【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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あんころ(餅)様、誤字報告ありがとうございます。
 


帰郷 その3

 ――石花市。

 それが今ミレイユたちが歩いていた町の名前だ。近隣都市のベッドタウンとして栄えたこの町は、それ故時間帯によって人通りが極端に少なくなる。

 例えば、出勤登校時間が終わった後、そして帰宅時間を迎える夕方付近がそれに当たる。

 買い物に出かける主婦や散歩に出かける老人などを見かける事はある。しかし、それもやはり疎らで、見渡せば常に誰かが視界に入るというほど、この石花町の人口密度は高くない。

 

 この夜の帳が落ち始めた時間は、その帰宅する学生と社会人が丁度重ならない隙間時間だった。

 アパートを出てからこちら、今まで誰ともであっていないのは、そういう理由があるからだろう。無論、それは単なる偶然で、今すぐにでも誰かと出会う機会など幾らでもある。

 

 だから、民家の前に停まる自動車へ、亡者のごとく群がる不審者三人組が見咎められなかったのは、幸運でしかなかった。

 

「車輪がある。不思議な車輪ですが……、でもそれがあるという事は、これは荷車のように扱える道具だと、予想できるわけですよ」

「だが、それならあまりに物を置くスペースがなさすぎる。上に置くにしても僅かに湾曲している形だぞ、ずり落ちて運ぶどころではないだろう」

「そこは工夫次第でしょ。ロープで縛れば置ける筈だわ。それより、この透明な一枚ガラスの向こうを見てご覧なさいな。椅子があるということは、座る為に用意されたのよ。つまり、これは物ではなく人を運ぶ為の道具だと分かるでしょう? 乗合馬車みたいなものよ」

「確かに、座り心地が良さそうなのは認める。しかし、これだと精々五人が限界だろう。大体、これを牽引する為の馬はどこにいる?」

 

 所構わずベタベタと車を触り、中を覗き込み、つぶさに観察しては意見を交わし合う三人に、ミレイユは今日何度目かになる溜め息を吐いた。

 これほど頻繁な溜め息はここ最近なかったな、と嫌な気付きを発見しながら三人へと声をかける。

 

「なぁ、皆……。私はなるべく目立ちたくないと考えてるんだ。日も落ちる前に移動を終わらせたいし、そして公園辺りを今日の寝床と考えてもいる。一々興味のある物に目移りして立ち止まっていていたら、一向に進まないんだよ」

「分かっていますよ。これだけです、これだけ」

「ご理解いただけて幸いだが、それはさっきも聞いた」

 

 しかしですよ、と自動車に目を奪われていたルチアが、あくまで自動車を触り続けたまま顔を向ける。

 

「この滑らかな金属素材、それを見事な流線型に加工する技術、車輪外周に使われた弾力性のある強固物質……。どれを取っても興味の尽きない新発見です」

「ああ、お前たちの知的好奇心を存分に刺激できたようで何よりだ。だがな、目立つんだよ、お前ら。何もせず立ち止まってるだけでも目立つ格好なのに、そんな事してたら通報されても可笑しくない」

 

 はいはい、と頷きながら観察に戻るルチアの説得は後に回すと決めて、ユミルの方に顔を向ける。あれはまだしも話が通じるが、それより厄介な方を先に陥落させれば他も後に続く筈だ。

 タイヤに向けて身を屈め、熱心に撫で付けているユミルの肩を叩く。

 しかし、ぞんざいに手を振り払われ、こちらには視線すら向けない。

 

「車輪に使われている黒い方なら、錬金術で再現できるかも。トロールの脂肪を根幹素材にドリアードの樹脂を使えば、もしかしたら上手くいくかもね」

「地面を見てくださいよ。雨が降っても泥濘化しなさそうですし、石畳なんか目じゃない一枚岩の地面なんですから、砂地よりもずっと摩擦抵抗が強そうです。熱の発生を無視する訳にはいかないでしょう? 長時間の使用で溶けて形が崩れませんか?」

「いい着眼点だわ。それを考慮すると……」

 

