ようこそ個人主義者のいる教室へ 作:ボロネーゼ
事件が解決した翌日、俺は通学中にたまたまあった綾小路と共に登校し教室に足を踏み入れるといつもとは違うことに気がつく。
「……お、おはよう。綾小路くん、…………や、八剣くんも…おは……よう」
「お、おはよう」
「……ああ、おはよう」
いつもギリギリに投稿してくる佐倉が早い時間帯から教室にいることと、そして何よりあの佐倉が自分から挨拶をしたことだ。まあ、俺は綾小路のついでっぽいけど…。俺たちは一瞬揃って固まってしまい、急いで言葉返す。
佐倉は挨拶だけするとまた黙ってしまったので俺たちはひとまず自分の席に荷物を置きにいく。俺は荷物を置いた後、綾小路の席まで歩いて行く。
「彼女、どうしたのかしら……」
俺が綾小路の席まで到着すると堀北から俺たちにそう声がかかる。
「さあ?俺もその心意を聞きたかったんだが…」
俺はそういいながら綾小路の方を見る。
「何で俺に聞くんだ?」
「お前が一番佐倉と仲いいからだろ。お前だけには心を許してるようにも見えるし」
「こんな人が拠り所なんて彼女も恵まれないわね」
「おい。……まあ、昨日の出来事で佐倉も一皮剥けたのかもな」
綾小路が堀北にツッコんでからそう答える。
「人はそう簡単には変わらないわ。変わろうとしているのなら相当無理をしてるわね」
感動的な想像は堀北の一言で全てぶち壊される。そう言えば、こいつも変わる宣言してたな。俺を超えるって言ってたが、正直なところ堀北の弱点は単なるポテンシャル不足じゃなくて別のところにあると思うのだが……。だが、俺はあえて指摘しない。何故なら、今それを言ってもこいつは芯の部分では理解しないし納得しないだろうからだ。無理矢理に指摘しても、こいつの性格上さらに頑なになって成長を阻む可能性もあるため逆効果だ。
「無理しなければいいけれど」
「無理?」
堀北の呟きに綾小路が聞き返す。
「身の丈に合ってない行動をすれば転びかねないということよ」
まるで経験談のような説得力のある言葉だった。
「お前は孤独をこよなく愛する孤独少女だからな。説得力あるな」
「いっぺん死んでみる?」
綾小路が堀北を揶揄うと殺意の籠った言葉が綾小路に飛ぶ。そんなやり取りを横目に見ながら俺は考える。見た感じ他の生徒には挨拶をしてる様子は見られない。しかし、俺は今日の佐倉が纏う雰囲気にどこか違和感を感じていた。昨日、佐倉は確かに勇気を出した。それも佐倉からすれば大き過ぎるほどの。そして、その出すぎた勇気が空回りして思いも寄らない行動にでる可能性がある。まあ、綾小路も気づいているだろうから、佐倉のことは任せればいいか。
放課後、俺は久しぶりに図書室に足を運んでいた。放課後の図書室には人が全くと言っていいほどいない。確かにこの学校にはカラオケやケヤキモールなどの充実した娯楽施設があるため本好きでもない限り自由な放課後にわざわざ足を運ぶことはないのかもしれない。しかし、来週にはこれほど広々とした空間も人で埋め尽くされることになるだろう。来週からはテスト二週間前、つまりテスト勉強が本格的に始まる時期。図書室が満員になる根拠は、学生たちの勉強スポットは大体がここか、カフェの二択になるからだからだ。
俺はそんなどうでもいい事を考えながら図書室の奥の方に足を進めていく。今日、俺が図書室に来たのは本を読むためではなくCクラスの椎名ひよりと会う約束をしているからだ。図書室の端っこであまり目立たない所にある席に彼女は本を読みながら座っていた。俺は声をかけようと思ったがあることに気づく。
(なんか、………絵になってるな)
何度か話したことはあるが本を読んでいる姿を見るのは初めてだったので柄にもなく少し見惚れてしまった。俺がひよりに視線を向けたまま少しボーッとしていると彼女は視線に気づいたようで、本から顔を上げて俺の存在に気づくとパアァっと笑顔になった。
「八剣くん!こっちです」
そう言って笑顔で小さく手を振っている。俺は椎名に軽く手を上げて返して彼女の元まで歩き隣に座る。
「前もそうだったが、いきなり呼び出して悪いな」
俺がそう言うと、椎名はニコニコとしながら答えた。
「いえいえ、八剣くんとお話しするのはとても楽しいですから、いつでも呼んでください。……もしよければ、私から誘っても構いませんか?」
「ああ、俺も椎名と話すのは楽しいから構わないぞ。いつでも誘ってくれ」
「はい!」
