【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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一難去って その4

 ミレイユは溜め息を一つ吐いて、胸の下で腕を組もうとして断念した。袖に袂のついた服では嵩張って腕が届かない。仕方なくオミカゲ様のように袂の口へ、それぞれ手を差し込んだ。

 

「……とにかく、現状は結界の縮小化に大して有効な手立てはない、という事だな」

「然様。それが可能なら最善であったろう」

 

 オミカゲ様もまた、ミレイユにつられてか小さく息を吐いた。

 

「これまでは鬼も弱かったから対処出来てきた。相対的に孔も小さかったが故に、その封じ込めも可能としていた。だが同時に、孔への対処は遠からず崩壊すると、最初から予想できておった。だから水際の次善策として、強力な鬼への対処法を優先させたのよ」

「御由緒家の強兵化は、とりあえず上手くいったと思って良いだろうな……。しかし、敵の強さは時を経る毎に増して行くんだろう? 御由緒家ですら最早十分とは言えない。強化レースに負ける日は近いぞ」

「然様……。今ではないが、その危機はすぐ近くまで来ておる。――そこで、本題の二つ目だ」

「……あぁ、嫌な予感がしてきた」

 

 ミレイユはあからさまに顔を顰めて横を向く。オミカゲ様から視線を切って、とにかくその話題から遠ざかろうと健気な努力を続けた。

 だがその現実逃避に意味はなく、オミカゲ様の口も止まらない。

 

「これからの教育に、より適した教官が必要だと考えておる」

「それは結構な事だが、言ってる意味が分からんな。そういう事は、教員免許を持ってる奴に話してくれ」

 

 ミレイユはあくまで視線を合わせず、蝿を払うかのように手首を動かす。

 その横顔に視線がビシビシと突き刺さるのを感じながらも、あくまで自分とは無関係だというスタンスを崩さなかった。

 

「教えて欲しいのは学業ではないし、まして優良な成績を取らせる事でもない。資格なんぞ必要ないし、そもそも御子神としての身分はあらゆる資格を超越する。時に法を無視する事があっても、その意志が尊重されよう。教官役程度、どうとでもなる」

「分からず言ってるのか? それとも分かってて惚けているのか? 私はやりたくない、という話をしてるんだが」

 

 ミレイユはキッパリと拒否を示したが、オミカゲ様はそれに笑って応える。

 心の内を見透かすような、柔らかい視線を向けてきた。

 

「されど、日頃暇を持て余しているであろう? 何かやる事がないかと思っていたのではないか? 時間を持て余しているようだと、報告を受けておるぞ」

「それはお前が、外出を困難にさせていたせいだ。何が残りの時間を楽しめだ。中庭ばかり見つめていたら、暇に感じるのは当然だろうが」

「外出するのを止めた事などない。望みは叶えるよう、女官たちにも申し伝えておる」

 

 オミカゲ様の言う事は嘘ではなかった。

 ミレイユが望めば、それを実現させようと努力を厭わない。外出も実際、女官たちに止められた訳ではなかった。それを実現させるべく動き、結果として神輿を用意され、その上に乗って移動すると伝えられたから断っただけだ。

 

 神は地に足を着けて移動するものではないらしい。

 店先に入る事などあれば、無論神輿を降りねばならないが、自分の足で歩くという事をさせたくないのだろう。その間、神輿を担ぐのは当然、神の護衛を任されている由井園家から選ばれる事になる。

 

 人力車のようなものだ、と言われても実情は全く異なる。

 御簾が降ろされているから外から顔は見えないのだとしても、移動速度は遅すぎるし、そもそも担がれて移動する趣味もない。

 

 当然、とんでもない衆目を浴びるだろう。

 見世物になって移動する事になり、降りる時ともなればその表情を見られる事にもなる。羞恥で震えているか、あるいは能面のような無表情を晒すことになるだろう。

 そのような忌々しい気持ちになるぐらいなら、初めから外に出ない方がマシだった。

 

