【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~ 作:鉄鎖亡者
「ユミル……怒るのも無理はないが、まだ殺すな」
「だから手加減してるでしょ。その気があるなら、とっくに首を切断してる」
ユミルの声はいつになく刺々しく、また余裕もない。到底、普段ミレイユへ向けている声と同じ様には感じられないが、一族の仇敵と言っても差し支えない相手だ。
神の甘言に逆らえなかったのも情けないが、
普段のユミルなら、その程度の計算は出来ていただろう。
笑顔で接し、歩み寄って油断させながら、しっかりとその背にはナイフを隠し持つ。そういう腹の
それを一瞬で剥ぎ取る刺客を寄越したと思えば、ミレイユこそが油断する訳にはいかない。
ユミルが大袈裟とも思える攻撃を加えた事で、そちらへ意識を集中してしまったと今更ながら気付く。咄嗟に外へ意識を向けながら、ルチアにも目配せして警戒するよう伝える。
前方で背を見せるアヴェリンにも一声掛けたが、こちらにはあくまで一応だった。
ミレイユが言わない限り、敵と判断できる者が眼の前に居て、油断するアヴェリンではない。
ユミルは憎々しく睨み付けながら、スルーズの首を更に絞め上げ、地面へと圧し付けていく。
「お前の軽率な行動で、我が一族は滅びた。そのお前が! 今までのうのうと生きていたかと思うと、腸が煮えくり返るわ!」
「か、か、かか……っ!」
ゲルミル族は寿命を持たないものの、不死とは違う。痛みにも強く、毒物にも強いが、胸に穴が空いたり首が飛んだりすれば、やはり他の生物同様死に至る。
窒息についても同様で、そのままでは話を聞けないだけでなく、本当に死んでしまう。
「ユミル……」
「分かってるわ、殺しはしないわよ。今はまだ……!」
「あぁ、それで構わない」
ミレイユから静かに窘められて、ユミルは手を離すついでに、乱暴な手付きで放り出す。
スルーズは激しく咳き込んだが、しばらくすれば直ぐ元通りになり、緩慢な動作で立ち上がっては、喜悦の様な表情を浮かべた。
「お怒りは御尤も……。しかし、ゲルミルの滅びは避けられない、と神は仰った。だが、協力すれば生かしてくれると、神が保障したのです! 神が口にした事以上に、信用の置ける言葉などありますか!」
「むしろ神が口にする事以上に、信用できないモンなんてないでしょ。夢見てんじゃないわよ」
「しかし、ユミル様は生き残った! 私もまた生き残った! 神は約束を守ったのです! それが何よりの証拠でしょう!」
ユミルは侮蔑する様に目を細め、顔を顰めた。
あくまで結果的にユミルは生き残ったのであって、それが神の策略であったとは思えない。そこだけ切り取って見ても、スルーズは都合よく転がされているとしか思えなかった。
問題は、何故こうも好きに転がされるのか、といったところだが、こればかりは本人が迂闊だからと断ずるしかない。
「アタシが生き残ったのは、お父様の機転のお陰。そして、あの子が話を聞いてくれたお陰よ。神々はこれ幸いと滅ぼしに掛かってたし、お前が生きさばらえてるのも、どこかで利用する為でしかないわ。願いを叶えたんじゃない、甘言をチラつかせて、体よく利用されていただけよ!」
神々からすれば、ゲルミルの一族を生かしておく理由がない。それがユミル達と話した時にも出た結論だった。その世界の裏側を知る知識だけでなく、眷属化による支配が恐ろしいからと近付く事すらしていなかった。
それを覆せる手駒が手に入った事で、滅ぼす手を一気に進めたのだ。
実際、その絶対命令権は使い方を誤らなければ、実に有効に働くだろう。
神の言葉とて蔑ろにされるものではないが、そもそも信徒にしか通用しない。敵対派閥の信徒に言う事を聞かせようというのは、まず不可能でしかないが、スルーズならばそれも可能になる。
彼が今も生かされていたのは、その為ではないか、という気がした。
神々に叛意を持っていたゲルミル族は手を付けるのを怖がっても、都合よく転がってくれるゲルミルならば、むしろ利用したいと思っていたのではないか。
ミレイユは我知らず、独白する様に言葉を吐いていた。
「ならば当然、最後まで願いを叶えるつもりなど無かっただろうな……」
「そりゃそうでしょ。大体、なんで人間に戻せると思ってるのよ。そんなコト出来るんなら、とっくにやってるでしょ」
「神にとっても、かつて大神が作られたゲルミルに手を付けるのは簡単ではない、という事です! ですが、役目さえ果たせば……私めが労を厭わず働けば、神もまた労してくれると言ったのです」
スルーズは首を振って頑なに認めようとしなかったが、当然認められる事ではないだろう。その為に一族を裏切り、そして二百年をこの森で過ごして来たと言うのだから。
その労苦を思えば、ミレイユ達の言葉こそ信じられないだろう。というより、信じたくないのだ。
ミレイユは眉根に皺を寄せて、言葉を放るように問い掛けた。
「神はゲルミル族が持つ能力をこそ恐れた……とすれば、只人に出来るならむしろ好都合だ。孤島に百年閉じ込めれば、それで勝手に自滅してくれる。出来るというなら、とうにやっていなければ辻褄が合わない」
