【完結】血界戦線ー黄金の薬指ー   作:南畑うり

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第八話「黄金の果実」

 

力が物を言う大海賊時代において、本来の《ゴルゴルの実》の能力は決して高い評価ではなかった。

身体を黄金にできるわけでも、触れた物質を黄金にできるわけでもない。

触れた黄金を自在に操れるという能力。

上位互換とも呼ばれる強力な悪魔の実は数多く確認されている。

無論、触れるだけで黄金を自分の意思で動かせる能力の利点はあまりにも多い。不正取引、暗殺、建造、創造。空飛ぶ黄金艇など最たる例だろう。

もっとも、その利点を最大に生かすには必須事項がある。

 

『覚醒した能力者』とも呼ばれるそれは、単純に言えば悪魔の実の能力の追加効果であるが、穿った言い方をすれば『世界を上書きする能力』である。

周囲の存在を、物質を、自身を、天候すらも能力によって支配する。

悪魔の実が認知されている世界ですら、そんな与太話と鼻で笑われるほどの別次元の力だ。

 

人智を超えた、悪魔の力だ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

仄暗い教会の地下から見上げる夜空はまるで満天の星空のように美しい火花が散っていた。吐き気がするほど降り注ぐ斬撃音は、テゾーロにありありと実力の差を感じさせている。

 

隣に立っていたクラウスはすでに天空の建物を足場にして戦闘に加わっていた。三対六という数字の不利にも関わらず、ライブラのメンバーは《血界の眷属》の猛攻に余裕をもって対処しているようにも見える。

 

【見える】。

 

テゾーロは、その違和感に気付かない。

その心に灯る悪意と怒りを押さえ込むことに精一杯だった。

 

地下は至るところに氷が張られ、テゾーロの吐息は白く染まっている。ステラの体温も冷え切ってしまっていると黄金から察していた。

一際、深い呼吸。

この怒気は、邪魔になると知っている。

心は深く、静かに、沈んでいく。

 

指輪が熔け一本の金糸になる。目に映るかもわからないほど極細に織られたその黄金は、テゾーロにとっては一本の腕も同然である。

 

《覚醒》をはじめて体感したとき、テゾーロの脳内は【感触】に染められていた。

腕が一本増える感覚。一本どころではない。いままで触れてきた黄金からすべての感覚が伝わってくる。

戦闘どころか私生活もままならないほどの感覚の数。

一が、千にも万にも感じられる反響の数。他人どころか自分が黄金に触れただけでもそれは幾たびの反射として神経を直接侵された。

 

地獄だろうと、人は言う。

だが、それは地獄を知らないやつらだ。

オレはずっと、地獄から星空を見上げて生きてきたんだ。

 

足元で震える少女をどうしたって空に返したい。

彼女はこんなところにいちゃいけない。

こんな薄暗い地下になんか、地獄なんか似合いやしない。

彼女は歌で、人を幸せに──、

 

 

『あの子は、そんなことのために歌ってるんじゃないっ!』

 

 

「…………」

 

自分で殴りつけた頬の痛みに、集中力が途切れた。

 

アヴェ・マリアへの祈りを紡ぐ少女にテゾーロがかけるべき言葉などない。

──寸前まで。そう思っていた。

不謹慎だ、ふざけている、ナンセンスだ。

こんなのは、オレの演出じゃない。

黄金の板の上で、二度、強く足を鳴らす。

 

「Signori e Signore」

 

金属の触れ合いは不快な音ではあるが人の注意を引くには最適だ。案の定、呆然としたステラと歯をむき出しに笑うテゾーロとは目が合った。

テゾーロは一段高くした黄金に片足を乗せ、空を指差しながらステラに向かってエンターティナーとしての笑顔を向けている。

 

テゾーロの頭上へ彼女の視線が移っていく。【それ】を見た彼女の顔が引きつった。暗い夜空で、あの速さだ。目には映っていないだろうが、それでも火花と金属音とからなにが行われているかなど想像がつく。

原因を作ったのは、ステラにとって自分なのだろう。

 

五回指を鳴らしたタイミングで、テゾーロは空に向かって歩き出す。

反響設備などなにもない野ざらしだ。地下室から少しでも頭を出せば、指鳴らしも黄金を鳴らす足音も吸い込まれるように消えていく。

 

