【完結】神人創造 ~無限螺旋のセカンドスタート~   作:鉄鎖亡者

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別世界の住人 その2

 外は満天の夜空だったが、夜風は冷たく人気(ひとけ)もなかった。

 アキラは階段を降り、待っていたアヴェリンと合流する。握りしめていた財布をポケットに捩じ込むと、途端に不安がよぎってきた。

 

 嫌味ではなく、常識がない人と一緒に買い物というのは、些かハードルが高すぎるのではないだろうか。

 せめて食い違いは多々あっても、ミレイユに付いてきて貰った方がいいと思うが、あの貴族のように丁寧な接しぶりを見る限り、望み薄だろう。

 買い出しなど使用人のすること、と非難を浴びせてくる可能性すらある。

 

 確かにオミカゲ様と瓜二つの人物に――別人と分かっていても――同行してもらうというのは恐縮してしまう。だとしたら、やはりそうする以外に方法もなかったのかもしれない。

 アキラが頭の中でそう結論を下して、先導するようにコンビニ向けて歩き出す。アヴェリンはそのすぐ横に位置取り、アキラが手ぶらで出てきた事に怪訝な視線を向けた。

 

「武器は持って来てないのか? お前は“中に”仕舞っておけないんだろう?」

「はい……? 武器、ですか?」

「日が完全に暮れてから家を出るとなれば、護身用の武器くらい持つものだ。実際に振るわなくとも、威嚇程度にはなる」

「いえ、そんな危険はないですから」

 

 アヴェリンの至極真面目な顔つきから、純粋な善意で言った事が分かる。だから小さく苦笑して手を横に振って否定したのだが、それではやはり納得しないようだった。

 

「野盗、物取り、強姦、考えられる危険は幾らでもあると思うが。特にお前なんて女と変わらん、隙を見せれば襲われる」

「いえ、大丈夫です。この国、治安は世界で最も良いと言われてるぐらいなので」

 

 それもまたオミカゲ様による御威徳の賜物だ、とアキラは思う。常に見守られているという思いがあるからこそ、人は正しい行いができるのだ。

 女だと言われた事は頭から除外して、思いを新たにしているアキラに、アヴェリンは感心したように言う。

 

「そんなに治世がよい国か……。ふむ、ミレイ様が静養先と決めた理由も、そこにあるのかもしれんな。――これだけ明かりを灯せば、確かに夜の影で隠れて悪事を働く者はやり辛かろう」

 

 電柱を下から上へと眺めてから、怪訝とも感嘆とも取れるような声音で続ける。

 

「明るい光だ。揺らぎもなく、煙も出さない。火の灯りとは別の物なのだろうな」

「ああ、はい。あれは電気で灯している灯りですよ」

「また電気か……。こちらでは、それを主流に使っているのか?」

「ですね。他にも色々ありますけど、一般的な恩恵が一番大きいのは電力じゃないかと思います」

 

 アキラの返答を聞いて、アヴェリンは幾度も頷く。

 そして、あれ、とアヴェリンが指差す先にアキラも目を向けると、そこには家庭の前に停まっている自動車がある。

 

「馬を使わないというなら、あれも電気で動かすから必要がなくなったのか?」

「あれはまた別で……。いえ、最近はハイブリッド車とか出てきて、完全な電気自動車もあるんですけど……。とにかく、あれは違います。また別のガソリンというもので動きます」

 

 アヴェリンは明らかに胡乱げな視線をアキラに向けた。

 

「言ってる事がさっぱり分からん。――が、馬を必要とせずに動く物、ということだけは分かった」

「ええ、はい。そうです」

「あれだけ大きい物が、馬の牽引も必要なしで動くのか」

 

 感心したように言うと、アヴェリンはやおら自動車の下に手を突っ込み、片手でそれを持ち上げてしまう。まるで道端に落ちてる置物を持ち上げるような、無造作な動きだった。

 前輪部分は完全に持ち上がり、その車体は軽く四十五度は傾いている。

 アキラはその非常識な行動、というより現象に目も口も開いて動きを止めた。

 

