【完結】血界戦線ー黄金の薬指ー   作:南畑うり

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第六話「黄金の再建」

 

テゾーロにとってステラという単語は多彩な意味をもつ。

人生という本があってその本にもし色がつけられるのなら。

ステラってページだけは、きっと虹ように、綺麗な絵本のように彩られるのだろう。

 

だが、そのすべてのページに共通することが一つだけある。

 

俺はいつだって、谷底の汚濁の中から、そのステラを見上げているんだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ふ、ふ、は、は、あ、ははは、ははは、ははははは」

 

その経緯を聞かされたとき、テゾーロはまず笑った。

堪えきれない。

これは使い古された悲劇だ。

 

テゾーロというピエロが涙を流すたびに、客に笑われる。

ならば、笑ってやろう。泣くまえに、喚くまえに、誰よりも先にこれを喜劇にしてやろう。

それがショーなら、きっとオレは一流だった。

 

「いいジョークだ」

 

笑うという行為が、牙を剥く攻撃的なものだとするならば、テゾーロは見事にそれを再現していただろう。紳士的な仮面を脱ぎ捨て笑顔を貼り付けた彼の表情に、他愛など一切含まれていなかった。

 

天上を見つめていたテゾーロが視線を戻す。

笑みは消え失せ、その無表情な目で部屋を一度見渡した。

まず目に入ったのは病院の水槽で漂うツェッド。

腹部からは血が滲み出て水質を汚して、右手と右足とにギブスが巻かれている。意識はないようで水槽の天井からロープで吊り下げられていた。

水槽の前にはスティーブン。テゾーロとは護衛の入れ替えで一日だけ顔を合わせたことがある。テゾーロからツェッドを庇うように立ちふさがる彼の瞳には、どこか後悔が滲んでいるようにも見える。

明確に後悔と自責とにさいなまれているレオナルドは、目の周りを真っ赤にしてテゾーロを見上げていた。事情の一切を、意識のないツェッドに代わってテゾーロに説明してくれたのは彼だった。

 

説明が終わると、レオナルドは歯を食いしばってテゾーロを見上げたのだ。

殴られると思っているのだろう。

いや、まさかな。

テゾーロは底冷えする瞳をレオナルドに向けた。

 

まさか、殴られる程度で済むと思っているのだろうか。

だが、まだ良い。お前の眼には価値がある。

 

「ミスターテゾーロ。このような時ではありますが、私はクラウス・Ⅴ・ラインヘルツ。結社ライブラ統括責任者です。この度の責任はすべて私にあります」

 

テゾーロは、スティーブンの横で起立する大男に眼を向けた。大男といってもテゾーロからすれば誤差の範囲になるが、それでもその存在感は活目に値する。

身なりはテゾーロから見ても一流に分類される。着の身着のまま王室パーティーに送り込んでも難なく挨拶をこなせそうであり、その身振りは節々から気品を感じさせるものがある。

 

「責任……。責任か……」

 

その言葉。

テゾーロは口の中で転がした。

終ぞ自分が背負いきれなかったもの。

彼女に背負わせてしまったもの。

オレの罪を彼女は許さないと言った。殺した人間がいない以上、贖罪は人を救うことでしか果たされない。

なら、なんだ?

もしかしてコイツラは、

ステラが、シヌト デモ オモッテ──

 

「テゾーロさん!!」

 

気付けばレオナルドがテゾーロの左腕に縋り付いていた。テゾーロの左手はクラウスの首を握っていた。力が抜けていく。

 

「──……」

「……──」

 

クラウスとテゾーロとの視線が交差する。

その真っ直ぐ見つめてくるクラウスの瞳を、テゾーロは眼を瞑ることで避けた。強い意志というものが、信念というものが、彷彿とさせるのだ。

 

モンキー・D・ルフィ。

あるいは、こうだ。

【ステラ】──。

 

「ミスターテゾーロ。先ほどの説明にあった不足点を、私から説明してもよろしいか」

 

