【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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孔を抜けた先は その4

「黙っていればバレない筈だ……、確かにそう。でも、どうやってバレずに行うか、それが問題よね。馬鹿な奴らが集まって、それで道端の誰かを襲ったとして、一人で歩くような馬鹿いるワケないでしょ? 集団で移動しないワケないのに、武装した集団が、どうして近づけると思うのよ」

「根こそぎ奪うとかすればバレませんよね?」

「アンタ結構簡単に言うけど、その馬鹿集団の周りにだって悪人はいるのよ。手柄を挙げれば、その手段の話にだっていくワケ。どうやって奪ったんだ? どんな仕事をしたんだ、ってな具合にね」

「あぁ……、武力で制したというなら、それを自慢気に語ったりしそうなもんですね」

 

 アキラが想像したのは、野卑な髭面の男どもが酒場でエールのマグを打ち合って、乾杯の音頭を取りながら、派手に飲んでは武勇伝を語る場面だ。

 成功したデカいヤマには、それなりの脚色はあるにしろ、語り合うのも一種の娯楽だ。成功者はそれを語る事が義務ですらあるような感じがする。

 

 成功したのを秘密にして、酒場に寄らず、定食屋か何かで細々と食を繋ぐ。そういう賢い行いが出来るものなら、発覚しないものもあるかもしれないが――。

 そもそも街道を一人で歩くような馬鹿はいない、それはそうだ。魔獣はいるし、魔物もいるのだから、傭兵を雇うなり商隊を組むなりして移動するのが基本だろう。

 

 襲われたなら、消えた人間や荷物が存在する事になり、取引相手や傭兵の知り合いなど、事件が全く発覚しないという事も有り得ない。

 消えたなら誰に襲われたのか、あるいは魔物に襲われただけなのか、そういう取り調べはありそうなものだ。そして魔獣でも魔物でもない、人の手に襲われたなら、それも誰かという捜査は当然あるだろう。

 

 問題はその捜査レベルであったり、本腰を入れて調べられるのかという部分で、それで発覚しないという事はありそうだが……。

 だが、結局のところ馬鹿しかやらない手法でもあるのだから、その隠蔽もおざなりだったりするのだろう。

 アキラが渋い顔をさせているのを見て、ユミルも可笑しそうに笑った。

 

「まぁ、蛇の道は蛇って、アンタの世界でも言うでしょ? 悪事を隠蔽できたとしてもね、表の連中は騙せて隠せても、裏側の連中の目と耳まで誤魔化すっていうのは、そう簡単じゃないのよ。関わる人間が多ければ、それだけ外に発する情報も多くなる」

「リーダーがそれなりに頭がキレても、協力した奴までそうじゃないと」

「そうね、それぞれ取り分だって受け取るワケじゃない? ……で、お前みたいのが、どうやってカネを手に入れたんだ、って具合に聞きに来る奴だって出る」

 

 チンピラにもチンピラの世界なりに、ヒエラルキーがあるものだ。

 出来ない奴は、どこの世界でも侮られる。カネが手に入ったというなら、真っ当に働いてもいない者が、どうやって手に入れたのか疑問に思うだろう。

 

 悪人だと自覚しているからこそ、悪人の中には、その成果をひけらかす者がいて、そして成功者にはやっかみを覚える者だっている。

 清廉潔白な手段で入手したと思ってもいないからこそ、その成果の内容を気にするのは良くある事だ。

 

「悪人の世界にも、スリや窃盗で成果を上げるなら良しとしても、強盗は許さないって言うのはいるって聞いた事あります……。いや、言ってたのは映画でしたけど」

「まぁ、そうね。殺人も厭わないって言うのは別に珍しくないけど、こっちでは。でも馬鹿集団がカネを持っていたら、そこを不審に思う奴は必ずどこかで出るのよね」

「あぁ……、それで発覚に繋がると。見つかるように出来てるっていうのは、そういう事ですか?」

 

 ユミルは出来の良い生徒を褒めるように頷き、そしてアキラの頭を数度、軽く叩いた。

 

「アンタがするとは思えないけど、でも善人だって追い詰められたら、最悪の悪事をするかもね。そして皆殺しにする程の度胸もなく、持てる物だけ持って逃げたとする」

「えぇ、はい……。確かに僕は、善人を皆殺しにする度胸なんてないですけど……」

「顔しか知られてなくても、そういう情報の伝達は速い。アンタは一時は生き延びられても、そこから汎ゆる奴らを敵に回す事になる」

「汎ゆる……?」

 

 国家権力だけに留まらず、裏社会の悪人なんかも、狙ってくるという意味だろうか。

 衛兵なんかは頼りないイメージがあるから、やはり傭兵なんかも目に付けられて襲ってきそうな気がする。

 ユミルは頷きながら話を続けた。

 