「な、なん……!?」

「なかなか重い。馬車より何倍も重いだろうに、それでも必要ないというのか。……一体、どうやって動かすんだ?」

 

 全く重さを感じさせない動作で、ひょいひょいと上下に動かしながらアキラの方へと顔を向けて、それでようやくアキラも動作を再開させた。

 

「ちょちょちょ……! 駄目ですって、それは駄目です!」

「なんだ、この程度で壊れるほど脆いのか?」

「違います、そうじゃなくて! そんな簡単に持ち上がるものじゃないですし、――いや何で持ち上がってるんですか!」

 

 何を言ってるんだ、とアキラは自分で自分を叱責する。

 ここは非常識な部分を指摘する場面で、驚いている場合ではない。アヴェリンはそもそも常識をしらないのだから、こういう状況を予め想定して、事前に言い含めておくべきだった。

 

「普通、こっちの人は車を持ち上げるような真似しないんです。持ち主に怒られますし、知られたらきっとミレイユ様も怒るかもですよ!」

「……そうか」

 

 アヴェリンは素直に腕を降ろす。乱暴に車を手放すかと思って身構えていたが、意外に繊細な手付きで前輪が地面に着いた。

 

「なんか、すみません……。こっちの事も知らない人にアレコレと……。ただ、なんて言うか口にするのは難しいんですけど……」

「まぁ、悪いのは私だろう。あっちでも普通、馬車を持ち上げるような奴はいないしな」

「嘘でしょ。じゃあ、何でするんですか……」

 

 ドン引きする様を隠そうともしないアキラに、アヴェリンは悪ビレもせず胸を張った。

 

「ミレイ様はこちらで長く静養するつもりであるようだったからな。私もこちらの色々な物に精通しておく必要がある。見て聞いただけでなく、実際に触れて知った方が理解が深い。お役に立つと思えば、自ら率先して知見を得ようとせねばならない」

「言ってる事は凄くご立派です。ですけど、今だけはどうか、ただ買い物を済ませるだけで勘弁して貰えやしませんか……!」

 

 アキラが懇願すると、アヴェリンは数秒考える仕草を見せる。

 それからしばらくして頷きを返した。

 

「ま、そうだな。着いたばかりで気が急いていたのかもしれん。今はそちらの言い分に従おう」

「ええ、どうも。助かります……」

 

 我儘という訳ではないので、そこは簡単に納得を見せた。

 家を出てすぐこれかと嘆こうと思ったアキラだったが、これなら何とか家に帰るまで手綱を握れそうだと想い直す。後はただ、何事もなく買い物を済ませられるよう願うばかりだった。

 

 

 

 

 名前以外の自己紹介も必要かと、歩きながら話している時だった。

 沈黙が気まずくてとりあえず振ってみた話題だったが、アヴェリンはこれに意外にも相槌を逐一返してきた。時には簡単な質問もしてくる。

 その内容は年齢と学校に通っている事ぐらいなものだったが、アヴェリンからすると、その学校制度自体が物珍しく感じられたのかもしれない。

 

「では、最低でも九年間は教育を受けるのか」

「ですね。でも普通はそこから更に三年間高等教育を受ける学校に進学しますし、それから就職というのも珍しい部類です」

「だが、それではいつまでも半人前以下ということになる。十五を過ぎて尚、徒弟ですらないと言うのか?」

「うーん……、その徒弟というのも、こっちではもうあまり見られない制度で……。勿論そうした慣習が活きている職業はあるんですけど、多くは――」

「――待て」

 

 アヴェリンが立ち止まり、腕を横に伸ばしてアキラの進路を止めた。

 顔を向ければ険しい視線で前方を睨んでいる。また例の化け物かと身を固くしたが、あるのは無人の道路と、それを照らす街頭。それ以外には何もない。

 ただ五十メートルほど先には例の公園があるくらいだ。この場所から公園の内部まで詳しく見えないが、誰かがいる様子も何かが動いている様子もない。

 

