いつの間にかエスコン8が発売されましたね……(遠い目)
グラ・バルカス帝国の宣戦布告の影響は、日本と安全保障条約を結んでいるクワ・トイネとクイラにも及んでいた。
通信傍受の限り、まだ第3文明圏までグラ・バルカス帝国の潜水艦は進出していないようだが、万が一に備えて3国共同でロデニウス大陸周辺海域の哨戒を行うこととなった。
さらにクイラ王国では陸軍の予備役動員も始まり、いつでも日本の要請に応じて治安維持部隊を派遣できるよう準備を進めている。
クワ・トイネ公国のほうといえば、海軍はフリゲート、コルベット乗りたちが気を引き締めている横で航空隊は日本空母への派遣が内々に打診されてお祭り騒ぎとなっていた。ちなみに対潜哨戒機部隊は忙しくなると知り、愚痴が増えた。
それ以外の国は対して変化はなかった。アルタラス王国は自国の防衛で手一杯であるし、パールネウス独立委員会はまだ独力で自国領内の掌握すらできないありさま。フェン“元”王国に至っては日本に保護されている自治区扱いである。
日本が積極的に関与している国でこれだから、それ以外の国は推して知るべしというしかない。
主役になれぬ者たちも、各々の役目を果たそうと励んでいた。
一方、諦めの悪い者というのはどこにでもいる。火事場泥棒を働こうとし、大火傷を負ってなお学ばぬ国が舞台裏でうごめき始めた……。
「――我が国は貴国の戦争に全面協力する用意があります」
第3文明圏から離れた、とある文明圏外国家の首都。その目立たない建物の一室で、リーム王国の使者はグラ・バルカス帝国の工作員に接触した。
レイフォルに赴いたり、自国に呼び寄せないのは偏に日本を警戒してのことだ。このタイミングでレイフォルに向かえば目立ちすぎるし、本国では日本に近すぎる。
ゆえに手間ではあるが、日本の目が届きにくい国土に資源も戦略的要衝もない国で密談することとなった。
「ほう? 協力とはおっしゃられますが、具体的には? 土地以外に貴国が我が国に提供できるものがあるとは思えませんが」
「その通り。我が国はグラ・バルカス帝国に土地を提供いたします。日本本土に近い位置に軍事拠点を手に入れる……これはあなた方にとって無視できないメリットでは?」
「失礼ながら、そちらはリスクを忘れているようですな。敵に近いということは、敵の攻撃を受けやすいということ。日本領デュロには航空基地があり、そこには大型爆撃機も配備されているそうではないですか」
「いかな日本国の兵器でも、グラ・バルカス帝国の兵器を相手にして無傷では済まないでしょう。あとは十分な数さえ揃えれば、問題ないはずです」
つまりリーム王国は本当に土地“だけ”を提供して、あとの対処はグラ・バルカス帝国に丸投げすると言っているのだ。これを全面協力と言ってのける面の皮の厚さは、グレード・アトラクター級戦艦もびっくりであろう。
「……本国には伝えます。ですが、色よい返事は期待しない方がよいかと」
阿呆な蛮族の提案など、普段なら一笑に付して終わりだが、今はそうはいかない。ミリシアル南方での敗北は工作員にも伝えられており、諜報関係者は汚名返上のためあらゆる手段、可能性を模索せよと命じられている。
無駄と分かりつつも、即座に一蹴せず上に報告するしかない。
「ええ、ええ。すぐにはお返事できぬでしょう。ですがお忘れなきよう……今、貴国に味方してくれる国は、多くはないのですよ?」
世界相手に宣戦布告しておきながら、新興の列強に完全敗北に喫した間抜け……それが先進11カ国会議の顛末を知る者たちから見たグラ・バルカス帝国だ。
こんな国と手を組めば、第零魔導艦隊が漁礁になったことが知られていないために、まだ世界最強の称号を保持しているミリシアルに潰されるのは目に見えている。
この状況で味方してくれるものは、なるほど確かに限られるだろう。例えば、目の前の不遜な蛮族の祖国だとか。
「…………失礼」
