【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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一方的な闘争 その3

 アヴェリンが盾を構えて腰を落とせば、話は終わりだという合図も伝わった様だ。

 イルヴィは派手に吹っ飛んでいたが、派手に見えていたのは外見だけで、ダメージはそれ程でも無かった筈だ。話している間に体力も回復できて、今では問題なく全力を振るえるだろう。

 

 イルヴィも槍と盾を構え直したが、直ぐさま飛びかかる様な真似はして来ない。

 間合いを計りながら円を描くように近付いて来るが、今更その様な消極さを見せていては、一突き入れる事も難しいだろう。

 

 アヴェリンはその動きに合わせて、体向きを変える事すらしない。

 ただ首だけは動かして、相手の攻撃を待った。イルヴィは盾が無い右手側へと回り、更に後ろへ回り込もうと動かしたと同時、一歩戻って急接近して来た。

 

 しかしそれを、あっさりとメイスで逸して顔を近づける。

 

「それで牽制できたつもりか」

「ハン! まぁ、アンタにこの手の陽動、通じる筈ないってのは分かってたさ! けど、力も速度も技術でも負けてるんだ。何か攻め込む隙の一つでも見つかれば良かったんだがねぇ……!」

 

 どんな戦士でも癖があり、得意不得意はあるものだ。

 高い技術で隠したり克服したりするものでもあるが、同時にどう足搔いても消せない癖というのも残す者はいる。

 

 それとどう向き合い付き合って行くかで、戦士としての有り様も分かってくるし、それを見抜けたとなれば、力量以外で勝ち筋も見えてくるものだ。

 アヴェリンにも、勿論クセはある。だが、それを見抜けるような者ならば、そもそも苦戦もしないだろう。

 

 アヴェリンは力業に頼る傾向が強いから、それをいなすか躱すだけの技術力があれば有利を取れる。だが、それだけの事が出来る者は実に少ない。ごくごく限られると言って良い。

 そしてそれが出来るなら、もう既に勝負の決着はついている筈だった。

 

「まぁ、けど……最初から、出し惜しみ出来る相手でも無かったか!」

 

 イルヴィの両太ももに刻まれた刻印が発光を始める。

 顔を寄せ合う程の近距離で、有利なのはアヴェリンに違いないが、イルヴィにも距離を厭わぬ槍を持っている。

 

 素早く畳んで短槍になった武器を、弓弦を引き絞るかのように下げる。背中を捻って力を蓄える様は、槍投げをするようにも見えた。大きな予備動作では躱してくれと言っているようなものだが、直前になって盾を持ち上げ視界を隠し、どこへ攻撃するか特定させない。

 

 その盾を弾いた上で、体勢を崩させるのは容易だった。しかし、アヴェリンは敢えて待つ事にした。アキラに見せた、見せ札としての奥の手がどれ程のものか、実際に体験したい心持ちになっていた。

 

「――フッ!」

 

 鋭い呼気と共に、イルヴィの槍が繰り出され、脇腹を貫こうとした。肋骨の下から抉るような、急所を狙った一撃だった。

 アヴェリンはそれを視界の端で捉えると、武器を手放し柄を握る。個人空間への収納や取り出しは場所も時も選ばないから、こういう芸当が出来た。

 

「ば、かな……!」

 

 イルヴィから驚愕と動揺の気配が、盾越しから伝わって来た。

 槍の穂先はアヴェリンを包む革鎧の直前で停止していて、その先端すら掠めていない。イルヴィも押し込もうと全力を出しているが、その穂先が更に動く事は無かった。

 

「……通じぬ、筈が……ッ!」

 

 歯の隙間から絞り出されたような、微かな声と共に、イルヴィの刻印が更に発光した。重ね掛けをした事で、押し込もうとする圧力が更に増す。

 遂には穂先が震えて、押し込む力と抑えようとする力の拮抗が破れる。

 破れようとした、その瞬間――。

 

「なるほど、重ね掛け。そういうのもあるのか」

 