 再度ユミルの肩を叩けど、やはり振り払われ無視される。

 どうしたものかとアヴェリンを見ると、やはりこちらも気もそぞろで、自動車その物より動力について気になっているようだった。

 

「それよりも馬だ。近くに馬房など見当たらないが、これをどうやって牽引するんだ? 他の民家にも同じような車輪付きがあるが、どこにも牽引動物がいない」

 

 空に向かって鼻を向け、臭いを確認するように鼻を鳴らしては首を傾げた。

 

「糞の匂いもしてこない。風上にいないだけとも思えん。――これは一体、どうやって使うんです?」

 

 ようやくミレイユに顔を向ける人物が出てきてホッとしたが、やはり興味は寝床よりも目の前にある、不思議物体にあるようだった。

 基本的に全てにおいてミレイユを優先する傾向にあるアヴェリンにあって、この行動は異常とも言える。いや、むしろ彼女の場合、移動手段の確保として馬の有無、あるいは馬房の所在地を確認したいが為の行動なのかもしれない。

 

「一旦、それは置いておけ。……興味の尽きないお前たちに、私の力量というものを思い知らせてやりたい気持ちになってきた」

 

 声に含まれる剣呑な雰囲気から、アヴェリンは即座に姿勢を正し自動車から離れる。定位置であるミレイユの右斜め後ろに立つと、腕を後ろで組み足を広げ待ちの態勢に入る。

 ルチアとユミルも、流石にこの雰囲気を敏感に察知した。

 そろりと身を起こすと、冷や汗を額に流しながら愛想笑いを向けてくる。

 

「まぁ、ちょっと調子に乗った部分はありましたね。でもまぁ、ルチアちゃんの可愛いところを見られて何よりだったという事で……」

「ならないでしょ」

「ならないですかね、やっぱり」

 

 ルチアとユミルのやり取りを見ながら、腕を組んで重い息を吐く。身体中から蒼いオーラのようなものが立ち昇る。魔力の制御が表に出ている証拠だった。

 そのまま首を横にゆっくりと倒していくと、ボキボキと音が鳴る。ミレイユから不機嫌そうな視線をぶつけられ、二人は顔の表情を強張らせていく。

 ミレイユは首をゆっくりと元に戻した。

 

「行くって事でいいんだな?」

「勿論です」

「アタシはむしろ、早く行くよう進言してたぐらいだけど」

 

 どの口が言うんだ、という背後の声を聞きながら、ミレイユは頷く。

 腕組を解き、次いで魔力制御も解くと、前方を示した。

 

「さっさと行け」

 

 

 

 

 はたから見れば田舎には珍しいコスプレ集団なのかもしれないが、これが毎日公園で寝泊まりしている集団となれば、物珍しいだけでは済まない。

 常に可笑しな格好は薄気味悪いと思われるし、何かしら通報されたりする可能性すらある。

 

 ミレイユには他三人を養う義務がある。

 自分を慕って着いてきたというのなら、その衣食住について保障しなくてはならない。三者の主人として、その義務について怠るつもりはなかった。どちらにしろ、あちらの世界でも同様にしていたのだから、その延長戦上の行動に過ぎない。

 

 住む場所については問題視していなかった。懐の中の住居が、その懸念全てを解決してくれる。

 食料の備蓄についても暫くは大丈夫だが、目減りしていくだけで増えない物を指折り数えて待つ訳にもいかない。これの補充については考えなくてはならないだろう。

 

 一番の問題は衣服だ。

 あまり目立ちすぎる格好は好ましくないし、町の名物コスプレ娘としてデビューする気もない。衣服を手に入れようと思えば金銭を得る必要があり、それは同時に食料問題への解決にも繋がる。

 

 自分一人で全員を養う金額を稼ぐ必要もないだろうし、むしろそうすれば他の三人が黙らず働きに出る事は予想できる。しかし問題は、この国で金銭を得ようと思えば戸籍が必要になるという事だった。

 日本国籍がないなら、外国籍であることを確認できるパスポートに就労ビザも必要になるだろう。勿論どちらも用意できないとなれば、偽造するしかないのだが、簡単に出来るものでもない。作ったとしても、偽造と判明した時とても面倒な事になる。

