ようこそ個人主義者のいる教室へ 作:ボロネーゼ
コンコンッ
生徒会室の扉を叩くと、数秒した後ガチャッと扉が開き、小柄でお団子頭の女子が出てきた。
「お待ちしていました。1年Dクラスの八剣迅くんですね?」
7月6日の土曜日、俺は制服を着て学校まで足を運んでいた。本来、高度育成教育学校は土曜日は休日となっているため学校にいるのは部活動を行なっている生徒ぐらいだ。では何故部活動に参加しているわけでもない俺が土曜日に学校、それも生徒会室を訪れているのか。その理由は一之瀬の告白騒動があった日、つまり昨日の朝まで遡る。
「失礼します。茶柱先生はいますか?」
俺はいつもより早く登校して職員室に訪れていた。一之瀬と登校したので予定よりは少し遅いが問題はない。
職員室の中は人がまばらだった。教師ならこの時間に来ていないということはないはずなので別の場所で仕事をしているのか。そんなことより問題は茶柱先生がいるかだ。俺は少しだけ職員室の中に入り茶柱先生を探す。
「八剣か、どうした?」
すると、職員室のデスクで作業をしていた茶柱先生が席を立ち入り口まで歩いてくる。
「須藤の事件の件で質問したいことがあります」
「……八剣、少し来い」
茶柱先生は何かを確認するように少し奥のデスクに座っている男性教員に目をやった後、そう言って指導室まで歩いていく。そして鍵を開けて中に入った。俺も茶柱先生に続き中に入る。
「…それで、質問とは何だ?」
「まず、今度の須藤の審議の形式についてです。審議には誰が出席して最終的には誰が判断を下すんですか?」
「そうだな。この学校には複雑なルールが多数存在するため幾つもパターンがあるが……今回のケースでは問題のあったクラス担任とその当事者、そして学校側から見た生徒の代表者、つまり生徒会の役員が参加し、話し合いの末、基本的には最終判断を生徒会側が着けて決着となる」
つまり今回なら容疑をかけられている須藤とその担任の茶柱先生、被害を受けたとされるCクラスの生徒とその担任、そして生徒会役員の誰かが出席するってことか。
「ふむ、では最終的な判断は生徒会が下すということですね?」
「ああ、そうだ」
生徒会か…。そういえば堀北の兄が生徒会長なんだったな。
「じゃあ、次に審議では当事者に弁護人のようなものを立てる事は可能ですか?」
須藤しか出れないとなると結果は火を見るより明らかだ。暴力的な発言や行動で有無を言わさず停学、下手したら退学処分になるだろう。
「そうだな、当事者………今回の場合だと須藤が承諾しているのなら可能だ。しかし、何十人もというわけにもいくまい。最大で2名までだ」
2名か、堀北は参加するだろうし、もう一人は俺が出るしかないか。
「それでは審議の際に証拠のようなものを持ち出す事は可能ですか?」
「無論、生徒会側が承諾すれば可能だ」
「そうですか。じゃあ最後に真相解明のために事件当日のとある場所の監視カメラの映像データのコピーを頂きたいのですが、どこで許可が貰えますか?」
俺の言葉に茶柱先生は少し目を見開く。
「………まるで許可が貰えることが当然のようなもの言いだな」
「真相解明のための捜査なんですから当然ですよ」
「生憎、学校が取り付けている監視カメラの映像を確認、そしてコピーできるのは原則、学校側と生徒会側だけだ。残念だったな。お前が生徒会役員なら話は違ったんだが…」
どうやらこの学校の生徒会は相当権力を持った存在のようだ。生徒の停学や退学などを判断する仕事を任されていたり、普通確認できない監視カメラの映像を確認したり、コピーできたりと今聞いただけでも数多くのそして強力な力を持っている。
「そうですか。なら生徒会の許可が有れば確認させて貰えますか?」
「……一応可能だ。だが、一つ言っておく。監視カメラの確認だけでなくコピーのデータを貰うとなると余程の正当性が必要だ。生徒会側が許可するとは限らんぞ」
「そこは交渉次第ですよ」
この学校にポイントで買えないものはない。その言葉に従えば監視カメラの映像も買えると俺は思っている。となると学校側、つまり茶柱先生にポイントを支払って手に入れるっていう手もあるが、どれだけ吹っかけられるのかわからないし、俺のポイント状況が茶柱先生に確認される恐れがある。普段は毎日変動するポイントなんていちいち確認しなくてもその生徒からポイントが微収されるなら話は別だ。
しかも、担任が茶柱先生というのが問題な点でもある。一之瀬が言っていたようにクラス位置が担任の給料や出世にも関わるのなら担任を持っている教師は自分のクラスをサポートし、不自然にならない程度に贔屓するはずだ。もし、茶柱先生が他のクラスの教師のように自分のクラスのために一年生にしては大量すぎるポイント所持などある程度黙認してくれる教師ならそれでも良いが、現状茶柱先生にそんな様子は全く見えないため信用できない。
