竜血濁らずとも腐るべし   作:メラニンEX

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聖なる竜殺し編もあとちょっとしたらクライマックス。今回はあんまりヨルムンガンド宮は出てきません。


6.セカンド・ステップ、頭を垂れて

 

 

 

–––––がこん!

音を立てて扉が開くと、物凄い勢いで殺菌のためのガスが吐き出され、倉庫から出てきた人物がわずかに噎せこむ音が響いた。男は2度、3度と手を振ってガスの名残を振り払うと、足早に部屋の中へ向かって歩いてくると、あからさまに困ったという顔で椅子に座り込んだ。

痩せた白衣姿の男である。線の細く幸の薄そうな、いかにも研究者じみた風態ではあるが、日に焼けた肌と童顔気味の顔立ちが男の年齢を不明確にしている。白熱灯に照らされた、シャーレやファイルなどが雑然と並べられている部屋の中、男の纏うどこかくたびれたような空気は壮年のようにも見えるが、皺のひとつもない顔はもっとずっと若く見えた。

 

「相も変わらず辛気臭ェ顔してんなァ〜〜〜オイオイ今度はどうした!飼ってた金魚でも死んじまったのか、海王類オタク!?」

心底嫌そうな顔で、白衣の男は自分の部屋で勝手に居座るもう1人の男を見上げた。風船のように丸々としたフォルムのこちらは、白衣の男より幾分若そうに見える。ハリのあるむちむちとした肉(本人曰く筋肉らしいが)も眩しいグラサン姿の彼は、にやにやとした顔で男を見ている。

 

「あのねえ……人の部屋に勝手に入らないで下さいと何度も言ってるでしょう…うちの金魚はもうずっと前に君が改良したウイルスにやられて死んでるし…とにかく自分のラボに戻って下さいよ。クラウンと言い君といい、私のプライバシーを何だと思ってるんです……」

「ムハハハハ!アンタのプライバシ〜…?まあそこに無ければ…」

「………」

「どっかにあるンじゃね」

「どっちなんですか、それ!?」

 

疲れた顔で年下の同僚(?)に突っ込んだ白衣の男は、胸ポケットから取り出した煙草の箱から一本取り出すと、黙って火を付けた。白く濁った、ニコチン臭い煙が一筋研究室の天井に立ち昇っていく。

 

「全く…君たちと来たら…はあ………」

君たち、の対象に己があんまり含まれていないことを悟ったサングラスの男は、ははあんと訳知り顔をした。ついさっき倉庫から聞こえた野太い悲鳴からしても、多分そうだろう。

「またシーザーか?」

「ええ。私の専用冷蔵庫を漁ってました。彼いい加減に、海王類の細胞サンプルとか内臓からの抽出成分とかちょろまかそうとしてくるの、やめて欲しいんですが……実験用のラットや犬と違って海王類から採取するの、物凄く大変なのに……海楼石の錠前の購入を検討しないといけませんね」

「ムハハハハ!んで?シーザーの奴、どうしたんだ?さっき汚い悲鳴上がってたろ」

「え?ああ、海楼石の粉末入りスプレーを口から噴霧しときました。肺洗浄が終わるまでは静かにしていると思いますよ」

「…コワ〜…」

 

コイツ小市民そのものみたいな顔と性格の癖に、たまにやることがえげつないんだよなあとサングラスの男は内心でぼやいた。普段、この倫理観のない職場唯一の常識人です、みたいな顔をしてはいるが、白衣の彼は自分で思うほど性格は別に良くなかったりする。

 

 

––––ウートガルズ・J・ロプト。

海王類に関する分野の権威として名高い白衣の生物学者を、このとびきり危険で、常識外れで、良識や倫理など母親の腹の中に置いてきたような科学者しかいない兵器開発の場で見かけた時にはたいそう驚いたものだ。元は全く分野違いなこの研究所の長、Dr.ベガパンクと多少面識があったらしく、血統因子の研究に興味を持って籍を置いているとのことだった。

 

とは言え。彼はこの無法地帯では多少なりとも浮いていることは確かだった。島一つ滅ぼせる爆弾にも、血統因子を操作して強靭な生物兵器にも特に関わることはなく、あくまで海王類の生態をより深く探るため、あるいは遺伝的欠陥を持つ海王類の治療などの手段として血統因子を見ているせいだろう。正直、この研究所で表に出してもお咎めなしの研究してる奴など彼くらいのものである。

ま、別に彼が倫理観の欠如した研究に手を出していないのが、善性や科学者としての良識に由来はしていないのだけれども。

 

 

そういやよ、とサングラスの男は思い出したように、部屋に置かれていた小さな小包を勝手に手に取ると、ぽんぽんと玩具のように放り投げた。赤いリボンで飾られた、白い紙に包まれた柔らかな手触り。兵器開発の研究者にはまるで似合わない、大変ファンシーな雰囲気である。あとちょっといい匂いもする。

 

「これ………誰へのプレゼントだァ!?もしかして…」

「あ、ちょっと!やめて下さい!本当に勝手に触らないで下さいよ!」

「……もしかして不倫か!?不倫なのか!?身持ちの固い海王類オタクのくせによォ!」

「違いますって!娘ですよ、娘!誕生日が近いから用意したんです!私が不倫なんかするわけないじゃないですか!」

ロプトの言葉に、すん………と一気に静かになったサングラスの男が、ぽん、とロプトの白衣に手を置く。

「……美人か?」

「…黙秘します。君みたいな奴に娘の個人情報を教えるのは、ちょっと………」

「あァ!?おれァちゃんと女の子へのプレゼントにハートのペンダント贈るタイプの“FUNK”だぞ!!ナメんな!」

「一番要らないプレゼントじゃないですか!デート終わったら速攻売られてるタイプですよ!」

 

かくして研究室からは既婚者と未婚者の醜い言い争いがしばらく聞こえてくることとなり、あまりの騒音に怒り狂ったヴィンスモーク・ジャッジが怒鳴り込んでくるまで研究者たちのレベルの低い戦いは続けられることとなったのだった。

 

 

 

 

 

セカンド・ステップ、頭を垂れて

 

 

 

 

赤い土の大陸にあるレッド・ポートを出港して、はや6日。その、明け方のこと。

海兵たちの朝は早い。どれくらいかと言うと、うどん職人と同じくらい早い。訓練兵時代からラッパの音ひとつで瞬時に覚醒する習慣を骨の髄まで叩き込まれた彼らは、夜の見張り当番を除いて日が昇る頃には既に全員が身支度を整えて制服に着替えて、甲板で体操をしたのちに食事という極めて規則正しく健康的なルーティンをとっていた。

がやがや、わいわい。朝の食堂は健康的な喧騒と、ほんの少しの眠気の名残を振り払おうとするかのような声に満ちている。

 

「お?珍しいな、彼がこの時間に来てるなんて」

「誰だ?見ない顔だが……」

 

ガープの麾下の兵の視線の先にいたのは、食堂のカウンター付近で席を探すようにキョロキョロとしている年若い青年だった。海兵の制服とはまた違う、簡素な背広らしき服に身を包んだ大人しそうな雰囲気の男である。

尋ねられた方の海兵は、訳知り顔で口元を拭うとあっさり答えた。

 

「ヨルムンガンド宮の連れてらっしゃる、あー…奴隷だよ。つっても、あの方はほら、だいぶ気安くていらっしゃるし…彼も船内で好きに過ごしていいって言われてるみたいでな。それで昨日、荷運びを手伝ってもらったから話す機会があったんだ。いい奴だぜ」

「へえ……あー確かに、言われてみれば出港のときに見たような気も………」

「おーい、ヴィクター!席がないならこっちはどうだ!空いてるぜ!」

 

呼ばれた奴隷は、声に反応してすたすたとこちらへ歩み寄ってくると、初対面の海兵に軽く目礼をして空席に腰を下ろした。つられて海兵たちも頭を下げる。

まじまじ見るのは失礼かと思い、横目で海兵はちらりとヴィクターと呼ばれた青年を観察した。きちんと清潔なグレーの背広にネクタイを締めない白のシャツ、短く切り揃えたアッシュベージュの髪に縁取られた顔立ちは、少し疲れたような色こそあれど落ち着きのある端正さを宿していた。

 

「わざわざありがとうございます、ヘルソン中尉。助かりました」

「いや。にしても、君がこの時間に食事をとってるのは珍しいな。いつもはもう少し遅いだろうに……ヨルムンガンド宮は?」

「まだ寝ていらっしゃいます。こういう時は先に食事を済ませて構わないと申し付けられておりますので、今日はこの時間に」

「なるほどな」

 

奴隷らしくない青年だな、と海兵は考えた。身だしなみや言葉遣いが整っているし、こちらに対して過剰に怯えたり卑屈に振る舞ったりする様子がない。喉元についた首輪の痕を除けばそれらしいものなどほとんど無かった。奴隷というよりは、使用人や執事と言ったほうがいくらか近い気もする。

