【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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二つのギルド その2

 そのように話し込み、幾つもの脱線を含んで話が盛り上がっていると、いつしか馬車が停まり、豪奢な宿が窓から見えた。

 御者がドアを開けてくれたので、近い者から順次降りていく。

 全く必要ないのだが、アヴェリンが手を取って、エスコートするようにミレイユも馬車から降りた。従者の様な振る舞いを好むのはいつもの事なので、殊更文句を言ったりはしない。

 

 宿の外観は石造りの街の中にあって、その素材からして厳選して作ったと分かるほど見事なものだった。石工の腕次第で石の切り方も切り口にも違いが出るものだが、ここの石は角から全て直線で歪みもなく、石の間に詰め物をして誤魔化したりもしていない。

 

 石の色も乳白色で気品があり、明かりを多く灯してあるのも、また豪華さに拍車を掛けていた。中に入ると外観から想像したとおりの内装で、暗くなりがちな室内を可能な限り明かりで灯し、そして煙が籠らないよう工夫もしてある。

 

 宿と言えば、その多くは一階が酒場か食事処になっているもので、喧騒もそれなりに大きいものだが、ここにはそれもなかった。

 簡単に見渡した限りでは、ロビーとして用意された広場には椅子やテーブルはあっても休憩用で、その更に奥に食堂があるようだ。

 

 そちらにも時間的に人はあまり利用していないようで、高級宿に相応しい静けさが漂っている。

 受付のカウンターへ近寄ると、即座に従業員が対応してくる。宿は基本的に前払いである事が多く、それで支払いをしようとしたのだが、やんわりと断りが入った。

 

「既にお代は頂戴しております」

「……あぁ、つまり、魔術士ギルドの方から?」

「はい。ガスパロ様個人から、お代を受け取っておりますので、食事の方もお好きなものをご注文下さい」

 

 刻印の値段も最初は固辞しようとしたガスパロだから、それを別の場所で代わりにしたかった、という事なのだろう。

 何とも言えない表情で、とりあえず従業員に頷いた後ろで、アヴェリンがこっそりと耳打ちしてくる。

 

「これは、また魔術士ギルドの方へ、顔出ししなくてはならなくなりましたね」

「そうだな、最低でも礼の一言は届ける必要がある」

 

 最悪、今日が最後の別れにならないように、というガスパロなりの狙いがあったのだろう。

 別にそれを卑しい戦略などと思ったりしないが、しかし単なる配慮以上の気遣いには、何か執念めいたものを感じられた。

 

 いつまでも受付前で、渋い顔をしてもいられない。

 従業員から案内されて部屋へと移動し、そしてそこでは、それぞれが一室を与えられていたのだが、やはりここでもアヴェリンは同室を望んだ。

 

 高級宿と言っても、多くは旅人が利用する宿なので、部屋も一人が過ごすに十分な間取りしかない。ベッドもシングルサイズが一つだし、椅子とテーブルはあるが一組だけで、誰か他人を招き入れる構造にはなっていなかった。

 

「構いません、床で寝れば良いだけです」

「そうは言うがな……」

 

 以前、共に旅をしていた時は、これほど過剰に護衛しようとはしていなかった。

 部屋が別なら別で、隣を希望する程度の要望はあったが、それぐらいなら順当な要求でしかない。だが、こちらへ帰って来た理由を思えば、アヴェリンとしては気を抜いて良い状況など早々ないのだろう。

 

 自分で取った宿なら、部屋の都合などもう少し融通が利いたのだろうが、生憎今回は用意して貰った宿だ。それだと要求もし辛いので、一部屋分、無駄になるのも仕方ないと思いながら、アヴェリンの要求に折れようと思った。

 

 だが、それならばと従業員が気を利かせて、別の部屋を用意してくれた。

 ユミル達とは少し離れてしまうが、ベッドが二つあって部屋の間取りが幾らか広い。手狭な感じは否めないが、しかしベッドがあるだけ上等だった。

 

「無理を言ってしまったようで済まないな」

「とんでもありません。この程度の無理であれば、いつでもどうぞ」

 

 笑顔で応対する従業員に、ミレイユは思わず感心した息を吐く。

 現世で過ごしていれば、直前になっての部屋替えも、空きがあるなら応じてくれるという前提でいるが、こちらの世界で接客サービスなど受けた記憶がなかった。

 

 多くの旅宿は家族が経営しているもので、宿というより巨大な家だ。

 流石に従業員の部屋と客の部屋は、間取り的に隣接していたりしないし、明確に離れた場所にあるものだが、泊まりに来たというより泊まらせてやるというような雰囲気が強かった。

 

