鎮守府の殆どが寝静まった深夜の居酒屋鳳翔。そこで長良はアルコールで顔を真っ赤に染めたまま顔を突っ伏してまどろんでいた。
「大丈夫ですか……? 随分と酔ってるみたいですけど……」
「んー……」
心配そうに声をかける鳳翔に対して眠たげな反応を返す長良の顔は赤く火照っている。どうやら相当酔いが回っているようだ。
「今日はなんだが酔いが早いみたい……いつも通り飲んでる筈なんだけど……これ度数いくつ?」
「いつもよりちょっとだけ多いですけど……でも殆ど変わりませんよ?」
「ふーん……」
「飲む前に運動しました? 酔いが回りやすいそうですよ」
「あー……した……」
「じゃあきっとそれが原因ですよ」
「そーなのかな……」
「そうですよ! きっとそうです!」
今にも寝入りそうな声を発する長良に対して鳳翔はクスクスと笑い冗談めかして言い放つ。鳳翔の頬もアルコールによって赤みが差していた。
「鳳翔最近長良と2人で飲みたがるよね……どうして?」
「特別な理由はありませんよ。ただ長良と飲みたくなった……。それだけです」
そう言って鳳翔は長良の手をスリスリとさすると優しく握りしめる。酔いが回っているせいか長良はその行為に特に反応することはなくされるがままである。
「ふ〜ん……。ほんとはそれ以外にもあるんでしょ?」
「……同年代同士の会話を楽しみたかったから……とかでしょうか……」
「同年代同士の会話?」
「ええ。今の鎮守府で私と同い年なのは日本艦では長良と五十鈴しかいませんから……」
「そんなの気にするようなことじゃないと思うけど……」
「私も普段は気にしませんけど……最近ふとそんなことを考えて……」
「そーなんだ……」
長良は鳳翔のその言葉にイマイチピンと来ていないようだった。艦娘の見た目は艦齢より艦種で決まるところが大きい上に艦種の上下関係もあるのでそういう意識は良くも悪くも薄い艦娘の方が多い。軽巡駆逐艦辺りは数が多い上に目上の艦種も多いのでそれが特に顕著なのだ。
「その割には五十鈴のことは呼ばないよね……」
「……五十鈴とも話したいと思ってますよ? でも今は長良とだけ話したい気分なんです……」
そう言って鳳翔は握っていた長良の手を両手で包み込むように握り直す。長良はそんな鳳翔の行動に微かな違和感を覚えるが酒で鈍った思考はそれ以上の追求をしようとはしなかった。
「……長良と話してて鳳翔は楽しいの?」
「楽しいですよ」
「そっか……」
「もしかして長良は嫌なんですか……? 私と話すの……」
「嫌とまではいかないけど……。あまり良い気分で話せる相手じゃないかもしれない……」
「……どうして……ですか……?」
「…………」
鳳翔の問いかけに長良は何も答えず伏し目がちに握られた自分の手を眺める。少しして天井を仰ぎ見るように首を曲げると喋り始める。
「長良は赤城さん達を守れなかった……から……」
長良の言葉に鳳翔は目を見開く。しかし天井を見上げている長良にそんな鳳翔の姿は当然見ることが出来ない。長良は話を続ける。
「空母機動部隊の護衛として創設された第十戦隊……。その旗艦として長良は役目を果たせなかった……」
「その結果赤城さん達を失った……守れなかった……」
「だから……長良は鳳翔に……恨まれてるんじゃないかと……」
「恨んでませんよ」
鳳翔の静かだがはっきりと力強い一言に長良のトロンとした目が見開かれるとその目は鳳翔に向けられる。目を向けた先の鳳翔の表情は真剣そのもので長良の手を強く握りしめて鳳翔は話始める。
「恨む訳ないじゃないですか。長良のこと。あのときどれだけ頑張ってくれたか……私は知っています……だから長良を恨んだことなんて一度もありません。赤城さん達だってそうですよ」
「そっか……ありがとう鳳翔……」
目線を下に向けたまま呟くように話す長良から微かに鼻を啜るような音が聞こえる。鳳翔は優しげに微笑むと長良の手を優しく握りなおす。
「……今日はもう休みましょう。大分酔ってるみたいですし私の部屋に泊まっていって下さい」
「ありがとう……でも大丈夫。自分で部屋に戻れるから」
そう言って立ち上がった長良の目からは気だるさや眠気と言ったものは消え去っていた。
「え……でも……」
「これ以上鳳翔の世話になるわけにもいかないしさ……。今日はありがとう……。話せて良かったよ」