 コンビニに行くにも映画に行くにも、ちょっと喫茶店まで行くにもそのような対応なら、来店された店主だって気が気じゃないだろう。

 作法を習った者が出迎えなければ不敬となるだろうし、間違いがあれば咎められるだけでは済みそうもない。ミレイユにその気がなくとも、付き添いの女官が叱責を飛ばしそうだ。

 

 アヴェリンなども着いてくるにしろ、一人で移動も許されない。

 そして大名行列のような移動をすると分かって、それでどうして外に出たいと思うだろう。

 

 一度勝手に塀を越えようとしたら、あっさりと由井園に見つかって涙ながらに嘆願された。

 逃亡を許すような不手際があれば腹を切るしか無いと言われれば、知った事かと飛び越して行くのも憚られた。あれは単なる脅しではない、彼らはオミカゲ様に面目が立たないと思えば、本気で腹を切る。

 

 それが分かるから、ミレイユもすごすごと帰るしかなかった。

 断りを入れて、帰宅時間を告げれば箱庭に入る事も出来るものの――。

 ミレイユはその時の事を思い出して溜め息を吐いた。

 

 箱庭はアキラの部屋にも通じているので、そこから外に出る事が出来る。

 だから、そこから喫茶店にでも行こうと思っていたのだが、周囲は以前とは全く違った包囲網が築かれていた。そして、それを全く隠そうとしていない。

 

 というより、むしろ気づかせたいのだ。

 あなたを見張っています、と言葉にせず明確に告げている。それを無視して外に出れば、恐らく翌日にはオミカゲ様を通して、説教めいた苦言が飛んでくるのだろう。

 

 それが容易に想像できて、ミレイユはアパートからも外に出る事を断念した。

 そういう訳で、やる事もなく中庭を見つめているか、その中庭を散歩するかしか、許される行動がなかった。奥御殿の中を探検する事も考えたが、どこでも大抵、女官がいて仕事をしている。

 ただ通り過ぎるだけでも、彼女らは手を止め足を止め拝礼する。その仕事を中断させる事になるので、そもそも御殿を意味なく歩くこともやめにした。

 

 暇を持て余していると言われれば、そのとおり。

 ミレイユは時間を持て余している。箱庭に引き籠もっていたところでやる事がないのは同じなものの、女官に対する気遣いがない分、よほど楽だ。

 とはいえ、いつまでも箱庭に居ると、帰ってこない御子神に対してオミカゲ様へ報告が行き、そして聞きたくもない小言を聞く破目になる。

 

 どうにもこうにもままならず、無駄に時間を溶かす事を生業としているような有様だった。

 それを思えば、何か役目を与えられるのは悪くない事のように思える。

 ――しかし。

 

 絶対面倒だし、厄介だろう、という気持ちが胸中で渦巻く。

 単に目の前に立っている相手を打ちのめせば良い、という問題ではない。それを通じて戦力の向上を教え、そして過ぎた力に驕る事無いよう導く必要すらあるだろう。

 

 それを思えば、素直に頷く事は出来なかった。

 正直に言えば荷が重い。高い成績を残したスポーツ選手が、良き指導者になるかどうかは別の話という問題に良く似ている。

 

 そして間違いなく、ミレイユは指導役に向いていない。

 自分自身の事なのに、オミカゲ様にそれが分かっていない筈がないのだ。それでも勧めようというのが、不可解で不可思議だった。

 

 その困惑の色を受け取ったのだろう、オミカゲ様が神妙な口振りで言ってきた。

 

「我がそなたに頼みたいと思う理由は幾つかある。一つは、新たな理術を修得出来る者に、それを授ける事が出来るから」

「……ま、そうだな。あの場にいた御由緒家がそうであるように、本来なら基礎術から脱却していて良い実力者は、他にもいるんだろうさ。お前がやるには時間を捻出できない、という理由も一応納得しておいてやる」

