【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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静けさ、その後 その1

 アキラは何とも言えない居心地の悪さを感じながら、肩を小さくすぼめて座っていた。

 

 引き分けというのは、ユミルに取って不本意なものであったらしく、その機嫌は宜しくない。口では大人げない事はしないと言った手前、噛み付くような真似こそしないものの、眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げている。

 

 今現在、一行は観覧車に乗って、夜へ移り変わる直前の茜空と、それを照らす町並みを見つめていた。

 ルチアは窓へ齧り付く様に外を眺め、その額をガラスに付ける熱心ぶりだった。ミレイユはそれを微笑ましく見つめ、アヴェリンとユミルも、その表情に差はありつつ、やはり視線は窓の外を向いていた。

 

 その視線は窓より下ばかりではなく、その上にも向けられる。

 稜線の先へ沈み行く太陽を見ながら、ルチアはポツリと独り言を零すように言った。

 

「こんなに高い場所から、街の灯りを見下ろすなんて初めてです。空が近いと感じる日が来るとは思いませんでした」

「山の上とか、登った事はなかったんですか?」

 

 アキラは咄嗟に口から出た言葉に、もしかしたらまた訊いてはいけない事をしたかな、と周りを窺ったが、叱責めいた視線は飛んでこない。

 ルチアは相変わらず視線を窓の外へ固定したまま、アキラの質問に答えてくれた。

 

「それは勿論ありましたよ。でも山の中腹から下界を見下ろすのと、こうした平地から見下ろすのとでは、また違った感慨があるでしょう?」

「それは確かに……そうですね」

 

 アキラはいつだったか、魔術を使えるなら空を飛びたい、と言って引かれた事を思い出した。空を飛ぶ事、空への憧れを持つ事は、あちらの世界では一種の禁忌だ。

 確からしい理由は誰も知らないようだが、それが神の権能を犯す事、そして神へ近付く事を許さないから、という考えが一般的であるようだ。

 

 神は空に浮かぶ島などに住んでいる訳ではない、という話も聞いた気がするから、空への禁忌というのが実際どういう意味合いを持って語られるのか、アキラは知りようもない。

 だが、唯一鳥だけが空を飛ぶ事を許された、という話を信じるなら、神もまた人や知的生物が空へ向かう事を嫌ったという事になるのだろうか。

 

 現世にはかつて、バベルの塔を築き神へ近づこうとした人間の奢りに天罰を与えた、という神話もある。人が憧れだけで良しとせず、それを求めようとするのは世界を越えた共通認識であるのかもしれない。

 

 アキラなどは、神が空より高い場所にいるのなら、山程度の高さを飛ぶくらい許してくれても良いのに、と思ってしまう。だが、実際に存在する神からすると、やっぱり違うものなのだろうか。

 とはいえこれは、考えても仕方ない事ではあるし、アキラには一生知る機会が得られそうにない答えでもある。

 

 観覧車から町を見下ろすだけ、というのはアキラにとっては退屈なものだ。

 それで退屈を紛らわせる遊びのつもりで、物思いに耽っていたのだが、そこへユミルが未だしかめっ面のままアキラを見てきた。

 

「……アンタ、また下らないコト考えてるでしょ」

「いや、下らないって何ですか。別に……空を飛べないっていう、そちらの常識が、僕からすると不思議に思えたってだけで……」

「あぁ……。こっちじゃ良く、空を飛ぶ大きな鳥モドキもいるものねぇ」

「あの、バタバタとうるさい音を立てるやつか?」

 

 アヴェリンも会話に混ざって来て、航空機の一種を例に挙げた。

 

「それはヘリコプターですね。ユミルさんが言ったのは飛行機の方で、人だけじゃなくて物も運んだりしますよ」

「私も一度ミレイ様から聞いた事があるが……、相当巨大なものであるらしいな。飛んでる姿は幾度も見かけたが……あれが魔力もなしに飛ぶとは信じられん」

「あら、飛行機が飛ぶ原理知らないの? アタシは知ってるわよ」

「だから何だ。知ってるから偉いとでも言いたいのか?」

「いぃえぇ、とんでもないわ。……ただ、アタシは知ってるって言いたいだけで」

 