 

 魔術による洗脳は一時的な効果しか保たないし、洗脳されてる間の記憶も失わない。

 安易に魔術を使った解決は悪手だ。

 正攻法で解決する必要があるのだが、それについて今のところ目処が立っていなかった。

 

 目的地に辿り着いた四人は、砂場以外、他には端にベンチしかない公園にとりあえず足を踏み入れた。

 

「予想以上に清潔な場所で驚きましたよ」

「何もない無駄な空き地に思えますが、土地の余裕があるんですかね?」

「家と家の間が全然ないし、隙間なく家を建てている癖に、土地に余裕があるとは思えないわね」

 

 辺りを見渡しながら口々に言う三人に、ミレイユは肩を竦めた。

 

「公園っていうのは、この国の法令で必ず設置しなくちゃいけないんだよ。どれほどの面積に家が建っているかとか、そういう細かな条件はあったと思うが、土地の余裕がなくても作らなくてはならないものだ」

「ふぅん……、おかしなものね。利便性より景観ってコト?」

「という訳でもない。利便というなら、いざという時の避難場所にするという側面もあるからな……」

 

 納得したように頷いたものの、おや、とアヴェリンは首を傾げた。

 

「魔物は襲ってこないのでは?」

「避難するのは襲われた場合だけじゃない。地震や大規模火災など、何かしら避難が必要な場合はあるものだ」

「それだけ聞いても、合理的なのかどうか、イマイチよく分かりませんね」

 

 公園と民家、上空とを見渡しながらルチアが言った。

 

「むしろどうやったら、こんな矛盾だらけの環境になるんですか? 見てると支離滅裂でイライラします」

「何がそんなに気に入らない? いや、別に無理して好きになって欲しいわけでもないが」

「……気付きませんか?」

 

 ミレイユは片眉を上げて、ルチアを見返す。

 何も不躾に不満をぶつけているだけでないことは、彼女の様子を見れば分かる。文化の違い、文明の違い、法律の違い、その何れから来るものでもない気がする。

 となれば――。

 

 ルチアはその種族的な特質から、魔力に関する探知が上手い。

 魔力の制御や、単純な力量、その応用力など、ルチアに負けない要素は幾つもある。しかし、その感知力、探知力については、ミレイユは足元にも及ばない。敢えて負けず嫌いを発揮すれば、足元くらいには及べる、という程度か。

 

 ミレイユが見返す視線の向こう、太陽が稜線の向こう側に消え行こうとするのが目に入った。空を覆う藍色が濃くなり、地平線に残った僅かな橙色も沈むように呑まれていく。

 夜の帳が落ちる、逢魔が刻。

 

 ――それが唐突に現れた。

 

 遊具もろくにない、唯一砂場が遊び場の公園。

 その中央で空間が捻じれ、綻ぶように孔が開く。

 ミレイユは有り得ない光景に瞠目し、警戒するよう呼びかける。

 

「――注意しろ」

 

 その一言で、慣れた三人は武装を呼び起こし戦闘に備える。

 アヴェリンはミレイユの前へ入れ替わるように立ち、ルチアは最後尾で身の丈半分ほどの杖を取り出す。ユミルはその間、ルチアの射線上に重ならないよう位置取りし、長剣を構えた。

 

 初めは小さな、握り拳ほどしかなかった孔は徐々に拡大し、ついには子供が通れる程まで成長する。

 そこからは自分たちには見慣れた、しかしこの世にあってはならない存在が姿を表した。

 見た限り低級の敵ではある。長く旅をしてきたミレイユたちにとって、今更手こずるような相手ではない。

 しかし紛れもなく、あちらの世界の魔物が姿を現したのだ。

 ユミルが呆れたように呟く。

 

「……嘘でしょ、一日と保たないワケ?」

「ようこそ日常(トラブル)って感じですかね」

 

 ルチアもまた、同じように呆れた声で呟いた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 由喜門(ゆきかど)(あきら)は今にも夜の帳が降りる空を見ながら、小走りに道を歩いていた。