不愉快極まりない現実に、憤死しかねないほど怒りを覚えるが、それを目の前の男にぶつけてもどうにもならない。腹のうちに押さえ込んで荒々しく部屋を出ていく。
その後ろ姿を見送ったリーム王国使者は、愉快気に笑いながら紅茶をすする。
「んふっふっふ……格下相手に舐められるのは、さぞ悔しいでしょうねぇ……。ま、それもこれもあなた方が弱かったのが悪いということで……おや?」
魔信用機器が音を立てて着信を知らせる。外に待機させていた部下から、グラ・バルカス帝国工作員が建物から離れたとの報告だった。
「ふむ、結構、そのまま後をつけなさい。尻尾はつかめないでしょうが、監視されていると知れば、多少は慎重になるでしょう」
そう言って残った紅茶を一気に飲み干すと、装置を操作して別の誰かへと魔信をつなげる。
「はい、私です。ファーストコンタクトは概ね重畳、引き続き接触し、何かしらの情報が得られないか探ってみます。……いえ、仕掛けるのは時期尚早です。彼らも焦っていますが、もう少し焦らすべきです…………はい、それでは」
魔信を終えると、使者は疲れたように息を吐く。その顔には辟易したという感情がありありと浮かんでいた。
「……少々、お上は神経質が過ぎますねぇ。別にグラ・バルカス帝国側についたわけでもない我が国に、日本がいきなり攻めてくるわけないでしょうに……」
リーム王国はグラ・バルカス帝国と心中するつもりなどさらさらない。むしろその逆、日本側につくための手土産を得るべく活動しているのだ。
もしもの話だが、グラ・バルカス帝国艦隊がカルトアルパスに乗り込んで、そこにいた世界各国の艦隊を全滅させる完全勝利を収めていれば、リーム王国はグラ・バルカス帝国への臣従も検討しただろう。
だがグラ・バルカス帝国は敗北した。新たな列強国日本に手も足も出ず。
この情報を手にしたリーム王国上層部は腹をくくった。もはや第3文明圏における日本の支配体制は盤石であり、早期に崩れることはありえない。
ならば、過去の恨みをいったん飲み込み日本に取り入る。面従腹背の小国など信用されないだろうが、それでいい。第3文明圏における、リーム王国の生存権さえ手に入れば。
「日本の庭先に砦を建てる度胸も余裕も、今のグラ・バルカス帝国にはないでしょう。それよりも、何とか情報を引き出さなければ、リーム王国の価値が失われます。今以上にグラ・バルカス帝国が負けてからでは遅い」
見え透いたおべっかを並びたてながら、超大国に取り入ろうとする小国。
それが日本からどう見えるか、理解できていないあたりが、リーム王国の限界だった。
『派遣艦隊全滅、生存者皆無。損失艦にはグレード・アトラスターも含まれる』
東はレイフォルから西はグラ・バルカス帝国本土まで、この情報を知った軍上層部の人間は狂乱の渦に飲まれていた。
これまで異世界相手に多少の損害を受けることはあっても、敗北に喫することはなかったグラ・バルカス帝国軍が遂に不敗記録に終止符を打つこととなったのだ。その衝撃は計り知れない。
この影響はグラ・バルカス帝国海軍に止まらず、帝前会議にまで波及した。
グラ・バルカス帝国首都ラグナの空は、戦況を現すがごとく分厚い曇に覆いつくされている。
暗く、憂鬱な空の下で開かれた帝前会議の空気は、鉛より重く、霊廟のように冷え切っていた。
「――これより御前会議を開始します」
グラ・バルカス帝国皇帝グラルークスが会議室に席に着く面々を睥睨する。
その眼光に込められた意思――虚偽は許さぬ、という意を感じ取った帝国中枢に巣くう魍魎たちは震え上がった。
「……開戦前に開かれた帝前会議にて、余はこう説明を受けた。この世界の大半の国は帝国の脅威とはならず、警戒すべきはミリシアルと日本だけである。この2国は距離が離れているので、各個撃破は容易。遠からず世界の覇権は帝国の物となる……とな」
グラ・バルカス帝国の持病ともいうべき慢心と他民族、異世界蔑視と無理解に基づき行われてきた、粗雑極まりない調査と分析。そこへ癒着した企業と汚職官僚による利益拡大の欲望を加えて完成したのが、前帝前会議でのグラルークスへの説明だった。
