【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~ 作:鉄鎖亡者
冒険者全体が強くなることで、それだけ死亡事例も減る。それを思えば、アキラが一石を投じた意味も、全くの無意味ではなかった。
冒険者が依頼を受けて死亡したとしても、それは完全に自己責任として処理される。ギルドからの保障もない。そしてそれを、この世の誰もが理解して戦っているし、だから高額な報奨金を得られる、という考えがあった。
弱肉強食の世界だから、敗ける方が悪い、という考えが根底にある。
だから保障がなくても誰も文句を言わないし、見返りとしての金額を得られれば納得する。アキラはそれにやるせない思いを抱いていたが、同時に異端な考えでもあるのだ。
今回アキラが見せた特訓で、その死亡事例数が減ってくれるなら、ある意味でアキラが起こした行動で、命を救ったと見る事も出来る。
アキラは密かな満足感を得ていたが、そこに水を差すような一言が、イルヴィから飛んできた。
「だからといって、あんたがやってる鍛錬法は誰も真似しないけどね」
「う……! いや、まぁ、あれは別に真似て欲しいものじゃないから、いいんだけど……」
「アタイが散々、泣き喚いていたのが原因って気がするけどさぁ……。でもアレは、半端な気持ちで手を出す様なモンじゃないからね……。真似しようって奴がいたから、アタイの方から止めたくらいだし」
「そんな事してたのかい」
イルヴィが笑みを向けると、スメラータは当然だ、という具合に強く頷く。
「皆からも、あれは拷問だって散々言われたもんだけど、実際本当にそうだから……! アキラは何故か鍛練の間は悪魔みたいに恐ろしいし、それを見に来いと言っておけば、勝手に人が遠ざかってたぐらいだからね」
「いや、でもあれは愛の鞭的なアレだし……」
「違うでしょ。明らかに殺すつもりでやってたでしょ!? 結果死ななかっただけで、あれは下手すりゃ死んでたから!」
そうまで強弁されると、アキラもそうなのかも、と思えてくる。
アヴェリンほど手加減が上手かった自信もないが、アキラもアヴェリンから指導を受けていた時は何度も死ぬ目に遭っていた。
鍛練とはその様なものだから、スメラータの言い分にイマイチ頷けない部分がある。
「いや、でもどうかな……。僕は多少下手だったかもしれないけど、師匠とかその仲間からも、割とあんな感じで指導されてたし……。おかしいのは、そっちの方なんじゃ?」
「何なの、その謎の信頼感!? どう考えてもおかしいのは、そっちの方でしょ! ギルドの全員がそう言ってるんだから、じゃあどっちが正しいかなんて分かりそうなもんだけどね!?」
「はっは……、いやいや。怖くて逃げ出したのは、別にその内容だけじゃ無かったと思うがね」
白熱し出したスメラータを、諫めるように言ったイルヴィは、アキラへと含み笑いに告げる。
「あんたってあの時期、言葉が全然通じて無かったじゃないか。言わんとしてることは、何となく分かるんだけどさ。簡潔すぎるというか、やれとか、駄目、しか言わないし。端から見ていて、あれは無いって思ってたもんさ」
「――そう! 具体的な説明とかないの! 何が駄目か分からないから、延々同じ指摘してきて痛めつけてくるし! そりゃ逃げるってのよ! ……逃げられなかったけど」
自分の言葉に自分で傷付き、またもかっくりと頭を下げた。
だが、その言い分にはアキラとて反論がある。何もスメラータ憎しでやっていた訳でもないし、悪魔のように恐れられたくてやっていた訳でもないのだ。
「でも、師匠だってそんな感じだったよ。詳しい説明や解説をしてくれるのは、それがある程度身に付いて来てからで、基礎の基礎で躓くようじゃ説明のしようも無かったんじゃないかな。自分の勘捌きというか、感覚で行う事に口で説明するのは難しいし」
スメラータは俯けた顔を、ぎりぎり視線が通るだけ上げて、呻くように言った。
「いや、だからってさぁ……。それならせめて、逃げ出したんなら逃げたままにさせてよ……。逃げられないから、泣くしかなくなるんじゃん……」