「……どうしました?」

「声を出すな」

 

 アヴェリンからは緊張した様子は窺えなかったが、警戒の度合いを一つ上げたように感じられた。言われるままに口を閉じ、何があるか分からないので一歩後ろに下がっておく。

 アヴェリンが懐から何かを取り出すような動作を見せると、そこには既にメイスが握られていた。明らかに仕舞っておけるような大きさではないので、例の個人空間から取り出したものなのだろう。

 便利でいいな、と思っていると、道の端に寄るよう手を動かして来た。

 指示のとおりに移動して、何か見えるかと首を動かしていると、アヴェリンもまた移動してきて身を屈める。それを真似てアキラもすぐ近くに屈んだ。

 

 数秒の沈黙の後、公園で動きがあった。

 和装の兵員、そう表現するのが正しいような、現代では余り見ない格好の人間が数名でてきた。甲冑姿ではなく、袴姿でもない。陣傘と甲冑を外した足軽のような見た目をしていた。

 辺りを警戒しながら公園から遠ざかり、近くに停めてあったバンに乗り込んでいく。息を潜めながらそれを見守り、やがて車が発進していくと、ようやく息を吐いて力を抜く。

 

 予想以上に強張っていた肩を解しながらアヴェリンの顔を窺うと、武器を持ったままそろりと立ち上がる。遠ざかっていくバンを見ることなく、相変わらず前方に注視していた。

 一体なにを、と思ったところで肩を抱かれ、何者かの体重が掛かってくる。

 

「バァ……!」

「うわぁ!!」

 

 耳元で起きた突然の声に、アキラは声を上げて飛び上がった。

 アヴェリンは即座に身を翻し、その頭に武器を振るう。

 ヒュンと風切り音が耳のすぐ横を通り過ぎ、そして何の手応えも出さず、アキラの身体からも感じていた重さも消えていく。

 

 アキラは蛙のように無様な動きで前に動くと、振り返りながら立ち上がる。

 自分の居た場所には誰もおらず、視線を左右に動かしても尚、誰の姿も見当たらない。全身から冷や汗が浮かび上がるのと同時、闇の中から幕を降ろすように、何者かが姿を現す。

 

「やはりか……」

「分かっていたなら、物騒なもの振るわないで頂戴な」

「悪巫山戯をした、お前が悪い」

 

 くすくすと笑いながら、楽しそうに赤い目を細めて顔を見せたのは、部屋で待機していた筈のユミルだった。

 背中にかいた嫌な汗を自覚しながら、今更ながら襲ってきた緊張で足を震わせた。

 

「な、なん、何するんですか……!?」

「だって一緒に、楽しそうに道端でくっついているものだから。妬けちゃうじゃないの」

「それでわざわざ、姿を隠して後ろに回ったのか」

「そうそう」

 

 呆れた口調に対し、楽しそうに返すユミルの言葉に、アキラは怪訝に思って眉根に皺を寄せた。

 後ろに回るも何も、後から着いてきたのなら、後ろから追い着く以外ない筈だ。複雑に道を曲がったわけでもなく、ここまで道を一直線にやってきたのだから。

 

 アキラの思案を余所に、アヴェリンは武器を収めながら、話の先を促すように顎を動かす。

 

「それで? その様子なら公園の動きも見てきたんだろう。どうだった?」

「詳しいことは帰ってから話そうと思うけど、何か調査していたみたい。血痕の発見で何やら騒いでいたわね」

「ふん……、他には?」

「詳しい事は別にないわよ。先回りして待とうと思ったら奴らがいて、聞き取れたのもそれぐらい。いつからいたのか知らないけれど、アタシが着いた頃には撤収準備をしていたし」

「……そうか。では、詳しい報告はミレイ様に」

「そのつもりよ」

 