「アンタが善人だと知られているような状況なら、命を狙われるような真似はされない。ただ誰からも相手にされなくなるから、街で生きていく事は出来なくなるわね」

「相手にされない……それだけで済むんですか? 随分、温情がある扱いな気がしますが」

「アンタね、相手にされないってのはつまり、何一つ売ってくれないって事よ。水だって井戸を使わなきゃ汲み取れないのに、それすら使っていれば邪魔される。何一つ得られないってのは、街の中で生きていけないって意味なのよ」

 

 それは確かに酷な扱いだ。

 お金があっても購入できず、しかも水すら入手できないとなれば、密かに餓死する以外選択肢がない。それ程の扱いを受けるなら、素直に自首してしまった方が楽に思えるが、正規の裁きを受けられるかも疑問で、仮に受けられても、罰とて楽なものじゃないだろう。

 

 だが、それが嫌なら最初からやるな、という話だ。

 やった方が悪い、悪い奴には相応の報いがある。最低限の相互互助を破るというのは、きっとそれ程まに重いものなのだ。

 

「なるほど……。でも、その相互互助や暗黙の了解っていうのは、……何というか意外です。助け合いの精神って、もっと希薄なのかと思いました」

「別に懇切丁寧に扱えって意味じゃないけどね。本当に困っていても、水だけは許してやれって意味で、だから食料まで分け与えろって意味でもないし。水だけで生きていけるワケでもないからね」

「それは……そうですね。でも最低限の助け合いの精神は、きっとどこかで実を結ぶ事もあるんじゃないでしょうか」

「どうかしらね。……乾き切った時の一杯の水は、確かに救われた気分になるものよ。でも、そこから命を繋げられる者っていうのは本当に少ない。欲しい助けが水じゃない事も多いしね……」

 

 そう言って、ユミルは遠い思いへ馳せるように、この葉の陰から見える空を見つめた。

 

「だから、それで本当に助けてくれる奴っていうのは、とても希少なのよ。大抵は見知らぬ近付く奴がいたら、そもそも会話するより前に攻撃する。あるいは逃げる」

「そうなんですか……」

 

 意外な気持ちで落胆するのと同時に、そうかもしれない、と納得する部分もある。何だかんだ言っても、武器を腰から降ろしている相手を素直に受け入れるのは難しいだろう。

 水をくれと求められるより早く、声を掛けられるよりも早く逃げれば、それに応じる必要もない。近付き、声を出すより前に恫喝して遠ざける方が、よほど合理的に思える。

 

 だから、とユミルはミレイユへと顔を向けて、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「それで本当に助けてくれると、その優しさが染み渡るのよね」

「……ミレイユ様は、その助けてくれる稀な人って言う訳ですか?」

「そもそも逃げないし、話だけは聞いてくれる。それがどのような相手でもね。……これって言っとくけど、他に類を見ないって断言しても良いからね?」

 

 それは分かる気がする。

 ミレイユは相当な実力者だが、同時に罠に嵌めようとする相手は、あらゆる手管を使って反撃しようとするだろう。話さえ聞いてもらえれば丸め込めるとか、話自体は真実でも、何か裏があって利用されたら、果敢に逆襲を遂行しそうだ。

 そして、それが出来るからこそ、話だけでも聞こうとしてくれるのではないか。

 

 危険から遠ざかろうと思えば、まず近づかない、近づけさせない事が重要だ。

 あるいはミレイユならば、待ち構えた上で全てを解決しそうと思わせる、妙な頼もしさもある。

 

「実際に悪人から話を持ち込まれたり、罠に嵌められたりした事はないんですか?」

「そりゃ、あるわよ」

 

 あっさりと肯定して、不遜な態度で笑みを浮かべた。

 

「そもそも私達を邪魔者として排除したかった連中から、依頼で向かった先で四方を囲まれて襲撃されたりね。悪の片棒を担ぐと知らずに、協力した荷運びなんかもあった」

「それは……」

 

 襲撃の方はともかく、荷運びの方は真偽を確かめるのは難しい。

 特に事前に知らされた内容と荷の中身の違いなど、よほど杜撰でなければ分からないものだろう。

 

「……けどまぁ、そういうのは不思議とどこかで発覚するのよね。加担した事を責められたり、あるいは馬鹿が尻尾を出したりして」

「そういう場合は……」

「当然、騙ったからには相応の罰が下されるわよ」

「えぇと、警察か何かに突き出すんですか?」

「馬鹿ね、そんなの決まってるでしょ。アタシ達相手に騙りをしたっていうなら、それはアタシ達を敵に回すってコトよ。何するかなんて決まったようなモンでしょ」

 

 不敵に笑って、何かを握り潰すような手振りを見せた。

 それは見た目通り、そいつらを潰した事を意味するのだろう。上手く姿を隠して逃げられるか、という問題をクリア出来なければ、決して敵わないものを敵に回すというのは、恐怖だったに違いない。

 

 ユミルはその不敵な笑みを隠し、次いで儚げな笑みを、再びミレイユに向けた。

 

