ようこそ個人主義者のいる教室へ 作:ボロネーゼ
7/5の金曜日、俺はシャワーや朝食など朝の準備を済ませて、学校に向かうため寮のエレベーターに乗っていた。時間はいつもより早い。学校でやることがあるからだ。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
エレベーターから降りると、一之瀬が寮の管理人に話しかけていた。一之瀬と管理人の会話は終わり間際だったので俺はとりあえず、一之瀬が話し終えるまでエントランスで待っていた。話終えると俺の元に小走りで寄ってきた。俺の存在には気づいていたようだ。
「おはよ!迅くん。早いんだね」
「まあ、いつもよりちょっと早いな。そういえば管理人と何話してたんだ?」
「うちのクラスから何人か、寮に対する希望みたいなのがあってね。その相談をしてたの。水回りとか、騒音とか」
「一之瀬が?そういうのって個人がやるんじゃないか?」
基本的にそういう要望は個人で行うものだと思う。一之瀬がBクラスのリーダーだからと言ってそこまでする必要があると思えない。すると、寮から出てきた女子が一之瀬に、
「おはよー、一之瀬委員長」
と言って挨拶して一之瀬もそれに答える。
「委員長?」
俺は一之瀬の友達がいなくなったタイミングで聞いてみる。
「うん。私、クラスの学級委員長やってるの」
「そんな役職この学校にあったか?」
少なくともDクラスにはない。だが、内の担任の性質上、重要なことを伝えてなかったり、問題を放置していることは考えられる。
「Bクラスで勝手に作っただけだから、他のクラスにはないんじゃないかな」
「作ったって……他にも役職があるのか?」
「うん。副委員長とか書記とかね。行事とか色々あった時に便利でしょ?」
「……やっぱり結束力が強いんだな。Bクラスは」
内はバラバラなチーム……いや、チームですらないかもしれない。
「そんな凄いものじゃないよ。問題も起きるしね」
一之瀬は苦笑いしながら言う。俺たちは雑談をしながら学校に向けて歩き出した。しかし、一之瀬と一緒に登校していると視線を多く感じるな。主に男子の羨望と嫉妬の視線が。まあ、一之瀬レベルの美少女なら仕方ないな。
「どうしたの?」
一之瀬が不思議そうに首を傾げながら俺に聞いてきた。
「いや、一之瀬は信頼あるし、美人だからそりゃ人気出るよなって」
「にゃっ!?」
一之瀬は一気に顔が真っ赤になった。それでも雨事件の時よりは正常な色だが。
「び、美人なんて…」
「いや実際そうだと思うぞ」
一体何人の男子が一之瀬と付き合いたいと切実に願い、散っていっただろうか。俺の予想では相当の数だと思うが、
「そ、その……」
一之瀬はモジモジしながら俺の顔をチラチラッと見ている。
「あ、ありがとう…」
「あ、ああ」
そんなに恥ずかしがられると、こっちも恥ずかしくなってくる。
しかし、あの雨事件以来、俺が一之瀬を褒めると一之瀬は過剰に恥ずかしがっている気がする。褒められ慣れてないって事はないと思うんだが。一之瀬の容姿なら多くの人に可愛いってよく言われるだろうし、人望もあるから性格面でも褒められそうなものだ。
「そ、そうだ!前から聞きたかったんだけど…」
一之瀬は無理矢理話題を変えるように話を振った。
「やっぱり迅くんもAクラスを目指してるよね?」
「んー、どうなんだろうな」
「?」
俺のはっきりしない回答に一之瀬は困惑した顔になっていた。
「今のところはそれほどでもない。でも、目指すことになるかもしれない」
その時の状況と綾小路次第みたいなところがあるからな。なんとも言えない。
「そっか……」
一之瀬が少し複雑な顔になる。
「一之瀬はどうなんだ?」
「Aクラスを目指しているのか?って聞くまでもなかったか」
一之瀬は以前Aクラスを目指すと言っていた気がする。
「…うん。私はAクラスを目指してるよ」
正直、俺としてはクラスポイントがある程度有ればそれで良いためAクラスである必要はない。来年の四月までに最低300
「……迅くんはこのクラス対抗戦のシステム…どう思う?」
「どう思うって言われてもな」
「はは、ごめん。ちょっと抽象的すぎたね。私が考えてるのはさ、学校生活のどこかでクラスポイントが大きく動くイベントが卒業まで何回もあるんじゃないかなって」
「なるほどな。それは俺もそう思うぞ」
「ほんと?」
