旧首都で戦闘を繰り広げていれば、異変に気が付く一般のウィッチも当然いる。
むしろ、気が付かないはずがなかった。
この収拾がつかない最悪のタイミングで来るとは。
「初対面ですが、あちらがナンバー2ですね」
「団体さんは、前に勧誘してた人たちの仲間かな?」
「ありゃ勧誘って言うより懐柔だにゃぁ」
高架橋の上から降ってくる緊張感のない声は、よく響く。
第三者の介入によって一時的に生まれた静寂。
ファミリアたちは獲物との間合を見ているだけだが、対立する2勢力のウィッチは違った。
睨み合って動けない。
「お二人とも、まずは──」
その渦中へ一斉に降下してくるウィッチのトリオ。
三者三様の衣装が風を孕んで翻り、軽やかに──侍従の近衛兵は重々しく──着地する。
眼前に、勇ましいというには華奢な背中が並ぶ。
「そこのインクブスを消滅させてからにしませんこと?」
そう言って脚を軽く開き、静かに拳を構える浅緑の騎士。
「うむ! 悪即斬!」
頭痛の種かと思ったが、救世主だった。
左肩で縮こまっているパートナーを見るに、お茶会のメンバーか?
「百害あって一利なし。殲滅しましょう」
機械仕掛けのファミリアを従え、悠然と佇む紅白の王。
世界の色が反転し、虚空より現れたサーベルを近衛兵が正中線上で握る。
「ネームドみたいだね」
「とっとと絞めちまうかにゃぁ」
人語を喋るライフルが波打ち、プレス加工を多用した武骨なマシンガンへ変化する。
それを軽々と構えるクラシカルな魔女。
「飛び入り参加は、ご遠慮いただきたいですね」
苛立ちを隠さなくなったボギーもまた両脚に膂力を蓄える。
「
インクブスのマジックが、世界の摂理を捻じ曲げた。
交差点に出現するボギー23体──状況が一斉に動く。
漆黒のウィッチを囲った9体が空間ごと歪曲され、消失。
灰色のコートが翻り、シールドバッシュで打ち上げられた影をナイフが射抜いて爆ぜる。
こちらへ投擲されたエナの結晶体を白磁の拳が弾き、2発目を砕き、残る6発は切断。
舞踏を思わせる徒手空拳の間隙を縫い、布を切り裂くような音を伴う銃撃が8体の影を消し飛ばす。
背後に現れた1体をカマキリが捕獲し、振り抜かれたサーベルが4体の首と胴を泣き別れさせる。
以上が辛うじて認識できた──ファミリアの感覚器官を通じて。
増援のファミリアを投じても、一瞬で殲滅するなど不可能。
ウィッチとファミリアの隔絶した能力差だ。
「お見事です」
それを見越していたボギーは、交差点から大きく離れた橋脚の影で嘲笑う。
いちいち癪に障るインクブスだ。
しかし、無秩序に溢れるエナで感知にタイムラグが生じる上、本体か判別できない。
「まぁ、無意味ですが」
「
あくまで余裕の態度を崩さないボギー目掛けて、長大なシミターを振り抜く人影。
刃が月光を反射した刹那、黒い毛玉が橋脚のコンクリートに叩き込まれる。
霞のように四散するエナに質量はない。
幻影だ。
「貴様は学習しないな、黒狼」
虚空から響く嘲りの声。
ファミリアが空気の振動から音源を追うも正確な位置が掴めない。
マジックで物理法則を捻じ曲げているのか?
