【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~ 作:鉄鎖亡者
今にも掴みかかりそうになっている二人を引き離し、ミレイユは一同に向かって帽子を取って頭を下げた。
「ありがとう、皆。勝手な振る舞いをしたというのに、それでも変わらぬ誠意と信頼、嬉しく思う」
数秒姿勢を維持した後に頭を上げてみれば、そこにはそれぞれ違う笑顔を見せる三人がいる。
「アンタのそういう態度、初めて見るわね。……ちょっと、感動したわ」
「お礼を言われるような事ではありません。変わらず傍に置いて下されば、それで良いのです」
「まだちゃんと、お返しも出来ずにいたんですから。せめてそれが終わるまで、離れるなんて出来ません。これは誇りの問題でもあるんですからね」
それらの笑顔に引っ張られて、ミレイユもまた笑った後、噛み締めるように頷いた。
「……うん」
雰囲気が、ふわりと柔らかくなったような気がした。
今まで張りつめていたものが霧散し、辺りに気を配る余裕も生まれる。
ルチアといえば、元より興味があったらしい見知らぬ物体へと歩み寄った。
「それより、これ何なんでしょうね? 私の知る、如何なる物とも違う気がします」
「……それは冷蔵庫だ。物を冷やすのに使う」
へぇ、と呟き、取っ手らしき物がないことに不思議がり、表面をぺたぺたと触れて回る。
「確かに冷たいですね」
「表面が冷たい事とは関係ない。その箱の中身を冷やす為の道具だから」
「どうやって中身を見るんです?」
「勝手に開けるな。マナー違反だ」
ルチアはそれを無視して、好奇心の赴くまま扉に手を掛け、繋ぎ目がある部分に指先を差し入れた。引き出しの様に手前に開くと予想していたらしく、片開きで扉が動いたことに戸惑いを見せる。
「おっと……わっ、ホントに冷たい。中には氷もないのに、一体どうやって冷やしているんでしょう?」
「よく探してご覧なさいな。それでも氷が無いなら、きっとそういう魔道具なんでしょうよ。一体どれほど金を注ぎ込めば、こんな物が作れるのか不思議だけど。……これ、採算合ってる?」
肩を竦めて見当違いな事を言うユミルに、ミレイユは呆れながら息を吐く。
「いいから閉めろ。長居したくないんだ」
「でもですよ。ちょっと……、これ食材が入ってるんですか? それだけじゃなくて、見たこともないような物が沢山ありますよ」
ちらりと見た限りでは、確かに現代人ではないルチアには興味深い物が多数あったようだ。
パックに入ったままの卵や納豆、マーガリンや冷蔵餃子、豚肉と思わしいフリーザーバッグ に入った肉、スーパーで売ってそうな惣菜が数点。そして扉側には、牛乳を初めとした紙パック飲料などなど。
一見した限りでは一人暮らしの、凝った料理はしないタイプの冷蔵庫という感じだった。
「興味深いのはよく分かる。だが、ここは誰とも知らぬ、他人の家なんだ。勝手をするのは控えろ」
「ああ、やっぱりそうなんですね。物置小屋としてなら及第点なんだけど。自宅にしては、余りに見すぼらしいし狭すぎます」
ルチアとしては、だからこそ勝手にするんだ、とでも言いたいような口調だった。
むしろ言質を取ったから勝手をしようと言う顔をしている。
確かに、あちらの世界でミレイユは自身の邸を持っていた。旅暮らしの多い生活だったから帰ることは稀だったし、便利な家なら
さてどうしたものかと顔を巡らせると、ユミルが台所横のガスコンロへ無造作に手を伸ばしているのが見えた。
「おい、ちょっと……」
「これもまた不思議な形してるわねぇ。何に使うのかしら。儀式の道具……? 台座っぽいのもあるし。コレ、何かしら……」