「ああ、今月みたいに中間や期末テストでの結果がポイントの増減に関わる事はこれからも有るかもしれないがそれだけって事はない筈だ。だって、普通のテストで増えるクラスポイントなんて所詮微々たるものだし、Aクラスが大幅にやらかさないと下のクラスには勝ち目がない。差が縮まるどころか上のクラスに離されるだけだ。結局、大きな変動もなく一年生の5月時点でのクラス値が最終結果になっちまったら競争も何もないからな」
「だよね。それでそのイベントがさ今度の夏休みに来ると見てるんだよね」
「夏休み、か」
「うん。迅くんは担任の先生から聞かなかった?夏休みの南の島でのバカンスの話」
そういえば中間テストの時にそんなこと言ってたな。
「チラッとだけ」
正直、この学校のことだから言葉通り安易に信用していいのか疑問なところだ。
「怪しいよね。やっぱり。私はそこが一つのターニングポイントだと思ってるんだよ」
「なるほどな」
確かに一之瀬の言う事は一理ある。授業などの普段の学校生活がない夏休みだからこそ可能な試験もあるだろう。
「問題はその課題でどれくらいのポイントが動くかだよね」
「そうだな。でも、もし本当だったら、一発逆転ってことはなくても結構な額が動くはずだ」
少なくとも10や20ってことは無いはずだ。
「それで…さ」
一之瀬は少し言いにくそうにして言う。
「もし…もしだよ?その課題がクラス同士が直接戦う形式で私たちのクラスと迅くんのクラスが勝負とかすることになったら……」
「あー、なるほど…」
一之瀬の妙な歯切れの悪さはこれが原因か。
「勝負になったらどっちのクラスが勝っても恨みっこなし、個人的な事情は持ち込まない。そうやって割り切ればいいんじゃないか?俺個人としては一之瀬と戦う気はないが、クラス同士の勝負となるとそういう訳にもいかないしな」
「っ!!そうだよね。それしかないよね。ごめん、変なこと聞いて」
一之瀬は俺の言葉を聞いて持ち直したようだ。
「お互い頑張ろ!」
一之瀬は笑顔で俺にそういった。
「まあ、そもそも直接的な勝負形式になるかどうかはわからないけどな」
ポイントが左右する試験といっても色々考えられる。敵対どころか逆に協力することもあるかもしれない。とにかく試験内容を見ないことにはなんとも言えないということだ。
「そうだね。まだ、試験があるかさえわからないしね」
「ああ、今は心の準備をしとく位でいいだろ」
「うん。もし、本当にバカンスだったらそれはそれで凄く面白そうだよね」
「うーん。どうだろうな」
「あれ、楽しみじゃない?」
「楽しめそうなものが有ればいいな」
バカンスで皆んなが楽しんでいる中、部屋で読書をしている自分の姿が目に浮かぶ。
「もし、バカンスだったら一緒に遊ぼうよ」
そんなことを考えていると一之瀬からありがたい提案がされる。
「ああ、多分暇だからいいぞ」
「暇なんだ…」
一之瀬は少し苦笑いしている。
「あとさ、疑問に思ってることがあるんだけど聞いてくれる?」
「ああ、もちろん」
「ありがと。最初に4クラスに分けられたじゃない?あれって本当に実力差なのかな」
「そうだな……少なくとも入試成績だけでクラス決めをしてるわけじゃないってのは確かだな」
入試成績だけなら、堀北や高円寺はAクラスになっているはずだし、現にそうじゃないと茶柱先生も言っていた。
「初めは総合力かと思ったんだけどさ。それじゃあ、Aクラスには絶対勝てないじゃない?」
Aクラスだけに優秀な人間を集めていたら下のクラスは勝てない、一之瀬が言ってるのはそう言うことだろう。
「まあ、この学校が何を持って優秀とするのかだな」
「私はさ、現段階でA〜Dクラスに差があるのはそうだけどさ、それは些細なことで埋まっていくんじゃないかって思ってるんだ。根拠はないけどね」
「まあ、実際2、3年は結構クラスの入れ替わりが起こってるみたいだし、それもあるかもな」
「そうなの?でもまあ、さっきも言ったけど都合のいいように考えてるだけとも言えるけどね」
そんな話をしていると学校の校舎が次第に見えてくる。すると一之瀬の表情がまた曇る。そしてその場に立ち止まった。何かを言うか言わないか迷っているような顔だ。
「あ、あのさ、……参考までに迅くんの個人的なこと聞いてもいいかな?」
一之瀬は緊張しているのか顔がさっきより強張っている。しかし、個人的なことか……
「………まあ、俺に答えられることならな」
「…迅くんはさ…お、女の子に告白とか…さ、されたことある?」
一之瀬にしてはおどおどした口調でなんとかその言葉を絞り出したようだ。しかし告白と来たか……