手が離れ間髪入れずクラウスはテゾーロに提案し、テゾーロは受け入れるためベッドに腰掛けた。

 

「まずこの件の犯人は《血界の眷属》。人類の敵であり、そして我々がひと月かけて追い掛け回していた連中でもあります」

 

二週間ほど前、クラウスたちが訪れた地下付き倉庫の持ち主からそれが割れている。正確には持ち主だったと思われる食人鬼からであるが。

あの地下で見つけた男女混合の臓器は、六体の《血界の眷属》が抜き取っていたものだった。なぜ超越たる存在の《血界の眷属》がそのような手間のかかる行動をするのか。疑問はツェッドが途切れ途切れに語った状況で、根拠にはならなくとも背景が見えてきた。

 

六体の《血界の眷属》は運び屋のような真似をしており、それを上位存在に届ける役割りがあった。そのとき、あるいは誰かから知識として人の皮を身に着けて、鏡に映らないという特性の一つを消していた。

地下のある倉庫の護衛のような普通のチンピラもいて、組織だった動きが窺える。

チンピラを雇うための金銭を内臓から得て。

食事のために血を飲み干して。

人に紛れるために皮を剥いでいる。

細かな要因はわからないが、大筋はこのようなものだろう。

 

「ゲッコーモリアみたいな吸血鬼がいるのがわかった」

「ゲッコウモリア?」

 

幾分か冷静になったテゾーロが他愛のない冗談で話の腰を折ったものの、聞き返されれば是非もない。手を振って続きを促した。

 

「我々が追い詰めても追いきれない理由はこれで判明した。奴等は人間に紛れる術を熟知している」

「そして《牙狩り》って組織のお前らが、そのブラッド・ブリードってやつらの相手をしている。……で? それとステラのなにが関係している。彼女はどこに連れて行かれた。なぜ連れて行かれたと聞いて答えられるのか?」

 

その問いに答えられる人物はいない。

白昼堂々の誘拐にはリスクがある。実際この襲撃で《血界の眷属》の種が割れた。手品はもう通用しなくなり、そしてその場にいたツェッドを殺さなかった理由もわからない。

 

ツェッドの話では、負傷した彼を庇ってステラが投降したというが、それは【ありえない】だろうとスティーブンは考えていた。

自傷しようと喉に刃を当てたと言っても、ステラはただの少女だ。やる気になればこの場にいる全員が全員、止めることなど造作もない。そのうえで倒れているツェッドに止めを刺すこともレオナルド以外可能だろう。

 

「なァ、答えてくれないかライブラとやら。彼女はいまも無事なのか」

「それは──」

「レオナルド、キミはその眼で彼女を追えるはずだ。……なぜェ、追わない?」

 

一度、また一度と、部屋の温度が低下する錯覚に、あるいは熱した鉄を抱きしめているような感覚に陥った。

冷静などとんでもない。ステラという燃料を与えるだけで真っ赤に歪み変貌していく。

 

「ステラは十六歳だ。少女だ。いまなにをされていると思う? なァ、レオナルド。なぜ持ち場を離れた? チェインはどこにいる? 誘拐犯からの連絡がないな。目的は彼女の身体か? そいつらはっ、ステラの皮を!! 被ろうとしているのか!? どうなんだ!! ァア!?」

 

座ったままのテゾーロがレオナルドの首元を掴んで持ち上げた。それだけでレオナルドの頭は天井にぶつかってしまう。その衝撃があってもなお、レオナルドはテゾーロから視線を逸らさない。

 

「ステラさんは、必ず奪還します。僕の命に賭けても」

「命、イノチ? ははっ、イノチだと?」

 

テゾーロが手を離すと、レオナルドは着地が上手くいかず、しりもちをつきながら転がった。それを、テゾーロは見下ろした。

 

「あまり、安い物を賭けてくれるな」

 

