【完結】血界戦線ー黄金の薬指ー   作:南畑うり

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第四話「黄金のひと時」

 

翌日、レオナルドがライブラに出社すると、ギルベルトが昨日のうちに用意してくれていた洋服一式を手渡された。

ドレスコードである。

《不可視の人狼》であるチェインはすでに着替えていたらしく、いつもよりパリッとしたスーツと青い花柄のスカーフを身に着けた出で立ちである。ツェッドは現在進行形でギルベルトに着替えを手伝ってもらっているらしい。

 

「なんだレオ、似合うじゃないか」

 

スティーブンに褒められると悪い気はしない。

レオナルドが渡された服はフォーマルなコーディネートで、茶色いレザーベストと赤と黒のチェックのシャツの上着、黒のデニムパンツだった。これと色違いが三着ずつ用意されているらしく、どうにかして着まわせという指示を受けた。

 

「靴はスニーカーでもいいが、汚れたのは履いていくなよ」

「詳しいですねー」

「なにをのん気な。それよりもこっちだ」

 

スティーブンに腕の捲くり方を教わっていると、ツェッドがギルベルトに引きつられて奥から現われた。

レオナルドとほぼ同じコーディネートでレオナルドと同じように袖を捲くっている。ネクタイを着けているのは、より良く見られるためだろうか。

 

「五つ星ホテル向きとは言わないが、すくなくともジャージよりは良いだろう」

 

レオナルドのシャツをズボンから出し、ボタンを外し、ベルトに手を掛けるスティーブンは、あるていど着崩させると満足そうに頷いた。

 

「ま、十分だろ」

「ありがとうございます」

「追加予算はあるからその服で足りなくなった場合は言ってくれ。汚した破けたという場合はキミらの給料から天引かれるからそのつもりで」

 

三人とも渋い顔で視線を逸らす。一着だけで月給が飛びそうな質感なのだ。

表情を維持したままホテルに入ると、昨日とは打って変わってホテルマンから厚遇を受けた。とはいってもエレベーターまで案内されるだけなので、チップを渡す暇もない。渡すつもりもなかったが、それでも、ツェッドに対する攻撃的な視線がなくなっただけでレオナルドとしては安心できるようになる。

 

「無用心ね、こんな簡単に最上階に行けるなんて」

「でもないですよ、エレベーターだけで三つの術式がありますね。たぶんテゾーロさんとかステラさんじゃないとペントハウスまで行けないようになってるんじゃないですか?」

 

つまらなそうに鼻を鳴らせて返事をするチェインだったが、いざテゾーロに挨拶する段になっては目をむくことになった。

彼の異形と、その発言に対してだ。

 

「このホテルで部屋を用意した。いい部屋だとスタッフが言っていたよ。ステラへの挨拶が終わったらフロントで生体キーをもらっていってくれ」

「ありがとうございます!! 僕の人生でこんなすごいホテル泊まれるなんて思いませんでした!!」

「大げさだな。それよりステラがキミたちを待ちわびていてね。とくにツェッドくん、気に入られたな」

 

レオナルドの発言に笑いながら応えるテゾーロは、ツェッドの肩に手を回し屈みながら猫なで声で囁いた。

 

「なぁ、キミ。ダンスを覚えるつもりはないかい?」

「ないです」

 

笑顔で「またフラれたか」と大げさにリアクションするテゾーロは、次いでチェインの肩を優しく叩く。

 

「ミス・チェイン。キミにはより重要な仕事を頼みたい。緊張が解けたなら少し話そう。さぁ、お姫さまがお待ちかねだ。また飛んでいかれたら大変だからな」

 

五人が揃ってペントハウスに集まって、今後の護衛任務について話が行われる。

ホテルについては、テゾーロが貸し出した部屋に常駐する必要はないが、出かける際は必ず人員二名を出すこと。

警護に関しては一般的な流れが採用されている。

目的地設定後はレオナルドかチェインが視察、テゾーロかツェッドが側に控える、二人体制だ。残った人員でバックアップを行うことになった。

 

「次、車の運転は?」

「ありません」

「カーチェイスは自信ないわね」

「バイクなら」

 

テゾーロは大きく息を吐いた。

それを見てステラはクスクスと笑う。

 

「テゾーロは車の運転ができないのよ! 乗れる車がないの!」

「後部座席になら乗れるぞ」

 

