蹄物語   作:棚かぼちゃ

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お待たせしました。




夢を見ている。

 

見た――ではなく、見ている。

それはつまり、過去形ではなく現在進行系ということである。

 

夢というのは不思議なもので、どんなに現実的にあり得ないことや、不合理なことであっても見ているその時には「そういうもの」と納得してしまって、それが夢だったと気づくのは、決まって目覚めたあとだ。

 

しかし、僕は夢の中で、夢中で、自分が見ているものが夢であることを理解していた。

 

どこまでも広がる、果ても見えないほどに広大な、薄暗い空間。

僕がこちらの世界に蹴り飛ばされた時に通ったような、上も下も分からないような場所。

 

そこを、人影が走っていた。

 

そう、人影。

 

目を凝らしても、顔は見えない。まるで、『アイツ』。

カフェちゃんの言うところの、『お友達』。

 

その特徴的な耳と尻尾のシルエットが、無数に走り去っていくそれらがウマ娘であることを示しており、ただひたすらに、何かを目印にするように駆けていた。

 

この光景を前にしたら、さしもの僕も、これは夢だって気付くというものだ。

あまりにも抽象的で、現実的でなく非現実的だ。

 

これはあれだ。俗にいう、明晰夢というヤツだろう。

 

しかしまあ、ウマ娘は本当に走るのが好きな生き物であるようだ。

せめて眠っている時くらい(寝ているのは僕であるのだが)足を止めて、重力に身を任せて眠ってもいいんじゃないか。

 

まあ、それはさておき、これはチャンスかもしれないぞ。

 

ほら、よく言うじゃないか。夢を見ている本人がそれが夢だと自覚したならば、思い通りに世界を操れると。

ならば、こっちのものじゃないか。もしそれが本当ならば僕は望むものを望むままに見ることが出来るのだ。

 

ならば、早速やってみようじゃないか!

 

「出でよ! 猫耳メガネ教師コスプレ三つ編み委員長!!」

 

びっくりした。

 

自分でも特になにも考えていなかったのに、自分でも驚くほど素直すぎる欲望が口を突いて出た。

確かに、僕はよく羽川に「もうっ阿良々木くんは本当にダメな子だね。この羽川先生が体に教えてあげなきゃいけないかな♪」と教鞭で叩かれるプレイを想像したことはあるが、さすがに口に出したことはないのだが。

 

しかし、ここは僕の夢の中。僕だけの侵されざる領域。

 

夢の中でくらい、夢を見たってバチは当たらないってもんじゃないか。

きっと、この状況はここ最近いろいろと頑張った僕に対する神様からの気の利いたご褒美なのだ。

ならば、状況を最大限楽しんでやろうじゃないか。

 

僕は胸の鼓動が高鳴るのを自覚しながら、僕の望むものが現れるのを待った。

 

「……」

 

しかし、何秒経っても何分経っても、何も起こらなかった。そよ風ひとつ吹くことはなかった。

 

なんてことだ。話が違うじゃないか。

 

僕の脳内なんだから、素直に僕の欲望をかなえてくれたっていいんじゃないか? それとも、そう簡単にはご褒美にありつけないことこそを僕が望んでいるとでも言うのだろうか?

 

流石の僕も、自分がそこまでのマゾ性を秘めているとは信じたくないところであるのだが。

 

くそっ。誰かこの哀れな僕に、阿良々木暦に救いの手を差し伸べてはくれないのだろうか。

神様でも天使でもいいから、さんざ今まで苦労してきた僕にご褒美をくれたって罰は当たらないんじゃないだうろか。

 

そんなことを思案した時だった。

 

「あなたの願い、叶えてあげましょう」

「……ッ! 羽川……?」

 

突如、空から天女が舞い降りた。

天女のような羽川が、光輪を帯びて降臨した。

 

それは、古代ローマ人が着ていたような――トーガというのだろうか? ゆったりとした衣服に身を包み(それでもその規格外の膨らみは隠しきれていないのだが)、馬の耳と尻尾を生やした羽川だった。

