【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~ 作:鉄鎖亡者
男とミレイユ達までは距離があり、地面と屋根の上では、それなりに声を張らなければ聞こえ辛い。しかし男の声は、澄み渡るように響き渡り、誰の耳にも滑らかに届いた。
それは魔術的技能でなく、単なる発声技法によるものだと分かったが、しかし不快なものは不快に違いない。
ミレイユは制御していた上級魔術『溶融熱波』を解き放ち、屋根の上の人物を消滅させようと試みたが、残念ながら無駄に終わった。防壁そのものは、マグマの如き融解液で壊してやれたし、そこから迸る熱波で肌を焼いたが、決定打には程遠かった。
家を燃やしたくない、という手加減が威力の減少に繋がったが、同時に螺旋を描くように範囲を絞ったし、それで結果的には熱波も増した筈だ。熱が下へ向かわない様、上昇させたのが悪かったのかもしれない。それで思ったよりも威力が下がり、ろくなダメージを与えられなかったのか、と予測を立てた。
「あち、アッチァッ! あっつ、おい!! 馬鹿野郎お前、待てって言ったろうが!」
その声を無視して防壁からずり落ちたマグマを、念動力を使って掬い上げる。それで家を焼くつもりは毛頭ないので、男へ投げ付ける形で被害を防いだ。
「――危ねっ! 何なのお前、殺意高すぎだろ! 言葉通じねぇの!?」
身体を大袈裟に曲げてマグマを躱したが、元より念動力で掴んだ物なのだ、通り過ぎれば終わりという訳でもない。急激な方向転換をさせて男にぶつけようとしたが、結局避けられ、それごと消す事で無力化されてしまった。
ミレイユが舌打ちしたところで、男は大きく顔を顰める。
「可愛い顔してんのに、えげつねぇこと平気でするのな……。手を出すなって、言われた理由も分かるわ」
「ヴァレネオ、あの爆発だ。何事かと心配してくる者達がいるだろう、その対処に向かえ。誰も近寄らせるな。無理して通ろうとする奴は敵だ。顔見知りだろうと、有無を言わさず無力化しろ」
「は、ハッ……!」
ミレイユは男の声を努めて無視し、視線を逸らさぬままに指示をした。
ヴァレネオは背筋を伸ばして返事をすると、踵を返して走り去っていく。そこに呆然と見つめ、及び腰になったままでいるテオにも声を掛ける。
「お前も行け、邪魔だ。多人数が攻め込み、ヴァレネオで止められないなら、お前も加われ」
「いや、俺に戦闘なんて無理だって……!」
「洗脳で対応しろ。ここで見せたくない札だが、挟撃されるリスクは避けたい」
「お、おぅ。そうか、そうだよな……! 分かった!」
逐一言ってやらないと動けない者に、微かな苛立ちを覚える。
言葉を発さずとも、それこそ目線一つで意思疎通が出来、そして実行してくれる味方と比べる事は、彼らとしても不本意だろう。しかし、
一つの小さな情報から、意図しない策略を巡らせるのが神というものだ。
この男から感じられるものは知性や詭計とは程遠いものだが、見せかけで騙されるのは馬鹿のする事だ。最低でも、自分と同程度の事は出来る、と考えていた方が良い。
ミレイユは両手で支援魔術を制御し、まずは自分とルチアに行使する。魔力を伴う攻撃なら、これで多くは無力化できる。ミレイユとルチアが落ちなければ、そこから挽回できるので、優先させるのはいつもこの二人からだった。
その行使が終われば、次に掛けるのはユミルとアヴェリンに対してだ。
その間にも、ルチアは結界の部分強化をしつつ敵を警戒し、ユミルは死霊術を用いて簡素な亡霊を作り出した。付近に死体がないので使える魂はないが、力ない亡霊なら十分作り出せる。
それを宙に飛ばして、付近の偵察に使った。