車の中で身動きがとれなくなってしまう三メートル近い巨漢は、手に持っていた資料をテーブルに投げた。一応はこれで護衛の流れは説明し終わったからだ。

 

「昨日話したとおり、メディチ家のほうからもボディーガードを出してくれている。運転は彼らにまかせよう。だが彼らはただのヒューマーだ、戦闘になればこの街のチンピラにも劣るかもしれん。なにかいい装備はあるか?」

「なら、ボクらが良くしてもらっている武器庫があるので行きましょう。殺傷能力重視ですけど……」

「そんなダメよ!」

 

茶々を入れるステラの頭を撫でながらテゾーロはツェッドの話を思い出していた。

 

「で、ツェッドくん。ヒキツボシなんだが、のことだが」

「はい。《斗流血法・シナトベ》ですね」

「そうだ、それは徒手空拳なのかね」

「いえ、武器を使います」

 

テゾーロは額の皺を濃くする。不機嫌というわけではないがツェッドのラフな格好では困惑が大きくなってしまう。昨日のカーゴパンツならまだしも、いまはスキニーだ。武器を隠しているとは思えない。

 

「見せることはできるかね」

「かまいませんよ」

 

立ち上がったツェッドが軽く手を振るった瞬間、赤い三叉の槍が握られていた。

 

「なっ!?」

「わあ!!」

 

風切り音とともに振るわれるその武器に、ステラは一瞬で心を奪われた。テゾーロにしてもそれは同じである。

 

「すごいわ! すごーい! ねぇほかになにが作れるの? ネックレスとかは?」

「作ったことはありませんが、無理ではないですよ」

「それじゃムググ」

 

テゾーロはステラの口元を押さえ、ほかの二人に視線を向ける。

 

「キミたちはどんなことが? もちろん、仕事をこなせてもらえれば見せられる範囲でかまわない」

「私はイフィルトレーターの専門家。レオは昨日見せたらしいけど、すこぶる目が良いわ」

 

レオナルドに対する【目が良い】とは昨日も聞いた暗喩だ。どこまでの技量かはわからないが、テゾーロの遥か上をいく観察眼であることには違いない。多少プライドに傷がつかないこともないが、それでもステラを守るにあたっては、このスペシャリスト三人は心強くあった。

 

腕の中で暴れるステラがとうとう手に噛み付いてきたので、慌てて離す。

 

「痛いじゃないか」

「苦しいじゃない! レディーの口を塞ぐ場合にはマナーがあるのよ!」

「すまないな、キミの口は雲より軽かったんだ」

 

彼は話の腰を折ったステラを黙らせるために口を塞いだわけではない。ゴルゴルの実の能力と、ツェッドの不思議な技能を同視したため牽制したのだ。テゾーロは自身の能力を隠しているわけではないが、目の前に座る三人を心の底から信頼しているわけではないのだ。

教皇庁と呼ばれるソレは、敬虔なカトリック教徒のステラからすれば絶対的権威の象徴であり、盲信すべき存在である。そこからの紹介ともなれば、彼らに対する信頼感も頷ける。一方のテゾーロからすれば、ステラの人気にあやかって偉そうに声をかけてきた一団体にすぎない。

そこから紹介された面々も、多少の警戒は持ってしかるべきだと彼は考えていた。

 

それは、権威を振りかざす存在に偏見をもっているせいもあるのだが──。

 

「私は見ての通り力が強い。そこらへんのゴロツキなら素手で十分だし、銃を持たれても対応策はある。黒服たちにはレオナルドくんが言っていた店から、この街特有の武器とやらを購入させてもらおう。ほかになにか確認することはあるかな?」

「いえ、あとはスケジュールの調整をしていきましょう」

 

ツェッドが資料をめくりながら言った。

その資料には今後一週間のスケジュールが分単位で記入された。もちろん部外秘のトップシークレット事項ではあるが、さすがにそれを隠したまま護衛を依頼するなどという無茶はしない。

それに、信用はしてはいけないと線引きしている時点で、テゾーロは十分に彼らのことを好意的に見ていたのだ。

 

ふと、三年前を思い出す。

あのクソ忌々しい、三刀流の剣士の言葉。

 

(仲間──か)

 

テゾーロにはこの三年間、自身を振り返る機会が何度もあった。そしてステラが病院で少年少女たちと曲を作るさまを見ながら思っていた。

彼女らは、一つの目標に向かう仲間なのだと。

 

《グラン・テゾーロ》に部下は腐るほどいた。

が、仲間と言えるのは──。

 