「先進11カ国会議に参加する各国の護衛艦隊を一挙殲滅し、世界を帝国に臣従させる第一歩とする……この作戦に、余は1つ疑問を抱いた。大半は脅威でなかろうが、空母と戦艦を保有するミリシアル、日本の艦隊を敵地で、同時に相手にするのは危険ではないかと」
そこで一拍、間をおいたのち、審問が始まる。
「……それに対しお前たちはグレード・アトラクター含む大艦隊を派遣すれば必ず勝てると、ミリシアルの航空機は貧弱の一言であり、帝国の空母機動部隊の前では鎧袖一触だと、そう断言した…………して、その大勝利を収めた艦隊はどこにいる?」
ドンッとひじ掛けに手を叩きつけるグラルークスの形相は赤鬼のごとく歪み、紅潮していた。
竦みあがった臣下たちは目くばせしあい……軍本部長サンド・パスタルが土気色の顔に絶望を張り付けながら発言する。
「…………陛下、艦隊は存在しません。派遣した艦隊は、日本海軍によって全滅させられました」
「ほう、そうか。それは手ひどく負けたな。それで?今後はどのように戦争を進めていくつもりなのだ?」
「に、日本海軍に関する、信憑性のある情報が乏しいので……これから情報を集めたのち、対策を講じる予定で……」
「戯けぇっ!!!」
己を欺くだけに飽き足らず、言い訳がましく追及を逃れようとする佞臣に帝王の怒りが叩きつけられた。
直接怒声を浴びせられたサンドのみならず、居並ぶ俗物たちも恐怖で震える。
「そんなものはここに来る前に終わらせておかんかっ!!!情報部の件といい、貴様らは遊んでおるのか!?」
「そのようなことはございません!ただ、日本軍の情報はどれもこれもでたらめとしか思えないものばかりでして、情報の精査が困難なのです」
「……日本は我が国と同じ科学文明国。民生品や書籍から得られる断片的な情報だけでも、大まかな技術力は図れるはずだ。それに、余が小耳にはさんだ情報によると、日本は主力兵器を植民地でのパレードで披露したこともあるそうだが?」
「…………それ、は……いずれも常識から外れた報告しか、上がってこず……」
「つまり手元にあった情報をろくに調べもせず虚偽と決めつけ、祖国に大敗北をもたらした挙句、これから詳しく調べます、と……帝前会議の場で皇帝をここまで虚仮にした者は、建国まで遡っても数えるほどしかおらんだろうな」
能面のごとき表情と平坦な口調。激情が一定を超えると、かえって冷静になると言われるが、今のグラルークスがまさにその状態なのかもしれなかった。
「……どうにかして日本と手打ちせねばならん。だが戦場で日本に勝つのは困難。と、なれば方法は一つ、出血を強いつつ戦争を長引かせるほかあるまい」
「長引かせる、でございますか?」
「そうだ。戦争とは実入りの大きい国家事業だが、出費も多い。いかに日本が百戦百勝しようとも、戦が長引けば自分の懐事情が気になりだす。その時が来るまで日本以外の国を脱落させつつ、日本の戦時体制を1日でも長く続けさせる」
真正面から戦っても勝てないから、出血を強いつつ敵の根負けを狙う……合理的だが、紛れもない弱者の戦法だ。
だが、後ろ向きなこの戦略には一つ大きな問題を抱えている。
「お待ちください、陛下!戦時体制が長引けば帝国の経済も同様に打撃を受けます!いや、日本が通商破壊戦を始めれば植民地からの資源が途絶え、我が国が先に破滅するでしょう!」
帝王府長官カーツが叫ぶ。
戦時体制を維持するには、国家のあらゆるものを動員しなければならない。当然、そんなものが国家に悪影響を与えないわけがなく、規模が大きくなれば、長引けば長引くほど国は痩せ細ってゆく。
「何卒、ご再考を!全戦力を集めた決戦で敵に痛烈な一撃を加え、これをもって休戦に持込む。これならば帝国の経済を守りつつ、日本との手打ちも叶います」
「カーツよ、経済という視点で見れば、その案も悪くないが、もし日本が決戦を避け続けたらどうするつもりだ?戦ってくださいと日本に電報でも打つのか?」