基本的に物体を通り過ぎるし、壁や樹木など、本来なら動くのに邪魔なものさえ、あの亡霊なら関係ない。偵察ぐらいにしか使えないが、罠が張り巡らせられた場所だからこそ、ああいうものが役に立つ。
周囲は触れただけで毒を受ける植物ばかりだが、だから潜伏した誰かが居ないとは限らない。その懸念を潰す為に、使い捨て出来る偵察を動かしたのは流石だった。
近接戦闘に特化したアヴェリンに今出来る事はないが、盾を構えて油断なく敵の動きを注視している。その一連の動作は五秒に満たないものだったが、屋根の上の男はそれを興味深く見据えているだけで、何の行動も示さない。
――余裕のつもりか。
ミレイユは吐き捨てる思いで男を睨む。
そして余裕がないのはミレイユ達の方だ。その自覚はある。油断しないと、油断できないは同一ではないし、そして余裕があるからとて有利とは限らない。
ミレイユも一人でも多く味方を増やそうと思えば、召喚できる者はいるのだが、フラットロは森ごと燃やしてしまいそうなので、この場では却下だ。
それに精霊は異界からの召喚という手段である為、そもそも強制送還できる技術がある。そういった魔術がそもそもあるし、ミレイユにも使える。加えて魔術秘具という手段でも用意できるし、それこそ対策手段は幾らでもあった。
ミレイユならば、どのような見た目、強さであると、召喚された対象は即座に強制送還させる。何をするか予測できない爆弾を目の前に置かれた様なものなので、黙って行動させてやる理由がない。召喚生物とはそういうものなので、それを熟知しているだろう相手に使う意味があるのか、と考えてしまった。
その一秒程度の空白が、敵にとって及び腰に映ったのかもしれない。
喜色を満面に浮かべて手を広げ、そしておもむろに手を叩いた。パン、パン、と間の抜けた手拍子が耳に届く。
魔術制御を伴わない、単なる振り子のような動きだった。この間に攻撃するか、とユミルから目配せが来て、顎先を動かす様に小さく頷く。余裕を見せる相手に、こちらが乗ってやる必要はない。瞬時に反応したユミルが、中級魔術『雷電球』を放った。
帯電した光球が飛び出すが、その弾速は遅い。雷系魔術は、その速度から回避し辛いのが特徴だが、この速度は戦いの素人でも躱せる程に遅いものだ。
そちらへ注目が集まったところに、ルチアが同じく中級魔術『凍てつく暗刃』を放った。透明度の高い氷を使った、ガラスの様に見えにくい刃だ。それを光球とは別方向から射出し、背後から襲う様な軌道を描く。
二人は互いに相性の良い魔術を良く理解しているので、片方が使った魔術に合わせた戦術を即座に組み上げ戦う事ができる。長年の付き合いから出来る、阿吽の戦闘方法だ。
しかし敵も馬鹿ではない。直撃する寸前、暗刃に気付いて躱し、その瞬間――光球が姿を消した。正確には消えたのではなく、雷撃に相応しい速度で射出したのだ。
『雷電球』は放った後から、その射出速度を変える事の出来る、稀有な魔術だ。接近して使えば、その滞空する光球が邪魔になるし、触れれば当然ダメージを受ける。
中距離ならば、その遅い弾速が逆に厭らしく感じるもので、そして油断したなら今の様に瞬時に着弾させる事も出来た。
「ウゴァ! オゴゴゴ……!?」
そして暗刃を躱したばかりの男に、その光球まで回避する余裕はなかった。直撃し、体中に帯電したエネルギーが襲い、四肢を痺れさせながら硬直させる。
「フン……!」
そこへミレイユが念動力で屋根から吹き飛ばし、その先で『火炎旋風』を解き放った。
火炎の竜巻に身体を攫われ、空中へ巻き上げられながら、灼熱の炎が身を焼く。上下左右へ身体をキリモミ状に回転させつつ、更に上空へと運ばれたが、途中で竜巻から飛び出して逃げた。
