1
「みんな、揉めずにテキパキ種目決めしてくれてありがとねー。それでは今日のホームルームの最後、帰りの会の連絡に移行する前に先生からちょっと特別な宿題を出します。――ああ大丈夫、そんな難しいのじゃないから」
今日の日付が金曜なので、もう週でも最後になる五限目の授業『ロングホームルーム』。
そのホームルームの主題だった再来月に実施される運動会の選手決めが男子の白熱したジャンケンが何度か挟まれつつも無事に終わって、そろそろスムーズに帰りの会に移行しようという空気の小学二年の教室で。
「来週のこの時間までに自分が召喚しているサーヴァントの生涯について、サーヴァントさん当人に簡単でいいのでお話を聞いてみて、今から渡すこの用紙に書き取って来てみましょう」
クラス担任のナミノ先生が言い放ったその言葉に、己の背筋がピン、と立ってしまったのを私は自分でもわずかに感じ取れた。
わずかとはいえ感じ取れてしまうほど言葉で体がはっきり動いてしまった理由は、先生が言った内容で瞬間的に予想できる緊張からくる凝りだ。
なぜ緊張してしまったのかというと、私、宇津見エリセは他のクラスメイトたちみんなが持っている、モザイク市の聖杯が召喚する人類史の影法師――サーヴァント(とあと令呪)を、このクラスの中では唯一持っていないから。
(サーヴァントにインタビューする宿題って)
何十人かのクラスメイトはもちろん、入学式の教員紹介で先生はある偉人の師匠を勤め上げたという事で旧人類史に名を刻むに至ったという精悍なサーヴァントを隣に顕現させていたので、教員まで範囲を広げても、サーヴァントを使役していない私以外の人間はこの空間にいないのだ。
たった今先生は一人一サーヴァントの環境を教師として活用したいのかサーヴァントの存在が前提の宿題を出したけれど、それは私という、令呪を持たずサーヴァントを使役していない、特例も特例だけれどこのクラスに確かに居る子供の存在をすっかり失念している。
学校の先生用の名簿では生徒が召喚しているサーヴァントがちゃんと生徒の名前の隣に記載されているので、私が事情はどうにしろサーヴァントを有していないのは知っているはずなのに。
(そんなの、サーヴァントの居ない私はどうすれば……)
なにせ自分の召喚しているサーヴァントがはなから居ない私が、今出された宿題の形式を厳密に守ろうというのならば、それは『サーヴァントがいれば楽だったな』なんて苦労して終わらせてから思うレベルに留まらず、『そもそもこなしていく事ができない』だ。
早急に理由を説明して、どうにかサーヴァントの召喚無しで宿題をこなせるように内容を変更してもらわないといけない。
(でも宿題の内容を変えるなら、みんなに無駄足踏ませないために今この場で言い出す必要あるよね)
今先生が宿題の存在を明かしたので、クラスのみんなはたぶん土曜か日曜のタイミングで自分のサーヴァントにインタビューをして紙に書き留める。
私がこの後で職員室に向かって自分がサーヴァントを召喚していない旨を先生に申告して宿題の内容を変えてもらうとして、それを受けて宿題内容の改訂が発表されるのはみんなが休日に自分のサーヴァントと宿題をこなしてきた月曜の朝だ。
みんなに私がこなした宿題を無駄にしたとは思わせたくないので、学校が終わってせっかちな子がさっさと教室から出ていってしまう前に言わなければならないが、それはクラスメイトの目の前で私はサーヴァントを召喚していないと自己申告するのと同義だ。
私のどちらにも令呪がない、まっさらな両手の甲は「令呪が出る場所は人によって違いがあるって聞くよ。足とか舌とか」で今まで誤魔化せているが、令呪を持っていると誤魔化したのにサーヴァントが居ないのは、前にそう説明したクラスメイトに道理が通らないだろう。
いや、大人だとサーヴァントフォビアで呼べなかったりサーヴァントロスで呼んでいなかったりする例は一定数見るけど、私が今まで学校でしてきた誤魔化しはどれもサーヴァントが居る前提のものだった。
そんな誤魔化してきた私はクラスメイトにサーヴァントと令呪を持たない事実を知られたくない。
隣のクラスに学期途中で来た転校生みたいな、四方八方からの質問攻めをされる期間があったのなら適当な所で折れて実情を吐露できたのだろうけど、この小学校への入学は普通に一年生の四月からだったので、するりと誤魔化せる期間が続いてしまっており、今さらみんなに嘘でしたと白状したくないのだ。
「あの――」