その点、生徒会側なら相手は生徒だし、俺が何をしようと影響がない他学年の生徒ならまだリスクが少なく交渉できる。
「…………」
「……何ですか?」
茶柱先生は俺のことをジッと見ている。
「いや、これまで監視カメラの映像を寄越せと言ってきた生徒は私が知る限りではいなかったものでな」
「そうですか。これで質問は済みました。答えて頂きありがとうございました。じゃあ、俺はこれで」
「待て」
俺が部屋から退室しようとすると茶柱先生は俺を止める。俺は足を止める。
「お前はいつ学校が設置している監視カメラの存在に気づいた」
「……入学初日ですけど」
俺がそういうと茶柱先生は薄く笑みを浮かべた。
「そうか。やはりお前は良いな」
「良い、とは?」
「何でもない。もう行っていいぞ」
答えるつもりがないのか俺にそう言った。俺はその言葉に従い指導室を出る。その瞬間、職員室から同時に出てきた教師と目が合い、俺は顔を少し顰める。
「あ〜、八剣くんだ〜」
俺が指導室を出た瞬間に星之宮先生に見つかり、星之宮先生は俺の所まで走ってくる。
「今、指導室から出てきたよね?サエちゃんと何話してたの?」
星之宮先生はいつも通りニコニコしながら俺に質問をする。………近い。体同士がもう少しで触れ合いそうだ。この距離は教師として大丈夫なのだろうか。
「いえ、別に…」
「え〜、ほんとにぃ?何もなくて指導室なんて行くかなぁ〜」
「行くんじゃないですか?」
「うーん。私はそうは思わないけど……あ、そうだ、じゃあ、サエちゃんと八剣くんのどっちが呼び出したの?」
「……俺ですね」
隠しても意味はないと正直に答える。
「え、八剣くんが!ちょっとびっくり、八剣くんってサエちゃんみたいな女の人がタイプなんだぁ。あ、でも教師と生徒でそういう関係はダメだからね」
「……………」
一之瀬と話した時は、Bクラスの担任の方が良いと少し思ったけど、これなら茶柱先生の方がまだマシかもしれない。いや、情報とか伝えないことを考えるとどっちもどっちか。
「ごめんごめん、冗談よ。八剣くんには一之瀬さんがいるもんね」
「………はい?」
また妙なこと言い出したぞこの教師
「だって、八剣くん一之瀬さんと仲いいでしょ?」
「まあ、悪くはありませんけど…」
「知ってるんだよ〜、一之瀬さんと放課後何回か遊びに行ってるよね?」
「なんのことですか?」
俺は一応とぼけてみる。
「とぼけても無駄だよ、この前、たまたま見かけた後に監視カメラでも確認したから」
カメラまで使ったのかよ。こんなことにカメラを使わせるくらいなら証拠集めくらいさせて貰いたいところだ。
「はあ、そうですか」
「観念した?」
「観念するも何もないと思うんですけど…」
「それでそれで、一之瀬さんとはもう付き合ってるの?」
星之宮先生は興味深々な様子で俺に聞いてくる。今日一之瀬と一緒に登校して、放課後会う約束をしていることがバレたら相当面倒くさそうだな。
「いや、一之瀬とはそういうんじゃないですから」
「そう?一之瀬さんの君を見る目が他の子と違うからてっきりそうだと思ったんだけど…」
「……というと?」
俺は言葉の意味がわからず聞き返す。
「根拠はないけど……女のかんってやつ?」
「先生のかんは当てになりませんよ」
「え〜、ひど〜い」
星之宮先生はそう言って背中をパンパンと叩いてくる。このだる絡みはいつ終わるんだ。
「いつまでやっている」
茶柱先生がそう言いながら指導室から出てくる。いつまでやっているってことはこの先生俺が星之宮先生に絡まれてるの知ってたのに出てこなかったのかよ、この教師。
「あ、サエちゃん!八剣くんと何話してたの?」
「生徒の質問に答えていただけだ」
星之宮先生は茶柱先生にすかさず質問する。しかし、星之宮先生は何故会話内容を聞きたがるのだろうか。星之宮先生は元々こういうなんでもかんでも聞き出そうとする性格なのか、それとも茶柱先生または俺に興味があるのか。もしくはその両方か…
俺が星之宮先生のことについて考察をしていると、
「八剣、もう行け。もうすぐホームルームだ。星之宮これ以上生徒を留めるのは問題だぞ」
茶柱先生が星之宮先生にそう言った。
「そうだね〜、じゃあ、またね八剣くん」
星之宮先生はそう言って去っていった。
「はあ、全くあいつは……身内がすまんな」
「いえ、じゃあ、俺もこれで」
俺は茶柱先生にそう言うと職員室を離れて階段の踊り場で電話をかける。電話は3コールほどした後繋がった。
『………誰だ?』
