【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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幕間 その1

 ミレイユの森の深部では、一時大変な騒ぎになった。

 ――デルン王国が、またも森を攻めてくる。

 その凶報がもたらされた為だ。

 

 エルフに限らず、森で暮らす多くの種族は、基本的に森から外に出ない。見張りを行う鬼族以外は、その外縁部付近にすら近付かないものだ。

 

 しかし、外部の情報に無頓着という訳ではなかった。

 特にデルン王国は森を目の敵にしており、いつでも攻め込む機会を狙っている。いつか森を滅ぼす事を悲願としているのは、森に住む者を魔族と呼んで排斥している事からも分かる事だ。

 だから、常にその動向を気に掛けないでいられなかった。

 

 かつて、それを怠って森の一部を燃やされた事実は、苦い教訓として森に刻まれている。

 フロストエルフの長であり、森に住む種族を束ねる者として、纏め役をしているヴァレネオは執務机に座りながら頭を悩ませていた。

 

「捨てなくてはならないか、この森を……。最初から無理な事だった、とは思いたくない。しかし……いや、いま目の前に起こっている事が全てだ」

 

 ――また、戦争が起きる。

 十年から二十年の内に一度はあるのが、この森攻めと呼ばれる一方的な戦争だった。

 エルフに限った話ではなく、森に住む種族は森から打って出る事は出来ない。それは人間との兵数が違いすぎる為で、戦争と呼べるものすら起こせない、という実情があったからだ。

 

 森の外からの挑発により、撃って出て殺されてしまった同胞も多くいる。

 既に森の中で暮らす総数は一万人を切り、エルフ族も千を数える程にまで減んじた。数的有利がどちらにあるかなど論じるまでもなく、この千という数字は非戦闘員も含んでいる。

 

 今度やってくる敵軍は、その数を三万まで数えると報告を受けていた。

 かつてオズロワーナ相手に争った時の数とは比べるべくもないが、今の森攻めには十分な数と言える。森の木々と防備に使っている魔術があればこそ、何とか戦えるものにはなっているが、三万という数は絶望するには十分な数だ。

 

「最早これまで、と逃げられれば良かったが……」

 

 森の周囲には、人間が作った野営地がある。

 死角を作らない形で点在しており、森のどこから現れようと、いずれかの野営地から目に付くようになっていた。一つが発見すれば、合図一つで他の野営地からも飛び出して来る手筈になっているに違いなく、森の兵員数を考えれば、一つを攻め落とす前に合流される。

 

 ならば、森を捨てて逃げようと思っても、それすら簡単ではない。

 子供や老人を含んだ体列は、どうしても進みが遅くなるし、長蛇の列になる。格好の的となって発見されない筈がないし、それを守る為の陽動戦術すら有効ではない。

 

 むしろその戦術では、割けられる兵員の数から鑑み、全滅を早めるだけだろう。

 勝ちを拾おうと思えば、森の中で戦うしかない。

 

 これまでそうして来たように、誘引戦術と遊撃戦術、それを上手く利用して消耗させる。数で勝る相手が、群となって戦うのは脅威だ。

 しかし小隊単位で相手にするなら、まだ戦いようもある。

 

「それも三万という数字を考えなければ、だが……」

 

 人海戦術というのは脅威だ。

 特に神の御名において下される命令は、その命すら軽くさせる。ここが正念場と思いながらも、最早この数は凌ぎ切れない、という諦観の間で揺れていた。

 

「我らには、もう縋るものさえ残されていない……」

 

 それがエルフにとって、罪というなら、そうなのだろう。

 エルフはかつて、神ではなくミレイユという個人を選んだ。縋り、敬い、感謝と信仰を、ミレイユという個人に向けた。

 

 それが神にとって、許せぬ事だったと言いたいのは理解できる。

 信仰とは(すべから)く神に対して行うものであって、一個人に向けられるものではない。拝み奉るべきものを蔑ろにした、それが罪である。

 それも理解できるが、ならば何故エルフを蔑ろにした、と言いたい。そうさせた――選ばせた神にも責任はある。

 