「いや、ないな。人生で一度も……」
俺のこれまでの人生を考えても仕方ない部分はあると心の中で勝手に言い訳をしてなんとも言えない虚しさをかき消す。
「そ、そっか。ないんだ…」
一之瀬は少し安心したように微笑んでいる。俺が告白されたことがないって事実で笑われてもな。
「笑われるのは少し傷つくぞ…」
「え?な、何が?」
一之瀬は自分の表情に気づいてなかったようだ。そしてハッとした顔する。
「ご、ごめん、そ、そんなつもりはなくて…」
一之瀬は慌てて否定する。
「でも、なんで急に告白のことなんて聞いてきたんだ?誰かに告白するのか?」
「え!?ち、違うよ、そうじゃなくて…」
「じゃあ、されたのか?」
「……う、うん。まあそんな感じ」
なるほど。だから告白のことを聞いてきたわけか。むしろ、一之瀬なら頻繁に告白されてもおかしくない。
「そうか。受けるのか?」
「……そのことでさ、迅くんに相談があるんだけど……今日の放課後とか空いてないかな?目撃者探しとかで忙しいのはわかるんだけど」
「いいぞ。別に忙しくないしな」
「忙しくないの?」
「俺は元々目撃者探しに重きを置いてない。だから、そんなに忙しくなることもない。」
すでに
「そ、そっか」
「ああ、気にしなくていいぞ」
告白されたことのない俺が何の役に立てるのかわからないが、一之瀬が必要だと言うのならそうなのかもしれない。
「じゃあ、今日の放課後……下駄箱で待ってるね」
「おう」
俺たちは放課後の約束を取り付けて、学校に入って行った。
放課後、俺は一之瀬と合流し、一之瀬に流されるままについて行くと体育館裏に到着した。
「それで俺に相談ってことだったけど、なんでこんなとこまで?」
俺はそう聞くと一之瀬は俺に背中を向けながら答えた。
「じ、実は、迅くんにお願いしたいことがあって…」
「お願いしたいこと?」
「うん……」
一之瀬は呼吸を整えて振り返り俺の顔をジッと見つめた。顔は少し赤くなっており、緊張しているようだ。
(……待てよ?)
この状況、側から見れば、まるで俺が一之瀬に告白されているように見える。告白のことで相談ってもしかして……いやいや、確か告白されたことに対する相談だったはずだ。俺に対して告白とかそんなんじゃないだろう。だが、相談ならこんな場所まで来る必要があるだろうか。わざわざ告白スポットみたいなところで相談なんてする必要はないはず…。もしかして告白の相談という名目で呼び出して本当はっていうパターンなのか……
「私、告白……」
一之瀬の言葉に俺は唾を飲み込む。しかし一之瀬がまさか……
「されるみたいなの!ここで!」
「へ?」
俺は唐突な言葉についつい間抜けな声を出してしまった。
「どういうことだ?」
一之瀬はポケットから可愛らしい手紙を取り出して俺に渡してくる。内容を読むと一之瀬のことが好きだという気持ちを表す文章がぎっしりと綴られていた。要はラブレターと言ったところか。手紙の最後には今日の夕方4時に体育館裏で会いたいと書かれていた。
告白されたって話だったが、本番はこれからだったのか。時間までもうあと10分ほどしかない。しかし、筆跡的には女子っぽい感じがする。女子っぽい筆跡の男子なのか、本当に女子なのか…ていうかそれよりも、
「なんで俺を連れてきたんだ?」
俺はこの件に対して完全なる部外者だ。告白する方からしても俺というイレギュラーすぎる存在は歓迎されないだろう。立ち入るべきではないと思うのだが、
「告白してきた子がねいつも仲の良い友達で、だからどうすれば傷つけなくて済むのか、友達でいられるのか分からなくて……だから助けて欲しかったの」
一之瀬の口ぶりから察するに告白を断るということなのだろう。だが、出来るだけ友達との関係性を壊すことなく断りたい。そこで俺の力を借りたいということらしいが、
「でもなぁ、俺も恋愛経験0だぞ?具体的にはどう助ければいいんだ?」
正直、こういう時に何をするべきなのか全くわからない。力になれることなら力を貸すが、なれないことはどうしようもない。一之瀬に具体的なプランがあるなら話は別だが……
「…う、うん、実は迅くんにお願いしたい事はもう決まってて……」
なるほど、一之瀬はもう俺にやって欲しい事は決まっているようだ。それなら話は単純だな。
「俺に出来ることならいいぞ」
その時、一之瀬の顔がグッと赤くなる。
「わ、わた、私のか、彼氏にな、なって欲しいの…」
「…………」
俺はその場でフリーズしてしまった。え?俺今、一之瀬に告白されたのか?