電話からでも迫力のある声が聞こえて来る。
『久しぶりですね。俺は1年Dクラスの……』
『…八剣か』
『よくわかりましたね』
そう俺が電話をかけたのは、堀北の兄であり、歴代最優秀の生徒会長と呼び声高い堀北学だ。
『一度話した相手のことは忘れない。特にお前は印象的だった』
まあ、確かにあんなことがあったら印象に残るか。
『何故俺の電話番号を知っている』
『以前ポイントが振り込まれたアドレスから調べました。簡単な作業ですよ』
普通の学生なら難しいかもしれないが俺からすればなんて事はない。
『………そうか』
『それより今日は会長に頼みがあるんですよ』
『…頼み?』
『ええ、実は………』
俺はさっき茶柱先生に言ったように監視カメラの映像の話を会長に話した。
『なるほど。事件の真相解明のために監視カメラの映像を確認、そして証拠としてコピーが欲しいわけか』
『ええ。そうです』
『一つ聞かせろ。その口ぶり、あたかも監視カメラに証拠があることを確信しているようだな。それは何故だ』
『………そんな深い意味はないですよ。コピーが欲しいって言ったのは証拠になりそうな時だけです。口ぶりはただの言葉のあやですよ』
流石に鋭いな。
『監視カメラの映像は学校側も深くチェックをしている。今更見つかる可能性は低いと思うが…』
『それはわからないでしょ。学校側の見落としに俺が気付くかもしれないんですから』
『………お前の話は理解した』
『そうですか。それで?見せてくれるんですか?』
『その話には俺になんのメリットもない。協力して欲しいならそれ相応のメリットを相手に用意するのが基本だろう』
やっぱりそういう話になるか……
『じゃあ、何ポイントで見せて貰えます?』
『取り引きとはいえ下級生からポイントを巻き上げるほどポイントには困っていない』
『そうですか、じゃあ、何を求めているんです?』
『……今回の一件の詳細はお前に聞かされる前から当然俺の耳にも入っている。無罪を勝ち取るのは相当厳しいぞ』
『まあ、でしょうね』
『それを理解した上でということか……いいだろう。監視カメラの件受理しよう』
『………へえ』
『そのかわり、この一件、お前のクラスに一切のマイナス処分を受けさせないこと、それが条件だ』
『……何が目的ですか?うちのクラスがマイナスを受けないことがあんたに何の得になるんです?』
始めは妹がいるからかと思ったがその考えはすぐに消えた。この男は身内でも贔屓するということはないだろう。
『興味があるだけだ。お前の手腕にな』
『そうですか。でも俺が失敗したら会長はただの骨折り損ですよ?』
『構わん。ただその場合、今後俺の協力を得られるとは思わないことだ』
なるほど、俺を試そうとしてるってわけか。
『いつなら用意出来ますか?』
『ふむ………明日の10時に生徒会室で待っている。』
『わかりました。それじゃあまた明日』
そう言って俺は電話を切り、会話は終了した。
生徒会室は思ったより広かった。真ん中に長机が置かれており、端にもソファーや机が置かれている。あとは多少の私物は置かれているものの綺麗に整っていた。部屋の一番奥にあるせんようデスクに堀北会長は机に肘をつき、手を組んで座っている。普通の人が見ればかなり威圧感があるように感じるだろう。
「初めてまして、私は生徒会書記の橘です。」
「1年Dクラスの八剣迅です。よろしくお願いします」
俺が生徒会室を見渡していると橘先輩が自己紹介をしたため俺も返しておく。すると橘先輩はニコッと笑った。
「そこに座れ」
俺は部屋の端にあるソファーに座ることを会長に促されそれに従う。会長は立ち上がり橘先輩からパソコンを受け取ったあと俺の向かい側に座ってパソコンの画面を俺に向ける。そこには事件当日のある場所の映像が映っていた。
「これがお前の求めていた映像だ。好きなだけ確認しろ」
俺はパソコンを操作して映像を倍速で流しながら確認する。すると、橘先輩がお茶をいれて出してくれた。
ていうか会長以外に人がいること聞いてないんだが。俺はそんなことを考えながら動画を見ていく。
「……確認が終わりました。それでは会長、この部分を審議の時に証拠として提出します」
俺はある部分を会長に見せながらそう言う。
「わかった。橘、記録しておけ」
「はい。了解です。会長」
「それじゃあ、俺はこれで。休みの日にありがとうございます」
そう言って生徒会室を出ようとすると、
「八剣、」
会長に声をかけられる。
「約束を忘れるなよ」
そう念を押される。
「わかってますよ。それじゃあ、また」
そう言っておれは生徒会室を去った。これで審議のための準備は9割がた済んだと言えるだろう。あとは最後の調整だけだ。