捕食者系魔法少女   作:バショウ科バショウ属

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 ヒロイン(虫)未登場回。


蠢動

 雲一つない蒼穹より降り注ぐ陽光は、象牙色の平坦な大地を照らす。

 

 ──大地は語弊がある。

 

 そこに自然物は一切なく、ただ質実剛健なコンクリートがあった。

 アフターバーナーの強烈な熱量に耐える()()で形成された3350mに及ぶ長大な滑走路。

 その陽炎揺らめく滑走路を眺める2対の視線。

 

『浮かない顔だな、少尉』

 

 鍛え上げられた太い腕を組む壮年の兵士。

 そのサングラスで隠された色素の薄い目は、隣に佇む少尉を盗み見る。

 

『不満か?』

 

 親子ほどの年齢差がある相手は、若干サイズの合っていないマルチカムの戦闘服を着た少女。

 軍用機を収容する格納庫前の日陰から滑走路へ向けられた視線は険しい。

 

『それは……そうですね』

 

 紡ぎかけた否定の言葉を飲み込み、素直に肯定した。

 ブリーフィングの際、胸中に押し殺した感情をモーガンは吐露する。

 昼下がりの格納庫で聞く者は、隣に立つ大人だけだ。

 

『理解は、しているつもりです……ですが、これ以上、本国から戦力を引き抜くわけにはいかないというのに』

 

 太平洋より飛来する戦術輸送機に乗っているウィッチ3名。

 親友であり、戦友であり、チームメイトである彼女たちを待つモーガンの表情は複雑なものであった。

 世界最強の軍隊は、世界最多のウィッチが所属する軍隊でもあるが、それでも国土の失陥を食い止められずにいる。

 そこから実力の高いチームを引き抜くことに危機感を抱かずにはいられないのだ。

 

『やむを得ないだろう』

 

 その危機感は共有しながら、壮年の大尉は空を見上げて溜息交じりに言う。

 人の営みが滅びに瀕しようと蒼穹は美しく晴れ渡っていた。

 

『推定される妨害勢力はウィッチだ』

 

 モーガン立会の下、ドローンの残骸を検分したところエナの残滓が観測された。 

 そこで敵対的なウィッチの存在が浮かび上がる。

 正体や目的は一切不明。

 損害こそドローンだが、予備機まで撃墜する徹底ぶりから敵対は避けられない。

 

『正直……認めたくはありませんが』

『そうだな』

 

 強大な力を扱うには未熟な少女たち。

 インクブスを屠る力とは、ベクトルを変えれば人類も容易く屠れる。

 だからこそ、制御された暴力装置である国軍に管理されなければならない。

 

 しかし、ここは法治国家ならぬ放置国家──ウィッチの倫理観に依存した危うい国防が行われている。

 

 個人が暴走しようと制止する手段を日本政府は持たない。

 想定される最悪の事態に直面すれば、天を仰ぎたくもなる。

 

『私単独では対処できない力量の……ウィッチです』

 

 大きな碧眼を細めて、苦々しく言葉を吐き出す。

 この特異な島国で活動するウィッチは、総じてウィッチナンバーの上位に位置する。

 隔絶した能力差は実戦経験だけで補えるものではない。

 

 ゆえに、本国はインクブスの次に想定される脅威──敵対的なウィッチ──にも対応できるチームを日本へ送った。

 

『そこに負い目を感じる必要はない。君らは4人で1人だ』

 

 モーガンは先行して現地に入っているが、本来はチームの目を務めるウィッチ。

 単独で対処できない敵が現れた場合、ここに彼女の属するチームが降り立つことは必定だった。

 

『それは──』

『少尉、状況は常に変化する。そして、最善手もな』

 

 貴重な戦力だからこそ必要な局面で投入し、確実に任務を達成する。

 それが犠牲を最小限とし、短期間で目標を達成する最善手だ。

 

『……そうですね』

 

 打てる手は打つべき、という己の言葉。

 それを反芻し、モーガンは静かに頷く

 本国の命運を左右する作戦が第一段階で躓き、想像以上に思考が硬直していたと悟る。

 

『そうとも。だから、負い目を感じる必要はない』

 

 厳しい状況であっても年長者の大尉は、力強く笑う。

 サングラスに隠された視線を追ってモーガンも蒼穹を見上げる。

 

『ありがとうございます』

『大したことは言ってないさ』

 

 蒼穹に飛行機雲を引く多用途戦闘機の機影を2対の視線が捉える。

 戦術輸送機の飛行経路を確保するため飛び立った当基地の所属機であった。

 ターボファンエンジンの生み出す轟音が遅れて降ってくる。

 

『俺としては、作戦の方が心配だよ』

 

 堅実な作りの腕時計を覗き込み、それから視線を空へ戻した大尉は苦笑を浮かべた。

 

『白馬の王子様……ですね?』

 

 作戦概要を記憶の片隅から引き出したモーガンは、どこか遠い目で空を見る。

 

