AQUALOVERS   作:四方松


原作:艦隊これくしょん
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提督に恋する艦娘が許せない曙と、提督が大好きな金剛の話。

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AQUALOVERS

 提督に抱き着く戦艦。提督に纏わり付く駆逐艦。さも当然のような顔をして、提督の散歩後ろに付き従う正規空母。誰もかれもが提督に秋波を送り、彼は困ったような顔をしながらも、うまくあしらって日々の任務に心を配る。

 それが、我が鎮守府の日常的な風景だ。

 現在、少数の例外を除いて、ほとんどの艦娘は提督に好意を寄せている。最初からそうだった奴もいれば、自分は色恋などに現を抜かさないと嘯いておきながら、任務を共にこなしていくうちに宗旨変えした奴もいる。

 ひとりふたりと数は増えて、今では鎮守府全体を巻き込んだ恋の鞘当てが常態化した。任務中だろうが非番だろうが、いつも提督の周りには誰かしらの姿がある。

 どいつもこいつも恋してますって表情で、一挙手一投足から隠し切れない喜びが透けて見える。

 そんなふうに楽しげな連中を眺めながら、私は心の中で呪詛を吐く。

 

 ―――苛々する。苛々する。苛々する。苛々する。

 

 提督に擦り寄る艦娘。提督に付き従う艦娘。提督にぶら下がる艦娘。提督にお茶を出す艦娘。提督に、提督に、提督に、提督に。

 近頃は、そんなふうに自分の中の悪感情を確認することが、私の鎮守府での日課のひとつとなっていた。もとよりさして練度の高くもない駆逐艦である。任務に忙殺されることなどあるはずもなく、私は多くの時間をそういった黒い気持ちの涵養に充てていた。

 それくらいしかすることがなかったし、それは存外、退屈しない行いだった。前向きであれ後ろ向きであれ、自分の想いと向き合うことには、原始的な快楽があると、私は思う。

 

 ただ、日常的にそうやって眺めていると、当然、向こうだってこちらのことを意識してしまう。

 私の悪意混じりの視線に気付き、怪訝な顔をする者もいれば、露骨に勝ち誇った顔を見せる者もいる。後者などについては、勝手にしろ、と思う。何をどう勘違いしているかなんて、考えたくもない。心底、馬鹿馬鹿しい話だ。

 同じ艦娘相手に認識される分には構わない。問題は、提督にまで気付かれた時だ。不機嫌そうに提督の周りの喧騒を眺める私を認めるたび、彼は人の好さそうな、ちょっと頼りない笑顔を湛えながら、こっちに来ないか、なんてことを遠回しに訊いてくるのだ。

 そのたび私は、何度だってこう返す。

 

「はあ? 寝言は寝て言ってくれない、クソ提督」

 

 全力の悪意を込めた台詞に、しかし誰も突っかかって来なくなってから、久しい。私の来た当初には、殴り合いどころか砲撃戦に発展しそうなほどに剣呑な反応が返ってきたものだが。

 そうやって、私の暴言に誰も表立って文句を言ってこない程度には、その遣り取りが日常的な応答になるほどの繰り返しを経て、それでもまだ諦めていないのが提督だった。

 とはいえ、提督とて鉄の心臓を持っている訳ではない。むしろ―――これは艦娘の誰もが知っていることだろうが―――彼は人一倍、打たれ弱くすらあるだろう。自分の向けた善意が悪意でもって返答されることが、そんな人間にとってどれほどに辛いか。私は努めて、考えないようにしていた。感じないように、していた。

 提督の諦念と傷心の複雑に混ざり合った表情にも、傍らに無言で控える艦娘の憐憫や非難の視線にも、私は何も感じない。

 ……何も、感じない。

 

 

 

 鎮守府は日に日に喧しさを増していく。

 時を経るたびに増えていく新入りたち。来た当初は誰もがどこか遠慮がちで、他人行儀なところがある。それが、この鎮守府で過ごすうちに、段々と柔らかく、打ち解けていく。解れて、色づいていく。

 それは、喜ばしいことだと思う。でも、その先にあるものを予感して、私は都度、黒い感情が沸き立つのを抑えられなかった。

 そしてその予感は毎度、的中する。

 誰も彼もが提督に恋し、提督に振り向いてもらおうと努力する。彼女らの母数はどんどんと増えていって、もしかすると、そうでない者はもう、私独りしかいないのかもしれない。仲のいい艦娘も碌におらず、周りの状況も把握できていない私としては、否定のしようがない想像だった。