 酷く気楽な口調でアヴェリンが零すと、力点をずらして外へ向け、足を引っ掛けて持ち上げる。相当な力が入っていたせいで、急激な勢いで体勢が崩れ、そのまま半円形を描いて背中から地面に叩きつけられた。

 

「ゴハッ!!」

 

 肺から空気を抜かれ、イルヴィは痛みの衝撃と合わせて悶絶する。

 それでも視線はアヴェリンを向いたままだし、武器を手放してもいなかった。充血した目と、口の端から溢れる唾液と合わさり、まるで獣のように見える。

 

 手足が千切れでもしない限り、戦意を失わないのがバスキ族の戦士だ。

 だからその反応には些かの動揺も無かったが、あまりこの戦闘に時間を掛けすぎるのも問題だった。ミレイユを退屈させて待たせてしまうのは、アヴェリンの矜持が許さない。

 

 お互いに握ったままでいる槍を持ち上れば、それに続いてイルヴィの腕も持ち上がる。

 何を、と思わせるよりも前に振り上げ、そのまま前後に振り下ろして地面へ叩きつけた。

 

「アガッ!?」

 

 武器を手放さないのは褒めても良いが、敵に握られている状態なら手を打たない方が悪い。

 しかし、武器を手放すのは戦士としての矜持が許さないのだろう。

 好き勝手に身体を槌代わりにされて、地面へ叩き付けられているというのに、それでも手だけは離さなかった。

 

 槍は剣と違って可握部分が多いので、握り返されてしまった場合も当然想定している筈だ。その返し技も持っていて当然、と思ってやった事なのだが、十回を越えた辺りでうめき声すら聞こえなくなってしまった。

 

 アヴェリンが槍を手放せば、イルヴィの腕も力なく地面へと落ちる。

 うつ伏せのままピクリともせず、顔が下を向いているせいで表情も分からないが、意識があるなら立ち上がってくるだろう。

 

 それが無いと言うのなら、つまりはそういう事だった。

 最後の不意討ちを狙うつもりならそれでも良いが、それで一突き出来たとて名誉の勝利には程遠い。戦士としての名誉を重んじるバスキ族が、そんな手段を取る筈もなかった。

 

 主人を守る戦いではなく、一個人の戦士として戦っていたなら尚更である。

 それでも気絶するまで武器を手放さなかった事には、少しばかりの称賛を送りたい気持ちになった。戦士ならば出来て当然と思われがちだが、実際に気絶してまで手放さないというのは、口で言うほど簡単ではない。

 

 決着がついたと見えて、ミレイユを始めユミル達も近付いてくる。

 ミレイユの顔には勝利に対する賞賛のような色は浮かんでいなかった。だが、それを不満とは思わない。むしろ勝って当然と疑っていないからこそ、そういう態度だと理解している。

 

 ユミルは逆に鼻白んでアヴェリンとイルヴィを交互に見つめ、それから憐れむような視線を向けた。

 

「別にどういう勝ち方しようと構わないけどさぁ……。でも、アレってどうなの、って感じよね」

「武器の柄を握った事か?」

「そこもだけど、そうじゃなくて……。同族は地面を叩く為の道具じゃないって、予め教えてなかったのが悪かったのかしら」

「日本で長く暮らしすぎた所為ですよ、きっと。アキラにやってた事なら、ちょっと過激にしてやっても良いと思ってるんです」

 

 ユミルの軽口にルチアも加わって、アヴェリンは腕を組んでむっつりと睨み付ける。

 

「何でそうまで言われなければならないんだ。武器を手放さないなら、どこまで手放さない気でいるつもりなのか、確かめてやっただけだろう」

「それを()()って言うのが可笑しいのよね」

「まぁ……、相手からしても渾身の、自信ある一撃だったんでしょう。死角を突いて攻撃したつもりなんでしょうし、それを躱すでも逸らすでもなく、掴まれたっていうんだから、躍起になってしまったのかもしれません」

 

 ルチアの心わずかなフォローも、ユミルには鼻を鳴らすだけの価値しかないようだった。

 