 お互いに頷き返すのを見て、アキラもようやく動き出す。

 何とも傍迷惑な振る舞いはされたものの、既に危険は去っていた。いや、危険であったかどうかも分からないが、とにかく今はもう、すぐにでも帰りたい気分になった。

 コンビニまでの距離は既に半分を切っている。

 アキラは急かすように二人を手招くと、返事を待たずに歩き出した。

 

 

 

 

 目的のコンビニは、目の前を横切るバス通りの反対側にあった。

 アヴェリン達が自動車が走る姿を見たのは、先程走り去ったバンが初めてだった。しかし、実際に間近で見るのは今が初めてだったし、それも大量に走る車とれば余程の衝撃だった。

 

「これほどの速度で走るものが、これほど大量に溢れているのか……!」

「数だけの問題じゃないわよ。多種多量で、似たデザインはあっても色が違うし、生産性の上でも相当幅が大きいのよ」

「そこは重要か?」

「考えてもご覧なさいな。一人で一台の馬車保有なんて、庶民じゃ無理だったでしょう? でも、こっちにはこれだけある。この国が、国民が豊かであることの証明よ」

 

 なるほど、と神妙に頷くアヴェリンに、笑みを浮かべるユミル。

 しかし二人の表情から窺えるのは、好意的なものばかりではなかった。

 

「だが、あの速度だ。暴れ馬車より余程速いぞ。ミレイ様のお側に近づけさせるのは、あまりに危険だろうな」

「そこまで過保護にしなくても、あの子なら避けられるでしょ」

「それとこれとは話が別だ。自衛の手段をお持ちだからとて、安易に危険の傍へお連れするべきじゃない。一台なら幾らでも対処できようが、複数で襲われたらどうするつもりだ」

「それでも、どうにかするでしょ。むしろ、あの子で対処できない状況ってのが想像できないわ」

「無論、いかなる状況でも対応なさる実力をお持ちである事は疑いようがない。だが言っているだろう、それとは話が全く別だ」

「それこそ同じよ。壊れ物のように、丁寧に扱うことだけが、あの子に対する敬意の現し方じゃないってこと。――そう思うでしょ、アキラ?」

 

 言い合いの雰囲気が剣呑になりつつあったところで、不意に意見を向けられ、アキラはたじろぎ戸惑った。これはどちらに味方しても駄目なやつだ。

 

「い、いやぁ、どうですかね? 車は確かに命の危険がありますが……」

「ほら見ろ。あの速度だ、危険があって当然というものだ」

「よくご覧なさいな。どの車もお行儀よく一列になって走っているでしょう? あれはそういうルールがあって動いていると見るのが妥当。赤とか青とか光るランプ、あれで行き来を制御してるのね。それに従う限り、余程の危険はないのでしょう」

「馬とて癇癪を起こせば制御を失うし、道の往来で突然立ち止まりもする。車とて同じじゃないのか?」

「それは……、どうなの?」

 

 再び水を向けられ、アキラは何とか答えを絞り出す。

 アキラとて免許を持っていない身、一般常識としての知識しか持っていない。だが確かにブレーキとアクセルを踏み間違えたり、エンストを起こして止まる事態は起こり得るのだ。

 毎年、自動車事故で少なくない命が失われてもいる。しかし、それをここで馬鹿正直に話すのも憚られた。

 大体、車の利便性や危険性は、心配されるミレイユの方が余程詳しいに違いない。

 

「いや、大丈夫ですよ。ユミルさんが言ったみたいに、ルールを守れば危険はないんです。皆ちゃんと守ってるんですから、そんな心配することないんですよ! ミレイユ様だって、ちゃあんとそのルールを熟知してる筈なんですから!」

「ふむ……」

「それもそうね」

 

 お互いに納得した姿勢を見せたところで、アキラは信号機を指差した。

 

「ユミルさんが言ったとおり、あの青く光っている時が横断するチャンスです。今のうちに早く行きましょう。ここで話し合うより食事を持ち帰る方が、絶対大事ですよ」

「――そのとおりだな。お待たせする訳にはいかない」

 