「まぁ、そうよね。それが指を振るだけで出来る簡単なコト、なんて言うつもりはないけど、でも可能というなら、何千年も放っておくものかしら。むしろ、あらゆる策を巡らせて達成しようとするでしょうし、それが出来る奴らでもある」
或いは、引き籠もっているなら大した脅威と認識していなかった、と考える事も出来た。
だが、ミレイユという手駒を見つけた途端、滅ぼそうと即座に舵を切ったのなら、やはり目障りに感じていたには違いないのだ。
次々と二人から指摘されて、スルーズも怯む。
彼とて神という存在がどういうものか、知らない筈がない。神の手先として動いていたのなら、その策謀に関わる事だってあっただろう。
全貌を知れる立場で無かったとしても、その悪辣さなど垣間見える事はあった筈だ。
そしてスルーズが言葉を失っている事そのものが、それを証明している様ですらある。
スルーズは顔を青ざめさせて、震える手をユミルに差し出す。
「ならば……ならば、私達が共に、人間となる事は……」
「だから、何でアタシが、お前と人間にならないといけないのよ。人間になりたいと、呟いたコトはあったわね。――でも、お前に言ったコトなんてないし、ましてや共にと願ったコトもない」
「だが、だが……! 私達が新しき始祖となるのです! 新たなゲルミルとして、二人の間に子を成し、一族を復興させて……!」
スルーズが言っている事は支離滅裂に思えたが、彼の中では筋の通った話であるらしかった。
目も血走り、震える身体は病人のようで、直視するに耐えない。まともな精神状態ではない、という意味では病人かもしれないが、その思いだけで生きてきたというなら、哀れという他なかった。
そんなスルーズを見て、ユミルは小馬鹿にした様に笑い、そして再び瞳に憎悪を燃やした。
「馬鹿な夢を見たものね。あぁ、そう……。お前、一族を再興したかったの。最早、同族が増やすコト叶わないから、それなら人間となって生殖で増やして、それでかつての栄華を取り戻そうって? ――馬鹿じゃないのッ!!」
力のあらん限りで盛大に吐き捨て、一足飛びで接近する。
今度はミレイユも、止める素振りすら見せなかった。
そのまま個人空間から剣を抜き放つと、縦横無尽に剣先を走らす。ユミルが扱うのは細剣だが、レイピアの様に細いものでもない。
両刃になって良くしなる刀身は、フェイントを加える事で、まるで鞭のように動いて、相手に剣筋を読ませない。実直さとは正反対の武器は、ユミルの気質とも良く合って、時に純粋な武技で勝る相手にも勝てるものだった。
しかし本人は武器を振るう事を好まないので、あまり披露する機会はない。
今回、その武器を振るったのは、より大きな怒りを発現させたというだけでなく、恐怖を刻んでやる為だろうという気がした。
ユミルの剣筋が燐光を発し、それが収まると共にユミルも武器を仕舞う。
スルーズは何が起こったか理解できておらず、ユミルの顔を凝視していたが、両腕から何かが落ちた事を悟って視線を下へ移す。
そこには二本の腕が落ちていた。
二の腕から下の、本人からすると良く見慣れた筈の腕が落ちている。しかし、スルーズはそれが理解できず、次いで自分の肩へと目を移して、そこにあるべき物が無い事に気が付いた。
「あ、あぁ? あぁぁぁ……!? うで、うでが……!!」
まるでそれが合図であるかのように、両腕から血が吹き出す。
顔を青ざめさせて膝を付き、その腕を回収しようとしてか、無い腕で拾おうとする。
そこにユミルが顎先を蹴り飛ばし、背中を強かに打った。
「血は出ても、大して痛くないでしょ? お前はゲルミルなんだから。腕の方もね……治して欲しければ、聞かれた質問にはキリキリ答えなさい。嘘を吐いたと判断したら、一本燃やす。答えられなくても一本燃やす。よく心得ておくコトね」
「なんで、なんでこんな……!?」
「この期に及んで何故とは、恐れ入る……」
ミレイユが呆れて息を吐けば、スルーズは未だに理解が追い付いていない頭で左右に振った。
ここまで救いようがないからこそ、良いように利用されていたのだろうが、これでは滅ぼされたゲルミルの一族が、あまりに哀れだ。
腕を切り落とされてしまえば、魔術の制御は行えない。練り上げ制御した魔力を掌に集めて解放するものだから、その運用適性状、両腕を失くせば魔術は使えないのだ。
魔術士にとって、両腕をもがれても即座の死を意味しないが、助けの無い孤軍奮闘の状態では何も出来ないだろう。魔力の制御を行う事で、流血を抑える事にも繋がるから、それで急場は凌げる。
だが結局、常人より緩やかだというだけで、死に向かっている事実は変わらない。
まだ腕が元に戻る機会は失われていないが、燃やされ、灰になってしまえば、もう無理だ。元の状態に戻すには、欠損が酷くても、せめて接続できる状態でなければならない。
その事はスルーズも理解しているだろう。
ユミルが絶対零度の眼差しで見つめる中で、尋問が開始された。