「それでも、あの子は話を聞くコトだけはやめなかった」

「何故、なんでしょう……?」

「さぁねぇ……。聞いたコトはあったけど、はぐらかされたわね。でも多分、それがあの子の当然の行いなんでしょ。――相手がどんな身なりでも、話ぐらいは聞くものだ。確かそう言ってたっけ……」

 

 それは確かに、はぐらかされた言い訳のようにも聞こえたが、同時にミレイユの信条を体現した言葉のような気がした。

 裏切られようと、罠に嵌められようと、その全てを食い破って進める実力あってこその言葉だという気がするし、それを実行するからこそ眩く見えるのかもしれない。

 

「だから、この子は慕われて尊敬される。敵には恐れられ、味方には敬われる。この子が善と判断し、かつ良しと判断されれば、それを解決するべく動くからね。この子が動けば大抵の事は片付くから、それに対する信頼も凄くてね……」

「そうだったんですね」

 

 アヴェリンはともかくとして、他の二人からも一定の敬意を向けられているのは、そういう理由からだと理解した。

 考えてみれば、アキラの時もそうだ。

 アキラが力を欲して、それがあまりに惰弱であったとしても、途中で投げ出したり止めたりしなかった。解決方法を模索し、その為の道筋まで用意してくれた。

 そして今のアキラがある。

 

 ルチアもまた、恩返しで付いてきているという話は聞いた事があった。

 アキラも同じだ。あの時、オミカゲ様が作った孔の中へ咄嗟に飛び込んだのは、何かの感情に衝き動かされたからだ。このままでは嫌だという、言葉に出来ない感情からの行動だったが、それが今わかった。

 

 アキラは、受けた恩を返したい、という一心で駆けた。

 このまま別れたら、その恩を返す機会すら喪う。それが嫌で、恩に報いる気持ちが強くて遮二無二に動いた。

 実際アキラにとって、受けた恩の強さというのは、住み慣れた家や国から飛び出してまで返すだけの価値がある。

 

 アヴェリンやルチア達が、かつてこの世界までミレイユに付いてきた時の気持ちが、今のアキラには良く分かる。

 その為になら、世界を飛び越える事など考えるまでもない選択だった。

 

 アキラは今も滾々と眠り続ける、ミレイユの顔を見つめる。

 今は無防備な姿だから、何かあれば身を挺してでも護らなければならない。その決意を胸にした時、隣から茶化すような声を掛けられた。

 

「アンタ、そんな顔してると……まるでアヴェリンみたいよ」

「えっ……?」

 

 アキラは慌てて頬を撫でる。

 時として狂信的とも思える程の熱意を向ける彼女だから、同じように見られるのは心外だった。ある意味で純粋な気持ちなのかもしれないが、同類と見られるのは何かと憚られる。

 

 アヴェリンもそんなアキラの顔を見て、どこか納得するように頷いている。

 同類認定されたようで、やはり嫌だった。

 

「……その表情(かお)が出来るなら、まぁ良いだろう」

「何がですか。どんな表情してたんですか……!」

「自分の決意に向けて聞いてみろ。それが答えだ」

 

 良い事を言ったような、あるいははぐらかされただけのような、複雑な気持ちで視線を焚き火に移す。そうすると、ルチアが手際よく料理をしていたのが目に入り、そしてそれも完成しそうな状態まで来ているのだと分かった。

 

 気づかぬ内に、会話へ夢中になってしまって、何一つ手伝わぬまま支度は終わってしまったようだ。それに申し訳ない気持ちでいると、鍋を焚き火から外して器に盛っていく。

 

 火にかけたままでいないのは、中の具材が煮詰まるのを防ぐ為だろう。いつか起きてくるミレイユに、粗末な物を食べさせる訳にはいかない、という配慮であるのかもしれない。

 アヴェリンとユミルに器を手渡し、それが当然のようにアキラにも手渡され、受け取って良いものか逡巡する。

 

 先程の話を聞く限り、水だけなら分けてやるから、食料は自分でどうにかしろ、という内容に思えた。そういう意味で釘を刺すつもりで話してくれたのだろうと思っていたが、もしや思っていたより受け入れられていたのだろうか。

 

 感謝しながら器を受け取ると、ユミルは皮肉げな笑みを浮かべて言った。

 

「……ま、最初は確かに飯の用意は自分でしろって、森に蹴飛ばすつもりだったんだけどねぇ」

「やっぱり、そうだったんですか……」

「けど、アヴェリンのお墨付きも出た事だし、まぁ良いかなって感じでしょ」

「それは……ありがとうございます」

 

 アキラはアヴェリンにもルチアにも頭を下げて礼を言った。

 そうでなければ、今頃あの暗い森の中、何が食べられるかも分からぬ物を彷徨っていた可能性がある。あるいは、遠くから指を咥えて焚き火を見つめるしかなかった。

 

 身震いする気持ちで、もう一度頭を下げてから、アキラは手渡された木製スプーンを手に取って、器の中のスープを啜った。

 

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