これまでのインクブスと違って偽装が徹底している。
「逃げられます…!」
「分かってる」
パートナーへ返す声が無意識に硬くなる。
あれは発動の阻害が目的で、発動中のマジックは阻害できない。
インクブスが逃走の一手を打った時点で切るべき手札──すべてが後手、判断が遅い。
増援のファミリアで周辺を捜索し、微細でも変異の観測された一帯を焼くしかない。
「おさらばです、シルバーロータス! 精々、愚者の御守りを──」
嘲るボギーは、最後まで言い切ることはできない──その影を蒼い光芒が捉えた。
後退してきたヤシガニが私とウィッチのトリオを覆い、全景は見えない。
ただ、世界を貫く必殺技が、影も闇も斬り払ったことは確かだ。
「な、にっ!?」
燐光が舞い踊る中、左肩が消失したボギーは交差点を直進した先で膝をつく。
姿を隠蔽するエナまで根こそぎ吹き飛ばされたらしい。
「このエナは、まさかナンバー4?」
「出鱈目ですわ…!」
「うむ! バウンダリが機能していないな!」
インクブスの左腕から頭上の高架橋まで両断したエナの激流。
滞留するナンバー2のエナと連鎖反応し、線香花火を思わせる爆発が交差点を断続的に照らす。
「す、凄まじいですね」
「…ああ」
私のファンを自称するウィッチ、アズールノヴァだ。
頭上を走る高速道路が向かう先、摩天楼の林立する旧首都からの参戦。
濛々と土煙が立ち上る河川敷を見るに、あれも貫通してきたらしい。
この威力と精度、ウィッチナンバーでも相当の上位に位置するのでは──いや、詮索は後だ。
彼女のおかげでボギーの位置は露呈した。
それが分かればいい。
「馬鹿な…!」
エナの激流、その起点を睨むボギーは苦痛と憤怒を吐き出す。
紳士を気取る余裕はないが、残る右手を腰の裏へ伸ばす思考力はある。
この状況で使う代物など見当がつく。
距離はあるが、ベッコウバチの脚なら間に合う。
「そこを見逃すわけないんだよにゃぁ」
取り出された悪趣味なオブジェは、銃声と共に砕け散った。
「残念だったね」
降り注ぐ燐光を遮る傘となった灰青色の影、その足元に寝そべる黒いガンスリンガー。
ライフルのスコープから目を離し、冷ややかに笑う。
ファミリアの反応速度より速い照準、射撃だった。
「おのれ、家畜が──っ!?」
「
口角泡を飛ばす勢いだった口を噤ませるエナの放射。
陽炎のような空間の歪みが見えた時点で、ベッコウバチに待てを命じる。
私でも知覚できるエナの囲いは獲物の座標を固定し、拘束した。
「
無慈悲な死刑宣告。
インクブスへ向けられた漆黒の右手が一息に閉じられた。
刹那、アスファルトが捲れ上がり、空間ごとボギーは捻じ切られ、ぎゅっと圧縮される。
まるで雑巾を摺るように。
エナの連鎖反応が収まり──痛いほどの静寂が訪れる。
「やりました…!」
パートナーの絞り出した声を耳にして、どっと疲労感が押し寄せてくる。
何もかもが悪い方向に作用し、危うくインクブスを逃すところだった。
今回は、運が良かったとしか言えない。
二度目はないと断言できる。
「ああ……だが、まだ終わってない」
対策を考えるのは、火急の問題を収めてからだ。
「
「待て」
騎士然とした浅緑のウィッチが静寂を破る。
交渉できる環境になった矢先にやめてくれ。
「安心してください、ナンバー13。事を荒立てるつもりはありません」
そう言いながら近衛兵が戦闘態勢なのは、なぜだ?
何一つ安心できない。
「彼女たちがシルバーロータス君の拉致を画策していないのであればな!」
フクロウの果断的というより好戦的な物言いで、地に向いていた矛先が一斉に動く。
「彼女こそ拉致の実行犯であり、不法入国のテロリストです」
大口径のライフルの照準に追従し、飾り気のない得物が漆黒のウィッチへ向けられる。
私の目から見ても、エナの放射量だけで両者には絶望的な開きがあった。
それを理解していないはずがない。
勝算があるのか?
「そういう輩なら前からいるよ。どうして今になってアメリカ軍が動いてるのさ?」
「私たちは日本政府の要請を受け、行動しています」
「国防軍を差し置いて要請するわけないんだよにゃぁ」
くつくつと笑う武骨なマシンガン、もといパートナーの指摘は尤もだ。
交渉役を務めるリーダーがチームの面々と視線を交える。
「……それについては、調整済です」
その不自然な間で、違和感が膨れ上がった。
まるで台本がない即興劇のような──なぜ、強行している?
