【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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竜の谷 その8

 岩の残骸の間を縫う様に通り過ぎても、すぐに対面というほど、近くに最古の竜がいる訳でもなかった。

 相変わらず両端に高い壁が聳えて圧迫感を作っているのは変わりなく、そしてその上には多数のドラゴンが姿を見せている事で、更なる圧迫感が作られていた。

 

 道程そのものが曲がりくねっている事も手伝って、道が続いていると分かっていても、道の先々まで見通す事が出来ない。

 

 所々、足場が途切れて崖となっている場所などがあって、剣山の時ほど酷くはないが、苦労を重なければ進めなかった。

 その度に崖の上から睨む竜や、興味はあっても近づこうとしない竜を見る事になる。

 

 すぐに対面というルチアの報告を聞いていたが、強力なドラゴンがこれほど複数いるのなら、それと勘違いしてしまったのかもしれない。

 渦巻くような敵意が魔力と混ざり、判断を曇らす原因になっている。

 

 若い個体ばかりでなく、十分に歳を重ねたと思える竜も見受けられたが、そのどれもが戦闘を仕掛ける事はせず、ただ黙ってミレイユ達が通行するのを見送っていた。

 ただし、その視線の尽くに敵意を感じられ、友好的に思っていない事は感じ取れる。

 

 最古の四竜が待機するよう命じたから、今は見逃しているに過ぎないのだろう。

 もしも号令が下れば、嬉々として噛み付き、ブレスを吐き出して来るに違いない。

 

 さしものミレイユ達も、百体を超えると思しきドラゴンたちと、最古の四竜を纏めて相手にする事は出来ない。

 いざとなれば転移で逃げられるので、全滅する事だけはないと分かっているが、相応の緊張はある。

 

 アキラは既に身を固くして、いつでも防御できるよう身構えているが、そこまで警戒心を顕にしていると逆に反感を買うだろう。

 アヴェリン達がそうしているように、もっと気軽に構えていろと思うのだが、まだ経験の浅いアキラには難しい注文のようだった。

 

 そうして、いよいよ最奥に辿り着き、四竜との対面となった。

 最初にドラゴンと出会った場所の様に、広くゆとりのある空間になっていたが、周囲を完全に壁で囲まれている事と、四体の巨大なドラゴンが正面に鎮座している事が違っている。

 

 その四体は、ミレイユがいつか討伐したドラゴンの様に、他のドラゴンとは隔絶した巨体さを誇っていた。

 そのどれも色が違い、左から順に苔を思わせる濃緑、深い海を感じさせる瑠璃色、冬の訪れを感じさせる紅緋色と続く。

 そして一番右側に、くすんだ焦土を思わせる茶色のドラゴンが居て、ゆったりと犬の伏せを思わせる体勢で座っていた。

 

 周囲は単に壁であるだけでなく、階段状の起伏があって、そこにも様々なドラゴンが身体を休め、値踏みするような視線を向けている。

 ここのドラゴンは敵意を見せていないが、好奇とも違う意識を向けていて、何とも不思議な気持ちがした。

 

 その中にあって、四竜の内三竜は、好意とも敵意とも言えない気配を発している。

 どちらかと言えば好意的だが、最終的な決断を保留しているようでもあるようだ。

 

 だが、中央にて鎮座する紅緋色のドラゴンからは、友好的に思える気配を感じた。

 両手を重ねたその上に顎を乗せては、こちらを睥睨していて、どこか面白がるような視線を向けている。

 ドラゴンの表情は分からなくとも、何を思っているかは、その瞳から察っせられる気がした。

 

 互いの鼻先が十メートルほど離れた位置で、ミレイユは足を止める。

 この距離ではドラゴンの吐く息の射程範囲だろうが、それはこちらとしても同じ事。

 ルチアも即座に結界を張れる様に準備しているし、ミレイユが放つ魔術も、息を吐かせるより早く行使できる。

 

 痛いほどの沈黙が辺りを支配する中、どう話し掛けるのが正解か、ミレイユは頭を悩ませた。

 まず一礼するのが礼儀という気もするのだが、ドラゴンの様式を知らない身でする事は、何が失礼に当たるか分からない。

 