 ミレイユの名前を出せば素直に従う、その事実にアキラは気づき始めた。

 何かあればその名を出して誤魔化そうと、密かに心の中で誓い、ユミルにも信号機の奥に見えるコンビニへ手を向ける。

 

「早く済ませて、早く帰りましょう」

 

 

 

 

 コンビニの前に辿り着いた三人は入口の前で歩みを止めた。

 アヴェリンなどは近づくに連れ、その外観に興味を示していたが、到着するや否や呆れを含んだ声音で言った。

 

「何故こんなに明かりが強いのだ。あまりに眩く、あまりに不自然。ここまでやる必要があるのか?」

「目立つのは確かよねぇ。襲撃のいい的になりそうなものだけど」

「いやいや、襲撃とかありませんから。安全ですから。早く入りましょう」

 

 そうだな、とアヴェリンが頷いて、同時にユミルも動き出す。

 コンビニの入り口は引き戸になっていて、そこに手を伸ばしかけていた二人の動きが同時に止まる。

 

「……私が先に入る。お前は後からついてこい」

「……あら、そう? 譲るべきはアンタじゃなくて?」

 

 二人の視線が交差する。

 

「お前は光が苦手だろう? 暗い外の方が余程のお気に入りだと知っていればこそ、先に行こうと言っているんだ」

「別に明かりを嫌がってはいないわよ。蝋燭の明かりを、一度でも遠ざけた事があったかしら?」

「あれとは光の強度が違う。蝋燭の炎は弱々しい、これとは違う」

「暖炉の炎からだって遠退いた事はないわよ。いいからお退きなさいな」

 

 二人は視線だけでなく、顔を近づけ威嚇を始めた。

 

「なぜ先にこだわる? 先陣を切るのは私の役目だ。いつだってそうしてきた。今回もそうする」

「別にそこは譲るわよ。危険な場所は一番にアンタに譲るわ。でも、ここに危険はないもの」

「危険がないかどうかが何故わかる? 例えなくても、それはこの際問題じゃない。私が先で、お前が後だ」

「中は大変興味深い物で溢れているようなの。アンタにはどうせ何を見ても同じに見えるでしょうから、まずアタシが確認する方が合理的というものだわ」

 

 挑発的だった最初の言い合いから一転、言葉を交わす度に表情から感情が消えていく。今では小さな笑みさえ消えて、瞳の奥には剣呑な色が見える気がした。

 流石にこれを放置するのはマズイ。殴り合いの喧嘩になるかどうか、アキラには分からない。二人が何かと言い合うのはいつものことだと、ルチアも言っていたが、ここまで白熱するのもいつもの事とは思えなかった。

 

 アキラは二人の脇を通って扉の前に滑り込み、両開きに対応しているドアを開け放った。

 

「すみません、お二方。どうせなら同時に入ったらいかがですか」

「……そうしよう、時間の無駄だ」

「……そうね、無駄にしていい時間はなかったわね」

 

 睨み合う二人は顔をお互いに背けて、店の方へと身体を向ける。

 アキラが身体を脇にどけて、お互いの入店を促せば、我先にと足を踏み入れる。それを見届けて入り口近辺にあった買い物カゴを手に取った。

 

「お二人とも、こちらのカゴを持って下さい。買いたい物があれば中に入れてくれればいいので。ただ、今日は食料品だけにしてくださいね」

 

 言って渡せば素直に二人は受け取った。しげしげとかごを上下から眺める二人を置いといて、アキラはとりあえず弁当コーナーへと足を向ける。

 あの二人に付き合っていると、いつまで経っても買い物が終わらない。

 今だけは店内の商品に目が移って、いがみ合いも止まってくれる事に期待し、そのチャンスを活かして買い物を終わらせてしまおうという算段だった。

 

 幸い、店内に他の客はいなかった。

 田舎町の晩飯時間も大きく過ぎたこの時間帯なら、そう珍しいことでもない。

 

