属領の安定化と陸路の確保、エストシラント並びにデュロの掌握が完了した日に、全世界へ向けて映像が発信された。
『臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。日本国国防省は、本日をもって日本国並びに同盟各国による海賊鎮圧作戦の完了を宣言。これによりパーパルディア皇国を自称していた海賊勢力は一掃され、海賊の占領下にあった大陸北部の国々は独立を取り戻すことになります』
この放送で初めて、ムーを除く多くの国々が、パーパルディア皇国を滅ぼしたのが日本だと知った。
またこのあと続く放送は世界にさらなる驚愕をもたらす。
『また日本政府は海賊本拠地に滞在する他国の政府関係者に対し、希望するのであれば近日行われる海賊支配地域解放記念パレードへの出席を許可する旨を通達したと、報じております』
貴族の屋敷を改装して急遽用意された裁判所には、多くの旧パーパルディア皇国の人間が集められていた。
皇族、貴族、官僚、役人、軍人……公職に就いていた者以外にも商人などの民間人もいる。
集められた人間の共通点は1つ、日本・アルタラス両国への襲撃、もしくは再独立を果たした旧属領におけるパーパルディア皇国の活動に関係があることだ。
後の世にエストシラント裁判の呼び名で記憶される裁判が、開廷した。
開廷から半日、すでに1人を除く全ての犯罪者を裁き終え、残された最後のA級戦犯が脇を憲兵に固められて立たされる。
「――被告人レミールはこれまで複数の虐殺行為の指示を下していたことが明らかになっています。また本人に反省の様子は今もなく、自己正当化を繰り返すばかり。よって被告人レミールを死刑とする!」
裁判長が厳しい声で下した判決を聞いたレミールは、震えたまま俯き続けて一言も発さずにいる。
ここまで転移前の日本では考えられぬスピード判決だが、これにはきちんと理由がある。
試練の途中にて、とある国家に勝利したあと戦犯を裁くべく裁判を開いたのだが、裁判に時間をかけすぎて被告人が病死してしまったのだ。それだけでなく、自分の番が来る前に自殺を図ったりする者が出るなど、問題が多発した。
被害者遺族を中心に手酷く批判された当時の政権は、戦時裁判特例法を制定。戦争犯罪人を裁く軍事裁判に限り、一審しかなく簡略化された裁判制度を作り上げた。
「最後に被告人は何か言いたいことはありますか? 発言を許可します」
「……許可するだと? 私を誰だと思っている!? 私は列強パーパルディア皇国の皇族にして、いずれ世界を統べるであろうルディアス様の妻となる身だ! 下劣な蛮族どもが! 今すぐ解放しろ!」
この期に及んで現実を見るどころか、過去の妄想を前提とした発言。
流石にプロである裁判長たちは眉一つ動かさないが、公聴席にいる大部分を占める日本人とアルタラス人は顔をしかめるか紅潮させる。
「貴女の立場ですが、国家を自称していた犯罪者集団の幹部です。夫だという皇帝を僭称していた海賊のトップはすでに死亡が確認されています。それと、解放ですがこれはあり得ません。日本国の法であろうと、第3文明圏の法であろうと、貴女の死罪は免れません」
レミールの聞くに堪えない妄言を、判事の1人がばっさり切り捨てる。
「仮に、第3文明圏の法……国際法などは存在しませんから、社会通念と呼ぶべきでしょうか? その下で裁判を行っても、罪状は変わらないと考えます」
「は……? なにを言って、いる? 私はパーパルディア皇国の皇族にして……」
「第3文明圏では“強者は弱者を虐げ、奪うことは当然”とされているそうですね。その考えに基づくならば、“大国である日本が武装勢力を滅ぼしたのは、当然の権利を行使しただけ“ではないでしょうか?」
その言葉に、頭を殴られたかのような衝撃を受けるレミール。
弱肉強食の法。その強者側として生まれ、それを当然として生きてきたレミールには、弱者の立場に回ることなど想像したこともなかった。
故に、判事の言葉をひどく理不尽かつ横暴な論理だと感じたレミールは反論を試みようとする。自身が今までその理不尽かつ横暴な論理を振りかざしていた過去を忘れて。
「まして日本国は海賊の襲撃を受けたので、近隣諸国を脅かす海賊勢力を討伐したに過ぎません。これは自衛の範疇に入ります」
反論を口にする前に、再び繰り出された判事の口撃に口をつぐむ。
近代化されていないレミールの脳でも“殴ったら殴り返されるのは当然という理屈は理解できた。
