今日が2022年最後の日ということで、突貫工事で仕上げました。
それではみなさん! よいお年を!
クワ・トイネ公国近海にて、1隻の船が白波を立てながら疾駆していた。
艦尾にクワ・トイネ国旗を掲げているその船の名はリーン・ノウ。クワ・トイネ公国海軍に日本から供与された小型駆逐艦である。
「機関室! もっと出力は上がらんのか!? 目標の倍かかっているぞ!」
『申し訳ありません! 機関の調節が上手くいかず……』
「言い訳はいい! とにかく最大戦速までもっていけ!」
無線機に向かって怒鳴るのはリーン・ノウ艦長ミドリ。
荒々しく無線機を置くと振り返り、そこに佇む人物に頭を下げた。
「申し訳ありません、またしても機関科の連中のミスです。最大戦速に達するには、もうしばらくかかるかと……」
「最初のころに比べればだいぶ上達しましたが、やはり内燃機関が手こずりますか」
ミドリがペコペコ頭を下げている相手はクワ・トイネ公国の人間ではない。
日本から派遣された教官であり、かつてリーン・ノウの同型艦に乗り旧海上自衛隊に挑んだ海軍将校である。
祖国の敗戦後、食うために国防海軍に入隊したのはいいが、デジタル化が進む近代艦に馴染めずにいたところ、クワ・トイネ公国への教官の話に飛びついたという経歴を持つ男でもある。
「機関科の連中はあとで大目玉でしょうな……自業自得ですが」
「これまで機械に触れたこともない人間としては、かなり飲み込みが早い部類なんですがね」
「教官ならばお判りでしょう? 実戦では、そのような言い訳は通用しません。機関科の指導員の方にお願いしてさらなる特訓を実施させます」
強い意思を示すミドリに諦めたように肩をすくめる教官。
そんな彼にミドリは軽く頭を下げると、駆逐艦リーン・ノウの指揮に復帰した。
日本によって新たに開発されたキツジ軍港。
リーン・ノウの母港でもあるこの港は、開発と維持にかかる費用を幾分か負担する代わりに日本も使用権を得ており、司令部も設置されている。
「リーン・ノウは今日も訓練か。精が出るな」
「艦長は我が国と接触した最初の人間でしたね。その経験がいい方向へ働いてくれればよいのですが」
司令室で世間話に興じている壮年の将校と黒縁メガネの背広男。
当然、どちらもただの国家公務員ではない。将校は小規模とはいえ、駐クワ・トイネ艦隊を預かるキツジ司令官であり、背広は諜報機関から派遣された説明係りだ。
「それで? やはり神聖ミリシアル帝国の航空機は……」
「はい。予想以上の低性能で間違いないかと」
日本はムーとの航路防衛のついでに、神聖ミリシアル帝国の国力を探るべく各種機材を搭載した情報収集艦を多数同行させていた。
結果は上々で、異世界最強と呼ばれる国家の姿が少しずつ見えてきた。
「確認された最高速度は500km程度。加速力も極めて悪く、専門家も交えた会議では、Me262などの黎明期ジェット機並みとの結論が出ました」
「こちらの監視に気が付き、意図的に性能を落としていたのではないのか? いくらなんでもジェット戦闘機でこの性能はないだろう」
「それについては、ジーミ王国を通じてミリシアルのジェット……天の浮舟のエンジンを入手しています。型落ちですが、本土で調べれば神聖ミリシアル帝国の技術レベルも含めて色々と分かるでしょう」
「それまではこの出歯亀を継続か」
「盗み聞きもお忘れなく」
背広はいたずらっぽく軽口を叩く。
魔法技術で遅れている日本は、魔信の解読に成功していない。魔信が発せられたことは探知できるが、その内容までは判読できないのだ。
なので、ミリシアルの発する魔信を余すことなく傍受し、将来必要となる魔法暗号技術を蓄積している。
「出歯亀だろうが盗み聞きだろうが、やってやるさ。それで次の戦争に勝てるのならな」
「……やはりこれ以上の建築は不可能か」
「残念ながら。これ以上は立地から考えて農地を潰さないと……」
カナタと険しい顔で話しているのはクワ・トイネ公国の工業化を担う産業大臣。
彼らはいま、クワ・トイネ公国が直面している問題について話していた。
クワ・トイネ公国は重工業化に向いていない。
工業化を進めれば、当然工場などを建設する土地が必要となる。だが国土の大部分は農地と牧場にしてしまっている。
加えて工業化が進めば、環境汚染も発生する。クワ・トイネ農産品のブランドに傷をつけないために、対策は莫大な国家予算を組んでのプロジェクトとなり、上層部に二の足を踏ませる事となる。
皮肉なことにクワ・トイネに富をもたらしている土壌が工業化を妨げているのだ。
「威勢のいい奴は、目指せ軽空母打撃群など言っているが、旧式駆逐艦1隻まともに扱えぬ我らがそこに至るまで、あと何年かかるのか……」
カナタは急激な近代化とそれに伴う国力の増大に気を大きくした一部の言動を思い出し表情を暗くする。
