「ずっと、キミみたいなのが欲しかったんだよね」
ステラの頬を氷のような指先がなぞる。その動作こそ繊細な、複雑な愛を感じさせるものの、鎖でインテリアのように吊るされたステラにとってはなんの救いにもならない。
廃墟を改装したその部屋はまるでどこかを【模した】ように配置付けされていた。中央に設置されたダイニングテーブルの上にはステラにとって直視に耐えない食事が乗せられていた。
そのうち自分もそこに乗るのかと思うと自然と喉が鳴る。こみ上げる吐き気も無視できない。もし吐き出すときは、目の前のカレにすべてぶち当てようと心に決めた。
「なぁ、さっさとナけよ」
泣け、か。鳴け、か。
ここに人間はいるのか、そう思う。
テーブルの上に腰掛ける一際大柄な男。痩躯ではあるが、ツェッドに対して好戦的だったことを、目視はできなかったものの笑い声で察していた。ツェッドが切断した右手が、元通りになっていることを鑑みても、ここに人間はいないのだろう、そう思う。
いるのは、家畜か、虫か。
「やっぱりあの《牙狩り》も連れてきたほうが良かったんじゃないか?」
「血は飲めない、拘束もできない、殺せばオルゴールが喚きだす。連れてきたって利点なんかないでしょ」
【オルゴール】と、そう呼ばれ、心臓が締め付けられるようだった。
カレらにとって自分がそういう存在であること。その目的で連れてこられたこと。
そして、そう評価された自分を守るために、ツェッドが傷付けられたこと。
それらすべてが、苦痛だった。
さらに彼女の状況を悪化させる要因が、絨毯に倒れる人類の存在だ。
どの人も若く美しい見た目をしているが、それがこの《血界の眷属》が皮を被る術と関係があるのかどうか、それはステラに知る由もない。だが──。
一人の人類がカレらの一人に首を持たれ、おぞましい膂力で持ち上げられる。
おもむろに汚れたワイングラスの飲み口を首元にあてると、鋭い爪でなぞるように皮膚を引き裂いた。
鮮血。
悲鳴を上げることも叶わず、ステラの衣装が真っ赤に染まる。ワイングラスは一瞬でいっぱいになった。
「いいだろぉ? オレたちゃ、人類の敵とも言われる存在でね。どんなことしても、咎めるやつなんかいやしない」
嚥下とともに崩れ落ちる男性はそれでもまだ生きているようで、魚のように音も無く口を開け閉めしながら、次第に眼から力を失わせた。
「もったいないわね。汚いし、絨毯買いなおしじゃない」
「演出だよ、演出。そのうちこのオルゴール漏らしちまうぜ」
その単語に、ステラは無意識的に反応した。
それがどういった行動だったのか、ステラには記憶がない。だが、自分の口角が上がっていたことを後に知る。
「なに笑ってんだテメェ」
笑っていた? 自分が? こんな状況で?