だが、消えないものはある。

光だ。

 

黄金の板は周囲の薄明かりを反射し、それを前後の黄金へと伝播させ明るくしている。ステラから見れば、テゾーロの黄金が、テゾーロだけがこの暗闇で輝いているように見えるだろう。

 

足場の黄金は板と板との組み合わせだ。一歩の高さ分の金糸で支えているため、ステラとテゾーロとの距離ですら、空中に浮かんでいるように見えるだろう。

黄金の量も限られるため、すでに地下室からは黄金を吸い上げて手元に纏わせている。

黄金の板の角度と表面も調整していた。踏む場所以外は乱反射するよう小さな三角の凹凸を作っている。

 

タネを明かせばその程度。血反吐を味わったゴルゴルの実の《覚醒》なんて、一人の少女を騙すことすら精一杯の能力だ。

 

もっともそれら工程すべて、息を吸うように行えるテゾーロのコントロールの繊細さに加え、全長十キロメートルにも及ぶ《グラン・テゾーロ》ですらその能力の水準を保ったまま支配する異常性があったからこそ、王下七武会であり《覚醒した能力者》であるドンキホーテ・ドフラミンゴはテゾーロに《無敵》の称号を与えていた背景がある。

 

テゾーロの歩みは遅いが、その一歩一歩にステラは目を惹きつけられた。

敵は強い。さっきだってテゾーロの攻撃は通用せず、彼の巨体は持ち上げられて壁に叩きつけられた。スティーブンや、もう一人の大きな人も何度か傷を負っていた。

 

逃げよう、そう言いたかった。

あのとき、ツェッドの戦いに萎縮してしまって一歩も動けなくなった。彼の言うとおり逃げていれば、助けを呼びさえすれば、せめて隠れてさえいれば──。

ガラスを拾ったのは、すべてが終わったあとだった。なんど庇われたのかそれすらわからぬままツェッドが倒れた。逃げられず、助けも呼べない役立たずだが、なにもしないまま殺されれば自分を庇ってくれたツェッドが殺されてしまうと思ったから、まるで悲劇のヒロインのように振舞った。

結果、ステラは六人もの人を助けることもできず、いまはこうして恐ろしいまでの夜空を見上げることしかできない。

 

──私は無力だ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

クラウスがそのリズミカルな音を聞いたとき、「なんてのん気な」と肩の力が抜けてしまった。

再生力も落ち肩で息をする《血界の眷属》と拳を交えるライブラのメンバーも、決して無傷というわけにはいかない。

だが致命傷を避け、反撃の糸口を見つけるにはたやすい相手であった。連携も低ければ技量も高くない。ただ己が身体能力にまかせて目標を破壊するだけのモンスターだ。

なぜそんな相手にここまで手間取ったのか。

冷静になるには時間が無さ過ぎたらしい。クラウスは一度距離を置いて戦況を見直す。

六体は現存。これらすべてを一度に封殺するには血が足りない。滅殺へシフトするのサインはすでにスティーブンから送られていた。

おそらくは《真胎蚕》には陥ることはないだろう、それほどまでに《血界の眷属》として程度の低い連中である。

もっとも奴等の行為は、それより低い、最低の行いだ。

 

クラウスは拳を握り締めなおす。

 

「ちょ、ちょちょ! シャチョー!? 勘弁してくれよ!!」

 

次から次へと空中に現われる黄金の階段で、その男はのん気にやってきた。クラウスが耳にしたのは彼が鳴らす指の音。終ぞ戦場で聞いたことのないその音は、クラウスの肩の力を抜くのに最適だったのかもしれない。

 

いまは距離のある下降ではあるが十分に《血界の眷属》の攻撃範囲だ。紛い物程度とはいえ、常人には見えない《チカラ》は健在であるゆえに。

 

絶対的なセンスと経験との差で、ザップ、スティーブン、クラウスは避けきっていたが、地下室の戦いを見る限り、テゾーロにはそのどちらも欠けていた。

 

「あはっ! あははっ!! 雑魚がきた!!」

 