 アキラはお米が食べたいと言っていたリクエストに応えるべく、おにぎりを適当にカゴに入れていく。

 

「これはまぁ、いるやつだろ」

 

 好みが分からないので鮭と梅、シーチキンにおかかと、定番の物を選んでいく。

 

「まさかこれだけって訳にもいかないし、そうなると……」

 

 焼肉弁当やカレー弁当も喜ばれるかもしれないと思い、それに加えて肉と野菜を中心に惣菜を選んでいく。パスタ関連も喜ばれるかもしれない。

 女性と言えばパスタ好きという偏見があったアキラは、嫌いなら自分が食べようとカゴに入れた。人数分となれば結構な量になるもので、一つのカゴではまるで足りない。

 

 明日の朝ごはんの分まで必要なことを考えれば、これの倍は購入せねばならない。

 

「それにサンドイッチ系とか、バーガー系のパンもあれば食べるかも……」

 

 ミレイユの用意したパンやらチーズもあったけど、あのパンは固いし、こちらでは容易に手に入る柔らかいパンは、案外喜ばれるかもしれない。

 二つ目のカゴにパン類を入れていると、他の二人がどうしているのか顔を向けた。

 先程からやけに静かなのも気になる。

 

 ユミルは生活雑貨コーナーと雑誌コーナーで目移りしていて、アヴェリンはスイーツ関連に興味を引かれているようだった。

 ユミルはそこに並ぶ商品を、しげしげと眺めている。

 

「何これ、色付きの紙がこんな雑に扱われていいわけ? このロール状になってる柔らかい紙も、極薄にした上で何層にも重ねて……? 狂ってるわね」

 

 アヴェリンはシュークリームとロールケーキを手に取って、屈み込んで手に取っている。それぞれを上から見たり匂いを嗅ごうと鼻を近づけたりと、真剣な表情で商品を見ていた。

 

「ほのかに香る甘い匂い、見たこともない甘味。それもこれほど無造作に、かつ大量に……。狂ってるな」

 

 違うものを選んでも似たような評価になるのは、流石に別世界から来た故だろうか。

 アキラはそこに近付き、同じく屈み込んで同じ商品を手に取る。

 

「スイーツお好きなんですか?」

「む……。いや、まぁ、そこそこだ。……つまり普通だ」

 

 明らかにスイーツに向ける視線は尋常なものではなかったが、本人は興味がない素振りをしているつもりらしい。その視線がスイーツに向いて固定してしまっている辺り、成功していると思えなかったが。

 アキラは苦笑しつつ商品をカゴに入れる。

 

「僕は結構、こういうものに目がないものでして。ミレイユ様も好きかもしれませんし、幾つか買っておきましょう」

「う、うむ。そうだな! ミレイユ様は甘味を殊の外お気に召した筈……!」

 

 明らかに目の色に喜色を浮かべるアヴェリンに、気付かないふりで人数分のスイーツを目についた物から入れていく。

 今からどのような味なのか期待して、想像している姿が何とも微笑ましい。

 凛々しいばかりの、あるいは苛烈なばかりの姿しか見ていないので、あまりに意外な表情が見られて得した気分だった。

 

「それじゃあ、そろそろ精算しに行きましょうか」

 

 アキラが腰を上げようとした時だった。

 店内に別の客が入ってきた音が鳴ると同時に、ずかずかと音を立ててレジへ近づいていく。

 レジからは影になって見えない位置だったのが幸いした。

 グラサンとマスクを着けた一人の男が、包丁を突きつけて女性店員を脅している。

 店員が小さく悲鳴を上げ、両手を上げて身を引いている。顔は青ざめ涙を目に溜め、その全身は震えてもいるようだった。

 

「声を出すな、大人しく金を出せ……!」

 

 何でこうトラブルが続けてやってくるんだ、とアキラは額に手を当て、痛いものを堪えるように顔をしかめた。

 

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