【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~ 作:鉄鎖亡者
オズロワーナの中心に位置する居城、三階にある執務室で、テオは大きな机を占める書類と格闘していた。
広い室内は飾り気がなく、精々花瓶に花が活けてあるくらいで、絵画の一つも置かれていない。
質実剛健と聞けば印象も良いが、実際には金が無いから部屋を装飾する余裕もないだけだった。
本当なら花瓶すらいらないぐらいだったが、流石にそれは寂しすぎるという事で、泣けなしに用意されたものだ。
部屋の中にはテオの使う執務机だけでなく、他の文官が四名、同じく机で書類仕事に取り掛かり、それぞれに補佐官が二名付いて粛々と紙にペンを走らせている。
テオにもヴァレネオという補佐官がいるが、今は少し出払っていた。
王様は玉座で踏ん反り返っていれば良い仕事、などと思っていた訳ではなかったが、こうも変わらず文官に混じって仕事をするのも違うのではないか、と最近思ってきた。
決済された書類の確認、決議だけする状態、あるいは御璽押印など、王様にしか出来ない仕事だけ回されるものだと思っていたのだ。
それなのに、まるでいち文官と変わらぬ仕事を与えられている。
決して楽をしたくて、王を目指していた訳ではない。
理想を追うからこそ、それを実現する立場が欲しくて王を目指したのだ。
現状も、正しく理想を実現する為の仕事ではある。
だが、ここまであくせく仕事をせねばならないのか、と愚痴を吐きたい気持ちに駆られた。
その時、執務室の扉が開いて、ヴァレネオが入室して来る。
テオは恨みがましい視線を隠そうともせず、自席へと座る彼を目で追い、唇を突き出しながら不満を垂らした。
「遅いぞ。仕事は幾らでも山積しているというのに、お前一人抜けた穴がどれだけデカイか、今から説明してやろうか?」
「いりませんよ。大体、遊びに出掛けていた訳でないと、理解している筈では?」
「それでもだ! そもそも、何故この王たる俺が、文官混じり働いておるのだ! もっとこう……、なんかこう……違うのではないか!?」
「まぁ……、なまじ仕事が出来ると発揮して見せたからでは? 遊ばせておく人員などおらんのですから、当然……適材適所を考えると、そうならざるを得ないという……」
ヴァレネオの指摘に、テオは歯噛みしながら文官達に目を向けた。
今より約半年前、オズロワーナが被災によって上へ下への大混乱の折、テオは陣頭に立って必要な物資の計算や、必要な人員をどこに配置するか指示を出した。
ただ指示を出すだけではなく、必要な書類の作成まで手伝っていたので、それがすっかりテオの仕事として定着してしまった。
これまでの王がどういう仕事を知らずにいたテオは、そうして任されるまま、自分に出来る範囲の事を必死にこなしていたのだが……。
いつの間にやら、文官の王という立場に収まっていた。
ただ決裁書類が出来るまで待つ王より、その書類内容に精通し、自ら考える事も出来る王の方が、文官の方も有り難いと思ったらしい。
だから、文句が出るまで体勢を維持しようとした結果、半年以上も現体制が維持され、そしてなし崩しに続けられる事となってしまった。
お陰で必要な物資の集積や、現時点で求められる政策など、実にスムーズに事が運ぶので、テオは文官から絶賛されている。
前王は働かず、とにかく戦費を掻き集める事に腐心するばかりで碌な指示もせず、とにかく無茶に振り回されていたという事実が、今のテオを絶賛させる要因にもなっていた。
「えぇい、人手……人手か! 一朝一夕には揃わん事だし、嘆いた所で仕方ないが……!」
「デルンが陥落した事で多くの穴が抜けたものですが、貴方の努力が都市の復興を助け、その復興の功績を持って、戻って来ようとしている者もいます。一人の王として、認められようとしておるのです。それは口だけ言っても意味はなく、どれほど大きく言ったところで響かぬもの。今を続ける事が、何よりの近道でしょう」
その言い分には理解もするし、掲げた理想を理想のままにするつもりもない。
努力はこれまで以上に必要となる事は分かっていたし、覚悟もしている。
しかし、一人の努力に縋り続ける世の中、というのも間違っていると思うのだ。