冷え切ったその瞳には、ゴミを見るような侮蔑が含まれていた。

テゾーロから、この半月の楽しい思い出が、消えていく。

もはやただの他人だ。だから無責任な言葉が簡単に出てくる。それを止める術をテゾーロは知らなかった。

 

「彼女の《神の歌声》が、お前如きの命と同等だとでも思っているのか!! 彼女が一曲歌うだけでどれほどのカネが動くか知らんだろう! 彼女が街から街へ移動するだけで経済効果が何百万、何億という単位で変動する! あの子の歌は【人を幸せにするんだ】!」

 

まるで、神を崇める狂信者のようにテゾーロは天を仰いだ。

 

「彼女の歌で、絶望が! 希望に変わるその瞬間!! 最高のエンターテイメンツが生まれるんだ──」

 

──ペチン、と。

 

テゾーロの左頬に撫でるような平手が当てられた。

視線が下へと流れる。

 

「レオ……ナルド……」

 

閉じた唇の下で震えるように歯を食いしばっている、レオナルド・ウォッチ。テゾーロはこのとき初めて彼と視線を交差させていた。

青い、義眼。

 

「なんの、なん、のっ、なんのつもりだあああああ!!!」

 

払うように振るわれた手は、レオナルドを軽々と吹き飛ばし壁へと叩きつけた。追撃しようと立ち上がったテゾーロの前にクラウスが立ちふさがる。

 

荒い息遣いで睨み下ろすテゾーロの迫力にも、微動だにしないクラウスと向き合うこと数瞬ではあったが、レオナルドの震える声によって意識が変わった。

 

「ステラ、さんは」

 

スティーブンに支えられ立ち上がったレオナルドは、両膝を小刻みに震わせながら、鼻と口から溢れる血を拭いながら続けた。

 

「あの子は、そんなことのために歌ってるんじゃないっ!」

「お前になにがわかる!!」

「わかりませんよ!! でも! 【じゃあ】!! お前が聞けよ!!」

 

テゾーロを「お前」と呼び、躊躇なく拳を振り上げる。まったく──これだから。

 

「……レオナルド。キミ、何歳だったかな」

 

唐突な、それでいて全く的を射ていない質問に鼻白む。テゾーロは今年で四十三歳、あるいは四十四歳。まさかこの期に及んで「年上なんだぞ」とでも言い出すのだろうか。

 

「十九、です」

 

それを聞いてテゾーロはつまらなそう手近なベッドへ腰かけた。

しかしレオナルドを見る瞳にさきほどの侮蔑の色はない。むしろ、初めて出会ったあのラウンジで感じた、見定めるような、試すような瞳だった。

 

「まるで忌み数だな」

 

レオナルド・ウォッチ。

モンキー・D・ルフィ。

そして、ギルド・テゾーロ。

 

グラン・テゾーロを仲間のために崩壊させた麦わらのルフィ。倍ほどの身長さも膂力の差も忘れ、誰かのために力を振るえるレオナルド。

そして【お前】は──ずっと、ずっと弱いままだ。

 

「もし、万が一、ステラを救えなかったときは、わかっているんだな小僧」

「絶対──絶対助け出します」

 

薄っぺらい言葉だと一蹴してもいい、軽い単語の繰り返しだ。

なのに覚悟が、決意が、決断が。

青い瞳に灯っている。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「まったく、依頼人を殴るなんて……減俸ものだな」

 

スティーブンに連れられて病室を出ると、さっそく小言を言われてしまった。

支えられなければ立つこともできないほど、足に力が入らない。

 

「すみませむぐっ」

 

レオナルドの口が手の平で塞がれる。

彼の謝罪を遮ったスティーブンは、口をへの字に曲げて視線を合わせないように言った。

 

「すまなかった。キミの仕事に泥を塗ったのは僕だ」

 

レオナルドを支えて歩く彼の額には、後悔から深いしわが刻まれている。あのとき、電話でレオナルドへの協力要請を持ちかけたのはスティーブンだった。電話越しのスティーブンの側にはクラウスもいたので、もしテゾーロの前で謝罪した場合、全ての責は自分にあるとクラウスは断言するだろう。