 そう、声高に叫びたかった。

 かつてエルフの迫害は、神の名を持って赦される筈だった。

 マナも魔力も希薄だった時代、それを巧みに扱えるエルフが支配層として君臨するのは当然で、しかし世界の有り様が変わると共に、それさえも変化した。

 

 万物にマナが宿り、人間にも魔力が扱えるとなれば、数によって劣るエルフが追い落とされるのも時間の問題ではあったろう。

 

 その支配が人間へと移る事は、必然ですらあったかもしれない。ならば、そういうものとして一つの歴史に幕を降ろせば良い。生者必滅というなら、それも理解できる。

 

 だが、その敗北は単なる敗北で終わらなかった。追い落とされた後は、エルフを敵と見做す事で、それが人間団結の原動力となった。

 

 それには耐えられた。

 神が赦すと約束したからだ。祈りと感謝と敬意と信仰、それを捧げる限り、いつか神が許し給えと一言下知してくださると約束したからだった。

 

 しかし、神は最後にエルフを見放した。

 ――勝ち取れ、さすれば与えられん。

 

 それは戦争の許可をするものではあったが、勝利を約束したものではなかった。

 人口差は広がるばかり、文明力の差も、また広がるばかり。魔術を巧みに扱える事は誇りであったが、兵力差を覆す程ではなかった。

 

 馬鹿正直に戦い挑めば、現状より酷い事になるのは目に見えている。

 前に進めず、さりとて後退もできない。そうした時に現れたのが、ミレイユだった。

 

 彼女はエルフの窮状を知ると大変悼み、力を貸してくれると約束してくれた。

 ミレイユが持つ魔力量、そして豊富な魔術を知り、そしてそれに付き従う者らを見れば、その勝利も決して夢物語ではないと知った。

 

 だから、エルフはそれに縋った。

 実際に先頭に立ち、魔力を振るい、傷付きながらも共に戦った彼女に感謝した。

 人の領域に非ず、またエルフよりも豊富な魔力は、魔術を誇りとする種族にとって、頭上へ戴くに不遜は無かった。

 

 彼女はそれだけの事を、エルフにしてくれた。

 それまで虐げられ、差別と非難の的であったエルフを、勝ち取る事の出来る舞台まで引き上げてくれたのだ。

 

 一つの勝利を掴む度、味方する仲間が増えていった。

 それは遠い森に住むエルフであったり、同じ様に排斥に苦しむ種族と様々だったが、当初あった敗戦ムードは五つの勝利を上げた頃にはすっかり消えていた。

 

 人間にも人間の都合、そして誇りもある。

 こちらが常勝無敗だからと、素直に負けを認める筈もない。そして最後までその先頭に立って戦ったミレイユは、エルフにとって勝利を授ける神に等しい存在にまで昇華していた。

 一切の見返りを求めず去って行った事からも、それに拍車を掛ける結果となった。

 

 そして元より信仰していた神を蔑ろにした結果、神から声を受け取る事も、意識を向けられる事も無くなった。

 だから現在の衰退がある。

 そう考えている者は、エルフだけでなく森に住む者には多い考えだ。

 

 だがヴァレネオに言わせれば、順番が逆だ。

 神が見捨てたからこそ、ミレイユへ信奉を向け、だから神がへそを曲げたのだ。神への信仰とは、必死であれば必ず助けが降って湧いて来るものではない。

 しかし向けた結果、何か一言でも返答するものがあれば、民は安堵に息するものだ。

 

 かつてのエルフが数千年も堪え忍べたのは、頓にそれがあったからに他ならない。

 この森では病気になろうと癒やして貰えず、だから病気に罹りやすい子供は亡くなりやすい。薬も十分ではなく、森の恵から得られる薬だけでは限界もある。

 