 

「そちらの方は……初めてお会いしますね。おれはビヴロスト家にお仕えしている奴隷のヴィクターと申します。以後どうぞお見知り置きを」

「こりゃどうも。おれはサヴィク、階級は少尉だ。そういやヨルムンガンド宮も天竜人なんだから、御付きの人間くらいいるわな。あんまり見かけなかったから、てっきりお一人で来たのかと思い込んでたぜ」

「おい」

全方面に失礼な言葉にヘルソンが同僚を咎めると、ヴィクターは微かに笑みを浮かべた。

「本当はお嬢様もそのおつもりだったらしいのですが……どうも世界政府のお役人さまに止められたと聞きました」

「へーえ…あの天竜人のお嬢様、やっぱり変わってンなぁ」

 

呆れ半分、驚き半分でサヴィクは肩をすくめた。

海軍に属してからそれなりに経ち、階級も上がれば天竜人と接する機会も多少出てくる。無論直属ではないので、警護の際遠目に眺める程度ではあるが、その距離でも四つん這いになった奴隷に乗っかり、人を人とも思わない扱いに平然としている姿から十二分に彼らの持つ異様なほどの権力や、それを振り回す横暴さは肌で感じ取ることができた。

それがこの船で、(今日は寝坊してるらしい)幼い天竜人と来たら…

 

(…連れてる奴隷もこんなんだし、なあ………)

 

同僚の世間話に時折相槌を打ちながら静かな表情でスープを口に運んでいる青年を、サヴィクはまたちらりと横目で窺う。今度は目が合って、そそくさと彼は視線を外した。

 

「ヨルムンガンド宮ってこう、誰かを連れて歩くのが好きなタイプじゃないのか?あんまり君と一緒にいるところも見てないし」

ヘルソンの言葉にヴィクターは軽く首を傾げた。

「さあ……1人でいるのがお好きなタイプ、というわけではないと思いますが……ご自宅ではお父様にべったりでしたし。でも」

「?」

「誰かを連れて歩く、と言うよりは奴隷が好きではないのだ、とは思います。あの方が奴隷を買ったりすることは一度もありませんし、この旅に連れてきたのもおれだけですし、“乗る”のもたいてい断っておられるので………」

言ってから、気まずそうな顔をしている2人の下士官の顔を見たヴィクターは慌てて「いえ、あの方がおれのような奴隷に辛く当たるとかそういうことではなくて。自虐でもありませんよ」と付け加えた。

 

「ただ単に、おれ達をどう扱えばよいのか戸惑っておられるのだと思います。お母君を見習ってごく普通の天竜人のようにするべきか、はたまたそうではないのか……」

–––––お嬢様も微妙な立場におられる方ですので。

 

青年はそう言うと、いつの間にやら食べ終わっていた素早く皿を片付けると、それでは、とまた一礼して席を立った。

なんだかあの大人しそうで地味な青年の口から、あの幼い天竜人の思いもよらない部分が垣間見えた気がして、2人はヴィクターが去っていった後もしばらく、顔を見合わせてコメントに困っていた。

 

少しして、艦内中を響かせるスピーカーからアナウンスが流れ出した。

『えー、艦内に通達、通達…………現在航行中の本艦前方10キロに島陰確認。目的地キングズ・セメタリー諸島と思われるため、艦内の海兵は推定1時間後に向けて上陸準備を始めるようお願いします……くれぐれも防寒対策はしっかりと…繰り返しま………zZZz』

 

無機質なアナウンスは不寝番のものだろう。寝不足のせいか、若干イラついたような声をしており、語尾が寝息に消えていた。

その内容に食堂に集まっていた海兵たちの視線が、示し合わせたように揃って前方の丸窓の方を向いた。たいして大きくもない、鉄に縁取られた丸いガラス窓の向こう、鈍色の空の下には確かに豆粒のような島の影を見ることができた。

 

–––––どんよりと。朝だと言うのに今にも落ちてきそうなほど重苦しい、雪の気配を潜ませた寒空と、北に行くにつれて暗さを増していく冷たい海。その中にただ、黙ったまま。

じっと窓を見つめるガープや部下たち、あるいは寝室でアナウンスに叩き起こされたヨルムンガンドの眼差しを気にも留めないで、ヨルムンガンドの父・ロプトがマリージョアに来る前に住んでいた土地、北の海は『キングズ・セメタリー諸島』が海の向こうにひっそりと佇んでいた。