 宿の質がその程度なら、客の質もそのようなもので、だから細やかなサービスなど期待できるものではない。

 食事も用意して貰えるが、質は大した事ないものが多く、外で取る事を選ぶ人も多かった。

 酒はどこも対して変わらないので、それで夜まで飲み明かす旅人は多いが、大概煩くて深夜まで寝付けないという事も珍しくないものだ。

 

 こういった高級宿では、そういった悩みはなさそうで、質の良い睡眠が取れそうだ。

 最近は野宿ばかりだったから、暖かく柔らかなベッドは有り難い。アヴェリンは固い床で寝る事を苦にも思わないかもしれないが、しかし自分だけというのも寝覚めが悪いところだった。

 

 そうして全員に部屋が行き渡って、食事までは自由時間となった。

 ルチアとユミルは先程まで見ていた刻印魔術に対して、色々と議論をぶつけ合いたいらしく、二人で一室に籠もって話し合いを始めた。

 

 アキラに刻印の説明をせねばと思い出し、それでアヴェリンに呼ぶように頼んだのだが、しかしそれには渋い顔をして難色を示した。

 

「ミレイ様の寝室に呼ぶというのは、如何なものかと……」

「そうは言うが……、食事の時間まで暇だしな」

「でしたら、ロビーで話していても宜しいでしょう。その様に、歓談で使える場として用意されているのだと思いますし」

「まぁ、そうか……。つい簡単に考えてしまうが、あまり褒められた行為じゃなかったな……」

 

 はしたないとか言う以前に、日本語を外で聞かれたら面倒だ、という程度の気持ちで呼ぼうとしていた。合理的かもしれないが、その程度の理由で寝室へ招くものではないのだろう。

 だが、それならいっそ食事時に話した方が面倒が少ない、とも思ってしまう。

 

 しばし考えて、やはり食事時に話す事に決めた。

 今は偶に出来た何をするでもない時間を、アヴェリンと共に楽しもうと思った。

 

 ――

 

 高級宿に相応しく、周囲の客も弁えたもので、大声を上げて話す者は皆無だった。

 冒険者らしき姿をした集団も見掛けたが、ミレイユ達には一瞥しただけで話し掛けて来たりもしない。やはりその視線にはキナ臭いものを感じたものの、騒ぎを起こす非常識さを持ち合わせてはいなかったらしい。

 

 食事の内容も素晴らしく、どれも満足できる一品ばかりで、これは単に高級か否かの問題ではなく、時代を経て生まれた結果だろう。

 どこかのタイミングで食文化が花開いたのかもしれない。

 

 食事にも満足し、ワインで喉を湿らせながら、ようやくアキラに刻印の説明を始めた。

 ルチアとユミルの二人に説明させ、それで難しい顔をしながらも、口元に手を当てて何度も頷く。

 

「……というワケよ。分かった?」

「僕が考えてたものとは大分違いましたけど……。でも、一つだけと言っていたのに、何故二つに増えたのか、これでようやく納得がいきました」

「まぁ正直、回復の方はあまり頼りに出来ないとは思うのよね。所詮は初級魔術、切り落とされた腕まで治るようなもんじゃないし」

 

 アキラは口元に手を当てたまま、難しくさせていた顔を更に険しくさせた。

 

「……くっ付くんですか、上級魔術は」

「そりゃ付くわよ。本来は長い時間かけて治すもんだけど、ルチアに掛かれば一分も掛からないんじゃないかしら。――どうなの、実際?」

「まぁ、そうですね。切断されてからの時間にも寄りますけど、目の前で落ちた腕なら三十秒で治せますよ」

 

 アキラの表情が驚愕で歪み、息を呑む。

 大怪我をした訳ではないから、その系統の術は見せた事がなかったが、ルチアは現世の常識では考えられない治癒を発揮できる。

 

 当然、治癒魔術の内容や、術者の技量によって治り方にも差異はある。

 時間をかければ治せる者もいれば、治したところで後遺症を残す者もいる。そういった意味では、確かにルチアの治癒技術は驚異的なのだ。

 

 単に氷結使いとして魔術に秀でている訳ではなく、治癒術にも深い造詣を持っている。それがルチアという魔術士だった。

 アヴェリンが話の流れを断ち切るように、アキラの手の甲左右、それぞれ指差しながら言う。

 

「話が逸れているぞ。お前が欲した治癒と盾、本来ならお前の魔力量から考えて、どちらか一方が相応と思われていた。だが、その二つならお前の力量も変わらない。何より『年輪』は、内向術士と相性が良い」