「……そうですか……それじゃ……」
「うん……じゃあまたね……」
少しだけふらついた足取りで長良は鳳翔に小さく手を振りつつ居酒屋鳳翔を後にした。鳳翔は名残惜しそうに笑って長良と同様に小さく手を振りつつ長良が暗闇の中に消えていくのを見ていた。
「はぁ……もう少しで部屋に連れ込めると思ったのに……」
長良を見送った鳳翔は長良が飲んでいた酒瓶を手に取る。
「今度はもっと強いお酒を用意しないと……」
そうひとりごちる鳳翔の目には確かに情欲が宿っていた。
「よ、長良。走り込みか? 俺も付き合っていいか?」
「ん? 別に良いけど……」
靴紐を結んでいる長良に木曾がそう声をかける。長良はそんな木曾を不思議に思いつつも了承して走り出す。
「ケッコン!? 長良と木曾で!?」
「ああ」
走り込みもひと段落した休憩中、唐突に言い出された木曾の言葉に長良は驚愕の表情をする。
「何で……?」
「俺も長良も練度十分だからな。そろそろだと思って」
「いや……だから何でそれで長良とケッコン……?」
「2人同時に練度解放することをそういう風に言ってる鎮守府もあるらしいぞ?」
「ああ……そういうこと……」
木曾の説明に長良はひとまず納得する。二人同時に練度解放の指輪を受け取ることを冗談めかして二人同士のケッコンだと言っていると長良は理解した。
「……でもそれなら尚更長良じゃなくても良くない? 他にも練度十分な人居ると思うけど……」
「……長良が良いんだよ」
「……何で?」
「…………」
長良の質問に木曾は明後日の方向を向くとそのまま沈黙する。長良はそんな木曾のことを不思議そうな顔で見つめていた。
「ほら……俺と長良は絡み合う仲だろう? だから……」
「それは長良達の元の元の話でしょ」
「いや……そうだけどよ……」
長良にあっさりと切り捨てられ木曾は言葉に詰まり再び俯いて考え込む。
「やっぱり言わなきゃ駄目か……」
消え入るような小さな声で木曾が呟くと意を決して喋り出す。
「不安なんだよ……練度解放するのが……」
「……そうなの?」
「ああ……練度解放するってことは鎮守府の主力ってことだろ?」
「……内の鎮守府は大体そうだね」
「俺は姉さん達みたいにやれる自信無くてな……」
「…………」
木曾は話を続ける。
「一足先に練度解放した姉さん達を見てきたからよく分かる。これから俺はあれくらいやれるようにならなくちゃならないってことが……」
「…………」
「そう思ったら少し怖気付いちまってな……」
「……それと長良と一緒にケッコンすることになんの関係が?」
「長良ならきっとそんなプレッシャーなんか気にしないだろうなと思って……」
「……長良が無神経って言いたいの?」
「いや……! 違う! そういう意味じゃない!!」
しどろもどろになって否定しようとする木曾を見て長良がクスリと笑う。その長良の顔を見て本心じゃないと分かった木曾は落ち着きを取り戻すと今度は長良が口を開く。
「でもそうだね。長良はそんなこと一度も考えたことないや」
「だろ? 長良のそういうところ見れば少しは平気かなと思ってよ……」
「ふーん……」
そう言ってそっぽを向くと再び二人の間に沈黙が訪れる。クスリと笑った表情を保った長良が沈黙を破る。
「そんなことしなくても長良は平気だと思うけどね」
「……そうか?」
「そうだよ。木曾だってその姉さん達に負けず劣らず優秀だと長良は思ってる。球磨ちゃんからも散々そう聞かされてるからねー」
「姉さん……余計なこと……」
球磨の名前を出され、照れているのか木曾の頬は赤みががっている。
「それに木曾には内の阿武隈がいつもお世話になってるからね。阿武隈も木曾は頼りになるっていつも言ってるよ」
「……そっか」
「長良としてはその2人にそう言われてるならもうそんなことゴチャゴチャ考える必要なんてないよ。木曾の姉さん達……球磨ちゃんも含めてみんなきっと長良と似たようなこと言うと思う」
「…………」
長良の言葉に木曾は無言で俯く。だが直ぐに口元に笑みを浮かべると喋り出す。
「長良の言う通りだな……そこまで言われて否定したら姉さん達や阿武隈を信用してないってことになるしな……」
「そーそー。だからそんなこと考えずに胸張って練度解放すればいいんだよ!」