コンロの摘みを弄り出したルチアの腕を掴み、強制的に入れ替わる。
元栓が閉まっていないコンロからは、半端に摘みを回したせいでガスが漏れ出している。摘みを停止位置まで戻して、異臭のする吹き出し口にパタパタと手を振った。
「あン、ちょっと……!」
「下手をすれば爆発するんだ。勝手をするなと言うのは、別に嫌がらせで言っているんじゃないんだよ」
えぇ、と顔を引くつかせて、ユミルは身を離した。
「何でそんな危険な物が無造作に置いてあるのよ。この異臭ってそういうコト? 爆発の合図なワケ?」
「そういう事じゃないが。ただ危険なだけじゃなくて便利な物でもあるんだ。……あぁ、説明してやりたいのは山々だが、そんな事してたら日が暮れる」
大体、と口にして、ミレイユは部屋を見渡した。
「ここにあるもの全て、お前たちにとっては未知だろうが、他人の所有物でもあるんだ。中には壊れやすい物だってあるし、実際壊せば面倒だ。責任なんて取れないしな」
言い終わった辺りで、冷蔵庫の横にあったレンジからピッと電子音が鳴る。無造作に弄っていたアヴェリンは、その音に身を竦ませて、縋るような視線を向けてきた。
「大丈夫、それは壊れてない。――いいから、行くぞ。ここは他人の家だと言ったろうが」
窓から外を見れば夕刻も近い。
この部屋の住人は学生の一人暮らしのように見える。もしそうだとしたら、そろそろ帰宅時間の頃合いだ。部活やバイトなど、幾らでも遅くなる要因はあるが、だとしても鉢合わせのリスクは出来るだけ負いたくない。
なるべく他人がいた痕跡は残したくない。
物を倒したり、大きく動かしたりした物もないから特別な処置は必要ないだろう。
いい加減、冷蔵庫の扉を閉めさせ、外に繋がるドアを顎で示して動くように促す。
自分自身も動きながら、その時、天井の角にある神棚が目についた。
今時の家には備え付けてないことも珍しくないというのに、まして一人暮らしの学生と思しき部屋には随分と珍しい。珍しいというだけで、その信仰心を馬鹿にするつもりは更々ないが、何となく奇妙なものを目にした気がした。
「ほら、さっさと外に出るんだ。そこの扉から出られる筈だから」
真っ先に動いたアヴェリンが扉を開けば、正面に別の扉――おそらくトイレ――があった。
そこは人が一人立てば他には誰も入れないような狭いスペースしかなく、左手には金属製の扉がある。
ドアチェーンが垂れ下がった扉なので、それが外へ繋がる扉だと分かった。
アヴェリンが扉中央に手を置き力を入れる。ガツっと何かに引っ掛かる音がするだけで、扉が開かない事を怪訝に思いつつ、そのまま力任せに開けようとした。
入口で詰まっていた二人を押しやり、ミレイユはアヴェリンの肩に手を置いて止める。
アヴェリン達が生きていた世界にドアノブなど無い。とりわけ民家に使われる扉は押すか引くかのどちらかで、指を入れる為の引手が見当たらなければ、アヴェリンが押戸だと考えるのは妥当だった。
錠にしても貧しい家は付いていない事の方が多い。例え付いていたいたとしても、横に金属棒をスライドさせる簡易的な閂のようなものが主流だった。
そのどちらもが無いのだから、アヴェリンの行動はむしろ当然というものだった。
ミレイユはドアノブに付いているツマミを捻り、鍵を外して扉を開ける。
一応、顔を出して外の様子を確認する。アパートは二階建て、他には二部屋という小さな建物だった。左の角部屋であり、正面には階段、右側の住人がこちらを意識している様子もない。
階下と道路も素早く視線を向け、安全を確認してから後ろを振り返った。
「さぁ、全員外に出ろ。なるべく声を出すな」
「警戒が必要ですか? 危険はあるのでしょうか」
