【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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再会と別れ その7

 魔術師ギルドの門を潜りながら、アキラは訝しみつつユミルへと尋ねた。

 

「でも、ギルドでどんな物を受け取りに……? あ、何か旅に便利な魔術秘具とか?」

「その手の便利な代物は、既に持ってたり魔術で代用したりするものよ。……説明するのは面倒くさいわ。いいから、黙って見てなさい」

 

 言われるままに頷き、アキラはミレイユの背を目線で追った。

 そこでは片眼鏡をした初老のギルド長が、仰々しく頭を下げては歓待している姿が見え、例の貴賓室へと移動を促している。

 

 アキラにとってはかつて見た光景で、少々感慨深い程度だが、ギルドを利用していた客から向けられる視線は、異質なものを見る目だった。

 

 奇異な視線が集中砲火のように向けられていたが、ミレイユは虫の視線とでも感じているかのようで、一顧だにせず促されるまま歩を向ける。

 

 ミレイユにとって、もはや衆目とはその程度のものなのかもしれない。

 貫禄の様なものを感じさせ、堂々たる振る舞いには惚れ惚れする思いだった。

 

 かつて神宮で御子神様として過ごして居た時よりも、堂に入っていた気がする。

 もしかすると、姿を見せなかったここ数ヶ月の間に、彼女の中で何か心象の変化でもあったのだろうか。

 

 他愛もない事を考えている間に、ミレイユはギルド長先導の元、貴賓室へと入室するところだった。

 アヴェリン達もそれへと続き、アキラも慌てて後に続く。

 部屋の中は数ヶ月前に来た時同様、高級感と清潔感に溢れており、ミレイユは勧められるまま、上座の席へと優雅な足取りで近付き腰を下ろした。

 

 アヴェリンは定位置と言える右斜め後ろで待機して、ルチアは以前と同じ場所へ勝手に座った。

 アキラはそこまで横柄な態度に出られないので、ギルド長の顔色を伺いながら、ルチアの対面となる席へと腰を下ろす。

 

 そしていつもならルチアの隣に座る事の多いユミルが、いつまでもやって来ず不審に思う。

 それどころか先程まですぐ隣にいた筈のユミルが、どこにも見当たらなかった。

 

 彼女がある種、破天荒な性格なのも、時に独断で単独行動をする事も知っているが、何をするか分からないからこそ恐怖を感じる。

 アキラに悪戯を仕掛ける程度なら可愛いものだが、そうでないなら始末が悪い。

 

「あの、ミレイユ様……? ユミルさんは? またどこかで、勝手な迷惑かけてたりするんじゃ……?」

「あいつには一つ、任せていた事がある。お前は気にするな」

 

 堪らずミレイユに聞いてみたが、返答はごくシンプルで、それ以上訊くことを許さないものだった。

 だが、勝手に居なくなったのではなく、ミレイユの指示の下いなくなった、というのならアキラが心配する必要はない。

 ホッと息を吐く思いで胸を撫で下ろしていると、ギルド職員がお茶や茶菓子などを用意してくれる。

 

 ミレイユがそれに一口付けると、ルチアもまた口を付けたので、アキラもカップを手に取った。

 そうしてミレイユが、少々ぎこちなさを感じる笑みをギルド長へ向ける。

 

「先日は、不躾な要求をしてしまい申し訳ない、ガスパロ殿。また、挨拶が遅れてしまった不明を詫びたい」

「殿だなと、仰々しくお呼びいただく必要はございません。このガスパロ、ミレイユ様のお申し付けとあらば、喜んでご用意させて頂きます」

「……感謝するよ。また以前、宿の手配をしてくれた事に対する礼も、機会得られず遅れてしまった。その事についても、重ねて不明を詫びる」

 

 ミレイユが頷くように頭を下げると、ガスパロは恐縮しきって頭を下げた。

 アキラが以前やって来た時は、スメラータが解説役として傍にいた時だった。

 

 言葉の殆どは理解できず、何が起きていたかも理解していなかったが、ガスパロがミレイユに対して並々ならぬ熱意を持って接していたのは、見て分かっていた。

 

 あるいは信奉と呼んでも良い程、その厚遇振りが凄まじかったのを覚えている。

 そして今も、臣下と言われれば信じてしまいそうな態度で、ミレイユを歓待しようとしていた。

 

 頭を上げたガスパロは、緊張した面持ちを残しつつも、片眼鏡の奥で柔和な笑みを浮かべようとしている。

 いつもと変わらぬ態度を取ろうと心掛けた事を察してか、ミレイユは催促する様に口を開いた。

 