だが、そうやって全責任を取ろうとする友人の姿は見たくなかったので、あの場での発言は控えていた。のちにテゾーロへ個別で謝罪する必要もあるように感じるが、すべてはステラを助け出したあとのことになる。

 

「もし、ステラが《転化》していた場合、テゾーロ氏には僕の首を差し出すとしようか」

「…………」

 

一番高い可能性は《転化》だ。

《血界の眷属》が己の仲間を増やすため、吸血鬼の伝承のように、B級のゾンビ映画のように仲間を増やす行為。その多くは知性もまともにもたない食人鬼へと堕ちるが、場を整えさえすれば《転化》させることができるらしい。

ステラの血が目的ならば、誘拐なんて手間のかかる手段は取らずその場で搾取してしまえばいい。

《転化》に次いで臓器目的が危ぶまれるが、ならば気絶させて誘拐しても問題ないはずだ。

 

「冗談でもそんなこと言わないでください。ステラさんは、絶対助けます」

「…………」

 

顔を上げる力も失いかけている少年に、スティーブンは瞠目するはめになった。

 

「男子三日会わざれば──か」

「いで、いでで!!」

「依頼人に手を上げた罰だ」

 

スティーブンに頭を扱くように撫でられたレオナルドは、軋む頭蓋骨に悲鳴を上げることになった。

だが──とスティーブンはレオナルドの頭を抱きしめるように支えながら、どこまでも無表情で、でも、どこか暖かくささやく。

 

「良くやった。絶対助け出すぞ」

「──っ、はい!!」

 

鼻の頭を赤くしたレオナルドは、精一杯の返事をした。

 

二人は連れ添って近くの高層ビルの屋上に辿り着いた。すでに死に体のレオナルドはゴーグルをつけて頭を抱えて呻いている。それでも視線だけは上げたままだった。

その姿を見て心配そうに声をかけるスティーブンであるが、彼の義眼から溢れる複雑な術式は消えることはない。

 

「おい、無理するなよレオ」

「わかってます」

 

そう、わかっている。《神々の義眼》にはもう一仕事残されている。

六体いる《血界の眷属》の真名の読み取り。それの有無は、ライブラの、強いてはクラウスに掛かる負荷があまりにも多くなる。といっても、今回の相手が果たして《長老級》であるかはわからないが。

 

「現場からは追えなかったのか」

「跳ばれました。あそこから視るには、上から見たほうが早いです」

「で、また眼から煙を上げているわけか。死ぬぞ少年」

「まだ大丈夫です。限界はわかってきていますから」

 

とは言ってもすでにレオナルドの義眼からは煙が上がり始めている。臨界点はすぐそこだがそれでも止めるつもりは一切ないらしい。

 

そして、瞬きも許されない数十秒──レオナルドは耐え抜いた。

 

「ぐっ、ううううう!!」

 

「《エスメラルダ式血凍道 絶対零度の小針(アバク デル セロ アブソルート)》」

 

「ありがとうございます死にそうです!!」

 

眼球がキンキンに冷えたことで煙は止まったが、今度は水蒸気で視界が悪くなった。

 

「で、視えたのかね」

「っはい! 電話を貸してください!」

 

レオナルドが敵の住処の目星をつけたことで、ライブラは本腰を入れてステラ救出へ踏み出すことになる。

反撃の、第一歩だ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

テゾーロが一人でホテルへ向かう最中、すぐ後ろに細身の男が着いてきていた。見覚えはあるし、名前も知っている。

 

「ザップくんが私のお守り役というところかね」

「魚ヤローの尻拭いだよ。男のお守りなんざ死んでも嫌ッス」

 

ステラの安否について方々に電話を掛けているテゾーロは、合間を縫ってザップに声をかけた。それに適当な返事をするザップはそれでも離れるつもりはないようだ。明らかな護衛だであり、お目付け役でもある。