一瞬、組織の意思が顔を覗かせたようで、胃に鉛でも流し込まれたような重みを覚える。
大人の支援を受けて戦うウィッチは、大人の意思に左右されるか。
「退いて」
「ナンバーズと言えど容赦はできない」
エナの放射量は健在だが、ナンバー2は交渉する余裕もなさそうだ。
鋭く細められた黄金の目は、旧首都と障害となるウィッチを交互に見ている。
不法入国を否定しなかった時点で、時間的な制約があるのだろう。
「……致し方ありませんわ」
「やむを得ません」
「仕方ないね」
すでに交戦を決意したらしいナンバーズ。
私は天を仰ぎ、夜を眼に宿したカマキリと目が合う。
嘆息しているように見えた。
「私たち…当事者なんですよね?」
フードの陰に寄り、こそこそと小声で囁くパートナー。
インクブスを屠ってから思考が鈍化している。
三つ巴の渦中に置かれ、脳内に届き続けるテレパシーの処理に加え、睡眠不足も原因か。
思考が脇道に逸れる。
逃げても状況は改善しない──そうとも。
ウィッチがウィッチと戦う光景なんて冗談じゃない。
「やむを得ん……もう一仕事だ」
この場にいるウィッチの戦意を砕く。
ナンバーズという未知数の相手だが、エナの根源とマジックの発動原理は同じ。
止められるはずだ。
「オニキスはどうしますか?」
「予定通り、撃たせる」
旧首都で交戦中の軍事組織も同時に対処する。
そのために増援を呼び出した時、ダンゴムシことモノクロモス含むファミリアを派遣した。
これ以上の戦闘行為は見逃せない。
それが私の醜い自己満足だとしても。
「調整不足ですが…成功すると信じましょう」
パートナーの言葉に頷きで返す。
成功しなかった場合、彼らにはPTSD待ったなしのモンスターパニックを体感してもらうことになる。
「撃て」
──雷鳴が轟き、稲妻が走る。
台風の目から見上げた夜空を抜け、旧首都の摩天楼で一際強い光を放って枝分かれする。
月光を霞ませる光量が降り注いだ交差点で、ウィッチたちは一様に硬直していた。
「
「HQ,
アメリカ軍のウィッチたちは臨戦態勢を保ったままだが、目に見えて動きが鈍い。
通信を試み、それが不通に終わった時、淡い青の瞳が動揺で揺らぐ。
「今のは一体なんですの…?」
「不明です」
油断なく構えながら状況把握に努める浅緑のウィッチに、紅白のウィッチが事務的に応じる。
「これは、もしかしなくても」
とんがり帽子の下から覗く琥珀色の瞳には、発生した事象への理解が見えた。
「あれじゃないかな?」
「ナンバー6、あれとは?」
その事象について、私も完全に把握できていない。
調整不足というより知識不足。
ゆえに、オニキスに最大出力で雷撃を放たせ、モノクロモスで増幅させる乱暴な運用になった。
この雷撃の狙いは、地表面における局所的な──
「EMPだにゃぁ」
アメリカ軍のウィッチの動揺を見るに、それは成功したと見ていい。
現代戦において通信を落とせば、人間の軍事組織は行動を大きく制限されるはずだ。
これをファミリアで包囲、威圧することで現場指揮官に撤退の決断を強いる。
戦闘を続行する場合は頭から分泌物を浴びてもらう。
「
「…どうする、黒狼」
漆黒のウィッチも動きを止め、髪飾りに扮したパートナーと言葉を交えている。
彼女たちは状況に応じた判断を行える軍属のウィッチ。
しかし、軍属である以上、その行動には制約があるはず。
対応される前に、次の一手でウィッチの戦意を砕く。
「次、いけるな」
「はい、準備万端ですっ」
打てば響くパートナーの返答。
インクブスが消滅し、通信を麻痺させ、ファミリアは旧首都へ放った。
