【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~ 作:鉄鎖亡者
「ま、ここで考えても分からないわね。それこそ憶測の息が出ないし……」
「……そうだな。あるとすれば、戦闘させての疲弊待ちか? 神宮であったような、連戦に次ぐ連戦を仕掛け、抵抗する力を奪う……とか?」
「奪って、それでどうするの……? 捕獲でもする? でも、昇神させたくないんでしょ?」
「結局、そこに行き着くんだよな……」
ユミルが顰めっ面で吐き捨てると、ミレイユも唸って腕を組んだ。
現世へ逃げた神の素体を、あれほど苦労してまで取り戻す理由があるとするなら、それこそ小神に出来るだけの存在を、逃したくなかったからとしか思えない。
甚だ信じていないが、世界を存続させる為に必要なパーツとして、ミレイユにそれを求めた。それほど強い動機が無ければ、取り戻そうなどと考えるものではない。
だが同時に、神々はミレイユを昇神させるつもりがない、とカリューシーは言っていた。
――お前を昇神させない、その為に俺は動いていたんだぜ?
あの時の態度を思い出してみても、嘘を言っている様には見えなかった。むしろ、ミレイユを評価する余り、目的が昇神でない事にも、勘付いているかのような口振りだった。
彼は自分の命はここまで、と理解もしていて、それ故の暴挙でもあった。神々が高く評価するミレイユという存在を、試してみたいだけだった、と白状もしている。
だから、あの場でカリューシーが敢えて嘘を言って、こちらを錯乱させる意図は無かったと推測できるのだ。
そうして、あの時頭の隅で危惧した事――自然とそこにも思考が移った。
――ボタンの掛け間違いは、一体どこから始まっていたのか。
もっと言えば、なぜ掛け間違ってしまったのか。
それは大神が敢えて嘘を伝えていたからだ、とミレイユは予想している。
オミカゲ様となる前のミレイユを倒した後、勝利を前に舌舐めずりしたのではなく、そして隙を突かれて逃げられたのでもない。そうする意図があって、敢えて逃したのだ。
そして、ミレイユは起死回生の手段として、過去の現世へ飛ぶ事を選んだ。
これが果たして、神々の狙いだったのかは分からない。逃がす必要があったとして、どのように逃げるか、どういう方法で起死回生を狙うか分かるものでもない、と思うからだ。
手の内で転がすのが神の手口だし、その手に多くの遊びを含ませるかもしれないが、ここ一番で確実性を選ばない理由がない。
目の前でただ逃がす事が目的ではなく、本質や本音を聞いた、と誤解させた上で逃がす事が重要なのだ。
今となっては、その詳細な内容まで分からないのは悔しいが……。
どういう確信を持ってミレイユは――オミカゲ様は、過去へ飛ぶ事を決意したのだろう。
自らが強制送還された時、前周ミレイユから失敗した時は過去へ飛べ、という言葉を送られたと言っていた。だが果たして、その言葉をどこまで信じられたものだろう。
アヴェリンの仇であり、そして唾棄すべき相手とも思っていたのではないか。
ミレイユを名乗っていたとしても、当時急襲された状況、そして送還された異世界で生きるに辺り、その様な助言など頭から飛んでいたのではないか。
だが、単なる思い付きで過去へ飛ぶ、という判断は突飛すぎると思うし、当時の言葉を思い出しただけでも足りないように思う。
――その発想と手段を、後押しした誰かが居た筈だ。
そして、その誰かこそ……。
ミレイユは腕組して握った二の腕を、我知らず握りしめていた。ミシリ、と骨が軋む音がして、遅れて鈍く痛みが走る。それでようやく、自分が何をやったのか気付いた。
ユミルもいつの間にやら、心配そうな顔をして覗き込んでいて、気まずく思って咄嗟に目を逸らす。