これまでなら、既にないパーパルディア皇国の威光を盾にした反論をしようとしただろう。だが弱者の側に回ったという衝撃から抜け出せていないレミールは、その考えが浮かばなかった。
「それでは最後の判決が下りましたので、戦時裁判はこれにて閉廷いたします」
レミールは燃え尽きたような状態で、両脇を固められて連れていかれる。
ドアの向こう側に消えても、甲高い耳障りな声が聞こえてくることは、もうなかった。
――裁判が終了したその日のうちに、刑は執行された。
死刑判決を受けた者たちは銃殺刑に処され、遺骨は近隣の森に分散して散骨された。
後年、公開された資料によれば散骨の際かけられた言葉は、
『人は人の手によって、獣は獣と虫によって土に還る』
と記録されている。
海賊掃討任務の成功が大々的に報じられる日本本土の首相官邸。
総理以下閣僚の面々は世間同様、沸き立つことなく淡々と戦後処理の報告を受けていた。
「海賊の生き残りを集めたパールネウス独立委員会は無事、発足しました。人材がやや不足していますが、それは我が国から派遣される政治顧問団と官僚団で補えます」
初手で政府機関を吹き飛ばした結果、政治家など政府関係者の人口が悲惨なことになっていたパーパルディア皇国。そこから絶滅危惧種となった対象をリクルートし、何とか形にしたのがパールネウス独立委員会である。
帝政以前の共和国時代よりさらに面積を減らした領土の統治すらぎりぎりだったため、不安定化を望まなかった日本から命令権を持ったチームが派遣されることとなった。
「なお、獲得したエストシラント、デュロ両港ですが、工事は順調。来年には空母打撃群も受け入れ可能になる見通しです」
「それは結構なことだ。これで本土から西と南は安泰。残るは北と東だな」
「そちらについては後で説明致します。……大陸北部の新独立国家群は我が国に好意的であり、南部の旧海賊勢力に強い敵愾心を抱いています。手綱を握っておけば、パールネウスに対する良い抑止力となるでしょう」
クーズ共和国を始めとする、パーパルディア皇国元属領の国々は、親日反パ国家として再出発している。
独立戦争時の恩とODA等の経済的首輪で暴発しないよう抑えつけて、パールネウスがいらぬ野心を抱かないための重しにするのだ。
「ロデニウス大陸に続き、フィルアデス大陸の大部分が日本の市場となるのか。投資したかいがあったな」
「まだまだ投資は必要ですし、出費はかさみますよ。そこをお忘れなく」
景気のいいことを言う経済産業大臣に財務大臣が釘を刺す。
戦時国債発行までは踏み切っていないとはいえ、余裕があるわけではない。無駄遣いは避けてほしいのが彼の本音だった。
「大陸の今後はそれでいいとして、だ。北と東の防衛に関して説明してくれないか?」
「はい。北は反日的国家はあれど、脅威となる勢力は確認されていません。各勢力が反日で団結しないよう裏から手を回します」
ちなみに北部方面における反日国家の筆頭がリーム王国である。
「北に関して、外務省からひとつご連絡が。トーパ王国という国が、我が国に援軍を求めています」
「援軍? そのトーパ王国という国とは、国交を持っていなかったはずだが?」
「そうなのですが、国防軍の活躍を聞いて、アルタラス王国経由でコンタクトをとってきました。特使の態度からして、なかなか切羽詰まっているようですね」
「外務省からの情報に捕捉しますと、トーパ王国は北にあるグラメウス大陸と地続きでつながっているのですが、そこから魔王を名乗る知的生命体が魔物を引き連れて攻め込んできたらしいのです」
「ま、魔王か……。そうだな、ファンタジー世界だものな。魔王がいてもおかしくはないな、うん」
突如飛び出してきた魔王というワードに困惑してしまう総理。
ワイバーンや魔法といった単語を耳にするようになって、ファンタジーに対する耐性はできていると思っていたが、総理自身が考えるほど慣れていなかったようだ。
「魔王……個体名ノスグーラは監視兼防衛拠点、世界の壁を突破してトーパ王国へと侵攻。既に街が1つ陥落したことを受けて、軍の動員と傭兵の募集を開始したようですが、それだけではノスグーラには勝てないと判断しているようです」
「そこで我が国に援軍の要請か……。海賊勢力には打診しなかったのか?」
「したようですが、断られたようです。なんでも、奴隷の献上を拒否したからだとか」
なお、この情報は“パーパルディア皇国を僭称する武装勢力の悪行”の1つとして宣伝されている。