 ユミルはニンマリと嫌らしい笑みを浮かべて、小馬鹿にしたように目を細める。アヴェリンの目も細め、腕組みしていた指先から二の腕を握り締める音が聞こえた。

 二人の視線が、また危ない気配を発して交わり始める。

 

 アキラは咄嗟にミレイユへと目配せしたが、当の彼女は好きにさせる方針の様だ。流石に観覧車のような狭い空間で暴れだすような、常識なしとは思っていないらしい。

 アキラもそれを信じたいが、先程までの剣呑な雰囲気を知っていると、どうにも危なく感じてしまう。何なれば、アヴェリンの貧乏揺すり一つで観覧車が停止すると思っている。

 

 それで救いを求める目を向けるのだが、ミレイユからは可笑しそうな視線が返って来るだけで何も言ってはくれない。早々に説得の期待を諦め、アキラは二人の間へ入ることにした。

 

「まぁ、そうは言っても僕だって飛行機が何で飛ぶか知りませんけどね……!」

「……それはそれで、どうなんだ。お前の世界の事だろう?」

「いや、別に原理を知らずに使っているなんて、珍しい事じゃないですし……。ほら、魔術だって曖昧なまま使ってるって言うじゃないですか」

「それとこれとは話が別でしょ」

 

 ユミルが呆れた声で話を遮った。

 

「曖昧である事は事実だけど、それを良しとせず探求し続けているのが魔術という学問なのよ。知らないまま、ただ享受するまま使っているのと同じにされちゃ堪らないわ」

「あ、はい。すみません……」

 

 アキラは素直に謝罪をして頭を下げた。

 魔術を覚える事は、魔術書に向き合い知識の果てに得る、一種の契約だと聞いた覚えがある。確かにこれは、ただ家電を使うようなものと同一視されては堪らないだろう。侮辱と捉えられても仕方がない。

 その下げた頭に、アヴェリンの蔑みを含むような声が落ちてくる。

 

「思慮の浅いところは、いつまで経っても変わらんな……」

「そこに付いては、まぁね。でも意思を変えない部分については、アタシは結構気に入ってるんだけど」

「余り甘やかすな……。ただでさえ私の手を離れて調子に乗ってるのに、これ以上図に乗られても困る」

「……え、そんな風に思われてたんですか、僕」

 

 普段から謙虚を売りにしている訳でもないが、自らの力をひけらかす訳でも、その力で高圧的な振る舞いをした覚えもない。

 全く身に覚えのない指摘に戸惑っていると、アヴェリンが冷めた視線を向けてきた。

 

「……自覚がないのは問題だな。お前、私との鍛練より生温い環境だからと、油断しているだろう?」

「して……っ、ましたかね……?」

「言葉に一瞬詰まったというなら、全くの自覚なしという訳でもないらしいな。……お前は叩いて伸びるタイプだ、褒めて伸びない訳でもないんだろうが……」

「周りの環境に影響され易いんじゃない?」

 

 ユミルの指摘に、アヴェリンは小さく頷いた。得心したようにユミルからアキラへ顔を戻し、そして指を立てて言う。

 

「お前自身は勤勉であるものの、他より突出して突き放すより、その突出した他人と足並みを揃えようとするのかもしれないな。目立ちたくないと考えるタイプか? 他より頭一つ抜ける事を目指すより、そこで拮抗する事を選ぶ」

「あぁ、アキラってそういうトコロありそう……」

 

 アキラは完全に言葉を失くし、喉の奥まで出掛かっていた言葉も引っ込んでしまう。

 その様に考えた事はなかった。今まで才能ある者は常に自分の上にいたし、努力を続けても追いつけるものでもないと自覚していた。

 

