【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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叛逆の意思 その8

 オミカゲ様は荒く息を吐きながら、霞む視界で虚空を見つめていた。

 元より『禁忌の太陽』を、己の権能で受け止めきれる自信など、最初からなかった。

 

 しかし、膨大なエネルギーを押し返す方法、あるいは対消滅させる方法など、他にない事もまた理解していた。

 神宮内全ての命を犠牲にする、最悪の想定を持って、事に挑んだ。

 

 だが、幸いというべきなのか――。

 ミレイユは万全と程遠く、制御力にも難が出ていて、魔力も残り少なかった。

 

 悪条件が幾重にも重なった状態で放たれた大魔術、それだけでも大したものだが、放たれた威力は想定よりも弱くなった。

 それに救われた。

 

 とはいえ、周囲一体十キロに及び、全てを瓦礫に変える威力があったのは間違いない。

 『守護』の権能だけでは抑えきれない、その判断と見切りを付けるまでは早かった。

 自身の魔力全てを防膜に回し、即席の盾として覆い、威力を抑え込もうと試みた。

 

 しかし、それは到底一人でどうにかなるものでなく、被害が出る事を織り込んで上で、上空へ威力を逃した。

 外へ広がらないように、逃げないように、指向性を上方へ――そう試みたが、果たしてどれほど上手くいったものか……。

 

 全身全霊を持って取り組み、威力を変じさせる事なく空へ逃がす。

 『地均し』を中心とした爆発は、正確にあの想像改変の力を押し戻し、または消滅させただろうか。

 

 オミカゲ様には、それを確認する力さえ残っていない。

 汎ゆる力が、身体から抜け落ちていくような感じがした。

 指一本動かせない身体で、覆っていた雲が不自然にぽっかりと開いた空を、力ない眼で見つめる事しか出来なかった。

 

 空に浮いていた雲は、破壊の奔流が通過した事で消し飛び、消え去っていた。

 直後に結界を展開した所為もあって、その時の光景が切り取られて固まっている。

 だから、空にはまるで巨大なドーナツが浮いているようにも見えていた。

 

 いっそ笑ってやりたかったが、オミカゲ様には、その力さえ残されていなかった。

 そこへ、おっとり刀で駆け付けた治癒術士が、オミカゲ様の傍らに膝を付く。

 

「おっ……、オミカゲ様! ご無事で御座いますかッ!!」

 

 足音から三人の術士が居ると分かったが、そちらへ顔を向けるだけの気力、体力共にない。

 しかし、そうとあっても、オミカゲ様には確認しておかなければならない事があった。

 

「みな、は……。ぶじか……」

「は、はいっ! オミカゲ様の御神徳を持ちまして、爆発による被害はありません! 市街地の方までは……確認できておりませんが!」

「そう、か……」

 

 オミカゲ様がその身を盾にして護った事は、酷い火傷の痕からも分かる。

 駆け寄った隊士は、神が人の為に身を投げ出す献身に涙を堪えきれない。

 

 だから、即座に全員が身体を震わせつつも治癒術を使い始めたのだが、傷は一向に癒えていかなかった。

 オミカゲ様の救助に向かわせられる位だから、彼女達は隊士の中でも優れた治癒能力を持っている。

 

 扱える理術についても、非常に高いレベルで扱えるのだ。

 だというのに、全く傷が癒えていかない。

 治癒術士達は、焦りに焦った。

 

「な、なぜ……!? まだ私の理力は十分に……!」

「言ってる暇があるなら、もっと力を振り絞れ! オミカゲ様が御不憫と思わないのか!」

「だが、三人掛かりだぞ! どうして、こうも……ッ!」

 

 術士達の焦りに、もしもの考えが浮かび上がる。

 どの様な大きな傷だろうと、この三人ならば癒せる、自信と自負があった。

 

 生きている相手なら、どんな傷でも癒して見せる、と……。

 ――生きている相手なら。

 

 最低最悪の想定、不遜不敬としか言えない発想、三人は自らの考えを恥じ、懸命に理力を振り絞る。

 翳した手から溢れる光は、更に眩く輝いたが、それでも傷が癒えていく様子がない。

 

 喉の奥から引き攣るような嗚咽が漏れた。

 まさか、いやだ、認められない――。

 その気持ちを無理に封して、理力を高める。

 

 そこへ、オミカゲ様の静かな声が漏れた。

 

「てきは……、どうなった」

「は、はっ……! あれ程の爆発を受けたのです、倒せたに違いありません! 現在も一切の動きなく、沈黙中です!」

「そう、か……」

 

