【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~ 作:鉄鎖亡者
結希乃は御影本庁にある自分のデスクへ、不機嫌に踵を鳴らして近付くと、手に持った書類を叩くように投げ付けた。
「たったこれだけの書類を用意するのに、どれほど時間を掛ければ気が済むのか! 全く……っ! 無能の警察庁め!」
「結希乃様、余り外聞の悪い言い様は、その……」
「構わないわ、他に誰もいないもの」
自分の部下である、
苛立ちがあろうとも、それを部下にぶつけるべきではない。
千歳も笑みを向けられると、ホッとした様な表情を浮かべて、机の上の書類に目を向けた。
「……ともかくも、結希乃様。それが、例の……?」
「えぇ、去年にあった神刀奪回、生霧会幹部の捕縛についてね。警察の動員もあったし、拘留や後々の裁判の事もあるから、勿論無関係じゃないけれど……」
「やけに出し渋ってましたよね。……何かあるんですか?」
捜査や取り調べ、そういった部分は主に警察の管轄の為、そちら主導で動くのは当然といえた。
だが、神刀に関する部分、その関わりが強い部分については御影本庁の管轄だ。
麻薬取引を行った事件でもあるので、そちらについては譲らねばならず、二つの事件が庁を跨いで行われるのが問題となり、そして事態を複雑化させる原因になった。
「要は手柄の問題ね。管轄であったり職分だったりは二の次よ。自分たちが幅を利かせられないの、それが気に食わないんだわ」
「……下らない」
「本当よ。だから麻薬取引に、どこのマフィアと関わりがあったか、それを教えるだけで馬鹿みたいな時間を掛けては、体面と体裁を取り繕った……!」
結希乃は憎々しく書類を睨み付け、再び叩きつけてやりたい衝動を必死に抑える。
「神刀は既に一つ、海外へ運ばれてしまっていたのよ! それについて詳しく調べ、奪還すべく動mくのは我々の仕事! だってのに……!」
「先にあちらの仕事を優先された、という訳ですか……」
「別にいいわよ、自分達の管轄の仕事と職分に沿って動く分には! 麻薬の取引先、卸先を取り調べるのは当然だわ! でも、後回しにするのは別でしょ! 並行させなさいよ!」
当然、御影本庁としても、神刀をいつまでも海外に置かれている状況は望ましくない。
その事実を知った時でさえ、取引から既に多くの時間が経過していた。
マフィアの手の中に収まったままなのか、そこから更に取引されて移動したのか、それも調べなくてはならない。
だというのに、自分たちの捜査権を盾にされ、後回しにされたのだ。
無論、幾度となく抗議と是正を求めて進言した。
要求を全く無視される事はなかったが、神刀の行方についても、複数の尋問内容の中に含まれているのでお待ち下さい、という返答だった。
そして、仮に聞き出せたとしても、その裏付けは必要になる。
その尋問内容についても、やはり管轄の違いなどを盾に逃げられていた。
だが、麻薬捜査に進展があり、解決まで道筋が通ったので、ようやくこちらにも情報が渡ってきたのだ。
「全く……、足を引っ張る事だけは有能な連中ね! でもこれで、こちらとしてもようやく、大っぴらに動く事が出来るわ。……準備は?」
「えぇ、形式は完璧に整えていますが……。でも、前から先行して進めてましたよね。大丈夫なんですか?」
「形式さえ整っていれば、後はどうとでも誤魔化しが利くわ。――勿論、蔑ろにして良いものじゃないけど、明らかに邪魔されてるというなら、こちらだって黙っていてやる必要がないもの」
好き勝手やられては警察の面子が立たない、という言い分にも理解できる。
だが、それで神刀の行方が完全に霞と消えてしまっては意味もない。
彼らからすると、オミカゲ様の名を借りて好き勝手、大きな顔をしているとでも思っているのかもしれないが、全くいい迷惑だった。