椎名の様子を見るにかなりご機嫌なようだ。それじゃあ、そろそろ本題を切り出すか。
「それで、今日椎名を呼んだ理由なんだが……まずは、この間の件、悪かったな」
俺はそう椎名に謝ると彼女はキョトンとした顔をしていた。
「この前って、暴力事件のことですか?」
「ああ、椎名には協力してもらったのに、クラスポイントまで減らしちまったからな」
今日の朝のHRで石崎、小宮、近藤が判決通り一ヶ月の停学、そしてCクラスのクラスポイントに−150pのペナルティが与えられたことを茶柱先生から伝えられた。クラスポイントのペナルティは椎名も俺に協力すると決めた以上覚悟していたかもしれないが、そうだとしてもまず謝らなければならない。
「私が協力したくてしたんですから別に気にしなくていいんですよ?」
椎名の言葉に俺は首を横に振って言う。
「いや、今回の件は椎名の協力なしじゃ成し得なかった。だから、その分の礼はさせてくれ」
「お礼、ですか?」
椎名は聞き返しに俺は今度は首を縦に振る。
「ああ、そのくらいは当然だからな。それで、10万でどうだ?」
俺は携帯を取り出しながらそう言った。
「10万?まさか、プライベートポイントですか?」
「そうだ。報酬には丁度いいと思ったんだが……」
俺が言葉を続けようとすると、
「いえ、そのポイントは受け取れません。前にも言いましたが今回の件は私のクラスに問題があります。八剣くんが謝ることでも、お礼を渡すこともありません。私はただ………お友達を助けたかっただけですので」
「……友達?」
「はい。私と八剣くんには本という共通の趣味もありますし、クラスが違っても問題なくお話しできるので私は八剣くんのことを友達だと思っていたのですが………ダメ、でしょうか?」
「いや、全然ダメじゃないぞ」
椎名の天然上目遣いをくらった俺は即座に答える。松下みたいに計算された上目遣いでもドキッとするのに椎名や一之瀬の天然から出る破壊力に勝てるわけがない。
「そうですか!ならよかったです!」
椎名は嬉しそうにそう言った。
「あ!」
「…どうした?」
椎名が思い出したような声を出すので聞き返してみる。
「あの、やっぱりさっきのお礼の話ちょっとだけいいですか?」
椎名は恥ずかしそうにそう言った。さっきカッコいいこと言ったばかりだもんな。撤回するのは恥ずかしいんだろう。
「ん?……あ、ああ、もちろん。何ポイント欲しいだ?」
当然、断る理由はない。俺は携帯でポイントの画面を開こうとすると、
「いえ、欲しいのはポイントじゃないです」
「……ん?」
ポイントじゃない?なんだか話が思わぬ方向に進んで行っている。
「八剣くんにやってもらいたいことがあって……それをして貰うっていうのはどうでしょうか?」
「それは……内容次第だな。俺に出来ることなら出来る限りはやるが……」
出来ないことはどうしようもないし、この流れで流石にないと思うが退学してくれってのも無理だ。そう考えていると、次の言葉を椎名は発した。
「私たちが正式に友達になったわけですし、私のことを下の名前、ひよりって呼んで欲しいんです」
「………へ?」
それは俺の想像の斜め上をいく願いだった。思わず間抜けな声を出してしまった。
「ですから、私のことを……」
「いや、聞こえてはいたぞ。だが、友達だからって下の名前で呼び合う必要はあるのか?」
下の名前で呼ぶのは確かに関係性の深さが証明されるものではあるが、それが異性になるとまた話が変わってくるのではないだろうか。
「もちろん義務ではありませんが、親しい関係ならそれくらいはいいんじゃないでしょうか。形から入ることも時には大切と言いますし」
「うーん」
俺は少し考える。以前、一之瀬にも同じ頼みをされたことがある。あの時は恥ずかしかったので二人の時だけっと限定したルールを作った。まあ、一之瀬と会うのはいつも外なのでなんだかんだ下の名前ではほとんど呼んでいない。だがもし、椎名のことをひよりと呼ぶ様になってそれが一之瀬にバレれば私の時は条件をつけられたのに、ってことになるだろう。それはそれでめんどくさい。
「それに、私とまだあまり仲良くない人も私のことを下の名前で呼んでいますよ?友達なら普通なのでは?」
「………そうなのか?」
今では下の名前呼びは普通なのか?もしかしたら俺が最近の友達関係事情に疎すぎるだけなのかもしれない。
「ダメ、でしょうか?」
椎名の破壊力抜群の上目遣いが再び炸裂する。だが、さっきので少しくