2015年、日本は突然特殊な空間へ飛ばされた。
周囲が雲の壁に覆われたそこがどこなのか、理解したのは2日目のことであった。
壁が消え去ると同時に日本本土から200Km東に進んだ位置に出現した陸地から多数の航空機が日本に向かって飛び立つのをレーダーで確認した。
スクランブルに上がった自衛隊機が接近するやいなや、国籍不明機は問答無用とばかりにミサイルを発射した。
この運命の日から、日本のつらく苦しい試練の日々が始まった。
2020年8月15日。終戦記念日のこの日、日本は再び異世界へ転移した。
国内に混乱はなかった。神がやんごとなき御方を通して、だいぶ前から今日再び転移が起きることを伝えていたからだ。
転移して即座に周辺海域調査のための哨戒機が多数飛び立ち、総理の演説が始まる。
「国民の皆さん。陛下のお言葉にもあったとおり、我が国は2度目の厄災に見舞われようとしています。真摯に平和を願う我々に躊躇なく暴力を振るい、人類が理性を持って封じるべき大量破壊兵器すら小石でも投げるかのように使う、度し難い野蛮人が溢れかえった世界に、我々は再び送り込まれたのです」
「我が国が初めて転移を経験したときに生まれた地獄、国民の皆様方もご存じ、第2次大戦以来となる本土への攻撃で多くの無辜の民衆が殺されました。幸いにも僅かに存在した理性と良心を抱く人々と力を合わせて平和を勝ち取ることが出来ましたが、転移以前の豊かな社会を取り戻したとは到底言えぬ現状が続いております」
「皆様の中には恐れていらっしゃる方もいるでしょう。またあの地獄が来るのか、まだ苦しい生活が続くのかと。このままでは我々は理不尽な暴力と悪意の前に跪き、滅び去ってしまうのではないかと。その懸念に対し我々、日本政府はお約束します。今後我が国に降りかかるいかなる厄災も我々は確固たる意思で日本を、国民の皆様方を守り、そして元凶を撃滅することを。再び日本を懐かしき飽食の時代に回帰させるべくあらゆる手段を行使することを!」
「国民の皆様には落ち着いて、安易な行動は控えたうえで日本を維持するための労働に励んでいただければと思います。遠からず調査のために危険な飛行任務に赴いた哨戒機から情報が得られるでしょう。どのような存在が立ちふさがろうとも、日本政府は断固たる態度をとり、立ち向かう方針です」
総理の演説の終わりと共に日本各地で拍手と歓声が湧き起こる。
日本本土の人間と日本人となった外地の人間達は、新しい世界に大きな不安と敵意を抱きながら新たな日常を迎えた。
クワ・トイネ公国及びクイラ王国と国交を結んでから1ヶ月。
首相官邸に集まった国家首脳部の面々は困惑していた。
具体的にいうとクワ・トイネとクイラとの関係と彼らの行動に困惑していた。
「…………つまり我が国に対する開戦に向けた動きはないと?」
「はい、国内テロのための工作員を送り込もうという動きもありません。諜報員と思わしき人間は領事館等の周囲で複数確認されていますが、それだけです。身代金目的の誘拐や技術狙いの拉致なども起きていません」
「つまり結論から言って極めて平和的、と」
「その通りです」
総理は大きく息を吐き出し、気が抜けたような表情を浮かべる。
2度目の異世界への転移もそうだったが、異世界国家との接触もイレギュラーの連続であった。
問答無用の宣戦布告無しの攻撃や外交官を人質にした脅迫、工作員による破壊活動や不穏分子を使ったテロ。これまで日本を苦しめてきた攻撃が、この世界では全く行われない。
「笑顔で騙して外套に隠した短剣でグサリ、ということもあったがその可能性もないんだな?」
「それならばその前兆を掴めるはずです。それがない、ということはやはり可能性は低いというのが情報分析組織一同の結論です」