 その報告を聞いて、オミカゲ様は細く息を吐く。

 力なく吐かれた息の後、虚ろに見ていた瞼も閉じる。

 

「われは……われのやくめを、やりとげた……。かなうまいとおもっていた……、だが……」

「いいえ! いいえ、オミカゲ様! やり遂げたなどと! その様なこと……ッ!」

 

 オミカゲ様の安らかな顔を見て、術士は悟ってしまった。

 ――満足の果てに、逝こうとしている。

 

 多くの事を知らず、『地均し』に対してどういう因縁があったかも知らないが、その打倒を果たして安らかな顔を見せるとなれば、そうとしか考えられなかった。

 

 だから、必死に否定する。

 逝っては駄目だと。逝かないでくれと懇願するのだ。

 

「オミカゲ様がおられなくては駄目なのです! 民を慈しみ、護って頂ける……いえ、見守ってただけるだけで良いのです! そこに居て下さるだけで! どうか、我々を置いて逝かないで下さいませ!」

「おにも……、そうばんきえる……。おにのない、へいわなよだ……。われはいらぬ……」

「いいえ! 考え違いをされておいでです! オミカゲ様は我らの神、我らの母! 母を要らぬという子がおりましょうか! どうか! オミカゲ様!」

「こに、みとられてゆくのも、ははというものであろうが……。あぁ……。われはながく、とどまりすぎた……」

 

 オミカゲ様の呼吸は浅く、その声もまたか細い。

 このままでは本当に逝ってしまう。高天ヶ原の神の国、そちらへ帰る事になるのだろう。

 

 神が迎える現世の死とは、きっとそういう事に違いない。

 人の死とは違う。肉体の死が起きたとしても、本当の意味での死とは違う。そうに違いないのだ。

 

 だが、だからといって、この世に繋ぎ止める事を諦めたくなかった。

 止めどなく溢れる涙は頬を濡らし、一向に回復しない原因は他の術士にあると、声を荒らげる。

 

「何をしてる! オミカゲ様をお労しいと思うのなら! もっと気を張れ! 全ての力を注ぎ込むんだよ!」

「やってます! 既にやってますし、オミカゲ様をお救いしたい! 私だって……! なのに、どうして……ッ!?」

 

 八つ当たりと分かっていても、改善しない状況に、何処かへ怒りをぶつけずにはいられなかったのだろう。

 それが分かるし、自分たちの不甲斐なさを悪く思うのは、三人の誰もが同じだ。

 

 だから涙を流しつつ、不甲斐ないと罵られつつも、目眩がするような出力で治癒術を行使している。

 だが、それでも――それだけの力を注いでも、回復の兆候は見られなかった。

 

 そこに追加の治癒術士が駆け込んで来た。

 御子神様へと遣わされた二班の術士達だった。

 では、そちらの治療が終わったから、次にこちらの応援に来たのだろう。

 

「御子神様は、ご無事だったか……!」

「いや……。だが、こちらの手助けに行けと……」

「いや? いやとはどういう……」

 

 首を傾げたい気持ちが溢れたものの、何にもまして、オミカゲ様の治癒を優先すべきだった。

 疑問も詰問も、今は外に置いて、傷の治療に専念するしかない。

 三人では不可能だった治療も、更に三人追加されたなら、必ず成功するに違いなかった。

 

 だが……、だというのに……。

 六人掛かりの治癒術でさえ、オミカゲ様の傷を癒す事が出来ない。

 己の不甲斐なさに涙が出る。

 

「なんで、どうしてなのよ……ッ!」

「よい……。われも、つかれた……。しょうしょう、つかれてしまった……」

「いえ、いけません! オミカゲ様、どうか目を! 目を開けて下さい! 諦めないで下さいませ! どうか、どうか今しばらく、我らの元にお留まり下さいませ!」

 

 これにオミカゲ様の返事はない。

 ただ、安らかな寝顔に小さく口を開け、何事かを発しようとしたところで、唐突な影が差す。

 術士が見上げたそこには、オミカゲ様と良く似た、しかし別人と分かる雰囲気を発する者が浮いていた。

 

「諦めるなど、らしくない。お前のユミルが聞いたら、きっと嘆くぞ」

「――御子神様!?」

「どいてろ。死にかけてるが、まだ無事だ。お前たちのまりょ――理力が弱すぎるから、癒やしの力が届いていない」

「は、はいっ! どうかオミカゲ様を、オミカゲ様を……!」

 