 迂遠な表現を一切排せば──パッケージ13とインクブスの交戦に介入し、これを援護、その過程で友好関係を構築する。

 

 誰が言ったか、白馬の王子様作戦。

 

『作戦の主導権を奪い返したかと思えば、これだ』

『友好関係の構築こそCIAの本分と思っていましたが…』

 

 友好という単語の白々しさに2人は溜息を漏らす。

 畑違いの組織を追い出し、主導権は取り戻したが、作戦目的は不明瞭となった。

 妨害勢力への対処のため、ウィッチと海兵隊の攻撃ヘリコプターの迎撃体制が早急に構築されたのに対し、肝心のパッケージ13の確保は迷走している。

 

『強硬策よりはいいが、ドローンの存在が露見した今、不信感は拭えまいよ』

『手段を選ばない、と言っていた気概はどうしたのでしょうね』

 

 パッケージ13の情報を秘密裏に収集する目的で行われた先日の作戦。

 彼女を協力させるため情報は有意義に使用されるとCIAの局員は宣っていた。

 その言葉を信じ、モーガン含む作戦要員は愚直に行動したが──

 

『CIA含め上の連中、先日の1件で腰が引けたな』

『発見時の危険性も含めて作戦だったはずです。それを今更……』

 

 パッケージ13のユニットと交戦する事態は回避したが、危険性は常に指摘されていた。

 それでも最大限のバックアップ体制を構築し、決行に移した。

 しかし、ユニットの総数と展開速度、妨害勢力の存在を前にHQは二の足を踏んだ。

 若き少尉の瞳には、その姿が優柔不断に映る。

 

『まぁ…思うところはあるが、命令は命令だ』

 

 眉が八の字を描くモーガンを横目に、苦笑を浮かべつつ大尉は()()()で話を畳みにかかる。

 使命感や義務感で戦う軍人ゆえに組織へ不満を抱くことは多々ある。

 多くは愚痴として消化されるが、度が過ぎれば不信感に成長し、任務上の障害となる。

 大尉は嗜む適当な分量を心得ていた。

 

『はい、命令は命令です』

 

 フライト・プラン通りの方角に大型の機影を捉えたモーガンも復唱する。

 分別のない子供ではないと言い聞かせるように。

 数多の防衛戦を生還してきた少女もまた常套句で己を抑制できる軍人だった。

 

『ブライス大尉』

『うん?』

 

 地上要員が忙しなく動き出す姿を目で追いながら、モーガンは思い出したように大尉の名を呼ぶ。

 険のとれた普段通りの少女の声は、喧騒に満ちた格納庫内でも耳に届く。

 

『白馬の王子様は彼女の方ですよね』

『ははっ違いない』

 

 壮年の大尉は朗らかに笑った。

 

 

 波の打ち寄せる浜辺は、様々なモノが流れ着く。

 

 海藻や雑多な木片、空のペットボトル、黒ずんだ衣服、焼け焦げた靴、そして──人。

 

 それらを確認して回る人影が4つ。

 夜間に外出し、立ち入り禁止の浜辺を動き回っている者。

 時折、点灯させるハンディライトで浮かび上がる姿は、統一感のないラフな格好をした青年だった。

 

『無事か、黒狼(ヘイラン)?』

 

 ()()()を数多の残骸から見つけ出した細目の青年。

 その声を受けて浜辺の砂に半ば沈んでいた黒毛の塊から耳が立つ。

 

『うん、問題ない』

 

 ゆらりと立ち上がった者は、あどけなさの残る声で端的に答えた。

 

 その者は──細い体躯を包む装いまで黒一色で、夜と形容したくなる少女。

 

 砂の絡まった黒髪は腰まであり、その腰からは黒い尻尾が伸びている。

 人間の形態を逸脱した者、おそらくはウィッチ。

 

『そっちも無事に上陸できたみたいだね』

 

 狼を彷彿とさせる黄金の目が集まってきた青年たちを捉え、微かに安堵の色を浮かべる。

 その目尻には、泣き腫らした痕があった。

 

『……ああ、問題ない』

 

 それから目を背け、細目の青年は一拍置いてから答えた。

 平然を装うために必要な時間だったのかもしれない。

 その間がもつ意味を悟ってしまった異形のウィッチは口を閉ざし、悲痛な表情を浮かべる。

 

『気にすることはない。君の方こそ辛かっただろう』

 

 流れ着いた小さな靴を一瞥してから、ウィッチの視線と相対する。

 避難民401名と軍人14名、それらの最期を見届けた彼女と比べられるものではない。

 ()()便()であると国防軍の目を欺くために必要な犠牲だったとしても。 

 

『隊長、巡回が来る前に移動を』

 

 声を潜めた部下の言葉に頷き、一同は浜辺から擁壁へ足を向ける。

 擁壁の上には不法入国者を阻む有刺鉄線の巻かれたフェンス。

 屈んだ人が通れる程度の穴を開けたのは、部下の1人が持っているボルトクリッパーだろう。

 