「危険はない。面倒が起こるのを避けたいだけだ。なるべく痕跡を隠して出るから、とりあえず全員、階段を下りて待っていろ」
沈黙のまま頷いて、背中腰から武器を抜こうとするアヴェリンの腕を抑える。
「武器も無しだ。“中に”仕舞っておけ」
「しかし……」
重ねて無しだ、と伝えれば渋々ながら武器を収める。
そのまま懐に仕舞うような仕草で腕を内側に締めれば、武器は先端から溶けるように消えていく。
ミレイユは扉を開けたまま体をずらし、外へ動けるスペースを確保する。しようとして、すれ違うスペースすらないと悟ると一旦外に出た。
全員が隙なく警戒しながら出てくるのを見終えると、入れ替わりに室内へと身を滑り込ませる。
一度外から確認して見れば一目瞭然、土足であちこち歩いたので土で汚れた靴跡がびっしりと付いている。どうしたものかと悩ませて、右手に風の魔力を収束させる。
掌の上で渦巻く小さな竜巻を生成し、部屋の中を走らせてやれば、砂や埃を巻き上げていく。
力加減を誤ればラグマットなどに傷をつける。予想以上に面倒な手段を選んだことに、早くも後悔しつつ手早く砂を巻き取っていく。
パッと見た限りでは足跡らしき汚れも見えなくなったので、小さな竜巻を部屋から出して適当なところで制御を解く。竜巻は空中で霧散して、階下に砂を巻き散らした。
「ちょっと……! もう少し場所考えて捨てなさいよ!」
「あぁ、ごめん。いたんだよな……。でも当たらなかったろう?」
「当たってたら、もっと文句言ってるわ」
「翌日になっても文句言ってますよ、きっと」
悪かった、と一言呟くように謝罪してから扉を閉める。
鍵を掛けられればいいのだが、こればかりは仕方がない。あちらの世界には数多くの魔法があったし鍵開けの魔術は存在したが、閉める魔術は知らなかった。とはいえ、現存しても身に付けていたかは疑問が残る。
事件性があるような事はしていないので、指紋まで拭う必要はないだろう。
ミレイユはそのまま音を立てないよう気をつけながら階段を降りると、待っていた三人に合流する。腕を軽く上げて手前に振ると、道路に向かって歩き出した。
「さぁ、まずはここから離れよう」
外に足を踏み出してみると、実に懐かしい気持ちになってくる。
日は既に傾き始め、夕陽に照らされた住宅街には活気というより寂しさが感じられる。住宅の隙間から窺える遠くには、標高が千メートル程の山も見えた。
実に三年ぶりとなる、懐かしの町ではあるのだが、記憶にあるものと少し違う気がした。
全く違うという訳でもないので、単に建て替えた家などがあるのかとも思ったが、それにしては違うと感じる家が多い。それが何とも奇妙に感じた。
「それにしても、これはまた凄まじいな……。家々の形や色に、これ程の多様性が。道も平らで歩き易く、汚物も落ちてない」
「アンタと同じ感想なのは気に食わないけど……。これは凄いわ。ここまで何もかも違うと、面食らっちゃうわねぇ」
「何であんなに柱が乱立してるんでしょう。儀式に使う為なんでしょうか」
思い思いの感想を言いながら、三人は辺りを見渡す。
左右を交互に見ながら動く為、その歩みは遅々として進まない。焦れるような思いになるが、同時にそうなる気持ちもミレイユには良く分かった。
「まぁ、そういう感想になるだろう。違うのは見た目だけじゃないからな、あちらの常識は通じないと思っておくといい」
「強大な敵を想定しておいた方が良いですか?」
「いや、そっちの想定は必要ない。魔物は存在しないからな」
「全く?」
アヴェリンの質問に首肯して答える。
「そうだ、いない」
「これっぽっちも?」
「ああ」
「……何故?」
疑念を隠そうともしない表情で問われたが、そう聞かれても答えようがなかった。