「……ちょっとアンタ、どうしたの。おっかない顔してたわよ? 一体なにを考えてたのよ」
「……うん、皆の前で一度話さねばならない事だと思うが。ルヴァイルには、改めて警戒が必要だ」
「勿論、警戒なんて崩すつもりはないわよ。そんなの言われるまでもなく理解してるって、アンタも分かってるでしょ?」
そうだったな、とミレイユは苦笑して腕組を解いた。
両手を顔に当て、思考とストレスを緩和出来ないかと、マッサージするよう軽く揉む。
数秒そうしていると、少し気分がマシになった気がして、それで手を離して息を吐いた。
「私が警戒するべき、と言ったのはな……神々の目的が、私を過去へ送る事かもしれないからだ」
「あー……。どういう思考で、そんな考えに至ったか聞いても良い?」
「そもそも、どうして失敗した時、過去に飛んでやり直そうとしたのか、その事を考えてみて欲しい。破れたからと簡単に諦める私でもないが、だからと過去へ戻ろうと考えるのは、少々考えが飛躍し過ぎていると思う」
「それは……そうね。やり直したい、と考えて尚、その手段に気づけるか……。また本当に可能なのか、という問題もあるわよね?」
正しい指摘にミレイユは重く頷く。
特にタイムパラドックスを始めとした諸問題もある。そしてそれは、考えれば答えを導き出せるような問題でもなく、そして賭けと出るには、あまりに問題を軽視し過ぎていた。
「どういう理論で、どういう理屈で、それが本当に可能なのかどうか……。考えなしで、ある程度の担保なしで、決行する私でもないだろう。だが、実際に行われた事実を知っている今ではなく、それを最初に行ったミレイユは、一体何を担保に決行したんだ?」
「あぁ……。それがつまり、神の後押しだった、と言いたいのね?」
「味方ヅラして協力を仰ぐ神、とかな。そして実際、信用を得るだけの協力をした筈だ。私が最後の起死回生として、過去への転移を選べるくらいにはな」
ユミルは幾度も深く頷く。
それは誰が見ても、それ以上ない、と思わせる深い理解だった。
「なるほどね、なぁるほど……。確かに、オミカゲサマにしても過去転移について深い知見は持っていなかったのよね。突発的に行ったからでしょうし、自らも飛ばされた実績あればこそでしょうけど……。でも、そうね自身に協力する神からの助言ならば、どうせ負けるぐらいなら、と賭けに出るくらいには信用の置ける言葉だわ」
「ルヴァイルの本音がどちらなのか、それは分からない。
「幾らかの成功を、その助言の下に達成させ、最終的に望み通りの方向へ行くよう誘導するわね。……つまりそれが、アンタを過去へ飛ばしてやり直させる、というコトなの?」
ミレイユは頷くかどうか迷って、顔を横へ向けた。
何を見たい訳でもなかったが、即答できる答えは持ってない。答える為に、思考の猶予が欲しかった。
失敗をやり直せる、というのは、ミレイユにとって間違いないメリットだ。しかしこれに、神々のメリットがあるかどうか、それが問題だった。
やり直す事により、神々に生まれるメリットなど、果たして本当にあるものだろうか。
だが結果だけを――事実だけを見るなら、その為に神は行動しているように見える。それが果たして、ミレイユにとっても同様、手段なのか目的なのかで、話は違って来るように思えた。
そしてルヴァイルは、話を聞く限りは手段の方だろう。
望む結果を運んでくるミレイユでなければ、次周へ望みを託す為、ループをさせるよう動くのだ。
そして表向き、ルヴァイルも神々と目的を同じくしている、と見せたいらしい。
他の神々が狙う最終目的までループにあるのかは、この時点で判断できない。だが最低でも、ミレイユのループはその目的に反しない、という事かもしれない。
――あるいは、という段階ではあるが。
ミレイユは重苦しく息を吐き、ユミルへと顔をも戻して頷く。
