「やっぱり気のせいじゃなかった」
朝食時を過ぎ、人もまばらになった静かな食堂で長良が朝食であるブロッコリーとゆで卵を食べる手を止めそう声を発すると隣の阿賀野と正面の長波が食べる手を止め長良の方へと視線を向ける。
「……何がですか?」
「駆逐艦達の長良に対する態度が最近おかしいって話」
「あー……」
「なんだそれ?」
「あ、そっか。長波ちゃんは知らないのか」
2人で話を進める長良と阿賀野に長波が疑問を呈すると長良が話始める。
「十戦隊の一部の駆逐艦達が長良に対して妙によそよそしかったり変に警戒したような態度取ったりするの。特に潮と磯風」
「……そうなのか?」
毅然と答える長良に長波は半信半疑といった様子で聞き返す。
「やっぱり長良さんが必要以上に筋トレさせようとするからとか?」
「そんなことしてないよ」
「長良さんが必要以上に自分の筋肉を見せつけようとするからとか?」
「そんなことしてないよ……」
「長良さんの筋肉が……」
「筋肉から離れて!」
長良が声を荒げてバンっ!と机を叩くが阿賀野は朝食であるおにぎりを持ったまま気の抜けた笑顔で言葉を続ける。
「じゃあ必要以上の走り込みが……」
「どーしてもそっちの方向に持っていきたいのね……」
「だってそれくらいしか思いつかないんですもん」
「そんなことしてないし、仮にしたとしても筋トレや走り込み程度で音を上げるほどみんな柔じゃない」
長良は確信を持った目ではっきりと力強く言い切る。
「それにそんなことするなら阿賀野にだけだよ」
「何でですか!」
「何でですかじゃないよ! こんなお腹して! まーたサボってるんでしょ!?」
「きゃあ!? ちょっと長良さん急に阿賀野のお腹つねらないで! セクハラ!!」
「なーにがセクハラだよ! 増やすよ? 3倍に!」
「痛い痛い!! やめてください〜!!!」
平均より脂肪の多い腹を力強くつねってくる長良に阿賀野はイヤイヤと首を振って必死に抵抗する。ここで抵抗しなければ長良の宣言通り走り込みと筋トレの量を三倍に増やされるからだ。阿賀野にとってそれだけはなんとしても阻止しなくてはならない。
「なぁ……それで結局どうなったんだ? 長良に対する態度がおかしい話……」
「あ……」
「あ……」
長波の一言にヒートアップしていた長良と阿賀野は火が消えたように固まると座り直すと長良が口を開く。
「……最初は気のせいだと思ってたんだよ。でも長良が話しかけても生返事だったり、探るような視線で見てきたり、潮と磯風は肩に手を置いただけで驚いた顔したり、明らかにおかしかった」
「なんだそれ? まるで長良が変質者みたいな扱い……」
「そうなんだよ。そのことについて聞いてみてもみんなはぐらかしてくるし……」
「私がそれとなく聞いてみても要領を得なかったですしねー」
「……阿賀野もか?」
「そう! 長良さんに頼まれて阿賀野も一緒に調査してあげてるの!」
長波の疑問に得意気に胸を張って阿賀野が答える。
「調査って……そんな大袈裟じゃないよ」
「でも頼んで来たのは本当じゃないですか」
「まあね」
「ふうん……そうなのか……」
長良と阿賀野の会話に長波は半ば独り言のように素気なく返すと朝食であるチャーハンにスプーンを差し込む。
「でも気のせいじゃなかったってことは何かあったんだろ?」
差し込んだところで手を止め長波が疑問を呈する。
「そう。今朝阿賀野を叩き起こそうとして部屋を出たら……」
「長良さんその情報要ります?」
「いる。そしたら阿武隈が電話してて『もしそうなら潮ちゃんは長良姉さんにはあんまり近づいたら駄目』って言ってたんだよ」
「え……じゃあ阿武隈さんが原因ってことですか……?」
思わぬ人物に阿賀野は信じられないという様子で長良に訊ねる。
「いや、多分原因は他にあると思う。だって阿武隈その電話で初めて知った風だったからね。とにかくこれで気のせいなんかじゃないってことがはっきり分かった」