思いを馳せ、疲れたように笑った。

 

「テゾーロ聞いてる?」

「あぁ、だがそろそろ食事にしよう。ステラには朝も我慢してもらっていたからな」

「えぇそうよ。いくら撮影があるからってひどいわ。ねぇ聞いてミス・チェイン! 私は夜も食べちゃダメだったのよ」

「昨日は食べられただろう」

「撮影のあとでね!」

「スケジュールはステラの都合である程度は変えることができるし、彼女の機嫌次第では一秒先には変わることもある。国から連れてきたスタッフたちは慣れたものだが、まぁキミたちも気楽にやってくれ」

「なによ人をワガママみたいに!」

 

ステラは立ち上がったテゾーロを、くどくどと文句を並べて追いかける。テゾーロはホテル側に食事を用意してもらうと、自身は用事があると言って離席した。

 

「昨日の生放送見ましたよ。すごい素敵な曲でした」

「えへへ、ありがと」

 

ツェッドの褒め言葉にステラは頬を染めた。褒められることは多々あるがそれでも嬉しいものは変わらない。

 

「こっちに来て、はじめて歌ったから緊張しちゃってたの! うまく歌えて良かったわ」

「そうなんですか?」

「ふふ、そうなんです! いままでは撮影とインタビューの繰り返し。歌のレッスンはサボリ気味ね!」

 

歯を出して笑う彼女は、まさに天真爛漫といった具合か。

レオナルドは彼女を尻目にステラのタイムテーブルを見返した。

彼女がヘルサレムズ・ロッドに着いてすでに五日目。その更に一週間の日程が埋まっているというのは、さすがにハートスケジュールすぎはしないかと思わなくもない。

十六歳の歌姫──妹と同い年の少女にとって、それは厳しすぎる制約なのではないか。

 

『彼女は機材のないところで歌うことが、なにより好きなんだ』

 

この言葉を発した彼の表情から察するに、テゾーロ自身もこの状況を良しとしているわけではないだろう。

それでも、いまツェッドと向かい合って笑う彼女は、この場にいる誰よりも幸せそうだった。

 

「ねぇ、こっちが本番なんでしょう? 警備はどうする? さすがに三人じゃ回せないわ」

 

レオナルドがステラの笑顔を眺めていると、チェインからスケジュール表と別に括られた資料を渡された。レオナルドも一度目を通したが、それはいまから二週間先の資料にあたる。

ヘルサレムズ・ロッド、ソロコンサートライブ。

メトロポリタン歌劇場を模して建てられた、四千人が収容可能のヘルサレムズ・ロッド劇場で行われる、彼女が一か月もこちらにいる最終目標。

ただし準備はすでに彼女の母国でそのほとんどを終わらせてきたらしい。ゲネプロと呼ばれる、コンサート当日の流れを本番同様に行う作業もこなし、あとはコンサート前日での軽い打ち合わせと機材の搬入、当日のライブ本番だけだという。これはスタッフの生命に係わることなのでリクス軽減のための措置だ。

そのゲネプロから本番をひと月近く開けてしまうことは周りのスタッフも難色を示したが、当のステラがヘルサレムズ・ロッドの空気を長く感じたいという強い主張を述べたことと、テゾーロが「一流なら問題はないだろう。彼女のように、本物の、一流ならな」と挑発したことを取っ掛かりに、周囲の合意を得ることができたと、ステラがテゾーロのモノマネをしながら語ってくれた。

 

だが、それは裏方の事情が解決したに過ぎず、ステラが不特定多数の悪意に晒されることは間違いない。客もそうだし、スタッフも信用しきれない。昨日はまともな精神のまともな身体の人類や異界人が、次の日には【べつのなにか】になっていてもおかしくない、それがこのヘルサレムズ・ロッドなのだ。

 

ライブは休憩を挟んで出入り自由の六時間。『神々の義眼』を発動し続けるには厳しい時間と広さである。【全て】を見通そうと思えばせいぜい五分が限界だ。

 

「せめて、時間か出入り、どちらかに制限がほしいですよね。既存のシステムでなにを使うかテゾーロさんに聞いてみて、スティーブンさんに相談しましょう」

「ん。了解」

「あ! 仕事の話を続けてるわね! ダメよ!」

 

 ステラに咎められたため二人は資料を手放して、ツェッドとともに雑談に加わった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