最低限、弾薬等消耗品は自給できたほうがいいと消耗品関連の工場と中規模ドックは建設されたが、リーン・ノウ以降主力となるであろう大型駆逐艦を満足に整備できるかは怪しい。
苦肉の策として、日本が実効支配している旧ロウリアの港に大型ドッグを建設させてもらうという案が上がっているが、いくら同盟国とはいえ他国に頼り切りはどうなのかと反対意見も根強く先行きは不透明だ。
「山岳地帯やその地下に工場を立てるにしても、ドッグなどは海岸にしか建設できない。かといって日本はこれ以上、我が国に軍港を建設するつもりはない。困りましたね」
「いっそのこと、西進論者の言う通り旧ロウリア領へ侵攻しますか?」
「大臣、馬鹿なことは言わないでくださいね。この話が日本にもれたら貴方を“消す”かもしれませんから」
西進論者とは読んで字のごとく、クワ・トイネから西……ロウリア王国へ軍事侵攻を行うべしと主張する者たちである。
戦前日本に詳しい人なら、北進論や南進論といった単語を聞いたことがあるだろう。
「そこまで日本は短絡的ではないと思いますが……。まあ日本の利権が絡んできますから、手を出さないほうが無難ですね」
根本的な問題が土地不足である以上、領土拡大でもしない限り円満な解決はほぼ不可能だろう。だがそれは
打開策のない祖国が直面している問題に、カナタは深々とため息をついた。
ムーと日本が国交樹立してひと月ほど。
のちに多くのムー国人が当時を振り返って「まるで戦時中のような忙しさと衝撃の連続する日々だった」と回想する一カ月。
日ム間での各種条約の締結と大使館の設立から始まり、先端技術とそれに関連する製品の輸出を渋る日本と何としても自国の数十先を行く日本の技術を導入したいムーの熾烈な外交交渉。
日本によるムーの民度や倫理観など、信頼に値するかの調査と、日本の関心を買いたいムーによる貿易での優遇と外交面での口添え。
それらが一段落したころ、ムー大使館の喫煙所にて職員たちがタバコを吸いながら会話に興じていた。
「戦艦なんかを出しただけで、ここまで話が進むとはな」
「やはり技術レベルが低い相手には、威圧的な外観をした兵器が有効なようですね」
地球において、戦艦とは淘汰された艦種である。
金食い虫なのは空母と変わらないくせして、汎用性、攻撃力などなど多くの点で圧倒的に空母に劣っているからだ。
そんな現代では役立たずのごく潰しと言われても仕方がない戦艦を日本が実戦配備している理由は、試練における苦い経験にある。
「こっちは虎の子の空母を出したっていうのにあの土人ども、戦艦出した敵国についたからな」
「あのときは大変だったと、国防軍にいる高校の同期がこぼしてました」
「だろうなぁ……。なんせ三正面作戦を強いられたからな……」
試練の途中、複数の転移国家との外交の際、日本は当時どうにか戦力化したばかりの空母あかぎを派遣し、交渉で有利に立とうとした。
だが同時期に帝国主義国家が派遣した戦艦に心奪われたその国々は日本から距離をとり、帝国主義国家との戦争の際には敵となり日本を苦しめた。最後は帝国主義国家ともども悲惨な末路を迎えたが。
勝利後、日本は驕れることなくその前後を含む本戦争を研究し、反省点を見つけ出して解決案を実行していった。
そのうちの1つこそ、技術レベルの低い相手でも理解できる“力の象徴”たりえる戦艦の保有。
「あの失敗から戦艦の保有が決まって、やまと型戦艦が配備された。最初は批判も多かったが、今では少なくなったな」
「あれ以降の転移国家相手の砲艦外交。いまでも旧ロウリア諸侯、ムーとの関係構築に役立っていますからね」
「何事も考えようと使いよう次第ってことだろう……。っと、休憩も終わりだ。次はムーへの第2次保管兵器売却に関する会議だったな」
職員たちは煙草の火を消して捨てると、駆け足で次の仕事の場へ向かう。
彼らの仕事は日本国の火種同様、増えることはあっても減ることはない。
日本国最北端付近、アリューシエロン諸島。
かつて氷と岩で構成されていた新内地のこの島々は、旧敵国が建設した湾口施設を日本に編入されたのち、拡大して北方最大の海軍根拠地となっている。
「こ、これが我が国に売却していただける戦艦ですか!」
驚きのあまり声が裏返ったマイラスに将校は笑顔で説明する。
「はい。こちらがムー国へ提示する、アリューシエロン級巡洋戦艦です」
港を占有する排水量28800tの鉄くずと本来続く本音は隠して話す。
解体しようにも全艦完成しているか、工事が進みすぎて手間がかかるので進水まで工事を進めて放置されていた4隻。
技術導入も兼ねて日本の艦艇を購入したいというムーの希望に渡りに船とばかりに提示したのである。
「主砲の口径は……?」
「30・5cmです。それを3連装砲塔で3基搭載しています」
(3連装3基……ってことは9門!? ラ・カサミの4倍以上じゃないか!)