「盾と言ってましたので、前方に展開する壁とか、そういうものを想定していましたけど……。これはむしろ鎧なんですね。全身をすっぽりと覆う……」

「そうだな、そういう意味では背後からの一撃も受け止めてくれる、という観点で見れば有効だ。ただし当然ながら、一箇集中して守る訳ではないから、受け止める力は盾より弱いものになるだろう」

 

 アヴェリンが間違っていないか、問うような視線を向けてきたので、それに首肯してやる。

 

「やはりそこは、一般的に見て防御力が下がる。……が、そこは本人の魔力練度によっても変わるな。お前がこれまでアヴェリンから受けた鍛錬を、十全に発揮できたなら、年輪もまたそれに合わせた厚さになる」

「何層も出来るって話でしたっけ……」

「スメラータが言うには、最大で三層までしか見た事がなく、しかも紙のように役立たないものであったようだ」

 

 それでアキラの眉が八の字に垂れ下がる。

 そこには許しを請うような、物悲しい瞳が揺れていた。

 

「やります、やってみせます。そのつもりは間違いなくあるんですけど……、本当に僕で使い物に出来るんでしょうか……」

「さて、どうなるものやら……。ギルド長の見立てでは、そこそこ期待できる様ではあったが」

「情けない事を口にするな」

 

 アキラの弱音を一掃するように、アヴェリンが厳しい口調で叱責した。

 

「お前に何の期待も持てないようなら、そもそも機会など与えてくれない。その機会を与えられている現状が、ミレイ様にどう思われているかを理解しろ。出来るのかどうか、自分を疑うより前に、出来ると気概に身を燃やせ」

「――はいっ、申し訳ありません! また弛んだ事を言いました、誠意努力します……!」

 

 アキラが後頭部が見えるまで深く礼をして、アヴェリンが鼻を慣らして腕を組んだ。

 相変わらず師匠は厳しく、そして未だ見捨てず良い師匠であるようだ。アヴェリンへ微笑みかけていると、その笑みに照れた様子を見せながら、尚も続ける。

 

「結局のところ、お前の力量を落とさず回復も盾も与えるには、そういったリスクを選ばねばならなかったが、しかし生存率を高める魔術は手に入った。――私が最初に教えた事を覚えているか?」

「えぇっと……、武器を手放すな?」

 

 アヴェリンは満足した顔で頷き、更に続きを促す。

 

「……他には?」

「転んだらすぐに起き上がれ、決して動きを止めるな、そう言った薫陶を頂きました」

「……あぁ、だからこれまでの経験と蓄積が役に立つ。今までと何も変わらない、そうだろう?」

 

 アヴェリンは念押しするようにアキラへ一対の視線をぶつけ、そしてアキラは背筋を正して言葉を待つ。

 

「痛みを押して動き続けるのも、最後まで武器を取って戦い続けるのも、何一つ変わらない。そこに傷を癒やす、傷を減らせる効果が付随しただけ。それでどの様に変わり、どこまで戦えるようになるかは、お前次第だが……」

「はい、その意志が折れない限り、武器を振るい続けます」

「それでいい」

 

 アヴェリンが腕組したまま満足気に息を漏らした。

 

「動き続ける事以上に、()()()を振るい続ける事に意味がある。その事を覚えておけ」

「はい、ありがとうございます」

 

 殊勝に頭を下げようとしたところで、ミレイユが余計な一言かもしれない、と思いつつ口を出す。

 

「何故アヴェリンが武器でなく刀と言ったか、その事を覚えておくと良いだろう。教える機会があるかどうかは……、今後次第か」

「ミレイ様、少し話し過ぎでは……」

「そうだな、どのタイミングで話すかはお前に任せるんだった。つい口が……」

 

 その一言さえも、アキラへのヒントになってしまいそうで、慌てて口を噤む。

 アキラの顔を伺うと、何かを思い付きそうで、しかし思うかばないもどかしさが浮かんでいた。自分で思い付いても推測でしかないから、それと認識せずに使う事はないだろう。

 

 だが一度はアヴェリンに任せると口にしたからには、ミレイユから教えてやるのは僭越だった。

 強制的に話を切り上げ、そして明日の予定を告げる。

 

「明日はギルドに行ってアキラの登録を行う。試験の類もあるかもしれないから、アキラは準備しておけ」

「あるんですか、試験……!」

「内容は私も知らないが、誰彼構わず受け入れていた昔とは違うらしい。何か自分の強みなど見せる必要はありそうだ。大概は、まず刻印を持っているかどうかで判断するらしいが」

 

 アキラは自分の両手甲を見て、安堵するような息を吐いた。

 刻印を持たない者は門前払いだろうが、あったところで受け入れるかは、また別の問題だろう。アキラが正しく判断されるかどうかは、行ってみるまで分かりそうもなかった。

 

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