「そうだな……。神々の目的が、私を昇神させる事にないと言うのなら……。奴らの目的は、私を過去へ送る事だという気がする。取り戻した上で送り返したい、というのなら、積極的にループさせる腹積もりがあるらしいな」
「アンタをループさせる事こそが目的って? ……何の為に?」
ユミルが首を傾げたが、答える事が出来ない。それこそが難解な問題だった。
「そればっかりはな……。大体、時間稼ぎをする事で、その確実性が増す、というのも理解不能だ」
「そうよね? アンタが森で大人しくしているに限り、神々も手を出して来ない。下手な騒ぎを起こさないなら――下手に時間を浪費してくれるなら、敢えて動く理由がない、と……。そういう話だったものね?」
「どうして私が時間を浪費する事で、時間転移に手を出すと思うんだ? 時間制限がある、という事か? ……つまり、その手段が失われる?」
「……『遺物』が、ってコト?」
ミレイユが目を細くさせて窓の外を睨むと、ユミルが意を汲んで答えを言った。
それが真実正解かどうかはともかく、有り得そうな事に思える。神々が手勢を送り込んでいるのか、それとも天から魔術を撃って破壊でもしようというのか……。
「だが、それだと不安を煽ろうとも確実性が無くはないか。単なるブラフだと分かっていても動くしかない、とまでは考えない。使用不能に出来る手段は持っているかもしれないが、……それで我々が、果たして真実と見做すかな」
「ループの手段を奪われるかも、って? だから、そうなる前に使いましょ、ってなるかしらね……? ならない、とも言えないけど……やっぱり想定が甘いわよね?」
そう思う、と頷こうとして、動きを止める。
眉根を顰め、視線をユミルに戻し、それから思い留まるように、また視線を下に向けた。その忙しない動きに、ユミルも流石に黙っていられない。
「どうしたのよ、やけに動揺しちゃって。何を思い付いたのよ。……まぁ、ろくなコトじゃないってだけは良く分かるけど」
「『遺物』の起動には、膨大なエネルギーが必要と言っていたな」
「……まぁ、そうらしいわね」
苦虫を噛み潰すような顔をして、ユミルは頷く。
魂とは資源だと、オミカゲ様は言っていた。そしてその魂力とでもいうべきエネルギーが必要で、大神は小神というものを量産している。
そして魂というのは人間では小さすぎ弱すぎるが、例えば強大な竜であったり、四千年も永らえた魂を多量に用意しても、小神と似た効果を及ぼす事が出来るようだ。
果実を得ようと木を切り倒すようなもの、と言っていた意味も、それなら分かる。人の魂がそれほど熟成しなければ使えない、というのなら、確かに小神の様な存在は貴重だろう。
そして『遺物』とは、その魂力で起動し運用できるものだが、神にのみ使用を許されたものでもない。
その上、神の素体という特別だけでなく、ユミルといった例外はともかく、アヴェリンやルチアも問題なく使えていた。
そこに危うさがある。
「小神の魂に匹敵するエネルギーなど、早々見つかるものではないだろう。それを先に使われる、というのは? 補充は可能であるにしろ、やはり簡単じゃない。敗北を前にした状況で、それすら奪われるというなら、躍起となるには相応しい気がするが」
「……頭が痛くなるわ」
がっくりと項垂れるように肩を落として、ユミルは額に手を当てた。
同じ思いなのは、ミレイユとて一緒だった。そうかと思えば実際に痛みを感じ始め、大して時間も掛からず鈍痛に変わる。本格的に痛みを自覚するようになって額に手を当てると、ユミルが呆れに似た顔を向けてきた。
「なによ、そこまで?」
「あぁ、不思議とな……。こんな痛みは初めてだ」
口にすると一度激しい頭痛が脳天を打ち抜き、そうかと思えば引いていく。ただの頭痛とも違う不思議な痛みだったが、今はもう消えたとなれば意識の外へ追いやられていった。