 

少々リクエストとは違っているし、なんだか新たな属性が付与されていたが、間違いなく羽川翼であった。エンジェル羽川であった。

 

「さあ、阿良々木くん。君がしたいこと、何でも言ってみなさい。ひとつだけ叶えて差し上げましょう」

 

「何でも!?」

 

なんだか以前にもこんなことがあった気がするが、やはり、何でもというのは逆に困ってしまうものだ。晩御飯はなにがいいかと聞いた時に、何でもいいというのが最もやってはいけない返事であるのと同じである。

 

しかしここは僕の夢の中。以前は出来なかったあれもいけるのではないだろうか?

 

「じゃあ!」

 

「あ、叶える願いの数を増やすのは無しで」

 

「くっ!」

 

駄目だった。先手を打たれてしまった。これでは選択肢が大幅に狭まってしまった。

 

「あ、それと私の眼球を舐めたいっていうのも無しで」

 

「絶望だーーー!!」

 

なんてことだなんてことだ!

 

なんという不条理だ! 僕の人生最大目標のひとつの可能性が、今この瞬間に潰えたと言っても過言ではない!!

僕の人生からは、夢の中ですら羽川の目玉を愛でる権利は失われてしまったのだ。

 

「えぇ…そんなに落ち込む……!?」

 

見れば、エンジェル羽川はリアクション芸みたいに地面につっぷしていた。この世の終わりのように落ち込む僕に顔を引きつらせている。

 

当然だ。現実では実現可能性が極めて低と言うのに、夢の中ですら叶わない望みがあるなんて、落ち込むなと言う方が無理だろう。ああ、現実のなんと辛く厳しいことか。まったく、夢も希望もありゃしない!

 

「あ、痛ッ……!」

 

痛い? まあ確かに僕の性癖はけっこう痛いことは自覚しているけれど、ちょっとくらい嘆いたっていいのでは……

 

いや、なんかこれ、前にも似たようなことがあったな?

 

「どうした、羽川!?」

「う~んと、今落っこちた時にちょっと足先を地面にぶつけちゃって……」

「それは大変だ! この阿良々木先生に見せてみなさい」

「なによ、先生って…」

「いいから」

「うん…はい、どうぞ」

 

おずおずとエンジェル羽川は僕に足を差し出した。羽川が! 僕に!! 足を!!! 好きにしていいと!!!!

 

「やっぱり止めとこうかな」

 

おっと、瞬間的に興奮してしまった。落ち着け僕。こういう時は冷静さが大切だ。

 

「なにを言ってるんだ羽川、足のけがは悪化したら大事になることが多いんだ。さあさあ」

「えー?」

 

僕はその足元にひざまづき、その御み足に手を添えてエンジェル羽川が手で押さえいた部分を確認した。

 

右足の親指、その爪が割れて、内出血しているようだった。かなり痛そうだ。

 

「羽川、僕の願いは決まったぜ」

「うん、なんとなくもう想像がついてるけど、つきたくないけれど、一応言ってみて?」

 

ふっ、流石は羽川だ。一を聞いて十どころか百を知る女だ。

 

 

「卑しいこの僕に、お前の足を舐め回す栄誉を頂けますか?」

 

そう、昔からのことわざにもあるあれだ。

 

怪我をしたらツバを付けておけば治るのだ。

そして実際、治る。

擬きと言えば、吸血鬼の僕の唾液には治癒効果があるのだから。

 

「……はいはい。お好きなように?」

 

エンジェル羽川はどこか諦めたような、されどどこか仕方ないなぁとでも言うような呆れたような笑顔で、そう言った。

 

僕は、エンジェル羽川の爪先に、まるで姫に忠誠を誓う騎士のように恭く、口づけを……

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにやってるんですか」

『ハヤク オキロ』

 

 

 

 

 

 

しようとしたところで、目が覚めた。

 

 

「……………ッ」

 

 

 

 

いつも、こうだ。

悪い夢は、もう見たくなくても執拗なまでに続くくせをして、良い夢はいつもいつもそうだ。

 

夢の中で、美味しそうな料理を口にしようとした瞬間のような、クライマックスという、一番おいしいところで目が覚めてしまうのだ。

 

くそ! なんてことだ…!