「そうなればムーに攻め込みましょう。沿岸部の都市を片っ端から瓦礫の山にしてやれば、ムーは日本に泣きつき、日本はムーを安心させるために決戦を望むでしょう。そこが好機です!」
「ふむ…………」
顎に手を当て長考するグラルークス。
佞臣たちの胃の痛みが限界を迎えそうになったころ、重々しく口を開いた。
「……日本相手に艦隊決戦で勝利するのは難しかろう。カルトアルパスでは、あれほどの艦隊でも手も足も出ずに負けたのだからな」
負けた、と言ったところでサンド・パスタルをジロリと睨む。視線を向けられた本人は、皇帝の怒りのこもった眼光を前に身を縮こまらせた。
「だがムーへ攻め込む、という点は悪くない。日本が来る前にムーを攻め落とせば、ムー大陸全土を使って出血作戦を行える。ムーという中継拠点なくして、帝国本土に攻め入るのはいかに日本でも負担が大きいはずだ」
「陛下、では……?」
「うむ、陸軍は急ぎムー大陸制圧作戦の準備に入れ。日本がムーにやってくる前に片を付けろ。海軍は潜水艦でミリシアルの通商路を荒らせ。少しでもミリシアルの体力を削るのだ」
「はっ!直ちに取り掛かります!」
軍関係者はひとまず粛清を免れたことに、汚職官僚たちはムー侵攻で懐を温められそうなことで安堵のため息をつく。
かつてない緊張感と共に、この日の帝前会議は終了した。
深夜、グラルークスの寝室。皇帝を除き人の気配がない部屋で、グラルークスは闇へ語り掛ける。
「――前に命じた人員の選定は終わったか?」
「はい、つつがなく。……ご命令のとおり、売国奴どもの息のかかっていない、陛下に忠誠を誓う者ばかりです」
「よくやった。……その者たちを中心に皇帝直属の諜報機関を設立する。事は極秘に進めよ、彼奴らが嗅ぎつければあの手この手で潰しにかかるだろうからな」
「御意」
闇から部下が去ったことを確認したグラルークスは、疲労のこもった深いため息をつく。
「俗物どもの保身のために余の帝国を生贄にさせはせん。この戦争を機に帝国の膿と寄生虫をまとめて始末してくれる」
ムーの首都、オタハイトの高級ホテル。そのラウンジでカメラのフラッシュが激しくたかれる中、日本とムーの外務大臣が固い握手を交わす。
『本日、現地時間午後3時。日本、ムー2ヵ国間における軍事同盟の締結が発表されました。両国の代表はこれをグラ・バルカス帝国だけでなく、出現が確実視されているラヴァーナル帝国との戦争も想定したものであると説明しており……』
テレビのリポーターやラジオの解説が、電波を通じて世界に時代が変わる転換点がきたことを伝えていく。
日ム同盟と、それに伴う日本出資によるムーの湾港、空港、鉄道に道路……インフラ全般の大規模開発。ムーが認めた湾港と空港の日本国防軍による使用を認める契約が、いま締結されたのだ。
「グラ・バルカス帝国、そして魔帝と戦うための同盟ね……。ミリシアルやアニュンリールのご同業はどれほど信じるかな?」
「頭から否定はしないでしょう。嘘ではありませんからね……全てでもありませんが」
カメラに映らない位置で待機している国防軍関係者と外務省職員が小声で話し合う。
「ミリシアルは警戒しても、表立った行動はしません。いや、出来ません。現状、グラ・バルカス帝国相手に白星を挙げているのは我が国のみ。ここで同盟に掣肘を加えれば、日ム抜きでグラ・バルカス帝国と対峙するかもしれない」
「そのうえ帝国ご自慢の艦隊を沈められているから余計に強気には出られない、か。ならアニュンリールはどうだ?連中もグラメウス大陸の工作員が全員行方不明になって神経質になってるだろ?」
「あそこは我々よりミリシアルにご執心ですよ。偏見というものは、上手に使えば実に便利です」
「進歩した科学を知らない弊害だな」
上位の列強ムーと新興の列強日本、科学文明の雄同士が手を組むとなれば当然、魔導文明国の警戒を呼ぶ。