時として、御影本庁が捜査の横槍を入れる事があるので、その意趣返しのつもりなのかもしれない。
苛つきがまた腹の底から煮え滾ろうとしたが、オミカゲ様のご尊顔を思い出して鎮静させる。
感情の発露は自然なものだとしても、あまりに行き過ぎると下品になる。
御影本庁に属する者として、また御由緒家の末席に連なる者として、部下の前で無様な姿を見せるものではなかった。
最近、オミカゲ様は憑き物が取れたように穏やかな顔で過ごしている、という話は実しやかに結希乃の耳にも届いていた。
女官の口は固いものだが、オミカゲ様の喜ぶ事となると、その口も若干軽いものとなる。
オミカゲ様が心安らかに過ごしているのは、喜ばしい事だ。
その御心を悩ます事がないよう、そして神刀の海外流出を即座に解決してみせるのが、結希乃の仕事と理解している。
懸念や不安の報告を、オミカゲ様へせずに済むよう、全力を尽くさねばならない。
結希乃は改めて心を落ち着かせ、自分は冷静だと心の中で呟いてから、千歳へと声をかける。
「飛行機の手配をお願い。整い次第、直ぐに出るわよ」
「え!? で、でも……式典は五日後ですよ!? 結希乃様も出席なさるんですよね!?」
「勿論よ。戦線に立った者としても、御由緒家としても、欠席する事は許されない。食事会は諦めるしか無いでしょうけど……だから、三日で済ませるわよ」
「そんな無茶な……! まだ詳しい所在だって掴めてませんし、マフィアを締め上げたぐらいで、即座の解決なんて出来ませんよ!」
「だから急ぐのよ。――いいから、手配!」
「は、はいぃぃ……!」
結希乃が睨みを利かせると、背筋を伸ばして一礼し、部屋から駆け足で出て行く。
その背後を見つめながら静かに息を吐いて、次いで書類へと顔を向けた。
そこに記された情報程度では、到底神刀まで行き着く事は出来ないだろう。
少しの聞き込み、少しの脅し程度で見つかる筈もない。
海外での理力を使った捜査は推奨されず、それは回復手段がない事を理由としているが、短期に絞った捜査なら、それも可能と結希乃は思っている。
捜査や探知、観察に優れた理術を使いこなせる者が一緒なら、即座に済ませる事も出来る筈なのだ。
捜査権を行使しない奪回は、略奪と取られても仕方ない事だ。
そもそも日本国の捜査権が、国外で通用する筈もない。
警察の協力もなく、御影本庁だけで不可能と思っているなら、勘違いも甚だしい。
秘密裏にやるのだ。
相手が犯罪組織であろうとも勝手を許されないのは当然だし、時に権力とは足かせにもなる。
好き勝手に力を振るう事は、公僕として許される事ではない。
だが、オミカゲ様に関わる場合だけ、時として条理を破る事もある。
特に今回は、その行方を完全に喪失している、というのが如何にも拙かった。調査には数年を要する事になるのだろうが、それであっても常套手段では見つけられない。
オミカゲ様の――神刀や理術について研究される事は、非常に不都合な問題でもある。
理力を科学で解明できるとは思えないが、もしも可能とした時、核兵器よりも恐ろしいものが生まれてしまうかもしれない。
それを未然に防ぐ為には、多少の無茶も許容範囲と認められている。
ただ、見つかったら大事なのは間違いない。それならば、見つからなければ良いだけだ。
その為には、優れた術士が必要だ。
そして、由喜門にはそうした事を代々得意としており、今代の術士も例外なく得意にしている。
「……紫都にも力を借りられないかしら」
表沙汰に出来る事でも、決して褒められる事ではない。
それを加味すると、果たして彼女が頷いてくれるかどうかが問題だった。
何か上手い誘い文句はないものか……。
結希乃は思案顔で頬に手を添え、溜息を吐いた。