【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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虎穴に入らずんば その1

 果たして、あれが何を意味するのか、ミレイユには分からなかった。

 光球は身体を包んだというより、身体が光球そのものに変わっていた様に見えたし、それが飛び去った理由も、その方向にも当たりがない。

 

 精々北方面に飛び去った事が分かるくらいで、それでは何の手掛かりにもならない。

 何より、あれが神の死による結果なのか、それとも実は逃亡を手助けした結果として発生した現象なのか、それすらミレイユには分からなかった。

 

 ナトリアの口振りとカリューシーが見せた最後の表情から、それが命を断つ一撃に見えた。吐血し倒れる様は、致死の一撃の様に見えた。とはいえ、曲がりなりにも神ならば、それぐらいで死ぬものか、と思ってしまう。

 

 ミレイユが警戒を強めた視線を送ると、ナトリアはあっさりと樹上から降りて来てしまった。毒の実を警戒して離れた所に着地したが、それでミレイユたちと相対する距離は、むしろ縮まる。

 近付かれたくない、と思っていたからこそ樹上を立ち位置としていたのだろうに、あっさりの優位を捨て去ったのは不審に思った。

 

 己の力に自信があるのか、それとも何か伏せているものがあるのか……。

 ここに追い込ませたのがカリューシーではなく、ナトリアか、或いはその背後にいる大神ルヴァイルなのだとしたら、予め用意された何かがあると想定するべきだろう。

 

 破裂毒から離れたから、と迂闊に攻撃するのは浅はかだ。

 飛び掛かろうとしたアヴェリンを咄嗟に引き止め、周囲に影響を及ぼし辛い、念動力を持ってナトリアを拘束しようと試みた。

 

 念動力は不可視の力だ。漠然とした雰囲気は感じるものだし、力場の様なものを感じる事も出来る。しかし、それを明確に感じる事は難しく、だからナトリアが回避してみせたのは意表を突かれた。

 

 感心した気持ちが湧き上がると同時に、アヴェリンも動き出す。

 地面を蹴って、ナトリアが回避した先を見越して攻撃を加え、そして今度は呆気なく吹き飛ばされた。あれは躱せて、アヴェリンは無理なのか、と思わないではないが、隙を見せたなら見逃す理由がない。

 

「ルチア!」

 

 ミレイユ自身は念動力で拘束しようと試みつつ、ルチアの肩に手を当てて制御力を補助してやる。そうしてナトリアを拘束すべく、結界で四方を囲もうとするよりも速く、その範囲から逃げ出してしまった。

 

「案外、足掻くわね」

 

 ユミルが軽口を叩きながら紫電を走らせ、逃げた先、そしてまた更に先へと狙い撃つ。

 時に躱し、時に受け止めつつ、ナトリアは上手く直撃を回避しようとしていたが、そこへ肉薄しようとしていたアヴェリンが追い付いた。

 

 武器を掲げるように持って、視線がそちらへ向かうのと同時に、アヴェリンは盾を翳して視界を奪う。そうしながら上段から中段へと咄嗟に切り替え、その腹部目掛けて武器を振り抜いた。

 完璧に捉えた、――ように見えた。

 

 ナトリアは吹き飛んだが、しかし肉を打ち、骨を砕く音は聞こえない。

 防御術に秀でていると見え、今の直撃は回避したらしい。ガラスが砕ける様な音は聞こえたので、またも上手く立ち回ったようだ。

 

 ナトリアが吹き飛んだ方向には、スルーズの死体が落ちていた。

 既に出血も収まり、血の海に沈んでピクリとも動かない身体だった。ミレイユ達から遠く離れた時点で結界は既に解除されており、ただ無惨に打ち捨てられているだけの死体だったが、ナトリアの手がその服を掴む。

 

「……拙い」

「全くもう!」

 

 今日何度目の台詞になるのか、言ってる自分が嫌になりそうだった。立て続けに起きたストレスからか、みぞおち辺りがズキズキと痛む。

 ユミルから叱責とも焦燥ともつかない声を聞きながら、ナトリアを撃ち落とそうと、更なる魔術を放つ。ユミルもそれに参加してくれるが、逃げに徹した魔術士を追う難しさを痛感していた。

 

 特に防御術や治癒術に秀でた者を拘束するのは、非常に難しい。

 防御を捨て一撃を加えて来ようとするアヴェリンを止めるのが難しいように、逃げに徹しようとするその道のプロを仕留めるのは難しいものだ。

 

 ナトリアの目的が何であれ、死体を持ち去ろうとするつもりなら、それを活用する術を心得ているという事だ。

 例えばそれが、アンデッドとして利用するつもりならば良い。

 しかし死者の完全な蘇生も可能となれば、首を落とした事など、何の慰めにもならない。

 