 家々の向こう側、遠くに見える山の頂点は既に暗い紺色に染まり、星々の明かりが見えている。

 一人暮らしの暁には帰りを待つ誰かもいない為、急いで帰る必要もない。とはいえ、コンビニで立ち読みした時間が無駄に思えて、幾らかの悔恨を打ち消す手助けにならないかと足を早めた。

 

 暁は現在、近所にある石花高校へ通う二年生。性別は男なのに女顔で、中学生の時代はどちらか分からないと言われる事が多かった。ここ最近は流石にそう言われる事も減ってきたが、未だにその事をネタにからかってくる友人もいる。

 

 二年前、まだ中学生だった時に、通り魔的な暴行犯に襲われ両親が死亡。既存のデータに一致しない獣の咬み傷らしきものもあった事に加え、未だに犯人は捕まっていない。

 ただ国から思いもよらぬ程の助成金が得られたのは、不幸中の幸いだったと言える。そのお陰で、頼りにできる親戚もいない中、養護施設に入る事もなく一人暮らしが出来ている。

 

 いつもはもう少し早い時間に帰宅するのだが、それには理由があって、今日は週に三回通っている剣術道場の稽古日だった。

 道場の師範も良くしてくれていて、ご厚意に甘える形で世話になっていた。

 

 稽古は厳しいが性に合っていて、剣を振るのは楽しい。

 剣とはいっても振る機会があるのは木刀で、いつか真剣に触れてみたいと思いつつ、まだその時は訪れそうもない。

 しかし、好きこそものの上手なれ、とはいかなかったようだ。こちらの才能は、あまり良ろしいものではないという自覚がある。

 

 全国に道場があり、戦もない世の中で未だに強い意欲を維持されているのは、世界的に見ても類を見ないのだと聞いている。

 暁のような年頃の日本国民ならば、むしろ意欲的なのは当然で、高校球児以上の熱意を持って剣を振るっている。

 夏の選抜試合を突破し、秋の大会で実力を示せば御前試合に招待される。

 

 御前試合、である。

 日本に住まう上で、誰もがその威光と加護に感謝しない日はない、あの御方の前で己が技術を披露できるのだ。暁自身、憧れ心酔する御方の目に留まるかもしれない、と期待する気持ちは止められない。

 年頃の男子として、多くの人がそれに同意するだろう。

 

 日も暮れれば未だに肌寒い四月末、今日の夕飯について漠然と考えていると、自宅近所の公園に差し掛かった。横切って近道しようと足を踏み込んで数歩、そこから現実とは思えない光景が目に飛び込んできた。

 

「――な、なん!?」

 

 それはまさに空想の世界、到底信じられないものが目の前にある。

 ――何かとんでもないことが起きているのかもしれない。

 世の不条理とか不思議な出来事は、案外身近にあるものだ。それは暁自身よく知っていたが、しかしそれと今、目の前にあるものは全く別種に思える。

 もし、それに自分も加わる事ができたなら、今までと――あるいは他の誰とも全く違う人生を送れるかもしれない。

 これから繰り広げられる何かに対する期待と、本能が警笛を鳴らす危険を天秤にかけながら、暁は公園へと更に足を踏み入れた、その時だった。

 

 背後から硬質な音が聞こえ、背後へ振り返る。キンッという甲高い音、鉄製の何かが地面に落ちたのかと見回すも、周辺には何もない。

 何か背後から襲われるのではないかと危機感を募らせ、一応の構えをしながら音がした辺りを注視する。何事もないまま地面に目を移し、そして公園と道路の境い目を見て、違和感があった。

 

 まるで線を引かれたかのように、真っすぐ草の生え際が消えている。公園周辺の雑草など生えるに任せているものだから、余計におかしく感じた。

 一か所変な生え方をしているのならともかく、まるで鏡面でも置かれたかのように不自然に途切れているのだ。

 

 不思議に思って手を伸ばしてみて、不意に手が止まる。壁にでもぶつかったかのように、それ以上前に進まないのだ。更に押しても何事もなく、ガラスのように指紋が付くわけでもない。

 