目まぐるしい日々とは、このことだったのだろう。

初日、二日目と遠慮していたホテルへの滞在は、三日目になると天の助けのようにレオナルドには思えた。平気で二十四時間戦闘を行えるあのツェッドですら、バスルームで休憩するとき中年のヒューマーのようなうめき声を上げていたのだ。

やはり、このスケジュールを十六歳の少女が行っているとは中々信じがたいものがある。

 

『F地点の怪しい人影、荷物、排除完了。次の現場に行くわ』

「はいー。目標ー、五分後ー、F地点ー、到着しまーす。ぼくもー、移動しまーす」

 

眼球からプスプスと煙を上げているレオナルドが、無線越しのチェインに応える。そのままツェッドに引き継いでチェインの後を追いかけはじめた。

 

『今日で三日目だ。そろそろ慣れたかなァ?』

 

楽しそうな、ハスキーな声が無線から零れてきた。レオナルドが愛想良く返そうとしたが、その前に無慈悲な指示が届く。

 

『お姫さまがゴキゲンでね。さきに食事を済ませる。F地点はキャンセルで、十四時にG地点へ向かう。繰り返す、FキャンセルでGに直行だ。四十分休憩してていいぞ』

 

(真逆じゃねーかあああああああああ!!)

 

四十分も休憩できるわけもなくレオナルドはバイクを走らせた。途中バイクの後部スペースにチェインが無理やり乗ってきた。彼女の表情もしっかり疲労が浮かんでいる。

終始無言でG地点と呼ばれるテレビ局に先行して飲み物を飲んでいると、心なしか色素の薄くなったツェッドが現われた。

レオナルドが飲み物を差し出すと無言で受け取って飲み干す。

 

それからきっかり三分後にステラとテゾーロがゆっくり歩いてきた。彼女は楽しそうに手を振って駆け寄ってきた。

 

「ねぇ、なんか疲れてる? 大丈夫?」

「大丈夫だ。なにせ彼らはプロだからな。なァ、レオナルドくん」

 

背中を叩かれ、口から溢れ出す魂を見送るレオナルドは、渇いた笑いを浮かべた。

およそ五十分の短い収録を終えステラがテレビ局から出るまでに、三人は三箇所の地点を調べ終えていた。

この頃になってようやくレオナルドは、スティーブンの『正直護衛なんて回されても面倒臭いから──』という言葉を思い出している自分がいたことに気がついた。

 

追記すると、そのあと回った三箇所にステラが訪れる機会はなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「アルコール……アルコール……」

 

まるでキッチンドリンカーの様相のチェインと、たまに咽ながら水道水で全身浴を続けるツェッドと、冷えピッ太を顔の前面に貼りたくったレオナルドとが、ホテルの一室に集まっていた。一人一部屋を与えられたものの、鍵を開けることすら億劫になった三人は、なぜかレオナルドの部屋に集まることが多くなっていた。

全員、お高い洋服のことなど忘れているズボラな格好である。

 

やはり、無言。チェインはアルコールを探しているのだろうブツブツと独り言を繰り返していたが、それに応える人物はいなかった。

 

代わりにドアが四度ノックされた。

レオナルドは冷えピッ太の隙間から時計を見るとすでに零時を回っている。無視しようかと思っていると、今度は二回ノックされた。明らかに急かされている。

立ち上がったレオナルドがドアを開けると、白い影が部屋の中に滑り込んできた。

 

「ステラさん!?」

「えへへ、きちゃった。二人ともワイルドね!」

 

ワインのビンを両手に持って笑う彼女は、チェインにはさぞ魅力的に映ったことだろう。白いカットソー姿のステラを抱きしめるチェインの手の中には、ワイングラスが握られていていろいろ台無しだった。

 

「ダメですよこんなところに!」

「え? なんで?」

 

彼女からすれば自身を守ってくれる人たちの溜まり場だ。もしかすればこの街で一番安全かもしれない。

テゾーロから許可をもらったわけではないが、同じホテル内にいるし、【お守り】もちゃんと身に着けている。テゾーロは黙認してくれるだろう。

 

彼は──私を拘束しないから。

 

「それよりも、お仕事お疲れさま! みんなお酒は? 私は飲めるわ!」

 

実家の夕食には欠かせずワインが常備されていたし、赤いワインは神の血だ。言い訳染みた言葉遊びだって、千年続けば立派な伝統である。

とは言っても、近年イタリアですら飲酒は十八歳と定められているので、これはヘルサレムズ・ロッドの法律に従った行動である。

 

