【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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エピローグ その2

 イルヴィがスメラータと共に孔を潜り終えた時、そこに広がるのは豪奢な部屋だった。

 見た事もない木造の建築様式だが、洗練された美しさを感じずにはいられず、思わず感嘆の息を吐く。

 

 室内には歓迎の意を示して待っていた神官らしき者がいて、開け放たれた扉の奥には、道の端に人が列を成して頭を下げている。

 女性ばかりが白い上着と赤い幅広をズボンを穿いていて、どうやらそれが彼女らの帰属を表す服装らしい。

 

 特別な格好は必要ない、と聞いていたので武具は身に着けず、動きやすい格好で来た。

 しかし、彼女らに使われた布を見ると、非常に高価なもので仕立てられたのだと分かる。

 見栄を張るのは好きでないが、こうも落差を見せつけられると、もう少しマシな格好をしてくれば良かったと後悔したくなる。

 

 単なる戦勝を祝う食事会、功労者を労う饗宴、ただ飲み食らう為だけの会、と聞いていた。

 だから仕事終わりに酒場へ繰り出す様な気楽さで来たのだが、もう少し格好に気を付けなければならなかったらしい。

 

 何しろ今日は、久々にアキラと会える。

 神同士の取り決めを行う為に、アキラは書簡を届ける役目などを担っていたから、その都度会う機会はあった。

 

 しかし、忙しく動いていたのは最初のひと月くらいで、それからは全く姿を見せなくなった。

 苛立ちが最高潮に達していた時、今度はこちら側から行けるのだと、テオ王の遣いから連絡が来た。

 

 自由に行けないほど遠い場所にあるから、と我慢していたが、行けるとなれば、自ら動く方が性に合ってる。

 そして、あの戦に参加した者全てを招待するとなれば、当然スメラータも共に行くと言い出すのは当然だった。

 

 そのスメラータは、今更後悔した様な顔をして、イルヴィを見つめて来ている。

 恐らくは、イルヴィも同じ様な表情をスメラータに向けているだろう。

 

 アキラは見栄えや格好など気にしないと知っているが、あからさまに品の高いものと見比べられるのは気分が悪い。

 普段は気にしなくても、並べて見る事で気が付く事はあるものだ。

 

「それでは、ご来場された方から順次、会場の方へご案内させて頂きます。……あちらの者が先導致しますので、その後に付いて、ご移動願います」

 

 そう言って、室内で一人待ち構えていた神官らしき者が言う。

 本当に神官なのかは知らないが、神の住まう近くで偉そうにしているなら、きっと神官なのだろうという、勝手な推測で思っただけだった。

 

 手をゆっくりと向けた先で、一人の女官が進み出て、見事な一礼で迎える。

 今ここに居るのはイルヴィとスメラータ以外には数人の冒険者達だけだが、これから獣人族やエルフ達も来る予定だし、ずらりと並ぶ彼女らは、その為に用意された人員なのかもしれない。

 

 スメラータと互いに顔を見合わせ、それから意を決した様に頷く。

 先導役の後ろに付いて歩けば、程なくして庭などが見える回廊に出た。

 周囲は静かで物音が無く、鳥の囀りが聞こえるだけだ。

 

 神が住まう場所に相応しく、庭木は綺麗に整えられ、イルヴィの知らない草花が目を楽しませてくれる。

 樹木や花だけではなく、芝の高さまで一律に保たれていて、どこまで見渡しても不揃いなものがない。

 

 緑の絨毯を敷いているだけと言われても納得してしまいそうで、いっそ偏執的といえるほどの整え方には、神への敬意以上に己の仕事に対する誇りを感じさせた。

 

 これ程の庭を作るのは、並大抵な庭師では不可能だろう。

 王城への出入りは一度のみならずあるが、ここまで見事な庭など見たことがない。

 

 感嘆するのは庭だけではないし、むしろ何を見ようと感嘆の息しか出てこないが、金さえ掛ければ出来るものでない事だけは分かる。

 彼女らが慕う神は、それだけの仕事をしたいと思わせる神なのだ。

 

 デイアートの神々、そして常識からは考えられない神だという話は、それとなく聞いていた。

 改めて、その一端を垣間見て羨ましくなる。

 

 いや、デイアートもまた、神々が大きく入れ替わり、大変な変革が起きたばかりだ。

 ――あの日、オズロワーナで起きた政変は、同時に神々の世界でも起きた事らしい。

 

 あれからというもの、神々が村を焼き払ったり、理不尽な暴挙を喰らわせた、という話は聞かない。

 これからどうなるか、この先も神の理不尽な怒りは下されないのか、そこまでは分からない。

 だが、人の世にあっては平穏を――。

 そう、オズロワーナが宣言したものを、神が追随したのは事実だった。

 