 

ホテルにつくと、ペントハウスにはメディチ家の黒服五人が銃を向けて立っていた。その中の一人、リーダー格の男がテゾーロに話しかけた。問答無用というわけではないらしい。

 

「ご当主様からの命令です。逆らわないでいただきたい」

「それを、私が素直に聞くとでも?」

 

男が片手を挙げると全員が銃を下ろしてしまう。

 

「どうか、全員連れて行っていただきたい。彼女は我々にとってもステラなんだ」

 

テゾーロの喉から鳴るような笑い声が聞こえてきた。ザップは面倒臭そうにペントハウスのカウンターバーに腰をかける。

 

「ンでも、どうするんですかシャチョー」

「決まっているさ。キミたちのリーダーの話じゃ、この街のチンピラを金で雇っていたんだろう? それは、私の独壇場でね」

 

奥の部屋から一つのジュラルミンケースを持って現われたテゾーロ。ガラスのテーブルにそれを置くとあまりの重さにテーブルに亀裂が生まれた。ケースが開けられ、【眩い光】にザップは眼を瞬かせた。

 

「なっ、そ、【それ】! マジで!?」

「仮にもステラの護衛筆頭でね。この程度の備えはしておくさ」

「犬と、お呼びくださいシャチョー!!」

 

見事な敬礼を決めたザップを無視して、テゾーロは窓際の床に転がる紙くずを拾い上げる。三週間程度の短い間だが、それでもこの街の思い出はこの部屋がすべての基盤になっている気がする。ホコリ一つでも気になってしまうし、紙くずすらどこか愛しい。

 

「……くそ」

 

紙を広げたテゾーロは、舌を鳴らすような小さな音で悪態をついた。

 

その紙には、女性的な丸い文字で今日の予定が書かれていた。

ホテルを出る時間、昼向かう観光地、病院三箇所を巡る最短ルート、ディナーを予約した店の名前、最後の行には──。

 

病院で押さえ込んだはずの怒りや殺気があふれ出す。

それが今度はすべて自分に向けられるのだから、これはやはり喜劇なのだな、と、そう思った。

 

 

『テゾーロのために歌う 一曲だけ! 全部込めて!』

 

 

くしゃくしゃの紙を一度だけ強く握り締め、徐々に緊張を弛緩させていく。

荒れた呼吸は、無駄な怒気は、いつだってポーカーフェイスの邪魔にしかならない。

 

「ザップくん、質問がある」

 

アタッシュケースの【中身】を自分の懐に納めていたザップだが、我に返ると【それ】をケースに戻しながらしかめっ面で答える。

 

「犯人の【ヤサ】はしらねぇッスよ。レオにしても、情報はこっちに送らねぇでしょ、どう考えても」

「甘いな、私は私で独自に調べる」

 

テゾーロはソファーに腰かけザップも隣に座らせた。その際に彼のサイドポケットから【それ】を抜き取る。「あっ」とばつの悪い声がザップから漏れた。

 

抜き取った【金色に輝く延べ棒】を使って、ザップの顎を引き上げる。

 

「部下の話だがね、私がこの金を使って顔を殴られたときが、いままで生きてきて一番気持ち良い瞬間だったらしいぞ」

「大変な部下をお持ちで……」

「ははっ、まぁ見ていたまえ。いまから実演してやろう。なァに、ちょっとしたバイトのつもりで、教えてほしいことに答えてくれればいいんだよ」

 

テゾーロが聞きたいことはただ一つだ。

 

「良心の呵責一つなく奪いつくせる悪党の居場所を、全部教えてくれよ」

 

時間はない。だが、カネならある。金ならある。

 

「コイツで殴られたヤツの顔を拝ませてやる」

 

テゾーロは楽しそうに笑う。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「《黄金棒(ゴオン・バー)》!」

「ぎゃああああああああああ!!!」

 