だが下手に難癖付けて日ム同盟が戦争から一抜けされれば、一番困るのはミリシアルだ。味方と呼べる国で、当てにできるのはこの2国を除けばエモールしかいない。そのエモールも戦力の質はともかく数は期待できない。ミリシアルは口を紡ぐしかなかった。
日本が最も警戒するアニュンリールの方はと言えば、こちらは偵察気球ハラスメントによって痛めつけられていた神経が、工作員複数人が行方不明という大事件によって完全に参ってしまった。
魔帝復活管理庁は完全に疑心暗鬼となり、情報を売った裏切り者がいると内部への監視の目を強めていく。そのリソースはミリシアル以外へ投じていたものを使っているため、ますます他国に干渉する余裕がなくなっていく。
こうした結果、日ム同盟結成を阻むものはいなくなった。
「一度条約として結んでしまえばこっちのものです。ミリシアル他、どの国も武力に頼らずムーに内政干渉などできません。経済的なつながりも、我が国ほどはない」
「そうしていずれは、必要な時に協力し合える真の同盟国になる……この広い世界で勢力圏を築くには、どうしても地力のある味方が不可欠だ」
2人の公務員の口調は変わらず静かだが、その口調には熱がこもっていく。
この同盟は単なる軍事同盟ではない。同じ科学文明国であり、政治思想で大きく対立する要素もなく、国同士の距離が離れており、権益で衝突することもない日本とムーが今後の世界情勢を見据えて結んだ、言わば戦後世界における秩序の叩き台。
国家間のつながりを強めることで将来、どちらかの国が危機に陥った際、裏切りや見捨てる可能性を減らすことも目的に含まれている。
個人間の情と利益、国家間の利益。この二つがあればそうそう切り捨てられることはない。
「既存の友好国に加えて、ムーからの発注が期待できるとなったからか、内地の軍事企業は色めき立っているそうだ」
「正式に同盟が結ばれたことで、武器輸出のハードルが大きく下がりましたからね……。早速とばかりにムー国軍の方々から申し込みが来てますよ」
「金の亡者どもが、国会の先生方に圧力かけるのが見えるよ。異世界にとっては初の世界大戦でも、グラ・バルカス帝国の始めたこのバカ騒ぎは、奴らにとって新しい顧客を生んでくれた慶事だからな」
「西へ向かって万歳三唱してそうですね」
「その西は、絶望の金切り声を上げてるころだろうがな」
同盟締結の報が届いた瞬間、国防軍派遣部隊がムー本土の土を踏むよりも前に、企業群はムーへの輸出規制緩和を政府へ求めだした。2人の予想通りに。
政府としても捌き切れていない旧式鹵獲兵器の在庫をムーに可能な限り売りさばきたいと思っていたので、早期に輸出許可を下ろすことは内々に決定していた。
「新しく送られる兵器は、グラ・バルカス帝国相手には間に合わんだろうが、まあその後に期待か」
「もう送った物でも十分でしょう。所詮、2次大戦レベルの敵です」
「そこを気にすべきは、俺たちじゃないしな」
華やかな舞台はつつがなく終わりも迎え、2人も次の仕事へ取り掛かる。
誰も彼もがそれぞれの事情で動いている間にも、世界の中心は徐々にその位置を変えつつあった。
同盟締結の発表で華やかなオタハイトとは真逆の空気に包まれていた場所があった。そこは神聖ミリシアル帝国首都、ルーンポリスという。
極秘に集められた神聖ミリシアル帝国首脳部は魔導テレビに映し出された日ム同盟締結の様子に苦々しい表情を浮かべている。
中でも上座に座る皇帝ミリシアル8世はひと際重苦しい空気を放ち、ときおり唸り声をあげていた。
「……やはり同盟締結を妨害すべきだったのでは?」
「馬鹿を言え、万が一工作が露見してみろ。ムーと日本の心証は最悪になるぞ。グラ・バルカス帝国が日本との和平工作に動き始めたとの情報もあるんだ。敵に回ることはないにせよ、単独講和でもされればたまったものではない」
科学文明国の結束による一大勢力の出現。それは魔法文明国の雄たる神聖ミリシアル帝国にとって最悪とまでは行かずとも、歓迎できない事態ではある。