困惑しながらも、さきほどの発言が忘れられない。
堰を切るように笑い声が溢れたす。
「レジスタ、ふふ、あはは、あなたのレジーア! ははっ、こんなものが!」
「気でも触れたかしら……」
つまらなそうにする女性、と言っても、【中身】の性別が女性であるかなど定かではない。ここにいる《人類の敵》は全員そうだ。誰一人、役に入り込めていない。ただ衣装を着て満足しているド三流だ。
「あなたたちは間抜けなピエロなのね! こんな廃屋を飾り立てて、人類を支配したつもりかしら!」
それは挑発であり、侮蔑であり、明らかに見下した言葉。命が少しでも大事だというのなら、救助のことを考えるのなら、決して口にしてはいけない言葉だ。
案の定、カレがステラの前に立つ。
普段であればカレの身長が高いが、吊り下げられたいま彼女が見下す格好になっている。そのステラの笑みを崩そうと、弱く、しかし鋭い平手を振るった。
「痛みには弱いんだろ、人一倍」
「恐怖による支配のつもり? 残念ね、つまらない演出だわ」
赤く腫らした右頬と、垂れる鼻血に不快感はない。むしろ言ってやったという爽快感が強く、自身が高揚していることを悟った。
おそらくは絶命している、喉を潤す程度の感覚で殺された男性の気持ちは代弁できただろうか。いや、本当ならば「死にたくない」だ。それでも、その無念を晴らすことは自分にはできない。
だけれど、「男性のようになりたくない」と命乞いをする必要などない。
それが救いであるはずがない。
それがステラの哲学であり、人生であり、そして宗教だった。
「わかっただろ、歌なんざなんにもならねぇ。さっさと皮剥いで売ろうぜ。ソイツの【喉】は高値で売れる」
また一人、今度は女性が持ち上げられた。
なにをされるのかわかっているのだから、止めない理由がない。ステラの制止の声に、男は苛立たしさを隠さず牙を剥く。
「私の血から飲みなさい!!」
「喉を切り取った後ならな」
男の爪先は止まらない。ワイングラスを喉元に当てたのなら、きっとさきほどの焼き直しだ。
いいだろう、オルゴールほどの役割しかないのならそれを真っ当してみせよう。
だから、助けて、力を貸して。絶対彼女を救ってみせる。
ステラは、歌うために前を向いた。
柔らかで、優しくて、楽しくて、なのに、悲しいメロディ。
たった一曲、されど一曲。ステラは歌いきった。
即興で、伴奏もなく、繋ぎも極端に短くアレンジした『ルチア』という曲は、それでも二分程度だが《血界の眷属》の動きを止めることに成功し、そして──
──鮮血が迸る。
「──あ、あ……」
「やるじゃん、聞き入っちまった」
「綺麗な曲だったわ。もう一曲お願いね」
「お前が入れ込んだ理由もわかったよ」
「売るにはもったいないけど、これは言い値で売れそうだ」
「切り取るの? そのままのほうが価値ありそう」
「こらこら、言っただろう、これはボクのオルゴールだ。飽きるまでは手放さないよ」
カレは仲間を嗜めながら、ステラの喉に口付けをする。
無傷の、真っ白な首筋。赤くなってしまった目元に、自身の牙を突きたてたいと願いながら。
その下卑た視線を無視し、のどを掻き切られた女性と見つめ合っていたステラは、【死】を感じ取り口を開いた。
「テゾーロは、もっと美しいもので私を支配したわ」
カレは、ステラの言葉を負け惜しみだと笑いながら、次はどんな曲が聴けるだろうかと転がっている人間の首を掴んだ。
「さぁ次の曲だ、オルゴール」
ゼンマイを巻いてやろう。
◆ ◆ ◆
テゾーロとザップがライブラの戦闘メンバーに合流したときには、すでに二十一時を回っていた。黒地のスーツが汚れることも厭わずに、不機嫌なテゾーロは廃屋の窓際に腰掛けて言い放つ。
「なぜ先に突入していない」
「防御術式に阻まれてね。相手に悟られない境界がここだ」
スティーブンが窓から外を覗くと、そこには同じような廃墟がある。