「それは無理だよ。師匠の教えからは逃げられない」
「何なの、その恐ろしい教訓。狂ってるでしょ……」
スメラータは顔を青くして、再び顔を落とした。
だから、とイルヴィは楽しげにその様子を見つめて笑う。
「誰かが参加しようとしていても、結局参加を止めた理由はそこにあるんだろうさ。強くなりたい思いがあっても、だからって拷問訓練を受けたい奴ぁ居ないからねぇ」
「僕が受けた内容を考えれば、あれでも優しくやってたつもりなんですけどね……」
「じゃあやっぱり、狂ってるって事だよ!」
スメラータが顔を上げて絶叫し、イルヴィは声を上げて笑った。喉を見せるように身体を逸し、空を見上げるように笑い飛ばす。
スメラータは憮然として殴り付けたが、目線すら向けずにいなされてしまった。
アキラもまた、イルヴィが顔を向ける夜空へ、何とはなしに目を向け、それからじっと見つめて動きを止めた。夜空を見つめる事は、決してこれが初めてではない。
ミレイユ達から離れてからというもの、むしろ夜空を見る機会は増えていった。
哀愁からだと分かっていたが、見る事は止められず、そして星座の形から、この世界が本当に異世界なのだと再確認したぐらいだ。
今もこうして見つめていると、不思議な感慨が満ちてくる。
現在は夏の頃に差し掛かった季節だが、アキラも良く知る夏の大三角形など無いし、そもそも北極星すらない。何もかも違って見えるが、不思議なのは星の瞬きすら無い事だった。
異世界だから、の一言で片付けられるのは星座までで、瞬きは大気の屈折率が揺らぐ事で起きる現象だ。目に入る光の強さが変化して、まるで瞬くように見えてしまうだけだから、この現象まで無いというのは不自然だった。
単に時間の問題、タイミングの問題だと思った事もあった。
小一時間も星を見つめていた訳でもなく、そういう偶然もあるだろう、と思っていた。だが一度気付くと瞬くところを見てみたくなり、そして終ぞ今までその瞬間に立ち会えた事がない。
いつの日か見られるだろう、と思って、気付いた時には星を見つめる習慣が付き、そしてやはり今日もまた見つける事は出来なかった。
どうしても見たい瞬間でもないのだが、今では見る事が出来たなら、ミレイユと再会できるという願掛けの様な扱いにもなっている。
しばらく上空を見つめた所為で、首も痛くなって来た。
またいつかで良いか、と思いながら元に戻すと、そこでは二人が不思議そうにアキラの顔を見つめているところだった。
アキラが口を開くより早く、イルヴィが表情そのままに聞いてくる。
「どうしたんだい、アキラ? 最初は敵でも警戒してんのか、と思ったけど……」
「何か違うみたいだよね。それに寂しそうだった」
「……え? あぁ、うん……」
恥ずかしいところを見られたな、とアキラは困った顔をして苦笑した。
今度から夜空を見る時は、他に人が居ない時にしよう、と戒めながら弁明を始める。センチな気持ちになっていた所は仕方ないとして、それをミレイユと結び付けられるのは避けたかった。
「いや、故郷から見える空を思い出しちゃって……。えぇと、何て言うんだろう……。そういえば、この単語知らないな……。えぇと星、星って言って分かるかな……それがさ、瞬かないなぁ、とか……」
「ホシ? 瞬くって何?」
スメラータがキョトンとして首を傾げ、イルヴィも訝しむように眉根を顰める。
アキラは上を指さして、空に見える星について説明する。
「ほら、上に幾つも光る点があるでしょ。それが星。で、それが点滅するみたいになるのを、瞬くって言ってたんだよ」
「はいはい、そういう事ね。山育ちで、他に教えてくれる人も居なかったから、空に付いてるアレをホシって呼んでたと……。なるほどねぇ……。それは良いとして、点滅なんてしないでしょ」
「いや、しないだなんて、そんな事は――」
原理的に有り得ない、と言おうとして、アキラは口を噤む。
アキラは物心つく前から、山で人と接触せずに生きてきた、という設定になっている。
だから、原理的なんて単語が飛び出すのは不自然だ。変に博識なところがある、と最近は言葉を覚えたからこその違和感を持たれているようだが、ここでボロを重ねる訳にもいかなかった。