「でもそうなると原因はなんなんだろうな……」
「それはこれから調べる」
「そっか……なあ長良、それあたしも手伝っていいか?」
予想だにしなかった長波の申し出に長良と阿賀野が目を白黒させると沈黙が訪れる。だがそれは阿賀野によって直ぐに破られる。
「……長波ちゃん。気持ちは嬉しいけど大丈夫だよ? 十戦隊……というより長良さんの周りだけの話だし……」
「長良もそう思うな。わざわざ長波ちゃんが出てくるような話でもないし」
「いや、手伝うよ。むしろ手伝わせて欲しい」
長波は長良の目を真っ直ぐに見据えて今度は『提案』ではなく『お願い』をする。そんな長波を見て阿賀野は疑問を口にする。
「……長波ちゃん。何でそんなにやりたがるの? こう言ったらなんだけどそこまで深刻な話じゃないと私は思うんだけど……」
「恩人がそういう変な扱いされてるのは気分良くないからな」
「恩人……?」
「長良はボロボロだったあたしを曳航してくれたことがあるんだよ。潜水艦がうろついてて、いつ狙われてもおかしくない状況で、自分もボロボロだってのに……」
「ああ、そのことね」
神妙な面持ちの長波と同じ過去を共有してるとは思えない程、長良はまるで他愛もない世間話のように話始める。
「あのときは運が良かったよねー。結局狙われずに長良も長波ちゃんも無事に戻れたし」
「それ……もし狙われてたらどうするつもりだったんですか……?」
「そしたら沈んでた。だってあんな状況で長波ちゃんだけ見捨てて逃げる気なんて無かったし」
「……あたしはもしものときは置いて逃げろって言ったんだけどな……」
「……そうだったんですか」
長良の軽い口調には不釣り合いな話に阿賀野は悲しげな顔で俯いてしまう。長良はそんな阿賀野を一瞥すると話を続ける。
「長良は阿賀野を曳航したこともあるしそれに関しては慣れてるからねー。ボロボロだって平気だよ!」
「……阿賀野もそうなのか?」
「うん。長波ちゃんとは大分状況が違うけど、潜水艦にやられて動けなくなった阿賀野を曳航したんだよ。浦風達と一緒に」
「……そうだったんだな」
軽快に語る長良とは対照的に阿賀野と長波は重い空気を纏い始める。予想外の空気に居心地が悪かったのか長良は話を変える。
「……でも長波ちゃんがそこまで言うならお願いするよ。手伝ってくれる?」
「……良いのか?」
「うん! お願いね長波ちゃん!」
「分かった……ありがとな……」
お願いを了承した長良に長波は小さな声で、でもはっきりとお礼の言葉を述べる。そんな二人を阿賀野は何か言いたそうな顔をして見つめていた。
「はあ〜……疲れた……ってうわ……!」
突如聞こえてきた声の方向に長良と阿賀野と長波の三人が振り返る。そこには目の下にクマを作った徹夜明けの秋雲がうどんが乗っているトレイを持って立っていた。秋雲を含めた四人の間に数秒の沈黙があった後、長良が口を開く。
「秋雲……また徹夜?」
「あ、はい……原稿が修羅場で……」
「……ちゃんと食べて睡眠取りなよ」
「お気遣いありがとうございます……ちゃんと食べたら寝ますんで……」
そう言って秋雲はそそくさとその場から離れようとする。
「待って秋雲」
しかし長良に呼び止められ、秋雲はピタリとその場で固まったかと恐る恐る長良の方へ振り向く。
「……なんですか?」
「さっき長良を見て『うわ!』って言ったでしょ。なに? なにが『うわ!』なの?」
「あ、いや〜……その〜……」
鋭く目を細めて長良が秋雲を問いただす。秋雲はそんな長良の眼光から目を逸らしてしどろもどろになっている。
「……遠征でもないのに長良さんがこんな時間に食堂に居るの珍しいなって……それに阿賀野さんと長波と3人ってのも珍しいしどうしてなのかなって思って……」
「……長良は最近サボり気味の阿賀野をシゴこうと朝練してたのそしたら──」
「──長良さんがヒートアップしちゃって……結局いつもより長い時間までやる羽目になっちゃって……そしたら──」