「あ、せんせー! 私のサーヴァントはそれなりのランクの狂化スキルを持っているバーサーカーなんですけどー!」
「もちろん、そういったサーヴァントさん側の問題で互いの意思疎通に困難がある事例では、まだ精度に問題があることは念頭に置いた上で翻訳用の礼装越しのインタビューでも全然構いませんよ」
そこで「自分のサーヴァントが話を聞けないタイプだったら」というそこそこ特殊な事例をねじ込んで、私がサーヴァントを召喚していない事実を周囲に伏せながら、出された宿題のルールをなんとかサーヴァントがいなくてもこなせる形に拡張しようとした所、先に他のクラスメイトに割り込みで同じ質問をされ、更にそこに先生がきちんとした答えを返してきて言葉が終わってしまう。
「お母さんに僕のサーヴァントは『昔大変な事をしでかして人類史に刻まれるに至ったサーヴァントだから無闇に話を聞いちゃいけません』って言われたんだけど……」
「保護者さんが心配しているのなら、そういう箇所をある程度デフォルメして語ってみるようサーヴァント本人に頼んでみたらどうかな? なにかお母さんに言われそうなら授業中に使うって言ってくれれば解ってくれると思うよ」
次に考えていた「サーヴァントが広げる話の内容がエログロで安易に子供に話せないような物だったらどうするのだ」という我ながらませたやっかみも、さらなる他クラスメイトの質疑応答で封じられてしまった。
「それじゃあ次の質問もないみたいだし今日のホームルームはここまで! 最後に特殊な宿題は出しましたが、他の科目の宿題もちゃんとこなして来るように!」
「「はーい!」」
「では、続けて帰りの会に移ります。連絡事項は――」
(ああ、ホームルームも終わっちゃった! どうしよう……)
前の時間がロングホームルームという事もあり、帰りの会がテキパキと勧められていく中、私は渡されたインタビュー用紙を軽く握りながら、突如迎えた『宿題の初未提出』と『サーヴァント無しの発覚』がどちらか一択で迫ってくるピンチに対する的確な回答をぐるぐる考えていた。
2
「それじゃあねエリセさん」
「さようなら。……はぁ」
祖母が待つ木造一軒家への帰り道。
その家が新宿でもはずれの方に位置しているので、集団下校をしている同じ学校の仲間もさっきの上級生で全員ハケてしまった私は、まだ家まで三分の一ぐらい残っている帰路を一人で歩き始めていた。
「ホームルームで出された宿題、どうしようかなー。いっその事丸々でっち上げる?」
学校の知り合いはもう近くに居ないので声に出しながら考えているのは、やはり最後に出された宿題のこなし方のこと。
私は帰りの会を終わらせてからそそくさと教室から去っていく先生を追うつもりでいたが、先生は小さいけど会議が挟まっているとかで職員室におらず、追うのは諦めて大人しく集団下校に合流する事にした。
なので授業で課されたサーヴァントに軽くインタビューをするという宿題は、サーヴァントを持たない自分だけ特別仕様に変更されるでもなくそのまま残っているのだが、私としては後で先生に事情を言ってやる必要が無くなるにしろ、念のために出された宿題はやっておきたかった。
でも自前のサーヴァントへの取材という課題は自分の能力の高低ではなく相手の不足により取り組めないものなので、課題の解決にはどこか道理を誤魔化す必要があり、私はその誤魔化す手法をどんな風にとるかで迷っている。
「たぶん、教室の前方に向かわされてクラスのみんなに発表するのを順番に繰り返してくようなのじゃないよね」
高学年だとやるという歴史にまつわる授業のダシにするには、クラスメイトが使役しているサーヴァントたちはあまりに勢力や年代がバラバラで、そういうネタに適しているとは思えない。
たぶん今日の課題はこの後に語るサーヴァント自体の包括的な話のためのダシのようなもので、最終的には重要らしい八年前の聖杯戦争あたりについても語っていくのだろう。
「どうせ隣にサーヴァントを顕現させて直接喋ってもらう訳でもないんだし、ルキウスさんの事でいいかな……」
私がインタビューの代役となるサーヴァントを立てるとして、まずその候補として考えたのは、同居している祖母、真鶴チトセのサーヴァント。
古代ローマの百人隊長であり、救世主の処刑に立ち会った立派も立派な英霊、ルキウス・ロンギヌス。
今も私の白兵戦の訓練に付き合ってくれているし、その前後に事情を説明すれば、なんとかこのインタビューの宿題にも彼は協力してくれるのではないだろうか。