金の延べ棒を握り締めた拳がマフィアの親玉の顔面を撫でる。吹っ飛ばされた異界人は壁に埋まってしまい、それが普通の膂力や殴り方でないことは一目瞭然であった。

 

「殴るってそーゆーこと!?」

 

ザップはあまりの理不尽さに大声を上げた。テゾーロはいましがた、黄金を握りしめた拳で殴ったのだ。世界一高級な殴打だろう。

なお、殴られた異界人の顔は壁を突き破ってビルから顔を出しているので、通行人なら仰ぎ見ることも叶うだろう。

 

「さて諸君、キミたちのお友達で、最近誘拐がカネになると言っていたやつらはいないかね?」

 

黒服たちに銃口を向けられ、実質的な自由を奪われたマフィアの男たち。異界人も多数いるが、レオナルドが紹介した武器屋の武器は優秀らしい。戦いの「た」の字もありはしなかった。

 

「あぁ、ちなみに時間がない。知らないのならキミたちの【船長】みたいになってしまうよなァ。私としてはとても残念だが、それでも気持ちいいらしいぜ?」

 

テゾーロが金の延べ棒を手の中で遊ばせながら近づくだけで、構成員たちは怯えながら思い当たることを喚きだす。そのほとんどは有益なものではなかったが、それでもいくつか、クラウスの話に類似する儲け話を耳にすることができた。

 

「次だ」

 

絶叫が鳴り響く。

 

田舎マフィアの次は、彼らから指名を受けた非合法組織が壊滅。割と近所だったのがより彼らの立場を悪化させた。噂話の域はでないが、それでも外堀が埋まっていく話がいくつか聞けた。

そこでザップは気付く。

この巨人は本気で、こんなやり方で辿り着こうとしていること。

そして、もしかすれば本当に辿り着いてしまうこと。

テゾーロとザップとが合流してから、一時間程度しか経過していないのだ。

 

「どうしたのかね、ザップくん。私を見張るのでは?」

 

瞬間的に廃屋になった酒場。

ザップが左手に銀色のライターを握り締めていることに気付いたテゾーロは、からかうように笑いかけた。

 

「悪いがよ、シャチョーのような【素人】をこれからの戦いに連れて行くわけにゃいかねーんだわ」

「ほほォ……。素人、とは、面白いセンスだ」

 

実際それは、ザップのみならず、ツェッド、スティーブン、K・K、チェインといった荒事特化のメンバーの総意であった。

 

テゾーロは強い。そこに疑問の余地はない。

 

だがその強さとは、裏路地喧嘩が強い、ボクシングが強い、スポーツが強い、といった、一線引かれた強さのこと。プロから見たテゾーロの動きは、決してすべてアリのルールを意識しているとは思えなかった。

だから、素人。

これからの伸び代では《血界の眷属》を滅殺するに至るかもしれない。だが、決して【いま】ではない。

 

「《斗流血法 刃身ノ壱 焔丸》」

「キミもヒキツボシ流かね。悪いが、ツェッドくんも何度か見せてくれていてね。正直ちょっと飽きているんだ」

 

ザップの左手にはライターの代わりに、片刃の形状の赤い剣が握られている。無骨さを前面に押し出したその形は、ツェッドの洗練された槍とはまったく別物の力強さを感じた。

 

「足の一本くらいは覚悟してくれよ……」

「足の一本でステラが救えるのなら。なんならセットで贈ってやろう」

 

テゾーロは動かない。距離で言えばザップなら二歩も入らない必殺の領域だ。動けないと言ったほうが正確なのかもしれない。

 

「どうした? かかってこないのかね?」

「…………」

 

ザップとしては、勢いで喧嘩を売ってしまったが失態だとわかっていた。《血界の眷属》に辿り着くとしても、すでに終わっている可能性もある。いまにも「ステラさん助けだしました」と陰毛ヤローが野暮な電話を掛けてくるかもしれない。