「いないものはいないんだ。害獣と呼ばれる動物もいるが……、それも人里近くに現れるのは稀だしな。人を襲う類の害獣は更に少ない」
「ろくに柵も壁も見当たらないのは、そのせいですか……」
更に興味深く住宅を見回すアヴェリンは何度か細かく頷き、それとは別の興味を示したルチアが電柱を指差した。
「じゃあ、あれは何の儀式に使う物なんです?」
「電柱は儀式に使うものじゃない」
「あれほど執拗に、等間隔に配置しておいて? じゃあ何の為に?」
「電気を使う為……。いや、そうすると電気の説明も必要で……あぁ、面倒だな」
ルチアは電柱に触れてぺしぺしと数度叩き、感触を確かめている。
「これ……、材質は石ですか? こんな綺麗に切り出して、歪みのない円柱形を作り出し、それをあの高さまで積み上げる……。ちょっとした狂気を感じますよ」
「さぞ名のある神を祀る為にあるんでしょうねぇ」
「ユミルさんもそう思いますか? ――そう、畏れと敬い、何より信仰なくして、これ程のことは出来ませんよ」
「出来るが。あれに畏れも信仰も存在しないが」
もしあるとすれば、電柱を立てた技術者たちに対する敬意だろう。
仮にそうだとしても、感謝の割合の方が多い気がする。電柱は町の背景だ。あって当たり前という気持ちが強い昨今、特別な感慨を持たない人が多数に違いない。
ルチアはミレイユの返答に顔を青くする。
軽蔑するような、あるいは食べ物に群がる虫を見た時のような視線を向けてくる。
「おかしいですよ。それとも、おかしくなっちゃったんですか?」
「何でそんなこと言われなくてはならんのだ。あちらの常識は通用しないと言ったばかりだぞ」
「えぇ……、これもそうなんですか? 特に垂直に建てた柱に、より掛かるように倒した柱。あれは神に対する尊崇と思慕を現しているのでは?」
「全く、違う」
首を横に振って答えたミレイユに、ルチアは理解できない表情で同じく首を振る。
「どういうことですか……。頭がおかしくなりそうですよ。――じゃあ、あれは、あの柱と柱を繋ぐ幾つもの線。あれは一体何なんですか」
「あれは電線と言って、電気を送る為に引いてある」
「また電気ですか。それは魔力とどういった関係が?」
怪訝な表情で問うたルチアに、むしろミレイユが怪訝に首を傾げた。
「どこから魔力が出てきた? 電線と電気に魔力は関係ない。それぞれの家で、――そう、物を冷やしたりする事が、簡単に出来る為にある」
「えぇ、でも……?」
ルチアは見上げて電線を視線でなぞる。次いで空へ視線を移し、体ごと大きく辺りを見渡す。
納得してない風のルチアに指を突きつけた。
「いいか、この世界に神もいなければ魔力もない。魔術もないから、みだりに使うな」
「いえ、それはおかしいですよ。だって――」
「だってじゃないんだ。ないものはないんだから。命令なくして、あるいは自分の命の危険なくして、魔術の使用を禁ずるからな」
唸りを上げて腕を組み、考え込んでしまったルチアを他所に、今度はユミルが疑問を投げかけてきた。
「神もいなければ魔術もないって? そんな事あり得る?」
「まぁ、確かにこれを否定すると煩い人種がいるのは確かだ。しかし、この国においては、否定する人間が多数だし、魔術を使えると言うと馬鹿にされる。神々とて、いるとしても実際に目にすることもなければ、声をかけられることもない」
「実際に降臨することもなく、触れられることもない?」
「そうだな」
あらまぁ、と呆れたような声を出して、ルチアは嫋やかな手で口元を覆った。
「全く想像できないわ」
「気紛れで発狂させたり、他人の人生を狂わせたり、一夜で村が滅んだりしないと思えば、神の居ない世界というのも捨てたものじゃない」