「いずれは王制も廃止する。今は必要だからこの地位に甘んじるが、誰もが平等な世の中、その礎を作る事こそ俺の役目だ。より良い世界を目指す先は、一人の意思決定で行うべきものではない!」
「大変、結構な事かと。ミレイユ様も奨励されておりました。そのミレイユ様も、神の気まぐれで人の世が乱されてはならぬと、神の横暴を取り除いて下さいました」
「人には人の、世の在り方を決める権利がある……だったか」
神が人に手出ししない、という世界の在り方は、テオにとって青天の霹靂でもあった。
種類は違えど、神からの干渉はあって当然、と思っていた。
それは天の頂にミレイユが就く事でも変わらないと、考えるまでもなく、そう受け止めていた事でもあった。
ミレイユを信頼してなかった訳ではないが、しかし神ならば当然、と思っていたのだ。
王を始めとした権利者は、その特権や利権を守ろうとする。
それと同じで、神からしても当然、それと似たものを振り翳すものだと疑っていなかった。
神は一切、人の世に干渉しない。
人は人の持つ責任において、自由に向きを変える権利を持つ。
神に反感を抱くも、信奉を向けるのも、それは人が持つ自由であるという発言には、テオでなくとも耳を疑うに十分だった。
しかし、今までと同じ病毒・怪我の加護はそのままに、ミレイユは見事神々を統率し、余計な手出しをさせなかった。
神々の多くを失った事、それらが大地震の折に失われたのだと、世間は後に知った。
ご機嫌取りだと、あるいは人の世から逃れる口実だと、口さがなく言う者もいた事を知っている。
だが、信奉した神々がいなくなる事を悲劇と思っても、実害が消える事の方が遥かに大事だった。
何故なら、それまで当然にあった、ご機嫌取りのような信奉を向ける必要がない。
敬わなければ罰せられる。神のいずれかを信奉しなければ、災いが落ちる。
敬う限りにおいて、従順に信奉する限りにおいて、民は自由を許されていたのだ。
これまでの半年、悪態や暴言を吐いた程度で罰せられた民は存在しない。
癇癪を起こした神が人に暴力を振るおうとして、それをミレイユが殴り飛ばして止めた場面なら見た事はあった。
挑発するような人間の方が悪いと思うのだが、安易に挑発に乗る神こそが悪い、という論法らしい。
ありがたいと思うし、その沙汰と実行についても、人は安心できる材料になったろうと思う。
それを悪く思う事はないものの、しかし、どうしても思ってしまう事もある。
「干渉しない、というのは結構な事だと思う。今まではどうしても、頭を押さえつけられた窮屈さから抜け出せなかった。それがないからこそ、自由な思想、自由な発想で世界を良くしていけるんだろうが……」
「……だというのに、何か不満があるので?」
ヴァレネオは間違いなく敬虔なミレイユ信者で、ミレイユを悪く言うと機嫌を悪くする。
神が許している事といえど、それを自分が我慢する事は別だと思っていた。
だから、ミレイユの話題を出す時は、いつも気を配る。
「いや、悪いとは言ってない。ただ、干渉しないのは、自らが干渉されるのを遠ざける為じゃないのか。神は何もしない、だから最初から求めるな、余計な面倒を持ってくるな、と言うような……」
「それが悪いとは思えません。人の世の事です。人の問題は、人の間で解決するのが道理でしょう。困った時だけ頼るというのも、些か品性に欠けるのでは……?」
「まぁ、そうだが……」
それは事実だとしても、自らが動かなくて良い大義名分を得たいから、そうした取り決めを作ったのではないか……。テオには、そう思えてならなかった。
「人がやる事だから、人が決める事だから時間は掛かる。それは仕方がない。神様の言うとおり、とは行かないでしょう。……が、貴方には最早、猶予を気にする必要もない。そこは素直に感謝して、ミレイユ様がそう望むのであれば、その望みの為に動くべきかと思いますがね」
「う、む……。それなぁ……。いや、勿論感謝しているが、だからといって、それを理由に信奉とかそういうのは……」
「えぇ、ミレイユ様も別段、望んでおられますまい。その為にやった事でもなかろうと思います。……いわば、働きに対する正当な報酬。あるいは、その働きを十全にこなす為に必要と下賜されたもの、そういう事だと思いますがね」
何ともヴァレネオの盲信ぶりが分かる発言だった。