「こちらが希望していたものは、用意できたと思って良いのか?」

「はい、勿論でございます。魔術士ギルドで用意するというには、少々毛色の違うものでもあったので、少しの手間もございましたが……問題はございません」

「あぁ、助かる。この都市で信用できそうな相手というのは、あまりアテが無くてな……」

「有難きお言葉でございます!」

 

 ガスパロは頭を上げたばかりだというのに、感涙を上げんばかりに身体を震わせ、再び頭を下げた。

 やはりその様な姿を見ると、信奉者の様にしか見えないな、とアキラは思った。

 

「目立ちたくない……というよりは、隠匿できる事が重要だった。そういう意味では、私達が自分で動くより、他人に任せる方が適切だった。無理を聞いてくれて、感謝する」

「感謝を申して頂くなど……! お役に立てたなら、望外の喜びでございます!」

 

 ガスパロの熱意には、さしものミレイユにもたじろぐ仕草を見せた。

 困ったような笑みを浮かべているのを、アキラは置物の用に見ているしか無かったが、ふと気づけば、用意させたという物品も見当たらない。

 もしかすると、手に収まるような大きさではないのだろうか。

 

 例えば馬車の様な物であったなら、室内に持ち込む訳がないし、ここに無いのも当然だ。

 ガスパロも用意したと言っている事だし、恐らくそういう事なのだろう。

 アキラが一人で納得していると、ミレイユはガスパロの傍らにったる目録へと目を移す。

 

「それと、頼んでいた刻印だが……」

「はい、当ギルド指折りの施術士を用意しております。以前、お目に掛けた事がある者です」

「あぁ、アキラに施術して貰った時か……」

 

 そう言ってアキラへと目を向けてきて、特に意味もなく胸がドキリと跳ねる。

 悪い事をしている訳でもないのに、何故か落ち着かない気持ちになって、手元に視線を落とした。そこへガスパロが相好を崩して、やんわりとした笑みを向けてきた。

 

「こちらにも、アキラ様のご高名は届いておりますよ。流石はミレイユ様の、いえ――」ガスパロはちらりとアヴェリンへ目線を向けてから言い直す。「アヴェリン様のお弟子ですな。あれからというもの、『年輪』を所望する冒険者も増えたのですよ」

「アキラほど堅固なものを作るのは、現代の魔術士には難しいと思っていたが」

「ご慧眼でございます。仰るとおり、期待に沿わぬものだと文句を付けてくるものもおりました。ですが、それは事前に十分な説明をしていた部分ですからな」

 

 ガスパロは一度冷めきった視線を外へ向け、それからアキラには全く正反対の温和な目を向ける。

 

「刻印は、自身を映す鏡とも申します。それを十全に活用なさり、たった二つの刻印で第二級冒険者へと昇り詰めた快挙は、他に類を見ないもの。実に素晴らしい」

「いえっ、はい……。恐縮です……!」

 

 今度はアキラの方がペコペコと頭を下げる。

 確かにギルドで名を挙げたが、アキラ一人の力で伸し上がった訳ではない。

 昇級は個人の力を測った上で行われるものだが、試験へ望むには達成した依頼の数や、その内容が考慮される。

 

 そこまでの実績を鑑みて推挙される形なので、己の腕一本で勝ち取ったと思われるのは肩身が狭かった。それに何より――。

 

 アキラはちらり、とアヴェリンへ視線を向ける。

 そこには第二級と聞かされても、全く動じない師匠が見えた。

 出来て当然、そこまで昇り詰めていて当然、と思っている節がある。

 

 そして、それは事実でもあったろう。

 アキラがそれまで築き上げて来た基礎は、決して嘘をつかなかった。

 ミレイユ達と別れた後も、断じて鍛練は疎かにしていなかったが、学園に入った時と比べ大きく成長も遂げた。

 

 ギルドに残った時点で、既に第二級レベルの実力はあったのだ。

 だから短時間であれ、その領域まで到達出来ていなければ、むしろ手抜きで怠惰に過ごしていたと思われていただろう。

 

 ミレイユの方を盗み見てみても、やはり感慨らしきものは浮かんでいない。

 順当な評価、と感じている様な印象だ。

 分かっていたが、何一つ言葉が掛けられないのは寂しい。

 

 そんな事を思っていると、ミレイユがガスパロへ向けて一つ頷きを見せれば、ガスパロもまた得心した用に頷いて、外へ向かって手を叩く。

 