「飲酒の法律なんてないじゃないですか」

「あはは、知らなかったわ!」

 

コルクを慣れた手つきで開けながら匂いを嗅ぐステラは、チェインとうっとり笑いあう。チェインはすでにビンの半分を空けていた。どうやら一級品らしい。

レオナルドが「スティーブンさんに怒られますよ」とつぶやくと、顔をしわくちゃにして眼を瞑った。現実逃避だ。

 

「スティーブン? その人もお魚?」

「違うわ、ツェッドは私たちの中でもすごい特殊なの」

「彼はどこ? すごく会いたいわ!」

 

レオナルドが色素の薄まったツェッドを連れてきてソファーに座らせると、バスローブを着込んだツェッドの隣をステラが陣取る。

 

「すっかりお気に入りね」

「だってすごく綺麗だもの! ねぇ、無理しないでね?」

 

ツェッドの疲れはこういった彼女の素直さにも要因があった。人類でも、異界人でもない彼にとって、容姿とは一つのコンプレックスであり、他者との明確な境界線である。

その壁が、ステラには薄くなる。平気で乗り越えてくる。

自身の身長の二倍はあるテゾーロを平気で受け入れていることから、ステラは【まだ】外面に対しての抵抗力がないようだ。それが子どもだからか、それとも意図してそう育ったのかはツェッドにはわからない。

子どもだと割り切ってつれない態度をとってもいいのだが、それにしては彼女の言動には相手を思いやる心があった。だからこそ無碍にできない。

 

「ねぇあなたたち、だいぶ疲れているけど大丈夫なの?」

「ステラさんこそ、僕らの二倍アクティブなんですけど」

「ごめんなさい、でも行きたいところがいっぱいあるのよ。まだ病院を一箇所も回っていないわ。それに異界人ともそれほど会話を交わしていないの。テゾーロが過保護だから!」

 

護衛の三人は、小奇麗な姿の自分たちをカモろうと襲ってくる異界人たちを排除しているとは言えなかった。

かといって、ライブラはヘルサレムズ・ロッドからすれば外部組織であり、構成員はそのほとんどがヒューマーである。彼女に会わせても問題ない異界人は──

 

『レーオーくーん!!』

 

キノコのようなシルエットが脳裏によぎったが、頭を振って掻き消した。合わせても利点がないし、【彼】はとびきり失礼なヤツだ。今度ハンバーガーを買っていってやろう。

 

「では今度僕の知り合いに会いに行きませんか。忌避される見た目の病気に感染していますが、娘さんがあなたのファンでした」

 

ツェッドの知り合いとは、概念型感染症のジェリーフィッシュインフェクションという病気に侵された中年の男性である。彼の腹部にはまるで巨大なクラゲのような良性の腫瘍があり、その治療法も見つかっていない。

人間なのに人類扱いされないその男性は、人外なのに異界人ではないツェッドにとって、自身の境界線を共有できる存在だと認識していた。

 

「それは責任重大ね! 娘さんが幸せになればお父さんも幸せを感じるわ。どんな歌が好きか聞いといてね! 偏見が強い病気ならカメラを回してもいいかも。撮影と顔を写しても平気か確認お願い! 曲を作りましょう! 娘さんも歌ってもらえるかしら」

 

矢継ぎ早にステラは指示を出した。テゾーロに似ていると思ったレオナルドだったが、そこでふと気がついた。

自分たちはその症状が新たに感染しないと知っているが、ステラは、彼女にとって未知の感染症に対しておくびにも出さず、会うことを決めていた。いまこの場所だけ「会いたい」と言うような軽薄な人間には思えなかったし、ズボンから取り出した可愛らしいスケジュール帳に書き込む少女に嘘は見えなかった。

 

「ところでどうしたんですか? こんな夜更けに」

「明日はお昼からでしょ? だから夜更かししようと思って!」

「怒られますよー」

「たぶんね!」

 

歯を出して笑う彼女に、それ以上なにも言えなかった。

ライブラの、どこまで話していいのかを考えるレオナルドであったが、ステラが議題に持ち出したのはテゾーロの話題だった。

 

「ねぇ、異界にはヒューマーそっくりの三メートルを超える人はいるのかしら」

 

ツェッドに聞いたステラだったが、そもそも彼は異界出身ではない。そのことをステラが知らないことと同様に、この三人も知らなかったことがある。

 

「テゾーロさんが、異界から来たんですか?」

 