「あー、でも、ルキウスさんほどのサーヴァントに協力してもらうと色々目立っちゃうよね……」
パッと思いついた方の対策案に同じくパッと障害が思い浮かび、私は悩みはじめる。
チトセは過去の聖杯戦争の優勝者として有名人中の有名人だ。
そのチトセが従えるサーヴァントがロンギヌスであるという事も、モザイク市では当然子供でも知っているほど広まっていて、迂闊に私がチトセとたまたま同じサーヴァントを召喚しているなんて嘘を使えばその噂は非常に目立ってしまう。
一卵性の双子が両方とも人類史に刻まれた珍しい事例を超えて、まったく同一人物のサーヴァントを召喚しているパターンというのは、クラスシステムという英霊の側面の幅と過去の聖杯戦争の参加人数と比較するならば遥かに多いと言えるモザイク市の人口もあって、ちゃんと探せばゼロではない。
だけど、逆に言えば祖母と孫で同一のサーヴァントを召喚しているなら確実にクラスメイトからいらぬ詮索を受ける程度には珍しいのだ。
「ならいっそ私が一から……いや、これだとダメだ!」
ならばモザイク市では召喚が確認されていないようなマイナー英霊を題材に、完全オリジナルの身の上話を図書館に頼ってでっち上げようとしたが、すぐに壁が見えて諦める。
私ができる未だモザイク市に呼ばれていないサーヴァントへの稚拙な解釈では、クラスメイト数十人の数十騎(全員の真名の網羅はやれていない)のどこかと出身や年代がかち合ってしまった場合、そのクオリティの低さから看破されてしまう可能性がある。
インタビューを受けて生前の自分の活躍を盛ったように話すサーヴァントはそりゃあいるだろうけど、話を守るための土台自体を違えてしまうのは、同郷のサーヴァントが向ける疑いの質は違ってくる。
「もういっそのこと完全な嘘で退去しちゃった事にしようかな――。いや、これはこれでチトセに迷惑がかかる」
目的のために"入れ替え"も視野に入れている事が珍しくない魔術師連中じゃあるまいし、モザイク市の住民にとってサーヴァントの退去はかなり重大ごとだ。
先生に言えば一応皆勤賞を保っている今の出席状況を上回る一大事だと無情に心労を理由にしてカウンセリングルームに送られるのは確実だし、モザイク市の弱体化したサーヴァントとはいえ、チトセと私が共に暮らしている環境下で一騎を殺して見せるような存在の出どころが、実在せず答えようがないのに私と保護者のチトセを詰問してしまう。
「あ。着いてしまった」
そしてそうこう独り言をしながら歩いている内に、私とチトセが住まう木造の家の屋根が見えてくる。
「とりあえず家に帰ってルキウスさんに会えたら、今日の宿題のことを嘘や誤魔化しなしに正直に白状して、怪しまれないスピーチの内容を稽古の後にでも考えてみよう……」
私は悩むのを一旦止めて、少し足早に家の門をくぐっていくのだった。
3
それから、チトセが魔術師の引き起こした事件の対処と後処理に奔走していたので、当然サーヴァントとしてチトセに追随しているルキウスとの白兵戦稽古が土日とも行えずキャンセルになったために、ついでにやろうとしていたインタビューも行えなかった週明けの月曜。
「なぁハルシ、お前自分とこのサーヴァントに話聞けたか?」
「うんオグスくん! 僕は入学前にサーヴァントを召喚した後も彼が登場する歴史書を読んでたりしたんだけど、まさか序盤のあの些細な戦いがあんなにも劇的で熱いだなんて……! かなり印象が変わったし、聞いてみるまで思いもしなかったよ」
「おおすごそうだなー。俺も土日に用事があって聞けなかったインタビューを今日にでもしなきゃなぁ……」
「見てみて! うちの姫様のお話を丁寧に書き取っていたら追加の原稿用紙が十枚超えちゃった! しかもこれでまだ続・最終章とネクストプロローグがあるらしいのよ!」
(どうしよう、結局インタビュー用紙が白紙なまま学校に来てしまった……)
私は、みんなが自分のサーヴァントへ週末に決行したインタビューの結果を話し合った事で普段はこういうので騒がない女子ですらワイワイと盛り上がっている教室で、インタビュー相手と予定していたルキウスさんと丸二日会えなかったために一文字も書けていない宿題の紙を見る。
(ただのインタビューなんだし、他の忘れてる子達みたいに帰ってからルキウスさんと会えた時に稽古のオマケという要素は抜きで頼んだらでこなせなくはないけど……、もういっその事『宿題忘れました』で乗り切る?)