ひび割れた声。すでに《血界の眷属》の再生能力は低下しており、声帯や皮膚の回復は後回しになっているらしい。この六体を見て、最初の人間の皮を被った男女だと見分けられる【眼】の持ち主は、この地球上に一人だけだろう。

 

「狙われる! クラウス!!」

 

スティーブンの声にクラウスの足が進むが、テゾーロの表情を見て考えを改める。そもそもこの戦場にテゾーロを招待したのは彼であり、それはテゾーロの覚悟と責任とを認める行為だった。

一本に結ばれた口、鋭い眼光、吊り上った眉山から、怒りとそれを押しとどめる集中力が見て取れた。

 

テゾーロは空中を歩きながらクラウス横を抜けていく。彼の目の前で火花が散ったが、それは黄金に防がれた《血界の眷属》の爪である。

見えているのかと驚嘆しながらも、テゾーロを追いかけるように、空中に浮かぶ建物の壁面を歩く。

 

「ミスターテゾーロ」

「なにかね、ミスタークラウス」

 

真正面を睨みつけたまま、それでも陽気な声を薄っすら装ってテゾーロは返答した。

その間にも、二度、三度とテゾーロの周囲で火花が散る。《血界の眷属》らは疲労からか最速ではないものの、それでも一般人だからと手を抜いている余裕はないだろう。

 

なぜ、見えるのだ。

そんな疑問を抱えながら、しかしクラウスがテゾーロにかけた言葉はまったく別のものだった。

 

「彼女は、どんな歌を?」

 

お前もなんてのん気な──とスティーブンからの視線を受けながらクラウスは聞いた。それに答えるテゾーロは、瞬きほど寂しそうに、しかし照れくさそうに笑った。

 

「素敵な曲さ」

 

次の瞬間テゾーロの足元から影が飛び出し、しかし黄金によって捻じ伏せられる。

 

「なんでっ!! 取れないっ!!」

 

空中に浮かぶように歩くテゾーロの足元で、一体の《血界の眷属》が這いずっていた。まるで粘着の罠にかかったネズミのようである。少々高値過ぎるが、テゾーロが見下ろす冷たい視線は害獣を見るそれだった。

 

レオナルドがいれば、その《血界の眷属》の身体から放出された不可視の攻撃を注意しただろう。物理の特性をもった圧迫感のような攻撃は、その物理という側面から黄金に防がれた。

 

「なんなんだよオマエーッ!!」

 

《血界の眷属》が地鳴りのように叫ぶ間にも、瞬く間に姿を変える黄金から火花が零れる。なにかを防いでいるのはわかるがザップたちの目には見えていない。ライブラのメンバーは、ただ圧倒的な経験と知識とを駆使して防いでいるにすぎない。

 

一転、オマエはなんだ。

 

「斗流血法、刃身の百壱、焔丸、三口──《大蛇薙》」

 

テゾーロが操る黄金ごと《血界の眷属》がまずはぶつ切りに、そして次はなます切りにされた。あまりにも自然に超硬度の金が斬られ動揺もあったが、それを成したザップに悟られまいと毅然に振る舞い先へ進む。

後方からジッポの着火音とともに高熱の風に吹かれたが、それでも振り返ることはしなかった。

代わりに、《七獄》の熱気で不安定になった足場を離れ、クラウスと歩調を合わせるように建物の側面へと降り立った。

 

「まったく、下品な炎だ」

「有能な仲間です」

「……仲間……か」

 

グラン・テゾーロには、テゾーロという絶対支配者と、部下・奴隷しかいなかった。でも、いま思い返せば、信頼関係はあったのだ。

信じていた。裏切られたかもしれないが、それでも、信じられる仲間はいたんだ。

 

『ほかになにを信じろって──』

 

あぁ、そのとおりだ。

テゾーロが盗み見たザップの瞳は、かつて対峙した剣豪の眼差しと同じようにぎらぎら輝いていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「残り! 五!!」

 

スティーブンが叫びクラウスが呼応する。

滅殺──再生能力が追いつかないほど破壊するだけの力技。人類にとっての大いなる時間稼ぎ。

つまり、この紛い物たちの再生能力は底をつきかけている。

 

K・Kの遠方援護があるとはいえ、一瞬ではあるが五体の《血界の眷属》をスティーブン一人で押さえることができたことも証左であった。

 

死を、恐れている。

 

(なにを、馬鹿な──)

 

スティーブンの体温が下がる。吐息は氷を吐くように、細かく光を反射していた。彼の傷も浅くなく、数も多い。

 

(戦い方も知らない素人がこの街で人身売買だと? 不良を集めて山猿のボスかよ……)

 

彼の周りには【血の形の足跡】がいくつもできていた。足技を使う以上、足が傷を負うのは必然だ。折れているかもしれないが、スティーブンは最初から無傷で六体の《血界の眷属》を倒せるなんて思っていなかった。

 

だから策を練った。とは言っても、実に単純な作戦だ。

すでに、床はスティーブンの血で染まっているのだから──。

 

「こっちもまずは一人目だよ!!」

「仲間もすぐに殺してやる!!」

 

二体に挟まれたスティーブンだったがその鉄仮面に一筋の動揺もない。

彼は最初から、この瞬間のために立ち回っていた。

 

「エスメラルダ式血凍道」

「いまさら遅い!!」

 

「《絶対零度の地平》(アヴァオン デル セロ アブソリュート)

 

常人には目で捉えることすら不可能な速度で振るわれた《血界の眷属》の爪先は、スティーブンのまぶたを掠めながら、それ以上動くことはなかった。

 

「戦いの最中だけど助言してあげるよ」

 

タイを緩めながら、周囲にできた氷の彫像に向かって、甘い口調で囁いた。

 

「一つ。キミたちは弱い。それを知らずにやりすぎた。

「二つ。《牙狩り》の戦い方を知らないなら、尻尾を巻いて逃げるべきだった。

「三つ。これを最後にしよう。

「人間を舐めるなよ、バケモノ──」

 

周囲の氷が爆ぜる。耳をつんざく雷鳴に耳を塞いだように見えるスティーブンだったが、そうではなかった。

 

「はいはい、悪かったって。休憩したかっただけじゃないか。

「耳が悪くなりそうだK・K、大きな声を出さないでくれ。

「信頼の証さ。

「あはは……ごめんね?」

 

雷鳴よりも大きな怒鳴り声に辟易しながら、スティーブンは消し炭になった《血界の眷属》を氷の足で踏み抜いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「おーおー、若頭はやることが派手だねぇ」

 

ザップとクラウス、そしてテゾーロは離れた廃墟の壁に立っていたのだが、それでも弾け飛んだ冷気を感じることになった。

もっとも、それは滾る感情を鎮めるには程足りない。

 

それはソイツらも同様だろう。

彼らの眼前に仲良く並んだ三体の《血界の眷属》は、目を血走らせ、口からは血の泡を吹かしていた。

 

「醜いな」

「挑発すんなって。つーか引っ込んでてくださいよ」

 

テゾーロを睨みつけるザップだったが、愚かにも直進してくる《血界の眷属》を迎撃するため、焔丸を肩口に構えてテゾーロの前に出る。

そのザップが聞いたのは、背後の大男の、静かな嘲笑。

眼前で黄金にまとわりつかれる《血界の眷属》を見てニヤリと笑ったザップは、焔丸を片刃の分厚い刀身へと変化させた。

 

「斗流血法 刃身の四──《紅蓮骨喰》」

 

日本刀の鎬地にあたる部分、刀身の背後には似つかわしくないジェット機にも通じる排気口が数箇所開いていた。ザップはその穴をカグツチの燃焼によって得られるエネルギーを斬撃の加速へ利用する。

一見軽く振るわれたようにも見えるその速度は、亜音速を超えている。硬さ、鋭さ、速さ、すべてにおいて完璧なその一撃を──、

 

「なっ!?」

 

テゾーロの黄金が受け止めた。

 

「おやおやァ、すまないね、私の金のほうが強くて」

「ンだとゴルァ!! 冗談じゃねぇ!! すこしカネ持ちだからってチョーシ乗ってンじゃねーぞ金ピカオヤジ!!」

 

敵のことなど忘れてテゾーロを睨みつけるザップ。

 

「すこし? 馬鹿言っちゃいかんよ。三年前までは世界一のオオガネモチだったこともあるんだぜ」

 