衝撃の事実にマイラスが度肝を抜かれている間にも説明は続く。
「最大速力34ノット、それを達成する蒸気タービンも我が国が保有するものの中では最高峰の性能を有しております」
「おお……」
「100km先の航空機を捕捉できるレーダーとそれと連動した射撃管制装置。必要な電力を賄う発電機などなど貴国にとって価値あるものが山のように装備されています」
将校の言う通り、いま説明されたものは全て現在のムーでは製造不可能なものばかり。
アリューシエロン級巡洋戦艦は、まさに宝の山だった。
場所は変わってアリュ―シエロン諸島キツーカ港のビル。
「待ってください! この金額は何かの間違いでは!?」
空調の効いた会議室にマイラスの悲鳴のような叫び声が響く。
彼の手元にある書面にはラ・カサミが100隻分の建造費に匹敵する額が書かれていた。
「よく書類をご覧になってください。湾口設備の建設費用、電探等の電子装備などの技術的価値とライセンス料などなど……それら諸々の費用を含めた妥当な金額です」
眉一つ動かさず説明する将校とは対称的に、顔を歪めているムー交渉団。
「また、これらの費用は分割払いが認められておりますが、期限内のお支払いが難しい場合には、貴国が建設した各国の飛行場などの海外利権。ムー国内の湾口、鉄道利権の譲渡で相殺することも可能です」
(艦齢5年に満たない戦艦を売るという話だから、なにか裏があるとは思っていたが……。なるほど、日本はロウリア王国の諸侯にそうしたように、我が国の利権を得るつもりか)
(くれてやっても、そこまで惜しくない技術しか使われていない戦艦。それもムーが本気を出せば今後30年以内にいくつかは実現可能なものがほとんど。売り時の今に高く売りつけなければな……)
お互いの内心をよそに、日本製戦艦が喉から手が出るほど欲しいムーと少しでもこれまでの維持費などをペイしたい日本による熾烈な価格交渉が始まった。
結果、日本はアリュ―シエロン級巡洋戦艦4隻と各種工作機械に技術、ライセンスをムーへ売却することと引き換えに、ムーは日本へ多額の代金と国外の飛行場の使用並びに改築の権利、マリンを含むムー国産兵器を売却することとなった。
第3文明圏の列強、パーパルディア皇国。
神聖ミリシアル帝国、ムーからも遠いこの大国は高みを知らぬがゆえに、自らを日の沈まぬ帝国と思い、驕っていた。
その皇帝のお膝元たる皇都エストシラント、パラディス城にて開かれる御前会議にて近年、ロデニウス大陸を中心に話題となりつつある日本国が議題に上がった。
「ロウリア王国への工作は失敗。皇国の影響力確保は成らず、か」
「ですがアルタラス王国とフェン王国を落とせば、ロデニウス大陸以西の通商路を抑えられます。そこからロデニウス大陸の各勢力に圧力かけ、個別に取り込みつつ、いくつかは攻め滅ぼせばよいかと」
「うむ。それでよかろう」
皇帝ルディアスと第1外務局局長エルトが今後のロデニウス大陸への方針を話し終えたところで、ルディアスはカイオスへ顔を向ける。
「――して、カイオスよ」
「はっ」
「ロウリア王国を滅ぼした…………日本だったか? その国には何か対処しているのか?」
「はっ、いいえ。フェン王国とアルタラス王国への圧力を優先し、放置しております」
「何故だ?」
ここで発言を間違えれば首が飛ぶ。
そう確信したカイオスは唾を飲み込み、ゆっくりと語りだす。
「国家監察軍に余り余裕がないためです。通常ならば問題ないのですが、フェン王国とアルタラス王国侵攻の時期が重なったために先送りに」
「少数ならば動かせる船はあるであろう? なぜそれを差し向けない?」
「蛮族どもはロウリアを攻め落とし、調子に乗っているでしょう。ある程度の規模の艦隊を送らねば蛮族のことです、少数と侮り吠え掛かってくることは必定」