 頭を下げるくらいで逆鱗に触れるとは思えないが、何を不快と思うかが分からないのでは、迂闊に動く事が出来なかった。

 

 ドラゴンは言葉を理解している。

 その上で高い知識を持っていると期待できる相手なら、低姿勢で接すれば大きな問題にはならない、という期待は持てるのだが――。

 

 だが、これから交渉を有利に進めたいミレイユとしては、あまり弱腰を見せたくない。

 単身――本当の意味で一人ではないが――乗り込んだ人間を、こうして迎えているからには、それなりに思うところはあると分かる。

 だが、どう対処すべきか悩むところではあった。

 

 それとなく周囲へ視線を向けても、階段に座るどの竜も、身を伏せている事は共通している。

 すぐにでも飛び掛かろうとしていたり、息を吹きかけてやろうと臨戦態勢を取っているドラゴンはいない。

 

 最初に聞いた、()という言葉は、文字通りの意味だった可能性が強まってきた。

 意を決してミレイユが口を開こうとした時、紅緋色のドラゴンが先に口火を切った。

 

「何も取って食いやしないよ。あたしらを元に戻したのは、あんたらだろう? もっと言えば、中央にいる神人がやったんじゃないのかい」

「その通りだが……、私が神人だと分かるのか」

「分かるとも。……あぁ、来るとするなら神の遣いか、神人か、そのどちらかだと思っていたよ。『遺物』を使わず、姿を取り戻させる事なんて出来やしないんだから。それなら、やって来るのだって、そのどちらかしかないだろうさ」

 

 その嗄れた声は、衝撃波を放って来た時の声と同じに聞こえた。

 他の三竜は姿形から性別が分からないし、色以外はどれも同じに見えるから、声を聞くまでそれが本当かは分からない。

 だが直感として、この紅緋色のドラゴンがやった事、そして言った事、という気がした。

 

「こんな格好ですまないね。我らドラゴンとしては、尾を身体に巻いて首を持ち上げるのが、対話するに相応しい格好なんだが、人間と話すには距離が開き過ぎる」

「あぁ、こちらも作法については分からず困っていたところだ。……格好はどうか、そのままで。私も首を痛めなくて済むなら、そちらの方がありがたい」

「心配するのが、首を痛める事だけかい。そりゃあ、いい」

 

 喉奥でくつくつと笑い、そのドラゴンは、ワニを思わせる瞳を薄く細めた。

 口の端が大きく引き裂かれ、そこから鋭い牙が見える。

 人の背丈程もある巨大な牙は、鉄すら容易に引き裂くように見えたし、そしてきっと、それは事実だろう。

 

「まずは、自己紹介が必要かね。わたしがドーワ、纏め役の様な事をしてるよ。それから……」

 

 ドーワと名乗った紅緋色のドラゴンは、次に右側へ顔を向け、瑠璃色の頭を尻尾で叩いた。

 

「こいつがトワラス、その隣がドライグだ」

 

 瑠璃色に続いて、苔色のドラゴンの頭にも尻尾で撫でる様に叩くと、今度は逆側へ顔を向け、茶色の頭を尻尾で撫でる。

 

「そして、ドスラームだ。……まぁ、紹介だけはしたがね、こいつらは話に参加しない。他の奴らにも、黙って見てろと言ってある。敵なら容赦するな、だが客なら受け入れろとね」

「私が敵ではない、と判断した理由は?」

「それ以外に考えられないからだ。姿と知恵と取り戻したドラゴンに接触しようする者が、その直後にやって来るなら、それは戻した奴しか有り得ない。……そうじゃないか? そして神じゃないなら、つまり敵じゃないって事だからね」

 

 当然の理の様に言ったドーワだったが、その理屈は飛躍し過ぎている様に見える。

 ドラゴンスレイは、いつだって冒険者が夢見る偉業だ。

 

 悪意あって接触するつもりでなかったとしても、ハンティングトロフィーの様にドラゴンの首を求める事だってあるだろう。

 ミレイユ達が、そうでない可能性は排除できなかった筈だ。

 