笑いながら《血界の眷属》に付着させた黄金を、緩やかに圧縮していくテゾーロ。その間にも髪の毛のような細さの黄金を残りの二体に放ったが、容易に避けられてしまう。

 

「助けてぇ! 助けてよぉ!!」

 

端から見れば見えない攻撃を避け続ける仲間に、助けを乞う殺人鬼。クラウスがその一歩を踏み出すと恐怖で一度大きく震えた。

そして《牙狩り》ではないテゾーロへ向け、耳障りな猫撫声で助けを求める。

 

「ねぇ! あなた金を生み出せるの!? あるのよ! 黄金よ! 金貨、ネックレス、指輪でもなんでも──っ!」

 

ソイツが自身の間違いに気付いたのはいつだっただろうか。さきほどまで軽口を叩いていた表情を一転させ、食い縛った歯を剥き出しに顔を歪めるテゾーロを見たときには、すでに気付いていただろう。

 

「いるかそんなもん──!!」

 

その憤慨を見せながら、しかしテゾーロは動かなかった。ザップもテゾーロの横で周囲の様子を窺うにとどめている。

ザップの最速すら防いだ黄金に、足跡を残して跳躍した男はクラウス・Ⅴ・ラインヘルツ。その拳には神をも恐れぬ十字架が掲げられている。

 

「ブレングリード流血闘道」

「や──」

「999式」

「め──」

 

「《久遠棺封縛獄》(エーヴィヒカイトゲフェングニス)

 

「──っ!!?」

 

それに恐れたのは《血界の眷属》だけではなかった。

あまりの恐怖にテゾーロは纏わせていた金を全て引き寄せたが、それでもコップ一杯分程度の量が【持って行かれた】。本来黄金から伝わるはずの感覚が切り取られたように、消え去った。

 

手の平に収まるほど小さな十字架がクラウスの足元へと転がる。おどろしい髑髏がなにを意味するのか、確かなことは、カトリック教派のステラが見れば卒倒すること間違いないということか。

 

「なんだ、いまの、は……」

 

発言してからテゾーロは喉の渇きに気付いた。身体が怯えるように強張って震えて、そして、理解した。

ライブラの統括責任者──その意味を。

 

クラウスの刺すような眼が、封殺を目にして呆然とする二体の《血界の眷属》を捉える。

眼前の二体も、滅殺された《血界の眷属》と同じように、すでに再生能力は限界を迎えているらしい。人間の名残なのか、脳・心臓付近の傷は綺麗に無くなっているが、それ以外の箇所は深い傷が多種多様に刻まれていた。

 

「あと少しってときによぉ!! 人間風情がよぉ!!」

 

窪んだ眼は赤黒く濁り、皮膚は薄く歯茎は剥き出し。人間の皮を剥がれ、それでも攻撃に晒され続けた彼らは、化物以外のなにものにも成れない。

 

どれだけ俗に塗れようとも、人間には成れないのだ。

 

「オレたちをこんな姿にしたやつを! ぶっ殺してやるんだ!! 跪かせてよ! は、はは! 靴をぉぉぉぉおおお! 舐めさせてやる!! あの時!! みたいにぃぃぃぃいいいいい!!」

 

金切り声を上げながらクラウスとザップとに向かって駆け出す一体の《血界の眷属》。その背後で一歩引いたソイツを、テゾーロは見ていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ソイツ──カレは、地上を見つめていた。

地上と二百メートルほど離れているが、【彼女】の姿はカレに見えていた。

金の十字架を胸に抱くボクだけのオルゴール。美しい音色だった。救われた気分になれた。あの一瞬だけはボクたちは人間だった。

 

肉の味を覚え、醜い姿をひた隠しながら生きる日々。人間に戻れる日を夢見て仲間とともに旅に出た。人間の皮を被ると、より人間に近づけた。どんな見た目にもなれた。

そして、彼女の歌をテレビで聴いた。

バケモノの心、奪った皮膚、それなのに鳥肌がたった。

その瞬間、ボクの心に暖かさが生まれた──。

 

だから迎えにいくよ、キミを連れて、ボクらは人間に戻るんだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ソイツが笑いながら飛び立ったと同時に、テゾーロも後先考えず跳躍した。建物から離れると重力が薄くなり、そして本来の重力へと合流する。