「……せ、正確には付き合ってるフリをして欲しいの」
「え?あ、あーなるほど」
俺が一之瀬の彼氏のフリをして告白する子を諦めさせるってことか。一之瀬が俺のことを好きっていう勘違いをしてしまった。……恥ずかしい。
「色々調べたら、付き合ってる人がいるのが一番傷つかないって……」
「……そうなのか?」
「う、うん。多分…」
一之瀬も半信半疑な様子だった。一之瀬が今何を考えているのかまでは俺には読みきれない。だが、一之瀬の中でいろんな感情が混在しているのはわかった。
「俺は一之瀬が望むなら彼氏役、引き受けてもいい」
「ほ、ほんと?じゃあ…」
「でも、一之瀬は本当にそれでいいのか?」
「え?」
「告白を断られたら、どんな理由であれ結局傷つく。それが嘘で作られたものなら尚更な。それは恋愛未経験者の俺ですらわかる。一之瀬もそれがわかってるから朝の時は俺にこのことを伝えずに今日一日どうするか考えたんじゃないのか?」
「っ!!」
「それに一之瀬は優しいからな。友達に嘘をついたらその罪悪感に苛まれて余計以前のようには接せなくなるんじゃないか?そんなことになるくらいならハッキリと断ったほうが、一之瀬もその友達も救われるんじゃないかと俺は思う」
俺が一之瀬の彼氏役をするのは良い、だがその方法は事態の先延ばしであって根本的な解決にはならない。それに、俺が彼氏役を演じていることがもしバレれば事態は悪化の一途を辿るだろう。
「……そうだね。私が間違ってた。迅くん、ここまで来てくれて申し訳ないんだけど……」
「ああ、頑張れよ」
「……迅くん」
俺はそう言ってその場を去ろうとした。その時、一之瀬に話しかけられた。
「ん?」
「さっき私のこと優しい人間だって言ったよね……」
「ああ」
「でも、本当は私、優しい人でも良い人でもないの。むしろ、ズルくて、悪いことして、人まで利用しようとするような……そんな、そんな人間なの……」
一之瀬は震えた声で俺の背中にそう言った。
「一之瀬、それってどういう……っ!!」
俺は振り返り、目を見開いてしまった。一之瀬は目に涙を浮かべ、苦しそうな顔をしていたからだ。俺が次に一之瀬に質問しようとしたその時、
「一之瀬さん?」
俺の背後から声がするとそこにはショートカットの少女がいた。状況からするとこの子が一之瀬にラブレターを送った本人と言うことになるだろうか。
「あの……その人は?」
そりゃそうなるわな。
「ごめんね。千尋ちゃん知らない人連れてきちゃって、この人は迅くん。私の……幼なじみかな…」
一之瀬は俺のことを迷うように幼なじみと言った。千尋っていう女子が来たからか、さっき垣間見えた一之瀬の暗い表情と声は見えなくなっていた。しかし、俺から見れば一之瀬が必死に取り繕っているのがわかる。
「っ!!。あの時の…」
あの時?この子のことなんて俺は見たことがないと思うが、
「そういえば、千尋ちゃんは部活説明会の時に、迅くんを見たことあったよね…」
一之瀬の言葉に俺はぼんやりと思い出した。一之瀬の後ろで俺を睨むような目線で見ていた女子だ。
「なんで、その迅くんって人がいるんですか……もしかして二人はもう…」
「ち、千尋ちゃん。え、えっと……」
「別に一之瀬とはそんなんじゃない。俺がここにいるのは少し一之瀬に話しておきたいことがあったからだ。用件はもう終わった」
俺がそう言うと千尋って女子は、
「じゃあ、どこかに行ってくれませんか。私これから一之瀬さんに大事な話があるんです」
俺に怒りを孕んだ声でそう言った。
「ああ、わかった」
俺はそう言ってその場を去り、寮へ続く並木道のベンチに座り一之瀬を待っていた。
(一之瀬のさっきの言葉……)
俺は空を見上げながら一之瀬の言葉の意味について考えていた。どれだけ考えても答えは出ないが、一之瀬にも暗い闇があるっということを知れただけでもよかったな。本当は詳細まで聞いておきたいが仕方ないだろう。