 そうすると、ほんの少しの間を置いて、淡い紫色のローブを纏った施術士が入室して来た。

 フードは被らず後ろへ下げ、栗色の三つ編みが露わになっている姿には、確かに覚えがある。

 三十歳手前と思われる、落ち着いた雰囲気を持っていそうな女性だったが、しかし今だけは顔に強い緊張が浮かんでいた。

 

「ラエル・パエリソと申します。本日の施術を担当させて頂きます」

「うん、よろしく頼もう」

 

 ミレイユが鷹揚に頷き、ラエルが傍に近寄ろうとしたした時点で、アキラはようやく事態を飲み込み始めた。

 

「え、あれ……? もしかして、ミレイユ様が刻印を……?」

「おかしいか?」

「いえ、決して! そういうつもりで言った訳では!」

 

 ミレイユには珍しく、含み笑いの様なものを向けてきて、アキラは咄嗟に首を横に振る。

 

「……ただ、ミレイユ様はそういったものを、必要とされないんじゃないかと思っただけで……」

「大抵の魔術は修めているから、今更刻印を必要としていないのは事実だ。……だが、刻印だけが持つ魔術というのもあったからな」

「有用だから、刻む事にしたと……」

「私は別に、刻印を下に見ている訳でも、忌避している訳でもない。機会を少し逃していた、という部分があるし……それに何より、欲しているのは刻印が持つ効果だけじゃないからな」

「……新たに魔術が使る事には期待してないって意味ですか? それって、どういう……?」

 

 ミレイユは時々、アキラには理解できない事を口にする。

 それは単にアキラの頭では理解できないだけ、という事もあれば、見据えているものが違う事から来る事もある。

 

 刻印を欲する場合、普通はその刻印が持つ魔術効果を使いたいから刻むものだ。

 治癒術が使えたり、攻勢魔術が使えたり、身体強化が出来たり、というのが基本だろう。

 

 それを望まないのに刻みたい、という状況がアキラには理解できなかった。

 まさかミレイユに限って、ファッション感覚で身に着けるとも思えない。

 

 アキラがそんな事を思っていると、ミレイユが難しそうに顔を顰め、苛立ちを感じる表情で掌を見つめた。

 手持ち無沙汰のラエルが、どうしたものかとミレイユとガスパロの間で、顔を動かしているのに気付いて、小さな謝罪と共に手招きする。

 

「……あぁ、すまなかった。では、早速始めてくれ」

「は、はい……! それでは、失礼したします」

 

 アキラの質問は無視される形になり、ラエルはミレイユの傍らに膝を付いた。

 手招きするのに使った左手を手に取り、緊張した様子を見せている。

 

 その緊張ぶりは、何も特別待遇を受けた客の相手、というだけではないだろう。

 睨みを利かせて一挙一投足見守る、アヴェリンとガスパロにも原因があるに違いない。

 

「では、こちらの左手に施術する、という事でよろしいでしょうか」

「うん、それで構わない」

 

 ラエルも頷いて、その手を包むように両手で捧げ持つ。

 暫く目を閉じて集中していたが、直ぐに顔を青くさせて顔を振った。

 

「これは……駄目です」

「駄目とは? ミレイユ様に宿せない筈がないでしょう。もう一度、今度こそ集中してやりなさい」

 

 ガスパロが叱責に近い強い口調で言ったが、ラエルは再度首を振って拒否した。

 

「違います、そうではないのです。この場合、お客様がお求めになった刻印の方に問題がありまして……」

「……ふむ? 分かるように説明を」

「はい……。お客様が施術を求められた『求血』は、中級下位に位置する刻印です。ですので、刻印としての形態が、そもそも紋章の様な小さな形をしています」

「そういえば……上級刻印は、その規模の大きさから、縄の様に細長い形をしていると聞いていたな。腕や足など、とぐろを巻くように刻むものなのだと」

 

 ミレイユが小首を傾げるように言い、幾らか彼女より詳しいアキラもそれに頷いた。

 逆に初級や中級などは、その術の規模故に、大きさを必要としない。

 

 刻む為には、なるべく凹凸の少ない場所を選ぶのが好ましく、だから手の甲や額に多いのだ。

 魔力の大小によって大きさは変わるとはいえ、それを飛び越える大きさになるなど、初めから想定されていないのだろう。

 

「魔力の練度によって、刻印が大きくなるといっても限度があります。ですが、お客様はその常識を軽々と越えてしまわれているので、手の甲程度では収まりません。ですから、刻む事が出来ないのです」

 

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