「他に頼りになる国が近隣になく、そうこうしているうちに我が国による海賊勢力討伐が起き、援軍を求めることを決めたようです。派手な武力行使をロデニウス大陸でしかやっていなかったため、向こうに、実力が伝わっていなかったようで」
「うーむ、それでまともな情報収集もできない蛮族国家に舐められ、絡まれたら面倒だな。さすがに列強を潰した日本を軽んじることはないと思いたいが……。それで援軍の件だが、見返りはなんだ? さすがに無報酬では派遣などできんぞ」
「そこが少し問題でして」
報告者は苦虫を噛み潰したような顔で話を続ける。
「どうも特使の言い分では、魔王の復活は世界の危機であり、報酬を求められるとは考えていないようなのです」
「……無報酬では国民を納得させられんぞ。クワ・トイネやクイラなら友好国のためと言えるが、トーパ王国とは国交もない」
「世界がこんな状態では国際貢献と言っても、国民はついてこないでしょう」
「一応、グラメウス大陸の調査の足掛かりとしては使えそうですが……戦後処理と次の戦争への備えに忙しい今は魅力が薄いですな」
差し出せる権益もなく、助けても有形無形問わず国益は乏しい。
この条件で助けに行くのは個人までで、国家がまず動くことはないだろう。
「我が国は国民を納得させられる利益がない戦いには加勢しない。援軍を望むのなら相応の利益を提示してほしい……そう、特使に伝えてくれ」
「分かりました。それと、その際特使に少々“助言”しても?」
「構わんよ。どんな形であれ、対価を支払うなら国民を説得できるだろう」
トーパ王国については総理が了承した内容で対応していくことが決まった。
「話を戻しまして、東の国防については問題ありません。近くに我が国の脅威となりえる勢力は存在せず、潜在的脅威と睨んでいる勢力は海を隔てた先です」
「衛星写真にあったという、南東の文明が発達している形跡のある島については?」
「それについて、興味深い物が発見されました。これを見てください」
差し出された写真には、回転翼が取り付けられた空飛ぶ木造船が写っていた。
「……子供のころに遊んだゲームに、こんなのが登場していたな」
「総理もでしたか。ただ対空兵装はこちらが上のようです。こちらの写真をご覧ください」
進行役が先ほどとは別の、ズームアップされた写真にはいくつか注釈がついている。
「この飛行物体……国防省では飛空船と呼んでおりますが、ご覧の通り、第3文明圏では最も進んでいた海賊の戦列艦には見られなかった、魔法を用いた兵器が複数確認できます」
「……調査の必要があるな。それらの種類と性能次第では、レシプロ機では勝てないかもしれん。今後の武器売却にも影響が出る」
「パールネウスが片付き次第、調査用ドローンで情報収集を始める予定です。魔力計測器の増加試作品を積んだ新型で、海軍は既に準備を始めています」
この手の無人機を使った情報収集は空軍が行うことが多いが、今回は相手が海をはさんで3000km以上離れた島国なので、船舶というプラットフォームを有する海軍が担うこととなった。
「こちらに向かってくるなら、何かしらの兆候は掴めると思うが……念には念を入れておこう、外務大臣、国防大臣」
「「はい」」
「クワ・トイネ、クイラ両国にこの国の情報を伝えるとともに、国防軍と共同で南東海域での哨戒、迎撃訓練の定期的実施を提案したまえ」
魔法という、未だ未解明な部分の多い技術を総理は侮ってはいない。
科学では実現不可能、あるいは困難なことを魔法で可能とし、精神的奇襲を受けることを真剣に恐れている。
「ミリシアル内陸部からレーダー波を検知したと報告があります。ガハラ神国にもレーダー波を発する生物がいますし、アニュンリール皇国もレーダーを実用化しているようなので、魔法文明国にも電子戦の概念はあると考えるべきでしょう」
「コア魔法……核兵器への対策も進めなければなりませんな。シェルター以外にも大量破壊兵器への備えは必要です」
日本本土を含む日本領の大部分には、試練の間に造られた核戦争に備えたシェルターがあり、仮に東京に核攻撃を受けても政府機関がマヒしないようになっている。
「魔法に関する研究も進めなくてはな。脅威なのはもちろんだが、この飛空船を使えるようになれば、いろいろと使い道がありそうだ」
「すでに官民一体となって魔法技術の研究を進めております。飛空船は現物と技術資料がないので厳しいですが、ミリシアルにも空飛ぶ円盤のような兵器が確認されていますので、いずれは我々も手にできるかと」
日本の最高指導者たちの会議は休むことなく続く。