「それだけ聞くと、確かにね」
恩寵や加護を授けるような善神は確かにいた。だが、そういう神ほど自己主張は控えめで、あらゆる人種は神々の奴隷と思う悪神の方が、よほど接触しようと試みてきたものだ。
酒の飲み合いで勝負を挑んでくるという程度なら可愛いもので、中には山々を噴火させては逃げ惑う者たちを見て楽しむような神もいた。
見て聞いて触れる神も悪意を持って接してくるなら、むしろいない方がマシだと思うのだが、そういう神々であっても必ず信仰する者たちがいた。カルト的、というと問題があるが、しかし畏れ敬われる存在であるのは確かだった。
「でもまぁ、分かったわ。常識が通じないっていう部分は、まだ分からない事も多いけど。目の前に広がる異様な光景を見れば、宜なるかなって感じよね」
ミレイユからすれば、その目の前にある光景こそ当たり前で常識的な光景なのだが、ユミル達からすれば、確かに異様な光景だろう。
かつてミレイユがあちらの世界に降り立った時、途方に暮れた状態と似ている部分がある。
ゲームの世界だと知っていたから、ある程度ゲームを通じて知っていた常識もあり、ミレイユはそれほど困ることはなかった。しかし、彼女たちはそうもいくまい。
「ここまで世界が違えば、帰りたいとも思うのでしょうね。……全く違う常識の世界ですか。神も魔力もない世界とは、いやはや……」
「ちょっと待ちなさいな。この世界に魔術がないなら、どうしてこの世界出身のアンタが魔術が使えるのよ」
また返答に困る質問をしてきたな、とミレイユは思った。
素直に答える事は出来ないし、したとしても信じて貰えるとは思えない。どう答えたものか考えあぐねていると、それより早くアヴェリンが口を挟んだ。
「ミレイ様は特別なのだ。どこぞにいる有象無象と一括に考えてよい御方ではない」
「まぁね、それについては同意してもいいけど。魔術を除外して考えても、あまりに多才だったし。……だとしてもよ。ここに一人いるなら、それ以外全くなしともならないでしょうよ。遥かに格下であったとしても、少しぐらい使える者もいそうじゃない?」
ユミルの言い分に、一理あると思ったらしい。思案げに足元に視線を落とした後、アヴェリンはミレイユに顔を向けた。
「フム……。どうなのです、ミレイ様?」
「……うん、まぁ。使えると主張する者はいたな、確かに」
「ごく少数?」
「そうだな、確かに少なかったと思う。だが魔術を使えるという者が、いるにはいた」
例えばマジックショーに登場する魔術師などがそれに当たる。
だがそれを馬鹿正直に教えるつもりもない。第一、これ以上詳しく聞かれても答えに窮するだけで何の意味もない。有耶無耶にしてしまうのが一番いい。
そこに考え込んで沈黙していたルチアが、横から口を挟んだ。
「つまり、全くなしというよりは、ごく僅かな魔力を上手く運用する術があった、という事ですか? 大規模魔術は行使できず、でもだからこそ小手技を身につけることで生存してきたとか」
「ああ、そう。……そうなのかもしれないな」
「なるほど、なるほど……」
都合よく解釈してくれたルチアへ、そのような表情をおくびにも出さずに食いつく。
妙に納得した風で何度となく頷いて、ルチアは再び視線を空に向けた。
「それなら納得です。何事も工夫が大事と、そういうことでしょうか」
「ああ、多分な。多分そうだ」
幾度か頷きを見せてから、ミレイユはこれを機に伝えるべき事を伝えておこうと思った。
かねてより思っていたこと、こっちの世界に帰りたいと願った主な理由を。
皆に羞恥し、申し訳ないと思う資格すらないと理解している。それでも、ミレイユは懺悔し告白するような心持ちで口を開く。