 ――何かが起こっている。

 暁は恐ろしくなって、そこから二歩下がる。閉じ込められたと、その時気づいた。

 慌てて見えない壁に近づいて、叩いて蹴ったりしたものの、硬質な音を返すばかりでビクともしない。

 どこかに隙間はないのかと手で伝いながら、壁沿いに歩いていくが、公園の隅まで行ったところで直角に曲がっていると分かった。

 このまま全て伝っていっても、四隅全てが覆われている可能性が高い。それでも確認せずにはいられず、暁は壁伝いに歩き始めた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 綻びの孔から身を捩るように出てきたのは、緑色の体躯を持った子鬼だった。

 背も低ければ筋肉も少ない。手頃な樹の幹から切り出したと思われる棍棒を持ち、乱杭歯が見える口からは涎が垂れていた。

 ミレイユ達の目の前に現れたのは、一般的にゴブリンとも呼ばれる種族だった。多くの場合、洞窟の奥深くに隠れ住み、鼠やキノコなどを食べて生きている。大抵は弱個体で、訓練を受けた戦士なら負ける相手ではないのだが、同時に油断してはいけない相手であることもよく知られていた。

 

 アヴェリンは一歩踏み出し、武器を取り出す。

 懐から滲むように現れた武器は、洗練された形の、紫黒色をした黒壇のメイスだった。特徴的なのはその頭部で、根本から先端まで波打つように幾条も剃刀のような突起が付いている。

 殴り、抉り、その部分で肉を小削ぎ落とす為に付いている。

 魔術付与によって不壊の特性を持つだけではなく、その重量も変えられている。振るえば軽いが当たると重い。それだけならば多少便利な武器というだけだが、このメイスの最大の特徴は別にある。

 

「ここは私に任せていただいても?」

「うん。ただし、あれらは見た目だけでは判断が難しい相手だ。それを――」

「存じております。安心してご覧あれ」

 

 ニコリと笑みを浮かべ頷くと、アヴェリンは武器を一度手首で回して感触を確かめる。

 ブォンと音を鳴らして常と変わらぬ感覚に満足し、もう一度回して相対した敵に構える。必要ないと思ったが、事前の注意を考慮して盾も出す。

 同じ黒壇素材の盾で、衝撃吸収の魔術付与もされてある一品。

 

 敵は全部で五体。

 固まってはいるが陣形を組む訳でもない。武器を振るうに他の邪魔にならない範囲にいるだけ、という案配だった。

 

 アヴェリンは一足飛びに近付き武器を振り上げる。

 後ろからユミルの呆れたような野次が聞こえた。

 

「考えて動けっての」

「殴って確かめれば、すぐに済む!」

 

 果たしてその一撃は容易くゴブリンの頭を砕いた。

 

「ブゲッ!?」

 

 びちゃりと血飛沫が辺りに落ち、他の四匹が明らかに動揺を見せる。

 対してアヴェリンの心情は穏やかだった。

 ――取るに足りない弱い相手。

 その確認が取れれば、やる事はいつもと変わらない。

 

 手近な一匹に視線を向けて、メイスを振り下ろす。砕けた頭を見せつけられて、逃げ出そうとする敵に一歩で近づくと更に潰す。威嚇し奇声を上げようとした相手に、声を出すより前に叩き潰す。向かってこようと踏み出した敵は蹴り倒して昏倒させ、同時に攻めようと飛び掛かって来た敵に、メイスで迎え撃って胴を殴打する。

 

 無様な姿で地面に転がり、痛みで悶えている二匹の頭を順番に潰す。

 完全に沈黙したのを確認し、アヴェリンは踵を返した。戦闘前と同様、メイスを一振りして血肉を飛ばすとミレイユのもとへと帰って行く。

 

 そうして気付く。

 公園の入口より程近く、一つの人影があった。

 ミレイユと他三名は、その人影に相対して立っているようだった。敵対しているような雰囲気はない。困惑の方が強いようで、対処に困っているような感じがする。

 ――大した問題ではない。

 そして小さな問題の解決ならば、実に簡単な方法が一つある。

 アヴェリンはミレイユの傍らに立つと、何の気負いもなく提案を口に出した。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 暁は自らの思い付きに、たった一秒で後悔することになった。