 人の世にあって、死者の蘇生は夢物語だ。

 どれほど魔術が万能に見えても――瞬きの間に傷を癒やすような事が出来ても、死者の蘇生は出来ない。それが通説であり、常識だ。神にとっても不可能とされているが、本当にそうであるのか、誰も真実を知らない。

 

 本当に価値あるものは、秘匿してこそ意味がある。

 それに可能であるなら、切り札として秘しておく方が実利は高いように思える。それこそ、神が持つ権能次第では、実は可能と言われても不思議でもない。

 

 その可能性を思い当たらなかった自分に歯噛みする。

 神は何でもあり、という訳ではない。しかし、その可能性は頭の片隅にでも置いておくべきだった。そうであれば、こんな失態を犯す事もなかった。

 

「チィ……ッ!」

 

 ナトリアの移動速度も馬鹿に出来ない。

 内向術士でもない筈なのに、アヴェリンと等速に近い速度で逃げている。逃げに徹しているからこその速度かもしれないが、アヴェリンでさえ捕まえるのに苦戦していた。

 

 あれを結界内から制するには限界がある。

 ミレイユは自らも飛び出して、アヴェリンと挟み込む形でナトリアを追った。自身に身体強化の魔術を行使しながら、もう片方の手で拘束しようと、念動力で捕まえようとする。

 

 しかし、ナトリアには念動力が見えているかのように躱すと、ミレイユとアヴェリン、そしてユミルへ素早く視線を巡らせる。そして、何を思ったのかミレイユへと突っ込んで来た。

 急制動による急転換とはいえ、その程度で虚を突かれるミレイユではない。

 

 何より頭部と両腕を失くしていても、人体一つ持っての移動は楽ではないのだ。これまで上手く逃げ続けていた事は褒めてやっても、それでミレイユをどうこう出来ると思っているなら、思い上がりと言う他なかった。

 

 ミレイユは迎え撃とうと右手に剣を半召喚させ、左手に攻勢魔術を制御しようとしたところで、違和感に気付く。ナトリアの顔はこちらを向いているものの、その視線はユミルを追っている。

 突然進路をミレイユに変えた割に、注視するのは別人だ。

 

 広く視界を使えている、と言えるかもしれないが、ミレイユとアヴェリンに前後を挟まれて行うには愚策と言う他ない。

 ナトリアへ迫るアヴェリンと、敵越しに目が合う。それだけで、互いに何をしたいか、何をすべきか察した。

 

 ミレイユが一歩踏み出し剣を逆袈裟に、アヴェリンも一瞬遅れて踏み出し袈裟斬りに、それぞれ武器を振るおうとした瞬間、横合いからユミルの雷撃がナトリアを撃ち抜いた。

 どちらにしても、躱せぬタイミングだった。

 

 ミレイユの攻撃を躱そうと、アヴェリンの追撃が来る。

 アヴェリンがミレイユとタイミングをほんの少しずらしたのは、受けても避けても、どちらかの攻撃を対応させない為だった。

 

 そこに来て、ユミルの魔術だ。それとて、防ごうと思えば防げただろう。

 だが、その中でも最もダメージの少ない魔術を、その身に受ける事で吹き飛ばされ、結果前後の攻撃から抜け出してみせた。

 

 ミレイユは吹き飛ばされるナトリアを目で追いながら、大したものだ、と心底で感心する。圧倒的不利な状況での、それを感じさせない立ち回り。

 逃げ延びるには、最小限のダメージを受ける事さえ織り込み済み。あの時、前方のミレイユではなく、ユミルを見ていたのは、むしろ攻撃を誘うためだったのか――。

 

 そう思うと、なお賞賛したい気持ちが湧いてくる。

 吹き飛んだ方向へミレイユも追おうとしたが、ナトリアは勢い余って邸宅の扉を破り、その中へと転がり込む形になってしまった。

 意図せず侵入された事になり、思わず苦い顔を晒す。

 

 邸宅の中で戦う事は出来るが、諸々破壊と破損を振り撒きそうで躊躇われる。

 思わず足を止めてアヴェリンが隣に立つのを待ち、そしてユミルが後ろに立ったのを足音で感じると、渋い顔をしながら見合わせた。

 

「……よくやった、と褒めてやりがたいところだが」

「素直に褒めておきなさいよ、そこは」

「そういう訳にもいかんだろう。吹っ飛んでしまった、先が先だ」

 