金を初動に使ったため落下加速ではテゾーロのほうが上のはずなのに、先を行くのは《血界の眷属》だった。

 

追いつかない──そんな焦燥に駆られ礫のような黄金を地面に向かって放つが、大人が子どもの悪ふざけをあしらうように優しく弾かれる。

 

「《ゴオン・テンペスト》!!」

 

テゾーロの周囲に紫電が舞い、バルカンもかくやという弾幕をみせる。それでも地上まで三秒ほどでは三百ほど礫が限界だった。それらすべては傷一つ負わせることなくいなされた。

 

しかし、テゾーロの真の狙いはその程度の足掻きじゃない。

教会跡地の上空、ちょうど《血界の眷属》とステラとの間に、礫として先行させた黄金で網を張っていた。

強固は不十分。だが、挟撃するには十分な量だ。

 

地上付近でうねる黄金を見て初めて、《血界の眷属》は驚きの表情でテゾーロを見上げた。

 

黄金の神の裁き──。

 

「《ゴオン・リーラ・ディ・ディオ》!!!!」

 

地上から金の触手が飛び出した。硬度を保つため細くはあるが、それでも破壊の進んだカレの身体は耐えきれず、心臓部分に穴を開ける。

空中で串刺しになった《血界の眷属》の顔面に黄金の拳を叩き込んだ。

 

つもりだった。

 

「あれはボクのだ」

 

底冷えした殺意。ボロボロの身体、胸に穴を開けられ。

それでも不死の怪物は矜持を見せた。黄金に包まれた左拳は《血界の眷属》によって握りつぶされんばかりに鷲づかみされている。金からどれほどの圧力がかかっているかを知り、テゾーロは冷や汗を流す。

《血界の眷属》からほの暗い何かが放出されたのを【見て】、咄嗟に近くの金をガードに回す。しかし、その壁の上から叩き落された。

 

奇しくも、最初に隠れていた廃屋にテゾーロは落下していたらしく、地上から教会跡地にまで土ぼこりが舞った。

カレが教会前に降り立つと廃墟に向かおうとするステラを見つけた。

血だらけの服に身を包んだ彼女は、とっても美味しそうだった。

 

カレは、いまの自分の【顔】を知らない。

 

それに立ち向かう彼らの勇気を知らない。

 

「ステラさんはテゾーロさんを!!」

「レオ! だめよ! 殺されちゃう!」

 

カレはつまらないそうに手を振るった。

身構えるレオナルドは枯れ木のように吹き飛んだ。荒れたコンクリートの道路を転がるレオナルドを見てステラは短い悲鳴を上げる。

 

それでも、彼女の足は止まらない。

溢れる涙は目に入る土ぼこりを防ぐ絶好の武器になった。瓦礫になった廃墟に、躊躇なく手を入れて家具や壁の残骸や、ガラスを退かしていく。

その手を、カレは優しく後ろから掴んだ。

背後を振り返ったステラは、恐怖で目を剥いた。

 

赤い、真っ赤な目。

赤い、真っ赤な傷。

 

傷だらけになった彼女の手の平を舐める。

 

「あはははははははははは!!」

 

歓喜に狂った笑い声。血を舐めた化物は、その喉を潤す甘さに笑うことしかできなかった。まずは飲み干そう、力を戻して《牙狩り》を狩るんだ。仲間と合流して、人の皮を被りなおして──

 

「斗流血法 刃身の伍 突龍槍」

 

ステラの身体を柔らかななにか包んで、《血界の眷属》から引き離した。

彼女を掴んでいたはずのカレは、なぜだろうと首を傾げながら自分の腕を見ると──なくなっていた。

 

「《シナトベ 天羽鞴》」

 

カレは、足元から沸き立つ血の臭いを感じ取った。その血はまるで竜巻のように一瞬で天高く舞い上がる。

 

「《牙狩り》ぃぃぃぃぃぃいいい!!」

 

一瞬にして皮膚をすべて削り取られ、それでも竜巻から脱したカレは、片腕と片足とをありえない角度で揺らしながらステラを抱きしめる、亜人の姿を見た。

 

「ツェッド! ツェッドぉ!」

 