されど妨害しようにも、それを行う大義名分が今のミリシアルにはない。目的がグラ・バルカス帝国との戦争であると明言されている以上、味方同士が関係を深めるのを邪魔すれば非難の矛先はミリシアルに向く。
それがきっかけで日ム両国が戦争から離脱されてしまえば、残されるミリシアルの負担は計り知れない。最終的に勝てはするだろうが、遠からぬ未来に訪れる魔帝との戦いに影響が出るだろう。
「……日本とムーが今のところは味方であることに変わりはない。で、あれば我が国は同盟を含めた各国と協力しつつグラ・バルカス帝国打倒を目指すべきであろう」
ミリシアル8世が現実的な政策を口に出し、続ける。
「そのためにも、まずはレイフォルの制圧だ。奴らがムー大陸より東で活動するにはレイフォルを拠点にする必要がある。日本、ムーと協議したうえで、ムー大陸解放に取り掛かれ」
「「「ハッ!!!」」」
臣下たちの力強い返事の後、先進11カ国会議とは比較にならぬ建設的な話し合いが行われる。
その事実に世界最強と呼ばれていた国を統べる老人は、眉間のしわを深めながら大きく息を吐いた。
ムー大陸への輸送とアニュンリールへの核攻撃準備で一部が眠れない街と化している東京。
眠れない人間たちの代表格である日本国首脳陣は、今日も首相官邸にて新たな問題と対峙していた。
「ロデニウス大陸より南東の国家……クルセイリース大聖王国に動きがみられます。数年以内に西へ進出し始めると推測されます」
外部からわかることは大体調べた後はドローンでの定期的な監視以外特に手を出さずにいたクルセイリース大聖王国が、グラ・バルカス帝国との戦争真っ只中のいま、こちらに攻め入ろうとしている。
はっきり言って、ややハイになっている日本首脳陣からすれば殺意が湧く情報だった。
「弾頭をBC兵器に詰め替えたのち、SLBMをテストも兼ねて撃ち込みますか?」
「……気持ちは大いにわかりますが、堪えてください。一時の感情で、アニュンリールへの攻撃を遅らせたくありません」
国防大臣の過激で魅力的な提案に何人かが頷きそうになるも、総理の一言で優先順位を思い出す。
「そもそもBC兵器では地上は一掃できても、地下要塞などがあったら全滅は難しい。それにグラメウス大陸で遭遇したという……アジ・ダハーカ、でしたか? そういった存在のように地下に封印された怪物がいたら藪蛇になるやもしれません」
「総理のおっしゃる通りです。それにアニュンリールのような例外的相手ならともかく、攻め込まれても、宣戦布告されてもいない相手に初手で大量破壊兵器を撃ち込むのはよろしくない」
総理だけでなく、外務大臣からも否定的な意見が出たことで、場の空気は総理の側へ傾いた。
国防大臣としても、そこまで本気ではなかったのであっさりと引き下がる。
「とりあえず、彼らはすぐにこちらへ来るわけではないのですね?」
「はい、諜報員などは配置されていないので、具体的な日時は分かりかねますが……。1年は猶予があると考えております」
「付け加えれば、かの国は我が国と友好国から大きく離れた位置にあり、すぐにこちらへ接触してくることはないかと」
国防大臣の補足説明を聞いた総理は頷く。
「では最初に接触した国への対応を見て決めるとしましょう。万が一、いえ億が一の可能性としてクワ・トイネやクイラのように文明的な行動をとればそれでよし。いつもの土人流儀をとったらならば……友好国を含めた、我々の勢力圏に近づいた段階で殲滅します」
「それは彼らの本土ごと、ですか?」
「いえ、向かってきた軍勢と後方拠点を潰すくらいにしておきましょう。グラ・バルカス、アニュンリールの相手に忙しい今、彼らに無駄玉を撃つ余裕はありません」
現時点では日本の領域にまで来れないようにしておき、後は放置。
必要以上に戦力を割かずに済む総理の案に閣僚たちも同意を示す。
「国防省に持ち帰って検討させましょう。統合参謀本部も似たような案は考えているでしょうから、決済はすぐかと」
手を打撲したので次の投稿は不明です。