 世界は上手く回り始めていて、より良い世界が広がろうとしている。

 そうした希望感を誰もが抱いているのも、また事実だ。

 

 いずれは、この庭の様に整然とした美しいばかりの世界が創られるかもしれない。

 それは夢物語に過ぎなかったが、そうと思わせる期待感に満ちていた。

 

 静謐の中、互いに声を出す事も出来なくて、だから目を楽しませて移動を続けていると、にわかに騒がしさが耳につくようになって来た。

 どうやら宴会会場へ近付いているらしく、それに合わせて活気も見えて来るかのようだった。

 

 そしていざ会場の中に入ると、見た事もない料理がテーブルの上にズラリと並び、色とりどりの酒類やグラスが、壁際に所狭しと並んでいる。

 会場の中止にには幾つもの丸テーブルが置かれており、匂いも芳しく食欲をそそるものばかりが、これまた所狭しと並んでいた。

 食べた事のない料理ばかりだというのに、既に美味が約束されているかのようで、思わず涎が垂れる。

 

 椅子の類は無く、立食形式のようで、どこに立ってどこで飲んでも構わないらしい。

 お上品に座って食べるなど、出来ないというのが冒険者だ。

 その辺りはよくよく理解しているらしく、歓迎の意に関しても良く練られていると感じられた。

 

 今日何度目かに分からない唸りと感嘆の息を吐いていると、イルヴィ達が通って来た入り口から、また別の一団がやって来た。

 目を向けると、見た事のないご立派な服装を身に着けた若い連中が目に入る。

 

 多分、この国の貴族か何かだろう、と思った瞬間、見知った顔を見つけて眉を上げた。

 今更知らない格好をしているからと、見間違えないのはスメラータも同様だった。

 食欲をそそる料理の数々などすっかり捨て置いて、一目散に駆け寄っていく。

 

「――アキラ! 久しぶりだよ! ほんとぉぉに、久しぶり!」

「うん、久しぶり。元気そうで良かった」

「そりゃ元気だけどさ、もう全っ然、会えなかったからさぁ……!」

 

 スメラータは昨日まで散々言っていた不満をどこかへ蹴飛ばし、顔に満面の笑顔を向けて、喜びを体全体で表している。

 イルヴィとしても同じ気持ちだったが、スメラータの勢いが早すぎて出遅れてしまった。

 それとなく肩に触れ、ニコリと微笑みかけつつ、イルヴィも再開の挨拶を交わす。

 

「アキラ、本当に久しぶりだ。逢えない時間が長すぎて、一日が千日に感じる程だったよ」

「あ、あぁ、いや……!」

 

 アキラは素直な言葉を恥ずかしがるが、逆にイルヴィは真っ直ぐな言葉は美徳とされて育ってきた。

 今更それを変えられないが、アキラが好まないというなら、自分を曲げる事も考え始めて良いかもしれない。

 

 アキラの傍には他に数人いて、誰もがあの戦いで一緒にいた筈の者達だった。

 何しろ激戦だったので全員の顔に覚えはないが、知っている顔も幾つかいる。

 

 その一人が、ツカツカと歩み寄って来て、アキラの肩に乗せた手を優しく()()()()()()払った。

 他の誰かはともかく、直接握られたイルヴィには、痛烈な痛みが掌と甲に走っている。

 つまりこれは、宣戦布告という奴だ。

 

 手を払ったのは、見事な服飾で着飾った女性で、輝く黒髪をさらりと流して嗤う。

 

「お名前はご存知だったかしら? 自己紹介させて下さいね、阿由葉七生です。アキラくんとは親密にさせて頂いているの」

「そうかい。その親密ってのは、手を握る程度の事を言うんだろうね。うちの婿が世話になっているようで有り難いよ」

「あら、婿だなんて……。それはあまりに、気が早すぎる話じゃありません? 互いの合意というものが、婚姻には必要なのですよ。見たところ聞いたところ……、お二人にはそういう事実は一切ないとの事……」

「いやいや、遅かれ早かれの問題さ。――そうとも、アキラ。今度、我が部族の集落を案内しよう。是非とも、我が族長に顔見せしておきたい」

 

 そう言って誘ったのに、当のアキラは口をもごもごとさせて、顔を必死に背けていた。

 そして助けを乞うた先にいる男性陣は、決して巻き込まれまいと壁際に直立不動で立っている。

 七生の背後から立ち昇る気配に当てられて、すっかり顔を青褪めさせて無関係を装っていた。

 

「あら、アキラくんのご実家をご理解でない? こう見えて立派な貴族の一員です。勝手な面通しなど、御家にご迷惑と分かりません?」

「あぁ、そうなのかい。貴族……けどまぁ、関係ない。これはあたしが惚れたっていう話であって、欲しいと思えば決して諦めないって話だから」

「そんな勝手は通りません。御由緒家が、それを許可しませんからね」

 