 言葉にならない声に、ミレイユが小さく手を挙げて、その思いに応えるか如く魔力が練られる。

 人の身では決して有り得ぬ制御術、そして練度を持って、一瞬で上級治癒術を完了させた。

 

 息を呑み、舌を巻く思いで見ていると、その術がオミカゲ様の身体目掛けて解き放たれる。

 白い燐光が触れると同時に、時間を巻き戻すかのように火傷が消え、傷が消え、そして綺麗な肌を取り戻した。

 

「あぁっ、オミカゲ様……!」

「良かった、ご無事で……! オミカゲ様!」

 

 治癒術士達全員が涙を流して歓声を上がる。

 既に多くの涙が頬を流れていたが、それでも尚留まる事なく流しつつ、手を取り合って喜んだ。

 

 間もなくオミカゲ様の目も開き、そして宙に浮いてるミレイユを見て、目を見開く。

 震える手を差し出して来て、ミレイユも手を伸ばそうとしたが、思案顔になって手を握る事まではしなかった。

 

 オミカゲ様は驚愕するという程、露骨な表情を見せていなかったが、それでも呆気に取られていたのは誰から見ても分かる。

 差し出した手を握り締め、それから自分自身起き上がろうとして、術士たちが咄嗟にした介添して起き上がった。

 

「そなた……、そうか。そうなのだな……。良かったのか?」

「どういう意味で? 死ぬよりマシという事なら、確かにそうだ。それに……」

 

 ミレイユは宙に浮く自分の身体を見て、それからユミルへ視線を移してから言う。

 

「どうにも妙な感じだ。世界に根差すという感覚がない。むしろ別世界から引っ張ろうとするものと、綱引きしている感じがする。インギェムの言ってた懸念が的中したかもな」

「それは……?」

「異なる世界に生きる者から、信仰を受け取った場合だ。その者達は、事実として()()()()の住人ではなく、自世界へ神を求める願力だった。結果として……」

「即座に、この世界に結び付くものではなかったと……」

 

 ミレイユは曖昧に頷いた。

 真実の(ことわり)は、誰にも分からない事だ。

 

 だが、抜けようと思えば孔を通じて異世界に渡れそうだと思うし、事実として可能な事でもあるだろう。

 それこそ植物がそうであるように、長く留まる事で根が伸び、その土地――世界へ根差してしまう事でもあるのかもしれない。

 

 だが、重要なのは今この時、ミレイユにはまだ猶予が残されているという事だった。

 選択する時間的猶予を得た――そう、考える事も出来る。

 あるいは、交互に世界を移動する事で、そもそも根差さない、という選択も有り得るかもしれなかった。

 

 とはいえ、とミレイユは首を振って、横倒しとなった『地均し』の下半身を睨み付けた。

 

「何もかも分からない状況だが、ともかく大神の行方は気になるところだ。結界によって封じられた今、どこかへ逃げ出したと思っていないが、この沈黙は気になる」

「もう、倒したとは考えていないのか?」

 

 オミカゲ様の問いに、苛立ちを隠そうともしないミレイユが頷く。

 

「こっちも死ぬ目に遭ったんだ。向こうとて同じかもしれないし、既に消し炭になったかもしれない。だが、確かめない訳にはいかないだろう。確信を得られない限り、結界も解けない」

「そうさな……。結界を消滅させると共に、あの巨体も消してしまいたい。維持出来る時間も僅か……、既に消し飛んでいるなら、その確認も容易ではあるまいが……」

 

 オミカゲ様が手を借りていた術士達から離れ、自らも宙に浮く。

 隣り合って肩を並べると、神格や威風に違いはあっても、やはり良く似ていた。

 

 更に大きな違いとして、ミレイユの肩にはフラットロが乗っているところを挙げられる。

 片時も離れないと主張しているようであり、そして、それは言っても止めるつもりはないようだ。

 

 視線に気付いたミレイユが困ったように笑うと、オミカゲ様も似た笑いを浮かべて、背丈の倍程の高さに飛び上がる。

 そうすると、すぐに顔を顰めて手招きした。

 オミカゲ様が睨み付ける方向へ、飛び上がりながら見てみると、そこには変わらず孔から魔物が出て来ている。

 

 あれは装置を使って作り出した孔とはいえ、大神が死亡したとなれば、やはり程なく消えるだろう。

 自動的に消えるものか、それとも消すつもりがなければ、暫く維持するものなのかまでは分からない。

 

 だが、残っている以上、未だ存命だと考えておくべきだ。

 それについては、二柱の意見が一致するところだった。

 

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