どう説明しようか迷っていると、イルヴィは顎に拳を当てて言う。
「あんた、山でその……ホシと呼んで見てたのは良いとしてさ。本当に点滅したのを見たのかい?」
「ええ、それは……まぁ。すごく頻繁にビカビカ光るものじゃなくて、偶にゆらっと……一瞬だけの話で……だから瞬きと呼んでいて……」
「へぇ……? でも、そんな風に
イルヴィの発言に、スメラータも追随するように頷く。
「そうだねぇ、アタイも聞いた事ないかなぁ。空痕ってのは、そういうモンじゃない筈だし」
「さっきから聞いてた、その空痕って何? こっちではホシの事を、そう呼ぶっていうのは分かるけど……」
「その名のとおりだよ。空にある傷痕、だから空痕。その昔、神様が戦争したんだか喧嘩したんだかやって、空に出来た傷なのさ。壁に空いた穴みたいなものだ、っていう奴もいる。だから点滅するなんて誰も思ってないし、見た事ある奴もいない」
「え、あ……? そう、なんだ……」
返答を聞いて、納得して良いものなかどうか、一瞬迷った。
それは単に星という存在を誤解しているだけかもしれず、宇宙にある他の天体を、神がつけた傷だと誤認しているだけかもしれなかった。
だが逆に、この世界では神々が実在している。
オミカゲ様がそうしていたように、病を治す加護をもたらしているし、神は気紛れで人を罰するとも言われる。そういう実在の神々が、過去に実際喧嘩したというのも事実かもしれない。
そして、その際の出来事を誇張して、星の存在すら神々が作ったもの、と表現しているのかもしれなかった。
だが、ふと思い返してみると、星座というのは当然、空を移動するものだ。
空というドームに傷を付けたものではないから、自転と公転の関係で一ヵ所に留まらない。昨日と照らし合わせて見たところで分からないが、ひと月……あるいはふた月と見れば、その違いが見えてくる。
だが、アキラの記憶が確かならば、空にある星の位置は、些かの違いもない様に思える。
星図を作って記入した訳でもなければ、望遠鏡を使って確認した訳でもない。だからアキラの勘違いの可能性があって、実は全くの見当違いなだけかもしれない。
だが奇妙な発見をした思いがあって、今度ミレイユ達にあったら、この事を確認してみよう、と強く思った。彼女か、あるいはユミル辺りなら、詳しいことを知っていそうだ。
アキラは曖昧に自分の不明を謝罪して、そろそろ睡眠を取るよう提案した。
見張りの番は交代制で、その順番もまたローテーション制を採用している。誰もが最初か或いは最後が良いのだから、クジにするより、いっそ持ち回りのほうが不満はないだろう、と思っての事だった。
アキラの提案に従って、二人はテントの中に入っていく。
おやすみの挨拶をして、アキラは焚き火の調節を手早く行い、空を見上げた。故郷に対する哀愁は少ないが、ミレイユ達に対する哀愁は深い。
別れてから、とうとう三ヶ月の月日が経った。
その間も、いつか再会した時に、不満を持たれないだけの鍛練を積んだつもりだった。
王国とエルフとの緊張状態も続いている。何事かが起きていて、そしてそれは、アキラの与り知らない現象らしい。
アキラが知らないでいると助かる、というミレイユの言葉を信じたから、あのとき何も聞かなかった。
しかし、ここまで長い沈黙を与えられると、不安が募るばかりになる。
捨てられたとは思っていない。
だが、不安だけは消えてくれない。
このまま冒険者として、一角の者として扱われ、名声と金銭を得たところで、アキラに何の意味があるだろう。
スメラータとイルヴィという気安く思える仲間を得られたし、ギルドの仲間たちの中にも、気軽に挨拶を交わせる相手も出来た。
居心地が良い、と思える瞬間もある。
だが、無性にミレイユ達が恋しくて堪らなかった。
――星が瞬く瞬間に立ち会えば会える。
自分で掛けた願掛けだが、今ではそれが疎ましく思えた。
空に見える星は、どれだけ長く見つめようと、全く瞬いてはくれない。そして交代が来るまで辛抱強く待っていようと、終ぞ最後まで瞬いてくれる事はなかった。