違いは、こちらは民家で、向こうが教会なのだ。
《大崩落》において、異界と交わったヘルサレムズ・ロッドではあるが《異界》の繋ぎ目とも言える、ある証明が残されている。
街の中心地。切り取られたとも、飲み込まれたとも表現できるその場所の近くには、いまだ紐育だったころの町並みが少なからず残されている。
次元・磁場・重力がまるで一定しないその付近には、異界人すら近づかない。
なぜなら、その永遠の虚の底に眠る存在を知っているからだ。
「これ以上は、ステラ嬢に危険が及ぶ。誘拐犯を含め、その下にいる連中も不機嫌にさせる要素がある」
「んでも、こんなボロ小屋で立て篭もってても同じじゃないッスか」
「K・Kの防御陣の基点同時狙撃による物理的破壊を行う。済み次第、我々で突入し迅速にステラ嬢の救出にあたる」
「陰毛はどーしたんです。アイツがいればちょちょいの──いっ!?」
廃屋の二階から、クラウスに支えられることで降りてきたレオナルド。薄暗い月明かりに照らされたその顔には、眼球を隠すように包帯が巻かれていた。包帯に滲んでいる黒い染みは、血だろうか。
「オイオイ、お前マジか! この肝心なときにそんなになって、存在意義ツッこみしか残ってねーじゃねーか!」
「アンタはまともな心配しろ!!」
吠えるレオナルドだったが、言葉を発した反動だけで刺激があるのか眼を押さえてじっと痛みに耐えている。
「デメリットも大きいようだ、戦闘員でもないのに、なぜここにいる」
淡々としたテゾーロの言葉に、レオナルドは目を硬く閉じたまま高く見上げた。暗闇の中でもテゾーロとの距離感を掴めるほどには、近しい存在になれたと思っている。
「敵を完全に倒すためには、この眼の力が必要です。ステラさんの居場所も、この眼で見ればこの範囲なら網羅できます」
「……言い方を変えるか」
テゾーロがしゃがみ込みレオナルドの頭を掴んで眼前に固定する。レオナルドは首の軋む痛みを感じながらも、彼の言葉を待った。唾液を飲み込み喉が鳴った。
そのレオナルドに、どこか恥ずかしそうに顔を逸らすテゾーロを見ることは適わなかった。
「よくステラを見つけてくれた。ここからは私たちの仕事だ」
覚悟を決めていただけに、テゾーロの意図を読みかねて返答に窮してしまった。
かわりにクラウスが応える。
「残念ながらミスターテゾーロ、彼はライブラの一員です。彼が引かぬのなら、我々は一丸となって彼をサポートします。貴方がここに立つことを望んだように」
見つめ合い、テゾーロは鼻を鳴らして視線を外した。
それを合図に、スティーブンが突入に対する説明を開始する。
「《954
先に述べた通り、まずはK・Kによる防御壁の物理的破壊だ。
レオナルドが見極めた術式は、《血界の眷属》研究家ブリッツ・テンペスト・エブライムスに依れば四箇所を同時に攻撃することによって自己崩壊を起こす、《血界の眷属》が良く使う術式らしい。
『だがこれは【外】で発展した術式だ。どういうことかわかるな、諸君』
遥か上空、航空機のドアを開け放って身を乗り出して町並みを見下ろす眼帯の女性。緊張感からか、K・Kの額には汗が滲んでいる。
上空四千フィート。並の人類なら立つこともままならない強風。
当てられないかもしれない、なぞ、微塵もない。確実に当てる。その技術を持ち、その精神がある女性だが、問題は彼女のいる場所だ。
《永遠の虚》。
千の《血界の眷属》が息を潜めている深い霧のその場所が、スコープを覗く彼女の視界に納まっている。
「深淵を覗く時深淵もまたあなたを覗いている」とは哲学者ニーチェの言葉であるが、それがもし真理であるとするならば、いまK・Kがどんな状況であるか、想像もしたくない。
『【外】にいた《血界の眷属》が、この街に組織的な活動をする。本来ならば不可能だ。本来なら、な』
