目に焼き付いているのは、強烈な閃光と、轟音と、風のように走り抜けていく圧倒的な一人のこと。
サイレンススズカ。彼女は自分が出場するレースの前に、そのレースを見ていた。
角の生えたウマ娘がいるらしい。聞いて興味があったのだ。そう、どんな風に走るのか。
サイレンススズカは乙女である。しかし乙女成分と同じくらいに先頭をひたすら走り抜けていく成分が凝縮されている。大人しい性格のようで、内側に秘めるのは、先頭の景色は誰にも譲らないという強烈な意思である。とにかく、走り続けていたい。まるで、前世で走ることを無理矢理辞めざるを得なかった如く。
速かった。ただ、見るからに硬そうな走り方をしているのがわかった。体の上下動を、左右に振っているような、ヒトというよりも獣のような走り方をしている。体のショックアブソーバーを最大限に活用して重心のブレを抑える走り方とは完全に逆だ。
―――私とは正反対だ。
走り方はまるで違うのだが、しかし、
―――私とおんなじだ。
先頭を誰にも譲らないと言わんばかりの逃げっぷりにサイレンススズカは嫉妬する。あんな風に走ってみたい。一緒に走ってみたい。彼女を、置いてきぼりにして、ゴールラインを踏んでみたい。
その願いは思わぬところで叶うことになる。
早朝。
いつもの如く、同室の子がぐーすか寝ている時間帯に目を覚ますと、ワークアウトに出かける。早朝はいい。学校中が寝ているので、ターフも、校舎周りも空いているのだ。
「はっ、はっ、はっ、はっ………気持ちいい朝ね……」
ターフへと走って移動してきたサイレンススズカは、何か小さいものが走っているのを目にした。
脚部が地面に食い込む。芝を盛大にえぐり取る膨大な出力が一気に解放される。
「うらぁぁぁぁぁッ!!」
ジャージ姿。角。銀色の髪の毛。赤い瞳。間違いない。あの、落雷があった日に走っていた子だ。
走り方も一緒だ。いつかテレビで見た、アフリカのサバンナで肉食動物から必死に逃げていた羚羊のような、独特な走り方。
「まだまだぁぁぁぁぁ!!」
シャトルランよろしく、ターフを行ったり来たりしながら、最大速度に達するまでの時間を短縮する練習をしているようだった。
うずうずする。何とか混ざれないものかとサイレンススズカは、胸元に手を置いて様子をうかがう。
「よし! 今度は一周じゃな!」
「!」
あ、混ざれそう。行くか。行ってしまおう。
キリンが走り始めると同時に、サイレンススズカは背後から猛烈な加速を見せた。
キリンは驚愕した。足音が聞こえたので振り返ると、ジャージ姿の栗毛の女が追走してきているではないか。そう、突然乱入してきたものがいたのだ。乱入してくるとは、とんでもない奴だ。
「なんじゃお前!? どこから湧いて出てきた!」
「私は、サイレンススズカ。キリンさん、勝負しましょう」
「断定したものいい、気に入った。一周で勝負を決めようぞ!」
ちょうど退屈していたところだと言うと、キリンが先頭を行く。サイレンススズカを突き放そうと加速を掛ける。スマートな、機能美さえ感じさせる走り方のスズカと、ステップを踏んで飛ぶように走るキリン。足の動き方が全く違うが、脚質としては芝、逃げと似通っている。
が、突き放せない。
「くううううっ! 風よけに使いよるか!」
サイレンススズカは天性の逃げウマであるが、逃げ以外の技術も当然知っている。自分が先頭ではない時、相手の後ろについてスリップストリームを利用し、体力を温存。加速しつつ追い抜くことくらいは、やってのける。
ぴたりと背後に付かれた時のプレッシャーたるや凄まじい。
『私が、先頭を行く』
『誰にも譲らない』
という強烈なまでの圧がキリンに負担を強いる。
これが元の体であったならば圧などものともしなかっただろうが、今は不思議な力が使えるウマ娘に過ぎない。
「ええい!」
プレッシャーに負けたキリンが早すぎる仕掛けに出た。スズカを置いてきぼりにする猛烈な加速。距離1000mを残しているにも関わらずの仕掛けに、さすがのスズカも置いて行かれる。
が、その動きをして体力が残せるはずもなく、スズカにブチ抜かれる。さながら逆噴射でもかかったように足が重く、その後塵に拝する。
「ぐううっ。わしがぷれっしゃーにしてやられただと……」
ジャージ姿のスズカの栗毛が遠ざかっていくのを、銀髪は見守るしかなかった。
「急にごめんなさい。走ってるのをみて、我慢できなくて……」
「よい。ウマ娘の本能というやつなのであろう。わしはキリン。サイレンススズカとか言ったな。よきらいばるになりそうじゃのう。よろしく頼むぞ」
「ええ、よろしくね」
ぎゅっと握手をかわす。
朝練の続きがしたいとサイレンススズカは走り続けた。キリンはその場を後にして、水飲み場で喉を潤し、そして地団駄を踏んだ。
「悔しい! してやられただと! このわしが! ぐぬぬぬ………さいれんすすずか、名前は覚えたぞ。次は勝つ」
その日の放課後。目の色を変えたキリンはトレーナーの両肩を掴むと、声を張り上げた。
「あの、相手の後ろについて風よけにする技術をものにしたい!」
「!」
その時、ふと閃いた!
このアイディアは、キリンとの
トレーニングに活かせるかもしれない!
キリンは『スリップストリーム』を覚えた!