「そこで動揺して力比べに持ち込んだのが、決定的な敗因よね。こいつ相手に力業でぶつかるのって、一番やっちゃいけない悪手でしょ」

「分かっていても、信じたくなかったんだろうな。通じないと理解していても、真っ向から受け止められるとは思っていなかった。防がれるにしろ、もっと別の何かを想定していたんだろう」

「それはそうでしょうねぇ……。あれじゃ丸っきり、大人と子供の差よ。意地もあったんでしょうしね」

 

 冒険者として名を上げているのなら、同時に自分の腕にも自信があるものだ。

 あの刺突は、その中でも自信を持った一撃だったのかもしれない。それを武技の差でなく、力業で止められたとなれば、平常ではいられない気持ちになるのも理解できた。

 

 力業で止めるというなら、力業で押し切る。意地というなら、あるいはそういう形で意地を発揮したのかもしれない。

 そうは思ったが確かな事とは言えず、聞いたところで答えるものでもないだろう。

 

 途中いらぬ横槍があったとはいえ、やるべき事は終わったので、手早く撤収しなくてはならない。これは前哨戦に過ぎず、これから森へと向かう筈のデルン軍こそが本命なのだ。

 そうと意気込んで、イルヴィもまた、他の冒険者と同様にユミルの薬を嗅がせた。そうして、やはり他の者達と同様の場所へと投げ捨てる。

 

 改めてミレイユへ向き直ると、上空から火の玉が近づいて来た。

 相当な速度が出ていて、鳥の滑空よりもなお速い速度でミレイユへと飛び込んでくる。あれがフラットロだと分かっていても心臓に悪い。

 

 ミレイユは手早く魔術を行使して、炎の防備を固めると、その胸に炎を抱き止めた。

 一時、ミレイユとその周囲を盛大に巻き込む火炎を巻き起こした。爆風の様なものが肌を焼いたが、ルチアが手早く霧散させ、周りの木材への延焼を防いでくれる。同時に、ミレイユを含んだ全員の焼けた肌も、即座に癒やしてくれた。

 

 ルチアには感謝を、フラットロへは恨みがましい視線を向け、偵察の内容へと耳を傾けた。

 

「なんかいっぱい来てた。いっぱい、いっぱいだ!」

「いっぱい? 全員、鎧は身に付けていたか?」

「つけてた。あと、旗もいっぱいあった!」

「……なるほど。ありがとう、フラットロ。またしばらくすれば動いて貰う事になる。それまで少し休んでいてくれ」

 

 優しく語りかけられながら、その背を撫でられ、フラットロは心地よさそうに顎を肩口へと乗せた。それをまたアヴェリンが羨ましそうに眺めながら、代表して尋ねる。

 

「鎧を付けた者が多勢、となれば兵でしょうが……。旗もあったというからには……」

「うん、将が出てきていたりするのかもしれない。つまり、この戦いには国の威信が掛かっている。今回の戦いで趨勢を決定付けたいと思っている証拠だろう」

「……やはり、そうなりますか」

 

 兵数を削らなければならない、という事は決定事項だったが、肝心の動員兵数までは分からなかった。千や二千で済ませるつもりかもしれず、どの程度の規模で攻め込むかまでは、冒険者にも知らされていなかった。

 

 旗が多くあるなら兵数の数も多いだろう、という安直な推測しか出来なかったが、そうとなれば急ぐ必要がある。例の伏撃に使えそうな平原には、予め待機しておかなければならない。

 魔力の制御を行えば、勘の良い者ならそれだけで気付けるものだ。接近しながらの幻術は、あまり多用できない、というのが通説だった。

 

 アヴェリンが考え付く程度の事は、当然ミレイユの考えの内だ。

 彼女はそれぞれに目を合わせると、その視線に意を汲み取って踵を返す。そうして肩で風を切り、いま来た道を戻り始める。

 

「――行くぞ、手早く配置に付きたい。軍の規模次第では作戦変更だ」

 

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