ならば気が済むまで探させて、ギリギリのところで手を打てばよかったじゃないかと舌打ちしたい気分だ。

そんな逡巡を見咎めていたテゾーロは、薄い唇を半月に歪め笑いながら言った。

 

「私を、弱い、と、思うのかね?」

「──……」

 

弱い、わけではない。だが強者にはなりえない。

辛いトレーニングを遂げてきたスポーツマンと、《牙狩り》には隔絶した差が存在する。生半可な技術では埋められるものではない。

そう、【技術】などでは埋められない。

 

「お遊びは無しだ。一瞬で上下を決めようじゃないか。いいかね、私たちには、時間がないんだよ!! 《ゴールド・スプラーッシュ》!!」

 

テゾーロが両手を掲げると、その手のあった金塊が爆ぜた。

細かな金粉が視界を奪うほど散らばって、ザップは慌てて距離をとった。

 

「ほォ、同じ剣士でも戦い方は違うのだな。とある三刀流は臆せず突っ込んできたが、まぁそれはそれで頭の悪い戦い方だ。一方キミは──」

「なにっ! しやがった!!」

「だいたい正解だ。だが、正解なんぞじゃショーにならんぞ」

 

嘲るように眉を上げるテゾーロは、下半身を黄金で塗り固められたザップを見る。もがくように切っ先を向けるも、足は一ミリたりとも動かせない。

 

「言わなかったか。私は《ゴルゴルの実》の能力者。一度触れた黄金を自在に動かすことができる──っ!?」

 

熱気。

 

ザップが握ったライターだ。あまりにも小さな火種は、それでも【素人】たるテゾーロに危機感を抱かせるには十分な熱気だった。

 

「《七獄》」

 

蜘蛛の巣に火を点けたような、そんな錯覚が廃屋に広がる。ライターを火種にしたその炎は、部屋中に張り巡らされた【なにか】を伝って拡散されていく。とくにザップの足回りでは、まるで焚き木のような有様であった。

 

「アチ! アチアチアチ!!」

「……それは見たことなかったな……」

 

半ば火達磨のような格好で溶けた金を振り払うザップ。不思議なことに白い服に炎が燃え広がることはなく、ザップ自身、熱された金を浴びても火傷を負った様子はない。

 

「魚類は使えねーンだよ、このカッケェ技はよ」

「ふん、中々良かったぞ。突っ込んでくれば肺まで金色に染めてやったが、まぁいいだろう。どうする? 第二ラウンドと行くかね」

 

チラリと、自身の金の時計を覗き見る。ザップに絡まれてからはまだ五分と経っていないがステラがさらわれてからはすでに三時間経過して、日も沈んでしまっている。

──彼女が、生きている保障はない。

 

「やめとく。あんたが十分戦えるのはわかった。言っとくが俺ァヤローのお守りなんざしネェからな。テメェはテメェで守れよ」

「……上等だ。本気にならずに済むようだ」

「それは俺の台詞だっつーの!」

 

上下に睨み合う二人は思う。

このチンピラは下品すぎる、と。

 

そしてタイミング悪くザップの携帯端末が鳴る。先に視線を逸らせたテゾーロに小さな優越感を覚えながら、ザップは電話に出た。

 

「ダンナぁ? 終わったンスか」

『ミスターテゾーロが近くにいるなら代わってほしい』

 

クラウスに言われ、テゾーロに自分の端末を投げる。

 

『ミスターテゾーロ。レオくんが足取りを見つけ、我々の突入準備も完了した。貴方もステラ嬢を救い出すというのなら、是非お越しだきたい』

「わざわざザップくんを見張りに使ってか?……ステラになにかあったのか」

『違います。ただ、私の我侭です。スティーブンにはずいぶんと反対されましたが、それでも、貴方の覚悟を我々に託すか、自身で貫くか、それを選択するのは貴方だ』

 

答えは決まっている。

テゾーロは一言だけ告げた。

受話器越しに、クラウスが頷いた気配だけ伝わってきた。

 

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