 

 

 

「……雪、降りそうだな」

「そうだな…」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

––––キングズ・セメタリー諸島。

王の墓所、という仰々しい意味を持つ、この6つの島とさらに細かい小島が10ほどで構成された諸島は、意外にも王国であった過去はない。そもそもそれほどの規模でもないのだが。今も昔も冬季の厳しすぎる寒さによってまともな農業が成り立たず、緩やかな自治の下、近隣のいくつかの島同士で協力し合って穀物や労働力を融通しなければ島民が冬を越すのもやっとの不毛の土地だった。

王国制度がないのではない。身分差ができるほど富めるものがいないから、やろうにもできないのだ。

 

「……主な稼ぎは漁業。次に冬季に流氷目当ての観光業が僅か…そのため、漁業組合の長が実質の市長のような扱いですね」

「ほーん。で、何でそんな島の名前が王の墓、なんじゃ」

 

頬を打つ風は切り裂くように冷たく、吐く息は白く濁るどころか呼吸のたびにうっすらとした氷の粒が肌の表面に膜を作るほどの極寒。流石の健康優良児ガープも、分厚く着込まなければあっという間に冷えたミイラになりそうな気温の中、放たれた質問(同じことを聞かれたのは3回目)に部下は冷たい視線を送った。

船から降りるタラップも、長靴ごしにひんやりとした温度を伝えてくる。カンカンカン、と硬質な音が冬空に響いた。

 

「…現実の王族どうこうは関係ありませんよ。元々はシー・キングズ・セメタリーだったのが、初めの部分を省略するようになっただけです。つまり、ある特定の海王類がこの島を最期の場所にしてるんですね」

そこまで言った部下は、手元の地図を見ながらどの島かな、と首を捻る。

「確か北側にある島の湾岸エリアに流れ着くんだそうです。潮の流れが原因なのか、彼らが選んでここに来るのか…………」

「–––––さて。どちらかは私どもにも分かりかねますが、流れ着いてここで命を終える海王類の遺体に多くの小魚たちが群がり、それを食する魚を獲ることで我らの命も繋がれている……この島に住む者にとってはありがたい客人でございます」

 

ふと、潮焼けした声が、ガープの部下の声に続いた。見ればタラップを降りた先、少し離れた場所に似合わない正装に身を包んだ人間が集まっており、その中で最も年嵩と思わしき老人が頭を下げた。察するに先ほどの説明の中でも出てきた、諸島の運営を実質行うという漁業組合のものだろう。

ガープが老人に向かって手を差し出すと、歳の割に頑強な力で握り返された。老いても船乗り、ということだろうか。

 

「ようこそ、キングズ・セメタリーへ。このような辺鄙な場所に、尊きお客様をお迎えできること、たいへん嬉しく思います。ここの組合長をしているグレイヴでございます」

「おう。わしゃ海軍本部の中将やっとる、モンキー・D・ガープじゃ」

「『英雄』のお噂はかねがね、北の海でも伺っております……後でサインを頂いても?」

「ええぞ!」

「寛大なお言葉ありがとうございます。ところで」

元気の良い返事を貰えたところで、組合長はガープの後ろ側に停泊している軍艦を見て目を細めた。鈍色の冬空に眩しいところなどひとつもないのに、まるで光に目を焼かれたときのような仕草だった。

「件の天竜人さま……ビヴロスト・ヨルムンガンド宮は船の方に?」

「いや………」

 

ちょうど、ずべしゃ!という派手な音を立てながら、小さな人影が極寒で滑る道路に突っ込んだ。慌てて顔色を変えた周りの海兵や奴隷が助け起こすのを見て、組合長が「もしやあの方が?」と尋ねてきたのに対し、ガープは黙って頷いた。

「さ、寒い……いたい…やっぱり寒いぃ…」

「肩外れたときと違って泣かんかったな!偉い偉い、ぶわっはっはっは」

「ガープ中将!」

ずび、と鼻をすすった少女の顔は赤い。余計なことを言い出すガープを睨んでいる目はちょっとばかり潤んでいた。極寒と顔面から転んだ痛さでしばらくぶるぶる震えていた少女は、ふと自分に向かって跪いている島民に気づいて慌てて制止した。

 

「……あ、あの、あなた達はわたしに跪かなくてもいいの。だいたいこんなに寒いところでそんなことしたら、霜焼け?になるんでしょう。顔を上げてもいいわよ」

「これは、なんと慈悲深い言葉を………」

 