 

たとえ夢であったとしても、僕はあの瞬間を終生忘れないように脳に刻み込むつもりだったのに……‼

 

まあ、目が覚めてしまったものは仕方がない(目が覚めたといっても、まだ目を開いてはいないのだが)

 

「ハァ……ッ」

 

ひとつ息を吸い込むと、冬の外気で冷えて乾燥した空気が肺に入りこんできた。

 

時計を見たわけでもないし、外を見たわけでもないけれど、感覚的に、まだ早朝といったところだうか。

 

セットした目覚ましが鳴っていないことから、まだ起床時間ではない。

 

予定外に睡眠を打ち切られたせいで、頭がボンヤリとして目の奥が重く感じる。

 

まったく。夢では肝心なものは見れず、睡眠時間まで削られるなんてついていない。

 

耳を澄ますと、窓の外―つまりはこのトレセン学園のトレーナー寮の外の音が聞こえてきた。

 

早朝ということもあって、通勤ラッシュ時に比べてまばらな車の走行音と、雀のさえずる声。

 

「ファイオー」

「いっちに、いっちに」

「にんじん、にんじん」

 

そして、学園生徒の声。

 

朝練だろう。こんな早くから、ご苦労なことである。

 

朝練を行う生徒たちはもっぱら、この学園敷地内か少し離れた河川敷で走っている。

 

以前は学園から出て公道も走っていたそうだが、早朝の声出しに、睡眠妨害だと近隣住民から苦情が入れたあったらしく、それからは自粛しているとのことだ。

 

こんなスポーツ選手養成校みたいな場所の周辺に住んでいながら、なんだそりゃと思わなくもないが、実際に暮らすとなれば、まあ、その言い分も理解出来なくもない。

 

だが、しかしである。

 

理解出来ないわけではないが、それでも僕は、彼女たちを擁護する側に立つだろう。

 

それは、僕の現在の身分がこのトレセン学園の職員であるという、職務意識に基づく身内贔屓という訳ではないとこを断っておくべきだろう。

 

理由は単純で、明快だ。

 

少しでも練習量を確保するため、陽も昇りきっていない内に起き出して走り込み、その足で学校の授業を受けて、さらに放課後には練習に打ち込む彼女たちを、僕は尊敬しているのだ。

 

朝は一分一秒でも長く寝ていたい僕には、到底真似できないし、真似をしようとも思えない。

 

思わないではなく、思えない。

 

睡魔という恐ろしい魔物を打ち払い、そのうえで自分の肉体に鞭打つというストイックさ。その意思の強さを、僕はきっと発揮できないだろう。

 

人間は、自分に出来ないことを成し遂げられる者には、自然と畏敬の念を覚えるものであるらしかった。

 

ウマ娘たちは、今日も道をゆく。

その努力が報われるかも分からないというのに、毎日、朝も夜となく、走り慣れた道を駆けていく。

知り尽くした道を。

 

何度も、何度も。瞳の先にある、勝利だけを目指して。

 

「でもなぁ…」

 

しかし、僕はこうも思う。思わずにはいられない。

 

たまには休んでもよくね? と。

 

継続は力なりとはよく聞く話ではあるし、実際そうなのだろう。僕だって、受験勉強に本腰を入れるようになってからはその言葉の意味を嫌というほど、身にしみて思い知らされた。

 

練習を一日休むと自分にわかる。 二日休むと批評家にわかる。 三日休むと聴衆にわかるとは、バイオリニストのヤッシャの言葉だ。

 