だが、竜巻の拘束から逃げ出したくらいで、魔術そのものから逃げられたと思って貰っては困る。ミレイユは竜巻を操って方向転換し、更に敵を竜巻の中へ巻き込もうとする。
鎌首をもたげて襲い掛かる様は、まるで大蛇に丸呑みされるようにも見えた。しかし敵もさるもので、更に上空へと逃げ出していく。
火炎旋風も逃げ出す最中に魔力をぶつけられ、辺りに火炎の華を咲かせて散っていった。
敵は空を大きく旋回して飛び回り、ゆっくりとした動作でまたも屋根に着地する。服は所々焼け焦げ、髪や肌に焦げ痕がある。
色々と痛めつけた筈だが、出血を始めとした、傷らしい傷も受けていない。
魔力耐性は、やはり大したものだった。まずはそこを剥がす所から始めるか、あるいはもっと直接的に攻撃を加えるべきだろう。アヴェリンを上手く使うのが鍵となりそうだ。
その為に、どう距離を詰めるか考えていると、頭上から罵声が飛んでくる。
「馬鹿野郎、お前ら! あぁいう場面で、偉そうな奴が手を叩いてたら、その後の台詞にも注目するもんだろうが! 情け容赦ってもんがねぇのか!」
「――ない」
短く言葉を返して、ミレイユが制御を始めると同時、ルチアとユミルも制御を始める。先程と同様、ユミルが『雷電球』を行使したところでアヴェリンが飛び出した。
距離があるだけでなく、上空へも逃げ出せるとなれば、単に接近するだけでは攻撃が当たらない。敵からしても、武器を振り回すだけの相手は怖くないだろう。
だが、ミレイユがアヴェリンを補助し、その身体を持ち上げる。単なる跳躍ではないと気付いて、敵も魔力塊を飛ばして来た。それより前にルチアが作った氷盾が、それを防いだ。
氷盾は砕かれる事なく、そのままアヴェリンの背中へ回り込む。盾としての役割を放棄しているように見えたが、次の瞬間、『雷電球』がアヴェリンに直撃した。
「はん?」
同士討ちとでも思ってか、間抜けな声を出した嘲笑う様な顔をしたが、実際は違う。
あれは狙い通りだ。
ルチアが盾を用いてユミルの攻撃を受け止め、そして『雷電球』をアヴェリンへとぶつける事で、強制的に射出したのだ。ミレイユがどう接近させようと考えている時、ユミル達も同じ様に考え、そして即興で対応して見せたのだ。
アヴェリンはピンボールの様に弾け飛んだが、その急激な速度変化に対応してメイスを振り抜く。男はそれを上空へと回避して逃げたが、ミレイユが更に念動力でアヴェリンを掴み、その逃げた方向へ投げ飛ばした。
上へ横へと忙しく方向転換されるアヴェリンも大変だろうが、そんな様子はおくびにも出さず、自分の仕事をやり遂げる。振り抜いたメイスは、急展開した防御壁を貫いて、今度こそ敵の腹を撃ち抜いた。
「ごっはぁぁ!」
吹き飛ばされた敵は、そのまま遥か後方、森の奥へと落ちて行く。
それを油断なく見つめながら、同じく落下運動を始めたアヴェリンを回収し、結界の中へと戻した。
「皆、良くやった」
「恐れ入ります。しかし即興でやるには、あの急制動は中々堪えましたが……」
「直角で曲がる回数、何度あった? 三回くらい? アタシだったら絶対ゴメンね」
「でもまぁ、あれぐらいしないと当たらないでしょう。本人が頑丈なだけでなく、防壁もやっぱり硬かったみたいですね。貫いてこそいましたけど、あれでだいぶ衝撃も緩和されてしまったんじゃないですか?」
ルチアが忌々しそうに指を指した先では、腹を抑えてフラつきながらも、やはり空中を滑るように移動する男の姿がある。
冗談で言った頑丈さだけが取り柄、という言葉も、こうなって来ると馬鹿に出来たものでもない。
再び屋根に着地するところを、今度こそ静観して待つ。
これだけ攻撃したのに反撃がないところを見ると、目的が分からなくなってくる。何が言いたいのか、言うつもりなのか、ミレイユはその事に興味を持ち始めていた。