彼女が構える、連射を可能とし反動を極限にまで抑えた狙撃銃。その銃でK・Kが操る血弾格闘技の型。
その名も──
「《
銃声は一度。
だが、地表で四箇所の着弾を目視し、K・Kはヘリの操縦者に着陸の指示を出した。
「絶対助け出しなさいよ! みんなっ!」
◆ ◆ ◆
地面が爆ぜると同時にレオナルドは《神々の義眼》を使用した。
見開いた瞼は血で固まり視界は悪いが、それでも、彼女を見間違うことはなかった。
「視界同調!!」
地下で空中に吊るされた少女が、透視した視界で映される。テゾーロにとっては未知の事象ではあるが、成すべきことは一つだけだ。
「ブレングリード流血闘術!」
「斗流血法 カクヅチ!」
「エスメラルダ式血凍道!」
最後の男に構えなどない。
息をするように、念じればいい。願えばいい。救いたいと。助けたいと。
その輝く黄金を握り締めて。
ただ、歌うように。
「《ゴオン・フィーコ・ディ・ディーオ》!!」
教会が蒸発するように弾けとんだ。揺らめく炎の多くはカグヅチによるものではなく、超高速で噴射された黄金の摩擦熱だ。
まるで弾薬庫でも放火したかのような炎を、スティーブンが遅らせて発動させた氷で鎮火させる。
「《
つぶやいたスティーブンが周囲の惨劇に目を剥いている。発動の早さ、威力、範囲、どれをとっても一級品だ。どんな原理かすら、誰にも理解できなかった。
一度テゾーロの技を受けたザップは、舞い散る黄金に目を奪われていたが、クラウスが駆け出したことで慌てて追随する。
「技出しそびれたんだけど!!」
「素晴らしい技量だったな、ザップくん」
「ビームッスよビーム! 金全部使っちまったのかな、あれ」
もったいねぇとつぶやきながらテゾーロを見ると、彼もクラウス同様、地下に向けて黄金を纏った拳を振り上げていた瞬間だった。
「《ゴオン・ボンバ》!」
「《111式
焼け焦げた教会の床を、分厚いコンクリートごと破壊する二つの拳。
「きやがった!! ひゃあはぁ!! きやがったぜ《牙狩り》ィ!!」
突入されるまで二十秒も掛かっていないが、一切の動揺も見せず、それどころか飛び切りの笑顔を見せ付ける《血界の眷属》たち。そして、土埃が晴れた奥に、待望のその姿をクラウスとテゾーロは見た。
吊るされた少女に、汚されていない箇所など存在しない。美しかった金髪も血で塗り固められ、服は赤黒く染められ、裸足の爪先からは血が滴っている。
あまりにも──惨たらしい光景だった。
「ひとつ……教えてくれないか」
愛する家族の姿を見ても、笑顔のステラを思い出しても、テゾーロの心は凪いでいた。
ただ、汚らしく哂う《血界の眷属》を見て、問うた。
「なぜ、私より先に笑う?」
なにが可笑しい?
どこが面白い?
なんのための、だれのための、コメディーだというのか。
ピエロは誰だ。まず笑うのは誰だ。
なぜ、オレより先に笑う?
身長に見合わない、あまりにも幽玄な存在感だ。いつの間にか彼が纏わせていた黄金は消え失せ、水溜りのように足元へ広がっている。
「──憎み給え」
ピチャリ──と。
その一歩を踏み出したのは、クラウス・Ⅴ・ラインヘルツ。
「赦し給え、諦め給え。人界を護るために行う我が、蛮行を」
右手に祝福の盾を。左手に構える閃撃の槍。そして、心に滾る血潮をもって──。
「ブレングリード流血闘術──推して参る!」
「こいよ《牙狩り》!!」
テゾーロらの背後に降り立ったスティーブンとザップとも、《血界の眷属》との戦闘を開始する。
その争いの中、水溜りとともに悠々とテゾーロは歩く。
地下の全てを破壊するような嵐の中、それでもテゾーロがステラに手を伸ばし──彼の耳に届く音。
口ずさむメロディは、弱く──でも、届いた。
「──素敵な曲だ」
「……て、ぞ、ろ」
ステラの掠れた声。口の中に入り込んだ血液が凝固したのか、すでに口もまともに開けられない様相だ。虚ろな眼は、血で汚れた瞳は、テゾーロを映し出すと涙が溢れ出した。
