢れる。手加減をする気がないのか、あるいはストレス発散のつもりか。先程よりも強力なマナが突風のように吹き荒れ、そして出現と同様、瞬間的に収まった。

 

 その直後の変化は劇的だった。

 傍聴席に座っていた者達全員、立ち上がる音がする。咄嗟に背後を振り返って見れば、そこでは一糸乱れず最敬礼の角度で腰を曲げている者たちが目に映る。

 

 兵たちも槍を床に置いて平伏していた。

 扉の前に陣取っていた老齢の巫女もまた同様で、膝を畳んでは、見事に背筋を伸ばした礼を見せている。

 

 アキラもそれらに倣った方がいいのか逡巡する。

 しかしアヴェリン達は動こうとしないし、一体どうしたらと視線を彷徨わせていると、オミカゲ様が今迄のどれより大きく威厳に満ちた声を放った。

 

「この者、神威を発揮し、ここに神の一柱であると証明した! これよりは我が御子として、相応しい敬意を払うよう命じる!」

「神命、しかと承りましてございます」

 

 老齢の巫女が代表して声を上げた。オミカゲ様は更に続ける。

 

「また、御名を神鈴由良豊布都姫神(みれいゆらとよふつひめ)と称し、呼び慣わす事を重ねて命ずる」

「ハッ! ご尊名賜りましたこと、光栄に存じます! その御名、神鈴由良豊布都姫神様。オミカゲ様の御子として、また一柱の神として頂く栄誉賜りましたこと、御礼申し上げます!」

 

 老齢とは思えぬ声量、肺活量だった。

 アキラが呆然としている間に何かの神聖な遣り取り、口上は終わったらしく、シンと静まってからもどうしていいのか、顔を左右に向けてしまった。

 

 更にオミカゲ様の声が頭上から落ちてきて、アキラはとりあえず頭を下げた。

 

「これにて閉廷とする! 大儀であった!」

 

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