 恐らくそれは、映画を見るような気楽さが根底にあったのだろう。見たこともない化け物と人間の戦い。肉を裂き血が飛び出し、骨を砕くような光景を本当の意味で理解していなかった。

 理解できよう筈もない。

 平和の世界しか知らぬ者に、一方的な蹂躙は恐怖を呼び起こす。

 それが例え人外の者だとしても、背を見せ逃げ惑う姿を一顧だにせず頭を砕く光景となれば、尚の事だった。

 そして何より、この臭気。

 鼻をつく血と贓物の臭いは、顔を顰めるほど酷いものだ。

 

 衝撃的な光景に慣れぬまま、ふと視線を感じると三名の女性が暁に向かって視線を向けていた。

 その三者を見て、またも種類の違う衝撃を受けることになる。

 

 そこにいたのは信じられない程の美貌を持つ女性たちだった。

 東洋人とも西洋人とも違う印象を受け、例えば彫りが深いなどの分かりやすい民族の特徴はない。それでも問答無用で心を射抜かれかねない、美の輝きを放っていた。

 とはいえ、その姿格好は異様の一言に尽きる。

 コスプレ会場が近くにあれば違和感もなかったであろう、現代日本ではまずお目にかかれない奇抜な格好をしていた。

 

 中央に立つ女性は大きな魔女帽子のせいで口元しか見えないものの、それだけでも相当な美人であることが、そのパーツから窺える。口元だけなのが、むしろ色気を感じさせる程だ。

 だが、その姿は実にチグハグで、魔術師的な何かなのかと思えばそうでもない。スカートの両サイドは深くスリットが入って動きやすいようにしてあるし、そこから覗く足には銀製らしきグリーブを履いている。

 胸には局所的なブレストプレートがあるのに、肩は思い切り露出している。その肩から下には外に広がる長い姫袖があるのだが、その下からはガントレットが覗いていた。

 矛盾だらけで意味不明、魔女と戦士、どちらもやりたいから合わせた格好という具合に見えた。

 しかし、ここからでも見える肩周りの筋肉の付き具合からして、その実情は魔女というより戦士なのかもしれない。

 

 二歩ほど離れた左側には、猫を思わせる挑発的な顔をした、二十代とも十代とも見える黒髪の美人がいる。

 艷やかな黒髪をサイドに纏め、黒と赤色をメインに使った冒険者のような格好をしている。

 ズボンもブーツも革製で、顎の付け根まで首を覆う動きやすそうなジャケット。グローブも付けていて肌の露出が極端にない。

 先程の魔女モドキと比べれば常識的で、フード付きのマントは旅慣れた旅装のように感じられた。

 

 その右隣には日本ではまずお目にかかれない、シルバーブロンドの美少女がいた。恐らくは十代半ばで、妖精を思わせる可憐さがある。

 身に付けている物もごく軽装、髪に合わせて白地に銀の刺繍が入ったワンピースのような服を身に着けていた。体のラインが出るほどピッチリとしているものの、下品さはない。スカートの丈は短いものの、太腿まで伸びる白いタイツが肌の露出を最低限に抑えていた。

 

 そして今まさに化け物を撲殺して帰ってきた美女は、他の誰より頭一つ分は大きい。二十代前半を思わせ、切れ長の瞳と金色の長髪を靡かせる様は女騎士を連想させる。

 軽戦士と思し革製の防具を身に着けていて、唯一金属を使っているのが左肩部分のみ。身軽さ重視でいるからこそなのだろう。

 

 その三対の瞳からは感情を伺うことが出来ない。

 品評するかのように彼女たちをマジマジと見てしまい、顰蹙を買ってしまったかと身を竦ませる。金髪の美女が暁を射抜くような視線を外さぬまま、魔女モドキの横に立って伺いを立てる。

 

「……殺しますか?」

 

 その衝撃的な一言で、美貌に現を抜かしていた暁は、強制的に我に返された。

 

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