「私は……本来、戦うことが好きじゃないんだ。帰りたいと思っていたことは、何も哀愁によるものばかりではない。戦いから逃げ出したかったからだ。命を奪い、奪われる危険から逃げたかった」
「そうだったの?」
「その割には、多岐に渡り過ぎる才能を持ち合わせていましたけど……」
ミレイユは眉を顰めて溜め息を吐く。
「出来るからといって、やりたいということは違う。やれるからやらされていた、という方が正しいように思う。私は……いつも、いつだって争わなくて良い世界に逃げ出したかった。武器を振るわなくても良い世界に帰りたかった。……軽蔑したか?」
「いいえ、特には」
アヴェリンは決然と首を横に振った。
いつの間にか皆の歩みは止まっている。アヴェリンに見つめられるまま、ミレイユはその視線を受け止めた。その熱を帯びた視線には軽蔑も侮蔑もない。
ただあるがままを受け入れる、その意が酌み取れた。
「それで貴女の成してきた偉業が霞むことも、消えることもありません。ただ、今は貴女の弱音を聞けるようになって嬉しく思います」
「アヴェリン……」
「先程の弱音も、貴女の知らない一面をまた一つ知ることが出来た、ただそれだけのこと。それしきの事で、貴女に失望したり致しません」
アヴェリンが柔らかく笑むと、近くに寄って来たユミルがつまらなそうに鼻を鳴らした。
「まぁ、多少の我儘は許されるでしょう。アンタはそれだけの事をしてきたわ」
「あらァ……、意外です」
「ミレイが?」
「いえ、ユミルさんが。てっきり、もっと詰るか焚き付けるかと思いました」
飄々と言うルチアに、ユミルは呆れたように見つめ返し、それから肩を竦めて息を吐いた。
「ま、あらゆる騒動が、あの子を逃してくれなかった。そういう部分もあったしね」
「……そうだな。今までずっとそうだった……。懇願が、挑戦が、脅威が、あらゆる騒動が、平穏に過ごすことを許さない。だから、そうでない人生に、戻りたかった……」
ミレイユは我知らず俯く。
まるで誰かが誘導するかのように、行く先全てで何かが起きた。規模は違っても、解決を余儀なくされるような事態が。まるで物語の主人公のように、騒動が付き纏うのだ。
そして事実、ミレイユは主人公だった。
一般人より多少優れているだけで世界を三度も救えるものではないし、救うように動かされるものではない。
神々は決して万能でも全知でもないが、そうと狙って行動していたのではないかと、ミレイユは疑っている。
「ま、何にしても休養期間、そう考えて怠惰に過ごせばいいんじゃないの? アタシ達もそれに付き合うし」
「ええ、どこへなりとお供します」
「……そうだな、感謝するよ」
ユミルがそう提案すれば、追従して頷くアヴェリン。ミレイユが簡単な礼を見せる中で、ルチアだけ眉間に皺を寄せユミルに視線を飛ばしていた。
視線に気がついたユミルは面白そうに笑みを浮かべ、歩みを再会した二人を後に、ルチアへ身を寄せていく。
「何か言いたげね?」
「いや、だって娯楽ついでに付いていたんでしょう? 怠惰に過ごすミレイさんの横で、同じく怠惰に過ごすって、そんな事あります……?」
「馬鹿ねぇ……、さっき言ったじゃない。騒動があの子を放っておかないって」
「つまり、ああ言ったところで、どうせ何かに巻き込まれると?」
ユミルは隠そうともしない笑みで頷く。
「当たり前じゃない。どうせなら賭ける? アタシは三日以内で騒動が起きると予想するけど」
「それじゃあ賭けになりませんよ。騒動なんて、あの人にとって日常と同義なんですから。その事には余程自信があります」
「アンタも言うわね」
呆れたように笑うユミルに、ルチアもまた笑った。