俺は携帯を取り出してある事を確認する。
(……よし、かかったな)
俺はそのことだけを確認すると携帯をしまって一之瀬を待った。それから5分ほどして俺の隣を女の子が涙を流しながら走り去って行った。さらにその2分後、一之瀬がトボトボと歩いてくる。そして、俺を見つけて俯いた。
「迅くん、今日は本当にごめんね。変なことに巻き込んじゃって…」
「気にしなくていい。また、困ったら相談してくれ。今回みたいに助けになれないこともあるだろうけど、アドバイスくらいなら出来るからな」
「…うん。ありがとう」
「明日からはいつもどおりにするからって言ってたけど……。出来るかな…」
「それは二人次第だな」
「…そうだね。はぁ、私ダメだなぁ。迅くんに助けられてばっかりで私は迅くんに何もしてあげれてないし」
「気にしなくていいんだぞ。……俺はあの時、
「……覚えてたんだ。あの時のこと」
「恩人との約束は忘れたりしない」
「私は恩人なんて大それたものじゃないよ、ほんとに何もしてないんだから…」
「一之瀬は自覚がないかもしれないが俺は確かに一之瀬に救われた。そうでないと約束なんてしない」
「……………」
そう言い切る俺に一之瀬はまだ納得していない様子だったがひとまず飲み込んだようだ。
「………ねえ、迅くん」
「ん?」
「さっきの私の言葉……気になる?」
さっきの言葉とは十中八九、一之瀬の自分は悪い人間だという告白のことだろう。
「まあな。あそこまで言われたら真意が気になるところだが……。まあ、一之瀬が言いたくないなら無理に言わなくても良いぞ」
「……え?」
俺の言葉に一之瀬はキョトンとしている。
「誰にも言いたくないことなんだろ?一之瀬が俺に聞いて欲しいって言うなら聞くけど、別に無理矢理聞き出すつもりはない」
「でも、気になるんだよね?」
「気になるかならないかは俺の都合で一之瀬には関係ないからな。一之瀬の好きにすればいい」
「……そっか。じゃあ………やっぱり今はやめておくよ」
「そうか」
「でも、迅くんにはいつか話さなきゃいけないと思ってるから。それまで待ってくれる?」
身勝手でごめんねと一之瀬は俺に謝りながら俺に聞いてきた。
「ああ、いつでも待ってる」
俺はそう言って一之瀬から目線を外し、もう一度空を見上げた。
俺は一之瀬の告白騒動があった日の夜、ある人物の部屋を訪れていた。インターホンを鳴らすとその男はすぐに出てきた。
「早かったな。入ってくれ」
そう言って綾小路は部屋から出てきた。
「そういえばこんなこと前にもあったな」
俺はそう言いながら綾小路の部屋に上がる。中間テストの時もこうして綾小路の部屋に上がった。
「相変わらず綺麗な部屋だな。物がないとも言えるが…」
「そういう八剣はどんな部屋なんだ?」
「俺か?俺も物はそんなに多くはないけどお前よりはあるぞ。あとは……本が多いな興味があるなら何か貸してやろうか?」
綾小路とはたまに読書の話をするときがあるので、どちらも読書好きという事は知っている。それを使って少し話しやすくしようと試みたのだが。
「そうだな。面白そうなものが有ればな…」
その後、2秒くらいの沈黙が訪れる。いつもそうだが、綾小路と本の内容以外の会話を始めようとするとびっくりするほど会話が進まない。今日に至っては本の話題を出してもこれだ。教室だとまだマシだと思うのだが、綾小路の自室だからだろうか…
「それで今日は本の話題をしに来たんじゃないんだろ?」
綾小路はそう切り出した。どうやら早く本題に入りたいらしい。会話が続かないのはそのせいか、それとも元々か…
「今回の件、お前はどう片付けるのかと思ってな」
「どう、とは?俺は別に何もしない。クラスポイントに影響する以上堀北がなんとかするだろ」
「確かに堀北は動くだろうな。けど、堀北じゃ今回の件をDクラスが無傷で片付ける事は出来ない。それはお前もわかってるから、ヒントを出したんじゃないのか?」