表面上は仲間面をして、隙を見て一撃を加える。そのような卑劣な行いをする異世界国家は珍しくなかった。
故に増強された対外情報組織に両国の動きを探らせていたのだが、そちらもなんの動きも見られない。組織が買収された可能性も疑ったが、そちらも白だった。
「総理、この2カ国よりも、西のロウリア王国に注視すべきです。この国は我々もよく知る典型的な蛮族国家です。ひとまずクワ・トイネ、クイラ両国は置いておき、こちらに対処すべきです」
亜人絶滅という実に分かりやすい“敵”の看板を掲げている国。
敵であるが故に、これまで通りのやり方が通用する相手であるためどう対処するかはもう決まっていた。
即ち、先制攻撃による戦争の主導権の確保。
「部隊の展開状況は?」
「既に海軍の空母打撃群が出航、ロウリア王国のEEZ手前で待機しています。……この世界に排他的経済水域はないようですが、後世のことを考えた結果、念のための処置です」
「空母まで出す必要があるのか? ミサイル駆逐艦の巡航ミサイルで十分だろう?」
ベトナム戦争のころならともかく、現在なら水上艦艇もミサイルによる長距離対地攻撃が可能だ。
空軍が大陸に展開していないことから、エアカバーを得るには空母を出すしかないが、時速500Kmも出せない空飛ぶトカゲの群れ相手に超音速ジェット戦闘機の援護などいるはずもない。
空襲はイージス艦、及びデータリンクした駆逐艦とフリゲートの対空ミサイルで防ぎきれ、攻撃もミサイルを数発撃つだけなのに、動かすのも高価な空母を出す理由が分からなかった。
「対ワイバーン戦闘のデータを集めるためです。機械ではなく生物相手ですから、ミサイルの誤作動などが考えられます」
ワイバーンを始めとする生物相手にもきちんと動作する改修は既に全ての対空ミサイル――主に赤外線短距離ミサイル――に施されている。
しかし実戦で予想通りの効果を発揮するかは分からない。なので、この戦争で実地試験を済ませるつもりなのだ。
「そういう理由ならば仕方がないな。だが早めに終わらせてくれ。ロウリアだけで終わる可能性は低い。ここであまり金をかけたくない」
「もちろんです。ただでさえ各種ミサイルの改修や衛星打ち上げで予算を取られていますから」
防衛大臣改め国防大臣は総理の言葉に同意する。
実際、日本の予算の少なくない額が、復興予算を除けば宇宙ロケット関連に回されている。転移した惑星の大きさに合わせた飛行コースの修正、転移とともに失われたGPSなどの軍事に限らず国家経済の維持に欠かせぬ機能の復活などに投じられている。
事前に知らされていた転移に合わせた衛星打ち上げ計画はあったが、それは惑星の大きさが地球と同じだと考えられていた時期の計画だ。トラブルを見越して建てられた、ある程度スケジュールに余裕をもった計画とはいえ遅延は避けられない。
加えて、これまでの経験からロウリア王国を打倒したあと、次なる侵略国家との遭遇の可能性は極めて高いと政府と防衛省は見積もっていた。
ロウリア如きに大きく体力を使う余裕はないのだ。
「現地の諜報員からの情報とクワ・トイネ、クイラ両国が寄越した資料を基に分析したところ、首都の城にいる国王を潰せば内乱が勃発する可能性が高いそうです。クワ・トイネと関係が深い諸侯を通じた懐柔と切り崩しも実行します」
「定番だな。いいだろう、関係各所にはそのように伝えてくれ。……ああ、そうだ。使えそうな諸侯、特に沿岸部を統治している連中で使えそうなのをリストアップしてくれ。人間はいらんが、土地は欲しい」
ロデニウス大陸の地図を眺めながら総理はつぶやく。
「米国式プラス中華式海外権益拡大術だ。精々、有効活用させてもらう」
総理は地球でアメリカと中国がやったことを日本流にアレンジしつつ異世界相手に実行するつもりだった。