「だれ、も……すくえ、っ、なか、った」
顔に残った血が涙に混じって流れ出す。
テゾーロは黄金から、冷たくなった人間の死体があることを察していた。
彼女は救おうとしたのか。
歌で、命を──。
「だれも、だれも、だれも、だれも」
魘されるステラを抱きしめながら、天井と繋がる鎖を引きちぎる。
彼女を床に座らせ、黄金溜まりから金色の十字架を作り出した。その十字架を持たせると乱闘を繰り広げる《血界の眷属》たち振り返る。
そのとき、背中越しに投げられた言葉を聞いた。
「──助けて」
「当たり前だああああああああああ!!」
テゾーロは駆け出した。
黄金がテゾーロの両手を覆い隠し擬似的な拳を作り出す。少ない黄金で、超硬度に圧縮された拳は麦わらたちを相手取ったときより小さくせざるを得ないが、それでも硬さと鋭さが増している。
「《ゴオン──」
ザップと斬り合っていた《血界の眷属》の髪を引き寄せ、右手の拳をその顔面へ抜き放った。
「──インフェルノ》!」
顔面どころか、上半身が吹き飛んだ《血界の眷属》を尻目に次の目標を探そうとしたが、ザップの声と、右手の違和感によって警戒を跳ね上げさせる。
「あぶねぇ!!」
「遅いよ!!」
テゾーロの右腕から上半身を生やした《血界の眷属》は、文字通り化けの皮が剥がれ、青白い醜い顔を覗かせて笑っていた。
鋭い爪でテゾーロの顔を抉るはずだった攻撃は、しかし黄金の壁に阻まれる。
テゾーロが大振りに手を振るうと、腕を離れて液体のように壁へ叩きつけられた《血界の眷属》だったが、それでもすぐに醜い人型を再構成させる。
「無駄だシャチョー。ソイツらに普通の攻撃は届かねぇ」
硬さとは凶器だ。粘土で作ったハンマーと、鉄のハンマーとが同じ勢いで振るわれた場合、差は歴然だ。
テゾーロの拳は、つまりその差である。武装色の覇気と比肩するほどの硬度の黄金は、しかし、バケモノからすればただの鈍器である。
その再生能力をもってすれば、どうということはない。
「それに、もう手加減はしないから」
テゾーロの耳元で声が響く。慌てて腕を振るえば、太ももから遅れてやってきた痛み。
目視もできない速さで、テゾーロの足は切り裂かれていた。膝を付く暇もなく、目の前に現われて血に濡れた爪を舐める《血界の眷属》。
そして、このレベルが六体いるのだ。
「番頭ダメだ! オッサンじゃ相手にならねぇ! グールにされっぞ!」
「テゾーロを守って後退! クラウス! ステラ嬢はまだ生きてるぞ! 冷静になれ!」
「《39式
クラウスが《血界の眷属》から線引きのように血液の十字架を降らせる。土煙とともに何人か防御線を越えてくるが、それをスティーブンとクラウスが迎撃した。
「おいシャチョー! 下がって嬢ちゃんを──」
「させないよ」
テゾーロの巨体が浮く。天井に張り付いた男──カレ──は《牙狩り》三人に囲まれる危機的状況にもかかわらず、口元を半月状に歪めて笑いながらテゾーロの首を握り締めて大きく振るった。
ステラの近くの壁に叩きつけられたテゾーロはすぐさま攻勢のために立ち上がるが、そもそも攻撃が認識できない。あまりにも隔絶した身体能力だ。
いや、決して麦わらより速いわけじゃない。攻撃の重さで言えば明らかに《血界の眷族》のほうが劣っている。
ただ、もっと純粋な話だ。
「オレは弱いな……」
自身と彼女との前で、黄金を盾のように張る。
次いで、触手のように黄金を操ってステラの前に転がる死体を集め並べた。薄暗くとも、これだけ近ければステラの視界にも入ってしまうだろう。だが、十字架を握り締めて神に祈る彼女を見て、それが正解だと無理やり納得させる。
ヤツらは硬度を増した黄金を突破できない。もし球体にした黄金で自身とステラを覆えば、ライブラがこの状況を打破できるまでの時間稼ぎはできるだろう。
「ステラ」
「──はい」