「ヒント?」
「教室での監視カメラでの会話、あれはお前の作戦を堀北に気づかせる暗示なんだろ?」
「何の話だ?」
「つまり、今回の件お前は……」
俺は綾小路がこれから実行したであろう作戦の概要を語っていく。監視カメラのない特別棟にカメラを設置し、石崎達を疑心暗鬼に陥れ訴えを取り下げさせること。
綾小路は俺の話を聞くと、俺の目を見てとぼけるように言った。
「………よくそんなことを思いついたもんだな。俺は全く気づかなかったぞ。話のフリも偶然だ。」
綾小路の白々しい態度は予想通りだ。この部屋に入る前から綾小路は何があってもシラを切り続ける事はわかっていた。なのでそこは大して重要じゃない。重要なのはここからだ…
「そうかよ。だが、悪いがこの作戦は没にさせてくれないか?」
「……別に俺が考えたわけじゃないからお前の好きにすればいいんじゃないか?だが、今聞いた話だとその作戦は結構作り込まれてる。簡単に捨てるという事は代案があるってことか?」
「まあな。それにこの作戦だと協力関係とは言えBクラスに大きな借りを作ることになる。情報収集以外でな」
「それは避けたいってことか。だが、Bクラスの話を持ってきたのはお前だろ、Bクラスに借りを作るのが嫌ならなんでそうした?」
さてどうするか、流石に、一之瀬に頼まれたから、とは言えない。嘘をついても綾小路なら見抜いてくるだろう。
「Bクラスと関係を持っておくのはクラスポイントを増やす上で良い方向に作用すると思った。今回の事件でわざわざ手を借りるのはそのためのきっかけ作りでしかない」
結局、真実を混ぜてはぐらかすことにした。Bクラスと協力関係を結ぶ事はポイントを増やすのに有利とは本当に思っているし、
「なるほど……」
綾小路は一応納得したようだ。
「だが、そうなるとお前の代案はどういうやり方なんだ?」
「気になるのか?我関せずを一応通そうとしているのに…」
俺がそう聞き返すと、
「ここまで話されると誰でもお前の代案が気になるだろ。気にならない方がおかしい」
「ま、教えてもいいけど口外するなよ」
「ああ…」
俺は作戦の大まかな概要だけを説明して詳細は伏せた。詳細を隠すのは万が一情報が漏れた場合のことを考えてのことだ。綾小路なら気づくかもしれないが気づいても証拠さえ残さなければ綾小路は確信まで持つ事はできない。
「八剣、それ本気か?失敗すればお前は確実に退学だぞ」
「ヘマしなければいい話だろ?自分の実力くらい理解してる」
「相当自信があるみたいだな。だが、なんで俺に話したんだ?人に話すのは相当なリスクを負うことになるが…」
「お前の作戦と被って面倒なことになるのはごめんだからな。俺がお前に求めてるのはお前が今回の件、動かずに観戦するっていう保証だ」
(ここまで話せば今回綾小路は動かないだろうな)
これでサポートはしても決定的な手を打つことはなくなった筈だ。今、綾小路は隠している実力を俺に見抜かれかけていると危惧しているはずだ。綾小路ならここで自分が動けば、俺に綾小路は只者じゃない、という確信を与える恐れがあることはわかっているだろう。俺は実際に中間試験での過去問のくだりや点数買収の件で綾小路の実力の片鱗を見ている。自分の実力がバレる事は必死に凡人を演じようとしている綾小路からすれば絶対に避けたいだろう。しかし、俺は綾小路の事は俺の親父からある程度聞いているので隠しても意味はないのだが、当然綾小路はそのことを知らないので俺にも力を隠そうとするだろう。
「なら話したのは完全に無駄だったぞ。さっきも言ったが俺は元から動くつもりもなかったし八剣が言った作戦も思いついていなかった。そもそも俺が動いたところで状況なんて変えられないと思うがな」
綾小路は最後までシラを切り続けた。
「ま、今回はそういうことにしといてやるよ」
俺は綾小路に確認が取れたところで綾小路の部屋を早めに去った。