いやまったくその通りで、あらゆる反論は自分の怠惰の言い訳にしかならないだろう。

 

しかし、それでも、僕は確信している。

休息は必要なのだ。

 

だって、朝練して授業受けて、放課後にはまた練習って…

 

どう考えても、生物としてオーバーワークだろ。

 

どんなに体調管理に気を付けていたとしても、強い精神を持ち合わせていたとしても、それはやっぱり、何かを削っているのだろう。

 

無理をすると、それはいつか必ず何かしらの形で返ってくる。目に見えてるかそうでないかの違いはあれど、大体の場合、それは突然、来て欲しくない時に限って訪れるのだ。

僕はこちらの世界に来てからまだまだ知っていることは少ないけれど、ウマ娘というアスリートに跳ね返る無理が、どんなものであるかは、少しくらいは知ったつもりだ。

 

ウマ娘たちは、道をゆく。

 

いまだ見ぬレースに――未知に挑むように。我武者羅に。

 

知り尽くした(コース)を、繰り返し走り続ける。

 

でも、たまには、少しくらい立ち止まってもいいんじゃないかと僕は思う。

 

道に――未知に、挑む姿は尊いけれど、それにしたって限度がある。

 

これは全く僕の個人的な意見ではあるのだが、未知の反対は何かというと、それは既知だろう。

 

知り尽くした道は未知でなく、既知になる。

 

既知、それは基地に通じるのではないだろうか?

「この町は私にとって裏道まで知り尽くした庭みたいな物だ」みたいに、道を――未知を既知にすることで、そこはその人にとって、テリトリー(拠点と言い換えてもいいだろう)となるというのが、僕の持論だ。

 

基地、それは安心出来る場所であることに他ならない。

例えば、僕にとっては、まさに今横たわっているベッドの上がそうだ。

 

こちらの世界で、最初にこの部屋へ来た時は何もかもが未知で、勝手がわからない一種の気持ち悪さがあった。

 

旅先でホテルに泊まった時に、とりあえずクローゼットの中や、引き出しに何が入っているか確認したことがある人もいるのではないだろうか?

 

ヒトは、何がどこにあるか、それを理解した時に初めてそこを安心出来る場所と思えるのではないだろう。

 

未知を既知変えて、基地になるのだ。

 

ならば、ウマ娘たちも、たまには肩肘を張らずに、休んでしまえば良いのだ。毎日その努力を見てきた道も、それくらいのことは許してくれるはずだ。

 

 

まずは休んでから、また走り出せばいいのだ。

 

そして、どうか僅かでも永く、心身ともに健全であって欲しいと、そう思うのだ。

 

僕は、今も遠くから聞こえ続ける声に、願いを込めて呟いた。

 

 

 

「おはよう、ウマ娘諸君。そして、おやすみ」

 

「いや、起きてください」

『ニドネ ノ イイワケ ガ ナガスギル!』

 

 

 

 

くっ! 駄目だったか!

 

気づかないフリを続けていたが、やはりそうだった。大体、最初に夢から覚めた時から人の気配はしていたのだ。

 

僕の甘い夢を断ち切った声にも、なんだか聞き覚えがあると思ってたんだ。

 

「さっきから目覚ましは何度も鳴っています…阿良々木さんが鳴り始めコンマ一秒で止めていましたが……」

 

「阿良々木くん、今日は早めに起きろって言っただろう? いつまで寝てるんだいまったく」

 

「……悪い、完全に目が醒めた。覚醒した」

 

そう、そうだった。

今日はウマ娘マンハッタンカフェの、メイクデビューなのだ。

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。
仕事やらなんやら環境が変わってすっかり執筆が出来ず、今回もまるで話が進みませんでしたが、少しずつでも進めていこうと思います。
もしよろしければ、こんごもお付き合いください。

ウマ娘と物語シリーズ原作を

  • どちらも見ている
  • ウマ娘のみ
  • 物語シリーズのみ
  • どちらも見ていない
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