 

 いつも通りに悪感情を溜め込んで過ごしていた、ある日。私は寮の廊下で、嫌な艦娘と出会ってしまった。提督の現在の秘書艦、金剛だ。珍しく、提督も姉妹も近くにはいないらしかった。

 金剛は私の姿を見かけると、OH、なんて嬉しげに呟いて近寄って来た。そう、嬉しげに、だ。胃が物理的に重くなったような気分を味わいながら、私は内心でため息をつく。

 提督へ暴言を吐く時、普段の提督への態度とは裏腹に、決して私に悪感情を返して来ないのが金剛だった。同じ状況で、加賀なら無言で射殺さんばかりの視線を寄越すし、雷の敵愾心などは目に見えそうなほどに明瞭なものだったが、彼女らを或いは越えるほどの想いを有するはずの金剛は、私の暴言に反応しなかった。困ったような表情をしながらも、しかし普段通りの笑顔を保ってみせた。

 そのことが、私をたまらなく不安な気分にさせたのだ。

 

「曙、散歩デスか? 私もいま、ちょっと暇を持て余していて……よければ一緒にティータイムなんてどうデス?」

 

 こんなことを、笑顔で言ってみせる。

 鎮守府での孤立っぷりでいえば島風など問題にならないような私に対しても、この態度だ。あけすけな好意、裏表のない率直さ。お前のそういったものが私に疑心を抱かせているのだ、なんて正直に言ってみたら、どんな反応をするだろうか。それでも笑顔を崩さないのだろうか。

 益体のないことを考えながらも、それらしい台詞を考えて、拒絶する流れに持ち込んでいく。

 

「生憎だけど、私は独りが好きなの。誰か他に探してくれる?」

 

 そう言って、踵を返す。長く喋れば喋るだけボロが出そうだったし、―――何より、金剛の笑顔を直視するのが恐ろしい、という気持ちがあった。

 自分でもおかしな感覚だとは思うが、直感が間違いないと告げている。

 うーん、と悲しげな唸り声が背中越しに聞こえた。

 

「そういうことなら、無理強いは出来ませんネ……。あ、そうそう。せっかくここで二人きりだし、ひとつ質問、いいデスか?」

「……何? 手短にお願い」

 

 やらかした、と思った。聴こえなかったふりをして、そのまま歩き去るべきだった。だが、応じてしまった以上はもう遅い。

 そのまま振り返らずに、質問とやらを待ち受ける。

 

「じゃあ、率直に。……なんで曙、そんなに自分に嘘を付いてるんデース? せっかく提督が気にかけてくれるんだから、私ならもっとあざとく自分をアピールしマス。だって、好きなんでショ?」

 

 何気ない口調で呟かれた、その言葉。

 その、最後には少しの稚気すらも込めた親しげな言い回しが、自分の逆鱗に触れるのを、頭の冷静な部分が感知した。乾いた理解から一拍遅れて、制御できない激情が溢れ出すのを自覚する。

 振り向いて、金剛を睨む。いつも通りの表情で笑っていた。そのことも、私の怒りに油を注いだ。

 

「……私たちは兵器なのよ、兵器。道具なの」

 

 自分でも驚くほどに、底冷えした声だった。怒声でもよさそうなものだけれど、と他人事のように思った。つまるところ、私は真実、激怒しているらしい。少なくとも、激情を制御できなくなる程度には。

 金剛は腕を組み、神妙そうに目を瞑って、こう言った。

 

「そうデスね。事実そうデス。でも、だからといって―――」

 

「それがどうかしたのか、って?」

 

 先回りして確認をする私に、金剛は笑みを浮かべて、頷く。全く悪意が噛み合わない、一人相撲の構図。

 それが癪に障って、私の言葉から、どんどんと虚飾が剥がれていく。剥がれてしまう。幾重にも、幾重にも纏ってきたものに、罅が走り、裂け目が覗き、瓦解していく。内から漏れるのは、単純で荒削りな怒りだった。

 彼我の態度、その温度差を自覚したことが、最後の引き金だったらしい。もう、私には言葉を押し留めることができなかった。

 