ならば、一帯のマジックを無力化しても問題ない。
「──歌え」
ただ一言、夜空を衝く摩天楼に留まったファミリアへ命じる。
◆
黒煙が立ち上る夜の廃墟から銃声と爆音が止んだ。
否、奪い去られた。
銃口が指向する先は闇に閉ざされ、敵の姿は影すら見えない。
『隊長、無線の復旧は絶望的です。完全に死んでます』
無線の復旧が不可能であると誰もが悟っていた。
文鎮と化した暗視ゴーグルを跳ね上げ、三白眼の鋭い眼差しを夜空へ向ける。
弱々しい月光と闇の支配する世界へ目を順応させていく。
『…EMPとはな』
月の輝く夜空を昼間同然に照らした空間放電。
戦場を囲う摩天楼の頂で
高エネルギーのサージ電流が電子機器を焼き切ったのだ。
埒外の現象を引き起こす者はインクブスかウィッチだが、前者は迂遠な手段を好まない。
必然的に後者、それも敵対的な。
『作戦を続行しますか?』
『──撤退するぞ』
硝煙と埃で薄汚れた部下を正面から見据え、
そこに迷いはなかった。
『しかし…まだ、米帝の主力は健在です』
『作戦目的は遅滞だ』
作戦目的はアメリカ軍の殲滅ではない。
生還が絶望視される戦力差を承知で決行した作戦の目的は、遅滞である。
アメリカ軍は不時着した輸送機の救出に部隊の多くを投入し、ウィッチの支援に回せていない。
その対価は、34名に及ぶ優秀な部下だった。
『装備の大半が文鎮になった今、いたずらに損害は出せない』
必要な犠牲と不必要な死は区別されなければならない。
ランチャーを装備した四足歩行ロボットは沈黙し、エアバースト弾頭が荷物となった今、残された武器は小火器のみ。
戦力差を補う装備もなく戦闘を続行しても、それは自殺と同義だ。
『連中も動けんはずだ。目的は達成してる』
想定外のEMPを受け、アメリカ軍も同様の状況に陥っている。
その証拠にティルトローター機の影から銃火が瞬くことはない。
加えて、これまで被った人的被害を彼らは無視できないはずだ。
『後は……黒狼次第だ』
玉砕が目的ではない以上、撤退が最良の選択。
兵士たちの感情さえ置き去りにすれば、合理的な判断だった。
少女に重責を負わせる罪悪感、異国で斃れた戦友の報復、アメリカ軍への敵愾心──
ウィッチを
傀儡軍閥と同列の存在から蝶を保護するという名目を掲げるために。
『
『……了解』
インクブスの走狗という言葉を噛み締め、王は指示する。
険しい表情を浮かべるも若き中士は簡素なピストルを抜いた。
重荷となる装備を捨て、マガジンの残弾を確認し、移動に備える兵士たち。
乾いた破裂音──闇を切り裂く紅の光弾が夜空へ伸びていく。
夜の静寂を破る音と閃光が、埃臭い空気に緊張感を取り戻す。
『後方を警戒しつつ撤退する』
信号を視認した別働班も行動を開始するだろう。
優秀な兵士は、感情ではなく命令で行動する。
『了解』
低姿勢で駆け出した兵士は月光を避け、コンクリートジャングルの生み出す闇へ滑り込む。
暗順応した目は作戦前に記憶した地形情報を見逃さない。
雑多な瓦礫の転がる歩道を曲がり、狭い路地裏を抜け、半壊したマンションの影へ。
苛烈な戦闘の後とは思えないほど、粛々と戦場から離脱──
『っ!?』
半壊したマンションの瓦礫、その下側より薄香色の巨影が突如現れた。
反射的に指向されるライフルの銃口。
『撃つな!』
怒号に近い命令が飛ぶ。
兵士たちは危うく絞りかけたトリガーから指を外した。
『……蝶の眷属だ』
眼前には、肥大化した頭部に大顎を備えるシロアリのソルジャー。
ライフルの銃弾など通用しない。