 才能ある者は、常に追い付こう、追い縋ろうとする対象であって、それに並ぶ事すら出来ないと頭から思い込んでいた。

 だが学園に通い始めてから、それは変わった。

 アヴェリンに鍛えられた技術は確かに通じるもので、一部では御由緒家を優越するものですらあった。御由緒家は才能や才覚以上に特別な存在で、それが自分と並び立てるなど、考慮の外でしかない。

 

 だが実際は、二人相手取って善戦できるレベルで、しかもそれからは一目置かれて大事にされてきた。実際アキラは御由緒家の一員ではあったのだが、幼い頃から関わりはなく、一般人と変わらぬ位置にいた。

 

 見上げる存在に並びたいという欲はあっても、飛び越して行きたいと思う欲はない。

 指摘されるまで、その事に気が付かなかった。

 

 ある意味で、御由緒家はアヴェリン達と同様、雲の上の存在だった。

 アキラがそう信じる限り、そうでなくてはならなかったし、そうあるべき存在として、頭上に位置する存在で居て貰わなくてはならないと、根拠もなくそう思っていた。

 

 アキラは愕然とした気持ちでアヴェリンを見、そしてミレイユ達へと視線を移す。

 彼女らは特別な存在だ。

 そもそも、この世界の住人ではないという意味も含めて、決して届かぬ存在だった。それは今も変わらないが、彼女たちが魔力という異質な力で隔絶した力差を見せた事で、アキラの先入観を塗り固めてしまった。

 

 その異質な力を扱う者は、常に自分より上だと。

 才能がないと言われ続けたアキラは、それに決して追い付けないのだと。

 ――だが、今や決して、そういう訳でもないのだ。

 

 アキラは不安と期待を混ぜ合わせた視線を、アヴェリンに向ける。

 

「……師匠、僕はこれ以上強くなれますか? これよりまだ、伸び代はあるんでしょうか?」

「お前は私に何を期待してるんだ。下手な慰めなど、私の口から出ると思うか」

「いや、はい……。そうでした」

 

 アヴェリンはいつだって厳しい。優しさや情けというものが、鍛練に寄れば尚の事ない。厳しい言葉の裏には、後になって意味ある事だったと気付く事もあるが、それでも彼女の言葉はアキラの心をよく突き刺す。

 

 だが、今回はユミルがそこに助け舟を出した。

 ニヤニヤとした笑みは変わらないが、そこに幾らかの憐憫が混じっているような気がする。

 

「厳しいだけじゃ伸びないわよ、たまには褒めてあげなさいな。……アンタに伸び代があるのかと言われたら、そりゃあるわよ。ただ、今のぬるま湯では腐るだけね、もっと自分を追い込みなさい。そうすれば、また違った道が見えるかもね?」

「は、はい! ありがとうございます……!」

 

 予想外にしっかりとした返答を受け取れて、アキラは感激と共に頭を下げた。

 しっかりと数秒下を向いてから顔を上げると、不機嫌に顔を逸したアヴェリンが見える。腕を組んだ姿勢のまま、先程のユミルと表情が入れ替わったかのように憮然としていた。

 

 そこへミレイユの声が横から飛んでくる。

 

「アヴェリンは褒めるのが苦手だ。特に自分より弱い相手にはな」

 

 それは何となく分かる気がした。

 アヴェリンは強者には惜しみない賛美を向けそうだが、反して弱者には苛烈と言える程の態度を取る。弟子にした相手とはいえ、未だに弱者と変わりない相手に、素直な褒め言葉は向け辛いのだろう。

 

 それが分かってアキラは微笑み、そして無言の平手打ちが頭を襲った。

 今日幾度目かになる痛みで頭を抱え、そこにユミルの笑い声が降ってくる。一時の賑やかな笑い声が、観覧車の一室に満たされた。

 

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