 なのに、何故そこまで自信を持って言えるのか疑問だった。

 だが楽観とは違う確信が、そこにはある。

 それは声音からも察せられる事で、実にそれが不思議だった。

 

「私は敵にならないか? 神人と知っていて? 神人が何を意味するか、知らない訳じゃないんだろう? 神々の手先とは思わなかったのか?」

「思うもんかい。どうして、神々がドラゴンの復活を許すんだい? それだけは絶対にやらない奴らだよ。けど、我が身に起こった事を思えば、事実は余りにも明らかだ。都合が悪いものを、わざわざ掘り起こしに来る筈ないんだから、じゃあ神と敵対する意思があってやった事だと分かるんだよ」

「それだけで? 神人であろうと、神に敵対する者だと予想したから、それで信用すると決めたのか?」

 

 これには一瞬の間があって、それから再び喉奥で笑う音を出しながら言ってくる。

 

「勿論、それだけじゃない。他にも幾つか理由はある。あるが……そうだね、まず一つだけ言おうか」

「他の理由も気になるが、まぁいいさ。……それは?」

「裏をかく、寝首をかく……そういう輩だ、神ってのは。けど、あんたは曇りがない。一本の信念がハッキリ見えるのさ。付き従ってる者共も、一分の隙もなくあんたを信頼してる。わたしにはそれが分かる。ひと目見た瞬間にそれが分かったから……、これじゃ理由にならんかね?」

 

 自信ありげに言ってくるドーワだが、ミレイユとしてはどう反応して良いか迷う。

 

「……何とも、面映ゆい返答で困るな。まさかドラゴンから、世辞を聞かされるとは思わなかった」

「何だい、褒めてるんだろ。素直に受け取っておきな」

「つまり、自分の目や勘を頼りに、信じる事にしたって事で良いのか?」

「そうとも」

 

 言っている事は理解できるが、どうにも上手くはぐらかされた様な気もする。

 初対面でそこまで言われると、逆に罠を疑ってしまいそうになるし、それが本音であるかどうかも分からない。

 もっと判別しやすい証拠の様なものを聞かされると思っただけに、続く言葉が出て来ない。

 

 友好的な姿勢は、素直に嬉しい。

 交渉など無理で、まず戦闘になるだろう、と思っていたミレイユからすると、話し合いが成立しそうなのは嬉しい誤算だ。

 

 だが、彼らの友を奪った張本人からすると、今の賞賛にも何か裏があるように感じてならない。

 世界を炎で飲み込もうとしたドラゴン――ドヴェルンの命を奪われた事を、彼らはどう思っているのだろう。

 友好的に見えるのは、誰がやったかまでを知らないだけで、ミレイユがその仇敵と知れば、態度も豹変するのではないだろうか。

 

 ミレイユは何も、自分も被害者ぶるつもりはないが、あのドラゴンを放置する事は出来なかった。

 勲を求めて戦った訳ではないし、世界を救うという大義名分あってのものだが、殺された身内としては関係ないだろう。

 

 正直に告白すべきか、と頭の隅をよぎったが、何もかも正直に話す事だけが美徳でもない、と思い直す。

 清廉潔白を旨に生きている訳でもないし、必要とあらば何者をも斬り捨てる。

 切り捨てなければならない、と判断すれば、躊躇いなく捨てられる信念が、ミレイユにはある。

 

 ドーワは己の直感を信じるタイプかもしれないが、同時に理知に富み、計算高さも持っているようだ。

 一つの隙を見せれば、そこから芋づる式に、勘も交えて多くの事を察知していくだろう。

 

 多くの不都合を隠して交渉を結ぶのは、後の禍根を生みそうではある。

 交渉が成立しようと、それを理由に決裂を言ってくるかもしれない。

 そうなるぐらいなら、事前に白状するのも手、という気もする。

 

 ――結局、なる様にしかならないか。

 

 どうするべきか迷いつつ、ミレイユは結局、隠しておく事に決めた。

 ドーワから向けられる好奇の視線を受け取りながら、その目を見つめて返して口を開く。

 

「……既に十分、推察できている様だが、そのとおり。私達は敵じゃない。此度は、頼み事があって尋ねて来た」

「――いいとも。乗った」

 

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