ステラは寂しそうに、ワイングラスを傾けながら笑う。

 

「わからないわ。彼は異世界人なんだって。三年前、初めてあったとき、こっちの文字も常識もなくて、ボロボロで大怪我をしていたわ。そして三年経ったいまでも、たまに遠くを見ているのよ」

 

三年前──このヘルサレムズ・ロッドにとって非常に縁のある数字だ。それがどういったものか、もはや語るまでもない。

 

チェインの睨みつけるような強い視線に、レオナルドは首を振った。

テゾーロは《血界の眷属》ではない。もしそうであるなら初対面時、ステラを探すために《神々の義眼》を発動させたとき気付いている。

 

「彼はきっと忘れ物をしているの。そして、それをいつか取りに行かないといけないの。行って欲しくないけど、それはきっとしかたのないことなのよ」

「テゾーロさんはなんて?」

「彼は優しいもの。ずっとそばにいてくれると言ったわ。私が結婚してもって。ずるいわよね! そんなこと言われたらお礼以外の言葉が出てこないわ」

 

だからせめて──

 

「彼がいなくなるときにね、少しでも彼の魂が救われますようにって、私は歌うのよ」

 

それは、誰にも言ったことがないステラの気持ち。

歌はステラにとってエンターテイメントだった。ホームパーティーで伴奏しながら歌えば誰も彼もが笑顔になる。

みんな「すごい」「上手だ」と褒めてくれる。みんなが幸せな笑みを浮かべれば、頭を撫でられたステラが【幸せ】だった。

 

誰かのために、誰かを救うために歌おうと思ったのは、三年前の誕生日。

 

「テゾーロはわらしに、おくりものをくれあの」

「ん?」

「あかあわらしはうあうの」

「え、ちょ、ステラさん?」

「あにー」

「あ! これダメなやつ! 水! ツェッドさん水!! テゾーロさーん!!」

 

それから一分も経たないうちにステラは茹蛸のように真っ赤に染まり、ペントハウスへ強制送還と相成った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

テゾーロたちがヘルサレムズ・ロッドは入って、二度目の安息日となった。ここでいう安息日とは世間一般の日曜日に当たるもので、無論休みなどない。

 

「ひどいわ、ひどいわテゾーロ!」

「教会には寄れただろう」

「不信心者! いい加減覚えてよ!」

「それより見ろステラ! 新しく動画を上げたぞ」

「本当? わぁ素敵! ありがと!」

 

じゃれ合う二人を見ながら、レオナルドとK・Kはほのぼのと癒されていた。

 

「かっわいいわねー。欲しいわー、あの子うちに欲しいわー」

「ってかこんなところ居ていいんですか。視察は」

「あら、すっかりリーダーね。大丈夫よ、攻撃ドローン飛ばしてるわ」

「いつの間に」

 

「高い買い物だったから」と遠い目をするK・Kの瞳は、サングラスに遮られてよく見えない。

 

ライブラが『神の歌声』ステラの護衛を引き受けて早一週間が過ぎ、護衛のメンバーはレオナルド以外何人か入れ替えながらこなしていた。情報の保守性から統一したほうが安全ではあるのだが。

ツェッドは数日に一度、生命維持に関わるため【専用のベッド】で眠らなければならない。チェインはたまに酒を呑まねば集中力が切れるというアルコール中毒判定待ったなしの症状を理由にしばしば休みだった。

K・Kをはじめ、多くのメンバーが護衛の入れ替わりをレオナルドに進言していたことも大きな理由になる。日陰者の彼らからすればステラが大輪の花に見えてもおかしくはないし、ミーハーも多かった。というかほとんどの者がサインをねだっていた。

 

「ダンナダンナァ! どうッスか、このカノジョたちぃー! つきましては仲介料をちょちょーっと」

 

カネに目がくらんだメンバーもいなくはない。

ステラもテゾーロもそれらを面白がって、護衛面のほとんどのことをレオナルドに一任していた。彼が自身で行ったことは、メディチ家のボディーガードの装備の強化と、ステラ自身の警護だろう。最近では、朝の開口一番にレオナルドの指示を仰ぐほどの関係性になっていた。

 

だから、か。

それでも、か。

 

事故は起きるし、悪意は消えない。

【その日】を振り返るステラなら、こう言うだろう。

 

「あの日はね、ちょっと運が悪かったのよ」

 

悪戯のバレた子どものように、誤魔化すように、笑いながら──。

 

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