雪の付いていた地面から恐る恐る身を起こし、奇妙なことを言い出した天竜人の少女の顔をその時初めてまじまじと見た老爺はひゅ、と息を飲んだ。冬の透明な光に照らされた幼いヨルムンガンドの顔はあまりにも彼の知る父親とよくよく似通っており、それがどんなに残酷なことであるかも彼にはよく理解できた。

 

「?どうしたの?」

「い、いえ……何でもございません。ようこそキングズ・セメタリーへいらっしゃいました、ビヴロスト・ヨルムンガンド宮。このように遠い地までご足労頂き、ご尊顔を拝する機会を得ましたこと誠に光栄に存じます……この後のご予定はどう致しましょう。まずはホテルにご案内いたしましょうか。それともウートガルズ家の墓地の方もご用意出来ておりますが……」

 

つかの間きょとんとしたヨルムンガンドは、「ちょっと待って」とコートの内ポケットをごそごそと探って何やら手紙らしき封筒を取り出すと、それをあれこれ角度を変えながら睨むように目を凝らし始めた。細い眉毛がきゅっと寄せられていて、なんとも渋い顔をしている。

「ええっとね………………お葬式はなし、でパパの遺体をあの、アレするのはぁ…今から3日後だから、うん!墓地の案内は結構よ。それと…」

「それと?」

「……あのね」

ちょっと困ったような顔でヨルムンガンドは老爺を見上げた。結ばれた黒のポニーテールが、北限の地の血まで凍りつくような風に遊ばれて、ゆらゆらと揺れている。

「後でパパのご家族が住んでる場所に案内してくださる?渡すものがあるんですって」

 

  

 

 

 

 

 

 

木枯らしによって冷やされた、キングズ・セメタリー諸島北端部。もうすぐすれば流氷によって海面のほぼ全てが真っ白に染め上げられるその海の僅かに浅くなった部分に、船が暗礁に乗り上げたような形で体を横たえるものがいる。

船ではない。山のような–––あるいは海に沈んでいる部分も含めれば島そのものと変わらないような大きさの海王類だった。それが2匹。大きなものと、それの半分くらいのもの。後者は子どもだろうか。

外見としてはシャチに極めて似ているが、シャチとは違って眼球の周りを取り巻くように白い斑点があり、背鰭から体の半分ほどが黒いのに対して腹部が鯨のように線が入っているせいか、どこかタキシードを着ているようにも見える。

 

シャチに似た海王類の大きな方は、僅かに目を開けて小さな同族を見つめた。小さな方の海王類はとうに目を瞑り、ただ体を洗う波に身を任せて眠っているようにも見えたが、そうではない。

小型の海王類に群がってきた魚たちを散らすように、大きな方の海王類はその巨体をほんの少し、動かした。それだけで波の流れが変わり、海の王者の不機嫌を感じ取った小魚たちは慌てて逃げ出した。

ほう…と巨大な生き物は、口を開けて息を吐き出した。もうあと僅かで終わろうとしている長い長い生と重たい責務を憂いたように。疲れたように。あるいは懐かしい歌を、歌うかのように。

 

 

 

 

–––ひとつの長い戦があり、十の偉大なる魚が死に、百の島が沈み、千の高波が起こり、万の吹き荒れる嵐があった……

 

––––私は打ち寄せて帰らぬ波、流されて磨かれぬ海底の石、沈むことのない骸…

 

–––私は船を曳く栄光に与ることなき魚、しかし私は異なるものの潮路である……

 

 

 

北風は雪を運んでくる。キングズ・セメタリーはまもなく、長い冬を向かえようとしていた。何もかもが凍りつき、白い嵐がうねる遠い冬を。





在りし日のパパ
研究所時代。大体の研究員に舐められてる。小物で生ぬるい倫理観があるので、シーザーと反りがあんまり合わない。ジャッジとは世間話くらいだったらできる。ベガパンクの年は不明だけど、研究所の中ではかなり年上の方。

サングラスの男さん
あの人。クイーンより前の名前が分かんないので君で通してる。パパが奴隷になったと聞いてゲラゲラ笑った。

ヴィクターくん
奴隷。ビヴロスト家にはパパの浮気防止として男の奴隷しかいない。

お察しの通り次からパパの遺族とあれこれ。当たり前だが揉める。

ヨルムンガンド以外の六梯席所属の天竜人を見てみたい?

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