そう言って木曾の背中を力強くバンッ!と叩くと長良は笑い出す。突如背中を叩かれて驚くが長良の屈託の無い笑顔を見て木曾も自然と笑みが溢れる。
「……でもなんか悔しいな。すっかり長良に慰められて……俺が主導権握りたかったんだけどな……」
「こういうのは長良慣れてるからねー。妹達と……手のかかる後輩の阿賀野のお陰で」
「……姉妹以外の奴の話はしないでくれよ」
「え?」
ボソリと呟いた木曾の一言に長良が思わず聞き返す。しかし木曾は口をつぐんで何も反応をしない。
「……まあいいや。話も終わったし長良はまた走ってくるから」
「あ、ちょっと待て……」
木曾の静止の声が聞こえていないように長良は走り出すと数秒もしない内に長良の背中が小さくなっていく。
「やっぱり"あれ"も言わなきゃ駄目だよな……」
一人取り残された木曾は困ったように頭を掻くとそう呟く。
「不安だけじゃなくて長良が"好き"だから"ケッコン"して欲しいってこと……」
木曾のその言葉は誰に聞かれることも無く快晴の青空に消えていった。
「う〜ん……う〜ん……」
駆逐艦寮の一室。自分の部屋で島風はパソコンに向かって頭を捻っていた。ドアを開きっぱなしにしたせいで偶然通りかかった長波から丸見えになっていることにも気づかずに。
(島風のやつ、さっきからうんうん唸って何してんだ?)
普段の島風からは想像出来ない光景に普段から勝手に部屋に出入りする仲の長波は無言で部屋に入り込み島風のパソコン覗き込む。画面には『長良を中心としたハーレム計画』の文字が映し出されていた。長波が歪に苦笑する。
「わあ!? 長波勝手に見ないでよ!」
「島風……なんだよそれ……」
「見ての通り、長良が中心のハーレムを作る計画だよ。島風もちゃんと入ってるからね!」
「…………」
どこから突っ込めば良いやら。長波は苦笑したままこめかみを抑えて考え込む。
「……まず何で長良なんだ? それで何でハーレムなんだ?」
「え、長波知らないの? 長良は割とモテるんだよ?」
「…………そうなのか?」
「そうだよー。目立たないけど長良のこと好きだって人結構多いんだよ? 島風もその内の1人だもん!」
「へぇ…………。島風はどうして長良のこと好きになったんだ……?」
「聞きたいの?」
「興味ある」
「んーそっかー……」
島風が腕を組んで考え込む。長波はそんな島風を怪訝な表情で見つめている。
「まあ長波になら良いかな……」
そう島風が漏らすと話始める。
「ほら島風って足速いじゃん?」
「ああ……知ってる……」
「それで走るのも好きじゃん?」
「ああ……よーく知ってる……」
「島風1人で走るのも好きだけど誰かと競争してるときも同じくらい好きなんだ」
「ああ……知り尽くしてる……」
「でも本気の島風と一緒に走ってるときみんな苦しそうな顔か嫌そうな顔しかしないんだもん」
「…………」
「そんなのをずっと見てたら『ああ、私はいけないことしてるんだ』って『島風は走ったらみんなが迷惑するんだ』って考えるようになって……寂しかったな……出撃のときはみんな迷惑がるどころか褒めてくれるのに……」
島風は話を続ける。
「でも長良は島風の全力にもついてこれたし嫌そうな顔も苦しそうな顔もしなかった。嬉しそうだったしまたやろうって言ってくれた」
「……そうか」
「でもなんか信じ切れなく……つい聞いちゃったんだ。『長良は島風と走って嫌だとか思わないの……?』って……」
「そしたら長良はなんて言ったんだ……?」
「『全然。むしろそんなこと思ってたの?』って……」
「…………」
「それを聞いたら嬉しくて……全部話しちゃった。寂しかったこと、長良と走れて嬉しかったこと……それ以外も色々……」
今だ怪訝な表情と視線を崩さず島風の話を聞く長波。島風はそんなことは気にも止めずず話を続ける。
「そしたら長良がさー……『それなら長良がいくらでも付き合ってあげるよ。長良は島風が楽しそうに走ってるの見るの好きだし』って言ってくれたんだー……。多分これがきっかけだったんだと思うなー……」
「そっか……」
「それから何回も一緒に走ったり遠征したり出撃したりしてる内にいつの間にか好きになってたの」
「そんなことだったのか……」
頬が赤らんでいる島風を見て長波が目を伏せて小さく呟く。