陵魚(リンユィ)がいなかった。信じられない』

海上で姿を見ない日がくるとは思わなかった

 

 異形のウィッチは重苦しい空気を変えようと口を開き、それまで沈黙を貫いていたパートナーも同調する。

 沿岸部から海洋に出没するインクブスは、水中戦を行えるウィッチの希少性ゆえ跋扈を許していた。

 しかし、報告通り落着した海域で遭遇することはなかった。

 

『直接確認したわけではないが、(チョウ)の眷属が一掃したと我々は見ている』

 

 フェンスを潜り抜けた細目の青年は、周囲へ油断なく視線を飛ばしつつ言葉を返す。

 

 吉祥の象徴たる蝶の符号で呼ばれる者──この島国を守護する蟲の女王、規格外のウィッチ。

 

 数多の犠牲を出し、辿り着いた希望の全貌は未だ掴めていない。

 しかし、現状の情報だけでも大陸の趨勢を左右するという確信があった。

 髪飾りに扮したパートナーが黒の中で星のように瞬く。

 

そうであれば……いよいよ大陸最強の称号を譲れるな

『うん』

 

 声を潜めつつも穏やかで、希望に満ちた声。

 否応なく名乗ることとなった称号に一切の執着はない。

 むしろ、その未来だけを望む切実さに、青年たちは声もかけられず痛ましい表情を浮かべる。

 華奢な双肩にかかった重責を肩代わりできる者は、彼女しか──

 

「おい、そこで何をしている!」

 

 夜の静寂を打ち壊す無粋な怒声、そして一際強い光。

 青年たちの鋭い視線は、フェンス沿いの歩道を歩いてくる人影を数える。

 自然体を装って立ち位置を変え、異形のウィッチをハンディライトの光から隠す。 

 

『…予定より早い』

「夜間は外出禁止だぞ!」

 

 沿岸部全てを監視するリソースのない国防軍に代わって監視する者たち。

 不法入国者──大陸からの難民──の捕縛に邁進する自警団だ。

 その構成員4名の予定より早い登場に、青年は思わず舌打ちする。

 

「おい、聞こえないのか!」

『予定を繰り上げる』

『了解』

 

 人間を殺傷するための銃火器で武装した自警団員を前に、青年たちが臆した様子はない。

 暴力を生業とする()()の精鋭に属する彼らにとって、眼前の素人集団は屠殺前の家畜同然だった。

 

『彼らは民間人──』

『障害だ』

 

 黒狼の助命は無慈悲に切り捨てられた。

 多くを救うため、多くを捨て、なおも善性を失っていないウィッチに敬意は表する。

 しかし、任務遂行のためには排除すべき善性だった。

 

『排除するぞ』

『了解』

 

 下された冷酷な命令に顔を背けるウィッチ。

 不用意に接近してくる自警団員に対し、青年たちは微かに上体を落とし利き手を隠す。

 あくまで自然体に、違和感なく。

 

「何をこそこそと!」

「待て……中国語だ」

 

 相対している者たちの交えている言語を看破する自警団員。

 地理の関係上、大陸と繋がりのあった暴力団の出身者ゆえに聞き慣れていた。

 今は多くの不法入国者が話す言語だ。

 ショットガンの銃口を指向することに躊躇いはない。

 

「難民が──」

 

 声を遮って破裂音が2度響き、白いシャツの胸元と腹が赤く染まる。

 

 逃亡ではなく先制攻撃──自警団員の1人が膝から崩れ落ちた。

 

 これまでの難民は持っていなかった得物が抜かれ、黒々とした銃口を向けてくる。

 その現実を飲み込み、理解することに自警団員たちは時間を割いてしまった。

 

「こいつ、らぁがっ」

 

 その致命的な遅れが招いた結果は、銃声と共に訪れる。

 1人に対して2発あるいは3発の銃弾が発射され、確実に生命を砕いた。

 そして、薬莢がアスファルトの上で乾いた音を立てる。

 

『排除確認』

『確認、処理に移れ』

『了解』

 

 黒光りする銃口から硝煙を燻らせ、細目の青年は淡々と告げた。

 アスファルトを浸食していく血を見つめるウィッチだけが口元を強く引き結ぶ。

 不法入国者を目の敵にする自警団と交渉の余地はない。

 

 ゆえに、この結末は避けられなかった──共通の敵(インクブス)が現れようと人類は手を取り合えない。

 

 その不条理を許容した青年たちは自警団員の銃を手に取り、無造作にトリガーを引く。

 虫の鳴き声が満ちた夜に鈍い銃声が木霊する。

 

『移動する』

『了解』

 

 ()()の完了した自警団員の亡骸を捨て置き、次の行動に移る。

 ハンディライトの光に虫たちが集う中、人影は逃れるように闇へ消えていく。

 

 大陸最高戦力と合流した今、雌伏の時は終わりを告げた──犠牲を顧みない奪取作戦が始まる。




 ここにファン第1号とナンバーズが参戦します(予告)

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