「──ちょうどあたしも遠征から帰ってきて、今から飯食うってタイミングで食堂前でばったり」
「な、なるほど〜……そうだったんですね〜……」
三人の説明に秋雲は合点がいったというようなリアクションを取るが、その声は微かに震えており表情は引き攣りを隠し切れていなかった。
「あの……長良さんもう良いですか?」
「あ、うん。ありがとう。ごめんね。もう大丈夫だよ」
「いえいえ……それじゃ……」
一応納得した長良に秋雲は胸を撫で下ろし長良達から少し離れたところに座るとうどんを啜り始める。秋雲を見つめる三人の視線に気づくことなく。
「なあ長良あれって……」
「嘘ついてるね。間違いなく」
「終始目が泳いでましたしね」
秋雲を見つめて三人はそんな会話をすると再び向き直り話し始める。
「……とまあこんな感じなんだよ。秋雲に限らず大なり小なりみんなそう」
「確かに変だな……長良に近づきたくないどころか会話もしたくないって感じだ……」
「急になんですよね。前兆があったとかそんなことなく……本当なんでなんだろう……」
阿賀野がそう言うと三人一斉に考え込むような姿勢を取る。だがいくら考えても結論は出なかった。
「ねぇ最近長良のこと避けるのなんでなの秋雲? 教えてよなんか知ってるんでしょ?」
「直接いったよ長良さん……」
「しかも質問もストレートだし……」
そして長良は秋雲に直に聞きにいく。長良の行動に阿賀野と長波は感心したような呆れたような複雑な感情で二人を見ている。
「え……な、なんの話ですか……?」
「誤魔化さないで。最近十戦隊の駆逐艦達がみんな長良に対して距離を置いてるの。何かあったんでしょ?」
「な、なんにも無いですよ……気のせいじゃないですか……?」
「ふ〜ん……じゃあ長良の目を見て同じこと言ってみて?」
「うっ……」
長良から逃げるように身体を仰け反らせる秋雲を問い詰める度に長良がグイッと顔を近づけていく。もう後数回仰け反れば倒れるというところまで傾くと秋雲が言葉に詰まる。
「うわー……長良さん追い詰めてる……」
「こえー……」
そしてそんな長良と追い詰められている秋雲を若干引き気味に阿賀野と長波が見つめている。
「本当のこと言って秋雲。変にギクシャクしたのを放置して訓練や出撃に支障が出たら困るから」
「あ、えーと……う〜ん……」
余りにも真っ当な理由を出されたせいでとうとう逃げ場の無くなった秋雲は目を泳がせてしどろもどろになってしまう。
「長良さんと秋雲さん。一体何してるんですか?」
「夕雲!」
突然の自分を呼ぶ声に長良はパッと声の方向に振り向くとそこには十戦隊所属であり秋雲と同じ第十駆逐隊。そして長波の姉でもある夕雲が立っていた。夕雲の登場により長良から解放された秋雲は姿勢を戻してホッと胸を撫で下ろす。
「夕雲の方こそなんでこんな時間にここに?」
「窓越しに長良さんが秋雲さんに詰め寄っているのが見えたので……何事かと……」
「最近の長良に対する態度のことを問い詰めてた」
「あー……そのことですか……」
「夕雲何か知ってるの? 教えてくれる? これ以上放置して訓練や出撃に支障が出たら困るから」
夕雲の素振りに長良はこれ幸いと夕雲に詰め寄り矢継ぎ早に問いただす。
「……夕雲は平気なのか?」
「夕雲ちゃん……というより七駆と十七駆以外の皆は大分マシな方だよ。でも肝心な部分は聞いてもはぐらかされたけど」
「ふ〜ん……」
そしてそんな長良を阿賀野と長波は見つめていた。
「そう……ですね……長良さんにはちゃんと本当のことを言っておくべきですね……」
「え! 言うの!? ここで!?」
夕雲の言葉に秋雲は信じられないといった様子で声を上げる。
「ええ、長良さんの言う通り、このままだと訓練や出撃に支障が出ますし。なるべく早めに言っておいた方がいいかと……」
「え〜……でも……」
秋雲は目線だけ動かして阿賀野と長波を見やる。当の二人は見られたことには気づいていない。