 末に互いの鼻先をぶつけあい、一歩も引かぬ構えになっている。

 笑顔を浮かべてはいるが、互いに笑ってはいなかった。

 熾烈なぶつかり合いを見せている最中、その横からスメラータがアキラの手を取ってブンブンと上下に振った。

 

「あんなの置いといてさ、さっさと冒険行っちゃえばいいんだよ。知ってる? 消えた大瀑布の向こう側、その先に新大陸発見だって! これはもう、絶対行くしかないよね! ね!」

「い、いや、うん……どうだろう」

「スメラータ! 横から男を掻っ攫おうとするんじゃないよ! お前はそんな女だったか!?」

「馬鹿やってる方が悪いんじゃん」

 

 スメラータは悪びれもせず、しまいには舌を出して挑発した。

 それに我慢ならなくなったのは七生だ。

 

「なんですか、その接触は! そんな、羨ま――じゃない、ふしだらな! アキラくんは新大陸なんて行きません! そっちの世界にだってね!」

「……いや、行くけど……」

「――行くの!?」

 

 頑強に否定していた七生こそが、その発言に驚いていた。

 アキラが口にした事が本当で、そしてそれを知らなかったというなら、互いに親しい間柄ではないようだ。

 

 つまり、勝手に周囲を嗅ぎ回るだけの雌犬という事になる。

 ならば捨て置いて問題ないか、と意識を外へ向けたところで、七生は壁際に並んだ男たちへ気炎を上げた。

 

「ちょっと! 説得するって話はどうなったの!?」

「いや、した事は間違いない……ちゃんとした。ただ、アキラの意志は止められないと思っただけで……」

「そうそう。一度や二度じゃないんだぞ、何度も説得した。それでもアキラの意志は固かった。アキラには自分が望む未来ってモンもあるんだから……、それを応援してやるのも友達ってもんだろ?」

 

 中々道理を弁えている発言で、イルヴィは男たちの言葉に深く納得した。

 未来を決めるのはいつだって己の意志だ。

 そして、アキラはその未来を、生まれ育った地ではなく、異国で掴もうと手を伸ばしたのだ。

 

 スメラータも改めてアキラの意志を知って、胸を温かくしているようだ。

 感動した面持ちで、アキラの横顔を見つめている。

 

 アキラの進退については、イルヴィ達も知らない事だった。

 かつて頻繁に会えていた時は、定住先をデイアートに、という話は幾度もしていた。

 

 その時の反応も決して悪いものではなかったし、掴もうとするとスルリと抜け出るような返答しか貰えていなかった。

 それでも、とうとう決意してくれた、という事らしい。

 

 イルヴィの心にも満足と期待感で気持ちが溢れて出して来る。

 これからの未来に明るいものを感じ始めた時、七生が剣呑な目付きで堂々と宣言した。

 

「そう、分かった。……それなら、私も行くわ」

「――は?」

「はぁ!?」

 

 疑義を呈する声は、全員からのものだ。

 壁際の男たちからも、目を丸くして開いた口を塞げていない。

 何を馬鹿な、と言っているのが目に見えるようであり、そしてそれは、硬直から立ち直った男の一人から口に出された。

 

「いや、そんな簡単に言うがよ……。それこそ阿由葉家が許すかどうか……」

「許しは頂くわ、必ず」

 

 そう言った七生の表情には、頑健な決意に満ちていた。

 あれを説得して止めるのは、それこそ不可能だろう。武器を持って脅そうと、決して思いを変えたりすまい。

 

 詰め寄って止めようとしていたスメラータだったが、その肩を掴んで止めて首を振る。

 ここでイルヴィ達が前に出るのは、逆効果にしかならないだろう。

 そうしている間に、硬直から回復したアキラの方から口を挟む。

 

「いや、でも……そう簡単にはいかないんじゃ……。僕が勝手をするほど素直に行くとは思えないし……、それこそ他家が許してくれないんじゃないかな」

「貴方が意志を曲げないというなら、私だって曲げないわ。これは女の意地の問題なの」

「いや、それにしたって……」

 

 アキラは説得しようと試みているが、その意志を変える事はきっと出来ないだろう。

 達観した気分でグラスの一つを適当に取り、そして薄いガラス製なのに見事な装飾をされた逸品に舌を巻く。

 

 どこを取っても驚きと感動しかないな、と思いながら中の酒を口に含み、それから味わった事のない美酒に頬が緩む。

 アキラが帰ってくれば退屈とは無縁になる。

 

 そう疑っていなかったが、更に賑やかな事になりそうだった。

 決して歓迎できる展開になりそうではなかったが、それはそれで面白い、と思い直す。

 イルヴィは更に酒を口に含んで嚥下すると、アキラ達の様子と、その彼を取り巻く未来を垣間見て、大きく笑い声を響かせた。

 

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