金曜までまだあと四日はあるので、この用紙を文字で埋める手段には充分な選択の余地があって悩みどころだ。
「おはようございます」
「「おはようございまーす」」
そしてしばらく話しかけてくるクラスメイトに朝の挨拶を返しながら頭は悩みをグルグルしていると、いつも担任の先生が急いで開けるのでガラガラと鳴り響く前の引き戸が、今日に限って珍しくゆっくりと音も小さく開けられた。
「えー、今日は先生、クラスのみんなに謝らなければならない事があります」
「なんですか先生ー?」
「ごめんなさい! 先週金曜のロングホームルームの時間に出した『サーヴァントの過去について聞いてみましょう』の課題なんですが、別の学校で似たような課題が出された所、保護者の側から『サーヴァントを召喚しないよう教育しているうちの子供にそんな課題を出されても不可能だ』という指摘がありました。教育方針の相違があったんですね」
「それがどうしたの?」
「それを受け止めた上の方から、公立なんだからサーヴァントの召喚を前提としたつくりの授業を行うのは取り止めるようにと通達があって……サーヴァントと協力して宿題をこなしてくださったみなさん、本当にごめんなさい! ――私がみんなに出したその宿題は提出する必要がありません……」
先生が重々しく伝えたのは、サーヴァントを『呼ばない』方針の家庭から授業にクレームが入ったので自分が金曜に独自に行なった宿題は提出する義務がなくなったという事。
「ええーっ! 時間作ってちゃんとお話聞かせて貰ったのに……!」
「解ってたんなら早く言ってよ先生ー!」
当然、確かに週末の貴重な時間を削って宿題をこなした側のクラスメイトはブーイングの嵐だ。
「よかったぁ……。週末ちょっと喧嘩しちゃったから話聞けるか怪しかったのよね」
そしてサボっていた宿題の提出の必要がなくなったクラスの少数派が、安堵を口頭で共有するその裏。
(ほっ。色々と心配してたけど、最後はこんなあっけないオチかぁ……)
提出の必要性に加えて、仮に宿題をやったとしてもその出来の拙さからサーヴァントがいない私自身の事情が露見してしまう可能性が両者丸ごと消えてくれた事で、私は安心していた。
学校から違うのでそのクレームを入れてくれたのは誰か解らないけれど、ありがたい事だ。
(でも、こういう嘆きだってサーヴァントが居るならみんなと共有できたんだよね……)
安心の気持ちを覚えた次に私が心に浮かべた感情は、クラスの皆を改めて見渡してみての疎外感。
仮に土日のチトセの出撃がなくて、ルキウスさんと協力して渡されたインタビュー用紙を文字で埋めて来ていたとしても、それは『チトセのサーヴァントに頼んで一緒に中身を埋めた紙』であって宿題を土日の内にこなしたみんなのように『自分のサーヴァントに過去を聞いて中身を埋めた紙』ではないし、『しない』ので楽ができたというクラスでも一部の子が味わう幸運さにだって『出来ない』私は素直に浸れない。
(やっぱ私も欲しいな、サーヴァント)
「はいっ。本当に申し訳ありませんがみなさん静かにー! 切り替えて朝の会を始めますよー!」
私はクラスメイトと共感できない事を自覚して昏い『疼き』が心の内に存在するのを確かめながら、担任の先生が騒ぐクラスのみんなを鎮めて、とりあえずさっさと朝のホームルームを始めるようとする声を聞く。
「あ、気球だ。モンゴルフィエ兄弟かな?」
そして窓の外でサーヴァントが単身で飛行している、新宿ではやや珍しい風景をチラリと見ながら、私はまだ見ぬ『自分のサーヴァント』への思いを強めるのだった。
そろそろ出るだろう三巻の新設定でひっくり返る前に書きました(書き上げた所、今夏は『冒険』のみらしいですが……)
このネタを通す原作のスペース、今の時点でもちゃんと考えると厳しいんですが最悪レテ河の水で記憶処理された後の奴って事で……