王がハンドサインで後退を指示し、猛獣を相手取るように緩慢な動作で後退する。
『刺激するな…』
成人男性を超す体高のソルジャーは、特に反応を見せない。
基本的に蝶の眷属は人間に対して無関心と報告されている。
しかし、その情報を収集した諜報員の死亡原因は
最大限の警戒が必要だった。
『な、なんだ?』
細長い触角を小刻みに動かすソルジャーが不意に頭部を持ち上げた。
その不審な行動に対し、人間の兵士は身構えるしかない。
刹那──大顎がコンクリートを強かに打った。
コンクリートの破片を何度も打ち、廃墟に響き渡る鈍い打音。
予想だにしていなかった行動に兵士たちは硬直する。
『まさか…!』
硬直は一瞬、王は事態の重大性を理解した。
これは、群れへ外敵の到来を告げる社会性昆虫の
『すぐ移動するぞ』
『了解っ』
すぐさま指示を飛ばし、止まった足を進ませる。
廃墟の壁面や陥没した車道から次々と姿を現すソルジャー。
コンクリートを叩く鈍い打音が兵士たちの背後から迫る。
『…追ってくる!』
焦燥を滲ませる言葉に頷く暇はない。
追跡を避けるため、入り込もうとした路地裏には先客がいた。
狭路に巨体を押し込んだ漆黒の影から伸びる触角が、空気の振動を拾って揺れる。
『次だ。止まるなっ』
月光を反射する外骨格の輝き、ソルジャーの規則的な打音。
コンクリートジャングルを進む兵士の行手に現れる蝶の眷属は数を増す一方だった。
害意なき包囲網は狭まり、確実に退路は絞られつつある。
『位置を暴露されているぞ…!』
『黒狼は失敗したのか!?』
攻撃こそないが、常に位置を喧伝される状況は、より致命的な結果を招く。
いまだアメリカ軍の主力は健在なのだ。
少人数の班では捕捉された場合、大火力で殲滅されるだろう。
蝶の明確な利敵行為を受け、黒狼が対話に失敗したという最悪のシナリオを想定せざるを得ない。
『──止まれ』
急く部下の足が止まり、即座に周囲の警戒へ移る。
周囲で蠢く影を睨む視線が、次第に西の夜空へ向く。
己の息遣い、大顎が地を打つ音、地を引っ掻く鋭い足音、それらの中に明らかな異音が混じる。
大気を切り裂くローターの独特な
友軍の航空戦力など存在しない。
しかし、アメリカ軍の飛来方向とも異なる。
『一時退避だ』
『了解』
加速度的に悪化する状況でも諦めない。
位置は暴露されているが、一縷の希望に賭けて道沿いの雑居ビル1階へ入る。
天井が倒壊し、バックヤードまで踏み込むことはできない。
散乱した陳列棚を盾にライフルを構え、息を潜めて通過を待つ。
『……接近してきます』
月下のコンクリートジャングルに鳴り響く打音をブレードスラップが圧倒し、その音源は店内から視認できた。
摩天楼を縫うように飛ぶ卵型の小型ヘリコプター、機数は4機。
2機が編隊を離れ、一直線に雑居ビルへ接近してくる。
『隊長…!』
『…動くな』
蝶の眷属が包囲する不審な雑居ビルを見逃すはずがない。
しかし、既に退路は失われていた。
ダウンウォッシュの巻き上げた塵が流入する店内を4門の機関砲が睨み──
『くそっ!』
サーチライトの強烈な光が店内から闇を吹き飛ばした。
その光量は暗順応した目に鋭く突き刺さり、兵士たちは堪らず顔を庇う。
≪武器を捨て、投降せよ!≫
鼓膜に叩きつけられる雑音混じりの野太い声。
頭上に現れる新たな機影──アメリカ軍の同盟国が採用する汎用ヘリコプターだ。
それを日本国で運用する軍事組織は絞られる。
『日本国防陸軍…!』
戦闘に介入せず、静観し続けてきた日本国の暴力装置。
空中で静止する機体側面には、その名が刻まれていた。
めっ!(EMP)