「……気まずくない?」
「大丈夫ですよ。むしろ長良さんにもここではっきり言ってもらった方がいいでしょう」
「そりゃそうかもしれないけど……」
「言うなら早くしてくれない?」
「あ、すいません長良さん」
長良の催促に夕雲は朗らかな笑顔を保ったまま謝罪すると、長良の方に向き直り語り始める。
「実はですね。最近長良さんに対してある噂が立っていて……」
「噂? 長良の?」
「はい。長良さんの趣味がですね……」
「長良の趣味が?」
「黒髪で」
「うん」
「ロングヘアーで」
「うん」
「胸が大きいのが長良さんの趣味じゃないかって噂があるんですよ……」
「……なにそれ。長良の趣味はそんなんじゃないよ」
「あら? そうなんですか?」
「長良の趣味はランニングと筋トレだよ。趣味というより習慣に近いけど……」
「ふふふ、そっちですか。長良さんらしいですね」
「?」
クスクスと笑う夕雲に長良は疑問符を浮かべる。夕雲は再び話始める。
「好みの話です。好みの話。長良さんの好みがそれだって噂です」
「好みって……何が? それは髪型と身体の特徴であって食べ物じゃないでしょ?」
「そこからですか……困りましたね……」
さっぱり理解出来ないと言った様子の長良に対して夕雲はどうしたものかと首を捻る。
「チッ……さっきから何とぼけたこと言ってんだよ……」
突然聞こえてきたこの場の誰でもない声に驚いて五人は声のした方へ振り向く。そこには不機嫌そうな顔をしたアトランタが立っていた。
「アトランタ! どうしてここに!?」
「飲み物買おうとしてたんだよ。1番近い自販機が食堂の自販機だったからな。いやそんなことはどうでもいい、問題はさっきからとぼけたことばっかいってる奴だよ」
「とぼけたことってなに? 誰が?」
「テメーだよテメー。さっきから回りくどくとぼけやがって……」
疑問を述べる長良をアトランタは指差す。
「好みや趣味ってのはお前の性愛対象を指してんだよ。食べ物の好みとかじゃなくて」
「え!? 何それ!?」
「いや……性愛って流石にそこまでじゃ……無いはずだと思うけど……」
驚く長良と訂正しようとする秋雲を無視してアトランタは話を続ける。
「はっきり言ってやるよ。お前の好みに合致してる奴は迫られたり襲われたりしないように避けてるんだよお前のことを」
「何それ!? それじゃあ長良がまるで理性の無いモンスターみたいじゃん!」
「そーだろーが。もっぱら噂だぞ。自分の好みなら性欲のままに襲ってくる理性の無いケダモノだって」
「いえ流石にそこまでは……。長良さん性愛がなんなのかは理解してるんですね……」
アトランタの言い分を訂正しようとする夕雲。しかしアトランタは止まらない。
「いや、違うね。こいつにそんな理性は無い。目を見れば分かる」
「そんなことありません! 長良さんにだってちゃんと抑える理性はあります! そうじゃなきゃ好みの人はとっくに襲われてないとおかしいじゃないですか!」
「ちょっと待って夕雲! 長良が性欲モンスターだってこと前提にして話をしないで!」
「でも長良さんって一度覚えたら……。みたいなところありそうじゃないですか?」
「秋雲!?」
秋雲の予想外の一言に長良は面喰らう。
「確かに……長良さん一度覚えたら軽い感覚でそういうことしそうというか……」
「夕雲!?」
そして夕雲の追撃に二発目の面を喰らう。
「やっぱりケダモノだ。最低だお前は」
「ちょ!? ちょっと待ってよ!? 長良そんなんじゃない! そんなんじゃないって!」
「うるせー。言い訳すんな」
長良が必死に訴えかけるがアトランタは聞く耳を持たない。
「……なんであいつは長良に対してあんな態度なんだ?」
「アトランタさんは何故か長良さんのことをとんでもない暴君だと思ってるから……それに昔のことも合わさって長良さんにはあんな態度なの……」
「何でそんなことに……?」
「さあ……? 阿賀野も分かんない」
長波の疑問に阿賀野はそう言って首を傾げる。