 森の民衰退の原因は、戦争によるものだけではない。

 癒やしを、十分に受けられない事にも原因があった。

 

「逃げるにしろ、戦うにしろ、遅きに失した……」

 

 だが改めて振り返ってみると、遅きというには、その最後のラインは随分と前だったように思う。衰退の原因はデルンに再び森へ追い落とされた事だが、その過程でミレイユの屋敷を見つけなければ、そこを守ろうと森を築こうとはしなかっただろう。

 

 人間の人口回復は予想を上回り、森へ攻撃を仕掛けてくるのは想像以上に早かった。

 森に引き籠もって戦うしか生存の道は無く、そしてそれが原因であると言うのなら、逃げる事が出来るのは百年前に決行していなければ不可能だった。

 

 今より遥かに人口も、そして戦士も多かった時代――。

 その時であれば、遅滞戦闘を繰り返しながら、民を背にして逃がす事も出来ていただろう。今となっては望むべくもない方法だ。

 

「此度の攻勢は防ぎ切れない……。せめて未来ある者は逃してやりたいが……」

 

 先にどこか一つ、野営地を落とすこと叶えば、その目も出てこないだろうか。

 そう思いながら、ヴァレネオは机の上に広げられた地図を睨む。もう既に何十回と見ては苦汁を舐めた地図だ。今更、新しい閃きなど浮かぶとは思えないが、それでも諦める事だけはしたくなかった。

 

 そうして考え込むこと数十分、いつの間にか頭を抱えて俯いていたところで、部屋の扉が叩かれて顔を上げる。

 入室の許可を与えて入って来たのは、村の警備主任だった。

 

「――失礼いたします!」

「どうした、森の外に何か変化でもあったか……?」

 

 現在が喫緊の状況である事は、誰もが理解している。

 未だ敵軍は森近くまで来ていないので、開戦はまだ先の事とも理解しているが、油断できない状況だとも理解している筈だった。

 

 戦の準備を進めている頃合いでもあり、余程の事がなければ例外的な報告など起こらない。

 警備主任は弱りきった顔をして報告を続けた。

 

「ハ……、予め事情は聞いていたのですが、どうにも要領を得ませんもので……。どのように説明すれば良いか……」

「何だ、敵軍が攻めて来た話ではないのか?」

「はい……あぁ、いいえ……いいえ、違います。敵野営地に変化があると……」

「例の冒険者どもを使った、嫌がらせ工作ではないのか?」

「それとも違うようでして……。いえ、もしかしたら何か新しい作戦によるものかもしれませんが……」

「お前の話ではサッパリ分からん。結局どういう事なんだ。……敵野営地はどうなった」

「ハッ、木っ端微塵に消し飛びました……!」

「……は?」

 

 ヴァレネオの顔が疑心に満ちた呆け顔となってしまったのは、誰も咎められないだろう。

 それほど意味不明な報告だった。当然の事だが、森の外に打って出ろという命令を出していない以上、それをやったのは森の民ではない。

 

 ではデルンの兵か冒険者となるのだが、せっかく築いた野営地をゴミに変える意味などない筈だ。あるいは、移転するにおいて邪魔になった、という理由も考えられるかもしれない、と思い直す。

 ヴァレネオは地図の修正が必要だと、羽根ペンとインクを用意した。

 

「つまり、敵野営地は別のどこかに移動したのか? その移動先は突き止めてあるか」

「いえ、そういった説明は受けておりません。……私も話を聞いただけでは、よく分からなく……。確認した当人達を呼んできておりますので、そちらから直接説明させてもよろしいでしょうか」

「何だ、そうなのか。勿論、断る理由はない。通せ」

 

 そうしてやって来たのは、外縁部の警戒をしている鬼族の男と、その報告を受け取りに行っていた、伝令兵として動く虎人族の女の二人だった。

 

「鬼族のフガマイトです」

「虎人族のフィルメです。……これより、見たもの感じたものを、そのままご報告致します」

 

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