「解ってんの? あんた達があのクソ提督に懸想することの意味。誰か沈んだらどうすんの? 思い入れのある相手が! あのクソ提督がどれだけあんたたちのこと好きなのか、知らない訳じゃないでしょう!?」

 

 金剛は笑顔のまま、表情を変えない。

 私はといえば、怒鳴りながら、泣いていた。

 

 独断専行で誰かが突っ込んで大破した時。連携の取れない乱戦で誰かの応答が途切れた時。そんな時、蒼白な顔で震えながら尚も指揮を取り続ける提督の姿を、この鎮守府の誰もが見ている。

 だから皆、任務を重ねるたび、慎重さを身に付けていった。

 新入りに施す教育の内容も、見る人が見れば過保護だと顔を顰めかねないものだ。今となっては人災などありえない、不運を掴む蓋然性も極限まで削った、そう胸を張れる鎮守府ができたと思う。

 だが、そこまで徹底したところで、海に絶対はない。あっけなく沈んで、次の日の朝食の席がひとつ減っていることにようやく喪失の実感を覚える、そんなありきたりで陳腐な別れが、常に私たちを待ち受けていることに変わりはないのだ。

 不意の攻撃で、悪天候で、整備不良で。悲劇への道は、至る所に存在する。

 だというのに、なぜ―――なぜ、あんたたちは、そうやって。

 

「クソ提督のことだから、泣くわよ。絶対泣く。……あんたたち、結局何がしたいの? 何を求めてるの? 意味わかんない……なんでそんなに簡単に好きだなんて言えるの? ふざけてんじゃないわよ……どいつもこいつも……」

 

 私の言葉の何が響いたか、ここに至って、金剛の雰囲気が変わったのに、私は気付いた。

 居るだけで周囲に存在をアピールするような、普段の金剛とは全く違う、研ぎ澄まされた印象。鋭くなった、といえばいいのか。表情が変わった訳ではないのに、その笑顔はまるで貼り付けられたもののように、私の目には映った。

 その、普段通りに模られた笑顔が、言う。

 

「……だって、提督の一生の傷になれるなら、それは嬉しいことじゃないデスか?」

 

 頭を殴られたような衝撃を、錯覚した。

 絶句した私を置き去りにして、金剛は尚も言葉を紡ぐ。

 

「そりゃあ、普通の幸せには憧れマース……。戦いが終わって、提督の一番になれるなら、それは想像もできないくらい幸せでショウ。けど、提督の中で一番になれるのなら、……生きてる人も寄せ付けないような一番になれるのなら、それはそれで、すごく魅力的デス」

 

 そうは思いませんカ? と、そう呟いて、金剛は私の目をじっと見つめてきた。その圧力に、恐怖する。

 それからどうやってその場を辞して、部屋に戻ったのか、覚えていない。気付けば、私は自分の部屋で、寝台に突っ伏して泣いていた。

 なぜ泣いていたのかは、わからない。

 考えたくもなかった。

 

 

 

 それからも、私たちの鎮守府の日常は変わらない。

 新入りはもっと増えて、提督の周りは日毎に喧しさを増していって、私たちはまだ、一人も欠員を出さずにやってこれている。

 戦いの終わりは見えないけれど、誰も悲観することなく、或いは楽しみさえしながら、日々の勤めに精を出している。

 

 ただ、私は以前ほどには、提督に付き纏う艦娘に悪意を向けなくなったらしい。不思議そうにこちらを眺める他の艦娘の反応から初めてそう気付いた、というのは自分でも間抜けな話だと思う。なぜ、に関しては、あまり深く考えたくはないところだ。

 ただひとつ、確実に言えるのは、……あの日に垣間見た金剛の深淵を、私は忘れることができない、ということだけだ。

 

 今日も誰かが、提督にアプローチを仕掛けている。鈍くはない提督のこと、きっと気持ちに気付いていないということはないはずだ。

 未来を掴むためなのか、それとも過去の傷痕として残るためなのか。私には判じかねるし、どうでもいい。

 ただ、私は御免だ。そんな風に、思い出になってしまうだなんて。……こう思っていられれば大丈夫だということを、私は直感的に悟っていた。




・タイトルはTMRの楽曲から。
・彼女ら各々の感情をどう名付けるか、は読んだ方の感想にお任せします。

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