「そんな訳でアトランタさんは長良さんにはあんな感じなの。よく分かんないけど」
「ふ〜ん……」
「だからってあんな風に好き勝手言われるのは気分悪いけどね」
「同感」
長良とアトランタのやり取りを不愉快そうな表情で見つめていた阿賀野と長波は限界が来たのかツカツカと早足で長良とアトランタの間に割って入る。
「……勝手な事ばっかり言わないでくれますか? 長良さんはそんな人じゃないです」
「長良のことよく知らないのに噂だけで好き勝手言うなよ」
「阿賀野……長波ちゃん……」
長良を庇うようにしてアトランタの前に立つ阿賀野と長波。睨みつけるような二人の視線にアトランタは目を見開くが直ぐに元の表情に戻ると話始める。
「……噂の原因の2人にそんなこと言われてもな……」
「え?」
「え?」
「え?」
アトランタの一言にさっきまでの視線が嘘のように阿賀野と長波、ついでに長良もキョトンとした顔をして頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「何だよその顔……お前ら自分の髪の色と胸を見てみろ」
阿賀野と長波が自分の長い髪の一部を手に持って目の前へと持っていく。そうして持ってきた髪は黒く艶やかであった。次に二人は足元が隠れて見えなくなってしまいそうな程に突き出た自分の胸を見る。その胸はこの場にいる六人の中でも間違い無く上から数えた方が早い大きさをしており客観的に見ても巨乳に位置する大きさであった。二人の髪と胸は長良の好みの噂にこれ以上無いほど合致していた。
「あ、確かに……」
「本当だ……」
「バカなのかお前ら?」
今初めて気づいた様な阿賀野と長波のリアクションにアトランタは率直かつ冷めたツッコミをする。
「あー! そういうことだったの!?」
「オメーもかよ」
ついでに長良にも同様にツッコム。
「……って違うよ! 阿賀野はあくまで十戦隊の大切な後輩! 長波ちゃんは昔の縁もあって仲良くしてるの! 長良の好みだからとか、ましてや性愛対象だからとかそんなんじゃない!! 絶対違う!!!」
雄叫びのような声を上げて必死になって噂を否定する長良。その長良を見て夕雲は微笑する。
「やっぱり。長良さんに限ってそんなことある筈無いと思ってましたよ。阿賀野さんと長波さんもそう思いますよね?」
「うん……まあ……」
「そう……だな……」
「……あら?」
明らかに落胆した顔をして生返事をする阿賀野と長波に夕雲は疑問符を浮かべていた。
「いやー! やっぱりそうでしたか! どっちが本命でどっちがセ◯レだの。休みの日は3人そろってヤ◯まくりだの。2人を◯奴隷にしてるだの。色んなおもしろ……下世話な噂が流れたせいで違うと頭では分かってても噂と一致してる潮と磯風は心穏やかじゃなかったですからねー。でも長良さんの口からキッパリと否定してくれて良かったです!」
「随分詳しいじゃん秋雲……」
「いや違いますよ! 勝手に耳に入ってくるんです! 自分から面白がって調べたりしてませんから!」
「…………」
これ幸いと言わんばかりな秋雲の言動に長良は冷ややかな視線を向ける。
「でもそれを証明する手段がないだろうが」
「なんでそんなに疑ってくるの……」
だがアトランタだけは未だ疑いの目を向けてくる。
「仮にそれが違うとしたらお前の好みはなんなんだよ。髪が長くて黒いのが好みなのか? 髪が黒くて長い……念のためアカツキにはお前の3ヤード以内に近づかないように言っておかないと」
「何を1人で完結してるの……」
勝手に自己完結したアトランタを長良は呆れたような顔をしている。
「それくらいなら長良さん一瞬で詰めてきますよ」
「10ヤードにしとく」
阿賀野の指摘にアトランタは即座に訂正する。
「いきなり3倍以上!? 増えすぎじゃない!?」
「ツッコムとこそこかよ……」
長良の明後日の方向に飛んだツッコミに長波が更にツッコム。