肩で荒い呼吸をするツェッドはすでに限界を超えていた。

抱きとめるステラが体重を傾けるだけで、ツェッドは集中力を削りながら倒れそうになっている。

 

「邪魔するなぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

泣き喚く子どものように、カレはステラに手を伸ばす。

 

「《ゴールド・スプラッシュ》!!」

 

カレの視界内ではまるでスローモーションのように、黄金の大地が爆ぜたように見えた。気付けば空が金色に染まり、爆心地には一人の男が立っていた。

 

それを見たときカレは気を抜いた。

さきほどの空中戦ではっきりしたのだ。この雑魚の攻撃は、どれだけ弱ろうとも《血界の眷属》には届かない、と。

それに見ろ、この美しい黄金に比例するように、【彼が腕に纏わせた黄金は黒く染まっている】。

一発くらい殴られてやろう。あの死に体の亜人を殺して、大男の血を全部吸って、彼女を浚って《永遠の虚》に飛び込めばいい。あぁそうさ、ボクらは完璧になったんだ!!

 

「《ゴオン・ボンバ》!!」

 

テゾーロに殴られた《血界の眷族》は教会跡地にまで吹き飛ばされ、地下に転がり落ちた。

カレは再生しない顔面を押さえ、眷属になって初めて感じる痛覚の激しさに地面をみっともなくのた打ち回った。

 

(なんで!? なにがこんなに痛い!? なんで痛い!? なにが痛い!?)

 

自分が悲鳴を上げていることも気付かず、カレは空に向かって叫び続けた。

それはとても、いい目印になった。

 

カレは悲鳴を上げながら、一点の【赤い星】を見た。

それがなんなのか、空から堕ちた自分ならば見なくてもわかる。

 

逃げるために立ち上がろうとしたカレは、そこで初めて自分の足が動かないことを自覚した。

 

『テゾーロは、もっと美しいもので私を支配したわ』

 

あぁ、まったく──負け惜しみだね。そんなの。

 

空から繰り出された拳で、六体目の《血界の眷属》が討伐された。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

一晩明け、レオナルドは病室で起こされた。

 

「えー、診断!」

 

まるでお医者さんごっこでもしているような少女──ルシアナ・エステヴェスは、メガネを輝かせながらレオナルドのカルテを見せつけた。

それを受けるレオナルドは、包帯を全身に巻かれてベッドに縛られている。

 

「左鼓膜破裂、左僧帽筋の一部断裂、下部肋骨の内三本骨折、背部擦過にその他もろもろ。いい!? 動かないでね!!」

 

ベッドを仕切るカーテンが開けられると、隣のベッドでザップが鼻くそを穿りながら同じように、【もう一人の】ルシアナから診断内容の説明を受けていた。傷の多さはザップが上であるが、骨に異常はなく傷の治りもレオナルドと比較すると極端に早い。

 

この病室にはザップ、レオナルドの他、スティーブン、水槽入りのツェッドも入院していた。

見舞いの手間が省けたと笑うチェインにくわえ、大量の花を買い込んできたクラウスも合流すると、病室とは思えない喧噪がうまれたが、レオナルドは窓から空を見上げた。

 

(ステラさんは……大丈夫かな……)

 

雲は高く、空は澄んでいた。

しばらくは晴天が続くらしい。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ステラは震える肩を押さえてベッドに横になっていた。今日と、明日の午前中の仕事は全部キャンセルしたため時間はあるが、彼女の症状が二十四時間程度で改善するわけがないと知っている。

 

スタッフから、踏み潰されたという会場はたった一日で修理が完了したという話をされても心は晴れない。そんな有能な大工がいるならそう言ってくれとは思ったが。そうすれば昨日のような展開はなかったはずだ。

ついでのように黒服たちから、明日ステラの両親がくるという話を聞かされながらテゾーロは頭を抱えた。

 

誰かが勝ってお終いだなんてショーじゃない。そう言われた気がしたんだ。

 

──本番は明後日だ。

 





明日2022/8/6から公開「ONEPIECE FILM RED」公開。

昨日2022/8/4から「血界戦線 Back 2 Back」最終巻「災蠱競売篇/屍―」好評発売中。喜ばしいことに「血界戦線 Beat 3 Peat」 が10月から連載開始なので、そちらも楽しですね!
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