テオには人の寿命の半分ほども、時間が残されていなかった。
そして自らに掛けた呪いの為、更なる矮小な存在として生まれ変わる事を余儀なくされていた。
それを払ってくれたのはミレイユだ。
どうやったものか見当もつかないが、ユミル主導の元、ルチアと三人掛かりで色々され、その結果呪いは解かれる事になった。
普通の寿命を取り戻し、そして普通に死んでいけるようにもなった。
それについては素直に感謝している。
理想を叶えられる段階まで、そして現在の位置まで、その背中を押してくれた彼女には、確かに感謝以外の気持ちを表しようがないのだ。
ヴァレネオとしては、それだけ恩があるのなら、素直に神と認めて信奉しろ、というところに落ち着かせたいのだろう。
だが、昔のミレイユを知っている身だと、どうにも素直になれないところがある。
その当人に殺された身としては、最初に身構えてしまう癖が抜けてくれない。
襲い掛かった自分も悪いと思うが、その時の苛烈な反撃はテオの心に恐怖を刻み込んだのだ。
風向きを悪く感じて、テオは無理やりだろうと構わず、話題を転換した。
「そういえば、どうだったんだ。急な呼び出しだったんだろ? 何があったんだ?」
「……まぁ、よろしいでしょう。いえ、最近恒例となりつつある、神の悪戯について、少し……」
「あれか……」
テオは顔を顰めて、こめかみに握り拳を当てた。
神と言っても、ミレイユが何かする訳ではない。むしろその逆で、何か問題行動を起こそうとする小神を、ミレイユが取り締まろうとしているのだ。
起こる問題行動も人的被害が起きる程ではなく、ミレイユに構って欲しいから起こす悪事と予想している。
だから悪戯の範囲を超えていない。
しかし、神にとっては悪戯でも、人にとっては笑い話で済まない事もあった。
その対処に、少し駆り出されていた、といったところなのだろう。
「まぁ、我々の方に問題はありません。あったのは、むしろあちらの方でして……。それでも一応、建物に被害が出ましたので、その確認と今後の詫びなど相談させて頂いた、といったところで……」
「ちょっと待て。……詫び? 誰が、誰に?」
「神が、人にです」
テオは頭痛を覚えてしまい、思わずこめかみに沿えていた拳を強く押し付けた。
全くの前代未聞、驚天動地とはこの事だった。
人が許しを乞う事があっても、その逆は無いのが神というものだ。
「無償労働でもさせて、コキ使って修復の手伝いでもさせろ、というお言葉を頂きましたが……丁重にお断りを。代わりに信徒の貸し出しや、寄進などをして頂こうという話で落ち着きました」
「それが良いだろうな。神が混じって働いてみろ。大混乱になるだろ」
「意識を変えさせたい一貫なのやもしれませんな」
「大体……何だったか。アルケスだったか、その神。そいつなんて、明らかにミレイユに構って欲しいだけだろ。それを律儀に……」
「神の横暴を、無力化して止められるのは、ミレイユ様しかおりませんからな。とはいえ、それを逆手に取られている風なのも事実。何か厳罰を課す様でなければ、これからも続くかもしれません」
「いっそ放っておか……れても困るか。実害が大きくなっても、なぁ……。それでまた、神々の闘争なんか起きても困るしな」
あの日、天変地異が起きたのも、それが理由だと多くの人は思っている。
神々同士の熾烈な争いは、大地すら割るのだと、そう認識させられた。
それは事実と異なると、テオやヴァレネオは教えられていたが、庶民からすればそう考える方が自然なのだ。
「ともかく、神々の頭を押さえているのがミレイユで助かる。お陰で馬鹿をするのはアルケスだけで、他は大人しいもんだ。ある意味で、それが良い教訓として神々の間で広まっているのかもしれないな……」
「それもまた、あり得ますな。悪戯の域を越えれば弑される可能性も、十分あるのだと認識している筈です。命懸けの遊びなど、誰もやろうとせぬでしょう」
話している間に熱がこもり、手を止める時間も長くなっていた。
目の前の書類は全く減っておらず、むしろ増えている有様だ。手を止めていた分、これを片付けなければ酷く恨まれる事になるだろう。
こちらを見つめる文官たちからの視線も、段々と鋭いものになっている。
テオは大きく溜め息を吐いて、作業を再開する。
せめて式典の時は、羽目を外して酒でも飲もう、と心に誓った。