「少し待っていてくれ」
それが、救いになるのならそうしただろう。
彼女が歌で救おうとしたように、テゾーロも黄金で守りに徹していただろう。
そうじゃない。それは救いにならない。
「バッ! 出てくんなシャチョー!!」
彼女が十字架をどれほど強く握り締めているか、それがわかるのだ。
ステラを守る黄金すら攻撃のための拳にする。
「あはっ! 雑魚が出て来た!」
戦闘でハイになっているのか、カレは無表情を投げ捨て笑っていた。歪んでいた。
【外】からこの街の《血界の眷属》に取り入るため、《カレ》らはやってきた。徒党を組んだ故郷では怖いもの知らず、こちらに来ても王者であった。
《牙狩り》に対抗するため人類の皮を被り、反射物に映る術を生み出した。おかげで、この街に紛れることにも簡単に成功した。
順調だった。宝物も手に入れた。あとは、こちらの組織力に恐れた《血界の眷属》からの接触を待つだけだった。
あとは、ここを乗り切ればいい。
まずは、攻撃も見切れない、明らかに劣っている、喰い応えのありそうな雑魚を潰す。できるなら磔にしてインテリアにでもすれば、オルゴールがもっと楽しく歌いだすだろう。ステラに大切に思われている彼ならば、きっと指一本で一曲だ。
素晴らしい。
「素晴らしい雑魚だ」
「《
「《117式
テゾーロと《血界の眷属》との間に生じた、赤と白の二つの盾。
その結果、クラウスとスティーブンが浅くない傷を負うことになる。
「やっぱり《牙狩り》ってのは馬鹿だなぁ!! 他人で精一杯になりやがる!!」
そう言ってステラに拳大の瓦礫を投げる。それを防いだのはクラウスの拳であったが、代わりにクラウスの脇腹から血が流れた。
「魚もあっけなかったからなぁ!! 《牙狩り》ってのもたいしたこと──」
細身の男の口元を、ザップが掴んで持ち上げる。
それはザップにとっても大きな隙になるが、残り五体の動きは瞬間的ながらスティーブンが止めていた。
「オメェら程度に魚ヤローがやられるのもおかしいとは思っていたがよ、まぁそういうことだよな」
この街で戦ってきた《血界の眷属》より明らかに劣っている。たとえ六体だろうと、斗流血法がここまで馬鹿にされるような結果になるには、要因が必要だ。
ザップが握る焔丸が空斬糸へと変化する。それは六体の《血界の眷属》の足を掴み、地下室から空高く投げ飛ばした。
悠々と空に浮かぶ建物へ着地したソイツらに向け、ザップは見下ろしながら笑った。
「斗流血法カグヅチ。ちぃと熱いが、我慢しろよ」
「おいおい、一人で相手するってのはないだろう。僕だって、コイツらには煮え湯を飲まされてるんだ」
ザップの後ろでスカーフェイスがのたまった。冷徹、悪辣、ヴィランよりも悪人面で、スティーブンが一歩踏み出す。
「人の顔に泥塗ったからには、わかっているんだろ、吸血鬼モドキども」
戦闘の末、ほとんどの《血界の眷属》たちの【皮】は剥がれ、地の顔が見えている。どれもこれも喰人鬼一歩手前の面構えだ。
もしザップとツェッドの師匠がいれば、これらを《血界の眷属》とは認めないだろう。
それほどまでに紛い物だった。
すでに、ザップとスティーブンの【目】は追いついている。
少し攻撃の手は足りないが、そろそろK・Kも地上の所定位置に辿り着くだろう。人質もいなければ、クラウスがこの程度の化け物どもに遅れをとることなどありえない。
つまりこの空中瓦礫が、ライブラにとって反撃開始の合図になる。
ザップは高らかに宣言した。
「さァ、ラストダンスだ。踊ろうぜ」
◆ ◆ ◆
少し時を溯る。
一人の男が目を覚ました。
守れなかった後悔を胸に、折れた足で立ち、折れた腕で槍を持つその男の名前は、ツェッド・オブライエン。
包帯を引きちぎりながら駆け出すその男の携帯端末には、レオがライブラメンバーに向けて一斉送信した《血界の眷属》の居場所が映し出されていた。