「うるさいわね……さっきから何?」
すると突如食堂の入り口あたりから聞こえてきた。この場誰でも無い声にその場の全員が一斉に視線を向ける。向けた先には長良型の次女、五十鈴が立っていた。
「五十鈴! 何でここに!?」
「長良のデカい声がさっきから外にまで聞こえきてんのよ。もっと静かに出来ないの?」
「五十鈴! お願いだよ! 五十鈴の口からもはっきり言って!」
「は? 何が?」
「長良が黒髪でロングヘアーで胸が大きい人を性愛の対象にしてるってこと!!」
長良が五十鈴の肩を掴んで激しく揺さぶるが五十鈴は何も言わない。普段なら抗議の声を上げる五十鈴がキョトンとした表情でされるがままになっている。やがて長良が手を止め解放された五十鈴がポツリと呟く。
「……違うの?」
五十鈴のその言葉を聞いた瞬間、長良は走り出していた。姉妹の中でも特に信頼を置いている五十鈴が不本意な噂を信じていたことが裏切られたようで長良は耐えられなかったのだ。
「あ、ちょっ!? 待ちなさい何処行くの!!」
逃げ出すように食堂を去った長良を追いかけようと五十鈴も走り出す。そしてその後ろにつくように無言で阿賀野と長波も走りあっという間に三人がその場から消えていった。
「さて、アカツキ達に言ってこないとな」
そう呟くともうこの場にいる意味の無くなったアトランタも食堂を去っていく。
「行っちゃった……」
「行っちゃいましたね……」
そして食堂には夕雲と秋雲だけが取り残されていた。
「しかも長良さん達片付けないまま行っちゃったし……これどうしたら……」
秋雲が放置された長良達三人の食器を一瞥すると何かに気づく。
「秋雲さんどうしました? 固まってますよ?」
「阿賀野さんってチャーハン得意料理だよな……」
「? ええ……そうですね……」
「長波っておにぎりよく作るな……」
「……そうですね」
「阿賀野さんもおにぎり結構作るよな……」
「……はい」
「長波もチャーハン好きで結構作るよな……」
「……はい」
「長良さんってもしかしてさ……」
そこまで言って秋雲が夕雲の耳元に口を近づけると何かを囁く。
「あははは!」
「いやだって……」
秋雲の耳打ちに夕雲は声を上げて笑う。その後『黒髪でロングヘアーで胸の大きいのが長良の好み』の噂に変わって『チャーハンとおにぎりを作れる人が長良の好み』という噂が流れるようになった。その噂は一週間で鎮守府に広まり一月でみんな忘れた。
「長良……悪かったわよ……。私も全部本気で信じてた訳じゃないわよ……」
「……全部じゃなくても半分以上は信じてたでしょ?」
「まあ仮に噂が本当でも驚かないくらいには……」
「…………」
「長良ぁ!」
五十鈴の言葉に長良はそっぽを向くと遠い目をして黄昏れる。そんな長良の肩を優しく揺さぶり五十鈴が弁明する。しかし長良は全く反応しない。
「長良さん大分ショックだったみたいだね……」
「だな……」
そして阿賀野と長波がそんな長良と五十鈴を遠巻きに見つめている。
「……そういえばあたしもうやること無くなっちまったな……」
「あ、そういえば……でもどうしよう。原因は分かったけど噂そのものは……」
「別にほっときゃいいんじゃないか? 長良の口からハッキリ違うって言ったんだし、ほっとけばこんな下らない噂その内みんな忘れるって」
「そうかもね……だけど『黒髪でロングヘアーで胸の大きいのが長良さんの好み』か……」
「勝手に変なこと言うなよな……全く……」
「ほんとだよね……」
「まあ阿賀野は別に良いんだけどね」
「まあ長波は別に良いんだけどな」
「!?」
「!?」
綺麗に重なったお互いの声に阿賀野と長波は顔を見合わせる。驚愕の表情を貼り付けたまま停止する阿賀野と長波。
「ねぇいい加減なんか言ったらどうなの?」
「…………」
2人がそんなことになっているとは露知らず五十鈴に優しく肩を揺すられても遠い目で黄昏たまま動こうとしない長良だったが三十分もしない内に勝手に元に戻った。