 アヴェリンが叱責する様に言えば、そこにルチアが駆け寄ってくる。そのルチアが怪訝そうに扉の奥を見つめ、そして再び結界を貼ろうとして、手で制する。

 即座に貼らせないのは、それが一種の撒き餌とならないかと期待しての事だった。

 

 攻撃の機会があるなら、家から飛び出して来ないかと思ったのだが、あまりに反応がない。ユミルが放った魔術は決して弱いものではなかったが、さりとて一撃で意識を刈り取るようなものでもなかった。

 

「……出て来ませんね?」

「待ち伏せのつもりか?」

「狭い室内の方が、勝機があると思ったと? 確かに多人数と戦うなら四方を囲まれるより有利になるかもしれませんが……、だからって別に室内が有利とはならないと思うんですけどね」

 

 ミレイユはそれに無言で頷く。

 いま戦った事から分かるとおり、一人で四人と戦う事は不利だと判断したのは妥当だ。しかし逃げるつもりでいた筈で、それなら室内に入ってしまえば袋の鼠にしかならない。

 逃げ切る算段が、こうして視線を切った後に出来るというなら――。

 

「ルチア、邸宅を囲んで結界を張れ」

「了解です」

 

 瞬時に要求通り結界を張り、外部へ逃亡出来ないようにする。

 邸宅には裏口があるから、そこを見つけていれば、逃げ出せた可能性はある。それを防ぐと共に、狙いはもう一つあった。

 それを察してユミルが口を開く。

 

「転移防止? 使えるのなら、とっくに使って逃げてると思うケド。死体を持って逃げ帰りたいなら……あぁ、そっか」

「うん。誰もが瞬時に、制御を終了させられるものじゃなしな。特に転移は最上級魔術だ。逃げ回りながら使えるものじゃない」

「つまり、今は袋の鼠? ……と、楽観も出来ないのよね。死体を持って何をしたいかによるし。いっそあの中で、もう戦力として起こしているのかも」

「可能性はあるが――、頭部はまだ無事だ。アンデッド化させたところで、頭部のない死体は知識も理性も保てまい。戦力として見ても、微妙だと思うんだがな……」

 

 そうね、と頷いて、ユミルは落ちた頭部目掛けて魔術を放つ。

 それで炎に包まれ、瞬時に灰と化した。例えアンデッド化させようとも、これで永遠に知性の獲得は不可能になった。ナトリアが何をするつもりにしろ、選択肢を一つでも多く奪うのは意味ある事だ。

 

「それは良いとして、全く動きがないのは気になる。相手からしても『詰み』の状況は理解している筈。観念して出て来てくれると、手間が省けるんだがな」

「既に逃げた可能性は?」

 

 アヴェリンから問い掛けてきて、難しく息を吐く。

 それが音沙汰ない理由として順当なのだと、ミレイユも気付いている。結界を張るまでは、少しばかり猶予があった。その間に何か出来た可能性はあるものの、魔術は使えば魔力波形から分かるものだ。

 それを完全に隠蔽して使う事は難しい。

 

 可能か不可能か、と言われたら不可能、と答えたいのだが、ここまで音沙汰が無いと既に逃げたと疑いたくなる気持ちもある。

 結界は邸宅を囲むように展開されたとはいえ、扉から顔を出せない程ピッタリと展開されている訳でもない。降参するなら、手を挙げながら姿を見せるぐらいは出来るのだ。

 それが無いというなら、ミレイユ達から踏み込んでやらねばならなかった。

 

「やれやれ……、どこまでも楽をさせてくれないな」

 

 ミレイユがボヤくと、アヴェリンが武器を構え、警戒を怠らないまま頷いた。

 それを横目で見ながら、無防備に見える様な歩き方で邸宅に近付いていく。何か飛び出して来る物があれば、即座にアヴェリンが対応するし、多くは結界が防いでくれる筈だった。

 

 そして呆気ないほど簡単に邸宅前まで辿り着き、壊れた扉から奥を窺う。

 光の加減で中の様子は上手く見えない。結界ギリギリまで近付いてみたが、やはり中の様子を窺えず、仕方なく身体が入れる部分だけ小、さく開いて中へと入る。

 

 結界を越えても尚、何の反応も無く、更に邸宅内を見える範囲で見渡したが何の姿もない。そればかりか、音すらも無かった。

 アヴェリンが言ったとおり、既に逃げ出している可能性を強く感じつつ、言った本人を先頭に邸宅内へと踏み入った。

 

 そして見え辛かった邸宅内の様子が分かるにつけ、視界に入ったものに理解が拒む。

 そこには、土下座をしてミレイユ達を待ち受ける、ナトリアの姿があった。

 

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