「確かに命がけで助けてもらった長波と比べれば大したことないかもしれないけど、島風が長良のこと好きなのは本当だよ?」
「あ、いや……そういうつもりで言ったんじゃ……」
慌てて否定する長波に島風は構わず喋り続ける。
「きっかけの大小なんて関係ないと私は思うなー。大事なのは今の気持ちじゃない? 私はそう思う」
「まあ……そうかもな……」
目を伏せたまま長波は島風の意見に消え入るような声で同意する。
「でもそうなって初めて気づいたんだけど長良のこと好きな人島風以外にもいっぱいいるみたいなんだよね……」
「言ってたな……」
「だからどうしたらいいかいっぱい考えたんだよね。考えて考えて……いっそのことハーレムにすれば解決するんじゃないかなって!」
「いやだからってそれは……どうなんだろか……」
「大丈夫だよ。長波の分もちゃんと考えてあるから」
「…………!」
島風のその言葉に長波がピクリと反応するが長波は何も言わない。それどころかまるで固まったように動かない。と思うと島風に背を向けると口を開く。
「いいのかよ……それで……」
「うん、長波なら良いよ。長波もいたら私も楽しいし!」
そう言っていたずらっぽく笑う島風。そんな島風に背を向けたまま長波はまたも沈黙してしまう。少しして長波が再び口を開く。
「……あたしはそういうの……いいから……」
「そうなの?」
「……ああ」
「ふーん……。けど一応残しておくから! 気が変わったらまた言って!」
「……あっそ」
長波はそっけなく返事するとそのまま振り返ることなくそのまま早足で部屋を出て行った。
「──という現場を目撃したんじゃよ阿賀野さん」
「へぇ」
笑顔で告げられた浦風の報告に阿賀野は表情をほぼ動かさずに答える。
「いや〜。長良さんの周りがまさかこがいな事になっちょるなんてな〜」
「へー」
面白そうに笑う浦風に阿賀野は火が消えたような返事をする。
「……浦風ちゃんは知ってたの? 長良さんがその……モテるみたいなこと……」
「ん? まー長良さん艦歴が長いしあっちこっちに顔出しちょりますからの。そがいなことあってもおかしゅうないんじゃないですか?」
「へぇ〜……」
「あ、阿賀野さん……?」
真顔のまま阿賀野は立ち上がり早足で部屋から出ようとドアノブに手をかける。
「阿賀野さ〜ん……」
そう言って浦風が阿賀野に手を伸ばすような仕草をするが背を向けている阿賀野に当然そんな浦風のことは見えていない。阿賀野はドアを開け部屋を出るとバタンッ!!と叩きつけるように勢いよくドアを閉めた。
「阿賀野さん……」
浦風は誰もいない虚空に向かって阿賀野の名前を呟くのであった。
「長良さ〜ん。今度一緒に走りましょう。10キロ……いや20キロくらい走りましょう」
「え……!? 阿賀野大丈夫!? 頭打った?」
「打ってないです。私は十戦隊で長良さんの後輩なんだからこれくらいしないと」
「そう……? 阿賀野が良いっていうなら長良は構わないけど……」
「じゃあやりましょう。明日明後日……その次の日なら遠征も無いので大丈夫です」
「分かった……」
「それで……どういう集まりなのこれ?」
三日後、長良を筆頭に阿賀野、長波、島風、木曾、鳳翔の総勢6名がジャージ姿で集まっていた。そんなよく分からない集まりのメンバーに五十鈴が疑問を呈する。
「走り込み。最初は阿賀野だけだったんだけどいつの間にかこんなになってた」
「はぁ……」
そう答える長良の後ろ五人の表情は明らかに走り込み以外の目的があるようだった。五人とも口や態度には出さないが視線は明らかに牽制し合っている。
「まあ阿賀野もそうだけど急に長良と走りたいだなんて、みんな本当は走り込みじゃなくて別の目的があるんじゃないかって思ってるんだけど……」
長良以外の全員がその一言にギクリとしたのか表情がこわばる。
「あ、でも島風は違うかもね……」
長良のその言葉に島風は嬉しそうに笑う。瞬間、阿賀野と鳳翔と木曾の三人に鋭い視線を向けられ、長波からは冷ややかな視線を向けられる。そんな視線を向けられても島風はどこ吹く風といった様子だ。
「まぁ別に良いけどね! それじゃあ行こっか!」
そう言って走り出す長良の後ろにピッタリつくように残りの五人が走り出す。バチバチと視線をぶつけ合って。
「なんか長良も大変ね……」
そんな長良達を見て五十鈴はそう零すのであった。