「よいではないか。たかが文明圏外国家の連中など、国家監察軍でも十分返り討ちにできよう」
「奴らがただの蛮族であれば、私も迷わずそうしておりました。ですが、とある情報が入ってきまして……」
そこでカイオスは口をつぐむ。自身の持つ情報を彼自身信じきれないゆえに。
しかし、皇帝臨席のこの場で、黙秘などできようはずもない。ややあって、カイオスは重々しく口を開いた。
「現在、ムーから派遣された一団が日本に滞在しているらしいのですが……」
「どうかしたのか?」
「私自身、信じがたい話なのですが……ムーの船から飛行機械が降ろされたらしいのです」
「なんだと!!!」
ルディアスが腰を浮かべて叫ぶ。他の出席者も驚いた様子で会議室にざわめきが満ちる。
この話が事実だとすれば、世界第2位の列強・ムーが日本国に対し軍事支援を行っている可能性がある。
「当初は下らぬ噂と切って捨てましたが……、個人的につながりのある商人たちから情報と魔写が複数送られてきたので個人的に調査を行いました。こちらがその情報をまとめたものです」
そう言って資料をルディアスに渡す。1つしかないために、ルディアスから順に会議室の面々が回し読みしているそこには、文明圏外国家らしからぬ近代的な港に接岸した輸送船から降ろされる複葉のプロペラ機――マリンの魔写があった。
「残念ながら、日本国に関してはまだ調べ始めたばかりですので、これ以上の情報はありません。数点の魔写と商人からの情報のみでは信憑性に欠けるので、今まで報告を控えておりました」
「そうか。いや、ならば仕方あるまい。だが日本がムーと何らかの関係を築いていると見るべきだが、なぜムー本国から遠く離れた文明圏外国家を支援する……?」
そのとき、ルディアスの脳に電流が走る。
情報の欠けた中で閃いた推測であるそれを、疑念に満ちたルディアスの心は確信へと押し上げ、口より吐き出させた。
「もしや……ムーは日本国を支援し、傀儡として第3文明圏を間接的に支配下に置くつもりか!」
突然の発言に驚く出席者たちだが、同時に納得のいく結論でもあった。
一部勢力の独断とはいえ、皇国が支援していたロウリア王国が負けたのならば、相応の理由があるはず。そして相手が、ムーがバックについた日本ならば納得がいく。
「カイオスよ、よくこの情報を手に入れた。お前は間違いなく皇国の未来を救った」
「はっ! ありがたきお言葉です!」
「うむ。それで日本への対処だが、このままムーのてこ入れが続けば厄介な存在になるかもしれん。国家監察軍が無理ならば海軍を動かせ。ヴェロニアも投入せよ」
「ヴェロニアもですか?」
ヴェロニアとはパーパルディア皇国最新鋭ワイバーン、オーバーロード種を搭載できる最新鋭竜母である。
オーバーロード種自体がまだ多くなく、ヴェロニア自体も通常の竜母より高コストなため1隻しかない。
「時間がたてば奴らがラ・カサミ級なども手に入れるやもしれん。そうなる前に、芽を摘むのだ」
かくしてパーパルディア皇国は戦争機械となり、全力稼働すべく準備に入る。
日本とクワ・トイネ公国の中間に位置する日本領ププティーナ諸島の通信所の記録より抜粋――
――緊急連絡。オオトカゲは東へ向かう。目的は狩りである。繰り返す、オオトカゲは東へ向かう。目的は狩りである。
――なお、南の川を渡るトカゲの数は変わらず。
――第8艦隊へ。訓練を終え次第、指定された海域へ向かい、“海賊”を撃滅せよ。
――これより日本国の商船は全て独航を禁止とする。国防海軍の護衛の下運行するように。
――駐アルタラス王国大使へ連絡。国王へ接近しつつある“海賊”の情報を速やかに提供すること。
――また軍事顧問団はアルタラス王国軍と共同で“海賊”を撃退。可能ならば殲滅せよ。