「時間以外にも、神との対面には障りが多いのよ」

 

 ミレイユは不思議に思って首を傾げた。

 

「私はいいのか?」

「そなたは正確に神として組み込まれている訳ではない。……それも時間の問題であろうが、制度上は神と認識されておらんのだ」

「お前が有力者や名家の前で宣言したろう」

「それでは不十分だと言う事よ。我の言葉は事実として重いが、御子神の顕現というのは余りに急すぎた。神と認めることに問題はないとして、その扱いを決めかねておる」

 

 言いたいことは分かる気がした。

 ミレイユを神として認めたら、その位はオミカゲ様より下位に置くのか同列にするのかで揉めるだろう。御子であるから下位であるというのも暴論で、それなら同列に置くとなれば、その権威も同列にするのかという問題も出てくる。

 

 そもそも神宮を建立して御殿を建てるべきなのか、どのように保護すべきなのか、様々な問題も格付けが済まねば、その規模も決められない。

 オミカゲ様からの意見も重要だろう。

 

 そこを(こまね)いている内は、大きい事は出来ない。

 御子神の扱いに言及するにも、諸問題が大なり小なり押し寄せる事になる。その混乱の間なら、ある程度好きなことが許されるのかもしれない。

 

 奥御殿から外に出ないオミカゲ様より、フットワークの軽い御子神を重宝するとか、そういう事にならなければ良いが……。

 背筋の凍るような思いを振り払い、ミレイユは話を戻す。

 

「……ま、言いたい事は何となく分かった。今後の為にも、御由緒家だけでなく全体的な強化を願いたいという訳だ。魔術書もない世界で新たに修得させられるのは、確かに私とお前だけだ」

「うむ。それに制御術や戦闘技術に関しても、期待したいところであるな」

「……それは別の奴に頼め」

 

 ミレイユが疲れた顔で首を横に振ると、アヴェリンが最初に名乗りを上げた。

 

「私で役立つ事なら、ミレイ様に成り代わり、その職務を真っ当したく思います」

「確かに……そなたなら戦闘技術に対して、一部の指導は任せられそうではある」

「既に一人、弟子を持って教えているぐらいだし、少しはコツも掴めているんじゃない?」

 

 オミカゲ様が一応の納得を示すと、それにユミルも追従する。

 自信が表れる表情に相好を崩すと、大いに頷いた。

 

「では、ミレイユだけでなく、アヴェリンにも頼むとしよう」

「お任せ下さい」

 

 アヴェリンは背筋を正して一礼する。

 オミカゲ様の過去やミレイユと同一の存在と認めてから、その態度は明らかに軟化し、ミレイユと同じではなくともそれに次ぐ扱いをするようになった。

 同じ扱いではないのは、主君はミレイユただ一人と定めているせいなのかもしれない。

 

「ユミルは任されてくれぬのか?」

「アタシ? この子がやれって言うならやるわよ。……でも、言わないわよね?」

 

 そう言いながら、ユミルはミレイユへ強い眼差しをぶつける。

 確認というより、言うなという脅しのように思えた。

 ミレイユは笑顔を作って頷いた。

 

「勿論、参加して貰う。大切な者を仲間外れにすると思うか? そんな残酷な真似、私には出来んよ」

「ちょっと嘘でしょ……。一人二人に、ちょちょいと教えるってだけじゃ済まないワケよね? それをやれって?」

「私だって一人二人で済むんなら、難色を示したりしないんだよ」

「ミレイ様の仰せだ、諦めろ」

 

 アヴェリンが嘲るように口を出すと、ユミルのコメカミがぴくりと動く。

 アヴェリンからすれば、ユミルが自分の思うままにならない姿を見るだけで楽しくて仕方ないのだろう。敵意をぶつけるような視線を向けられても、アヴェリンは笑みを造り、そしてそれは深まるばかりだった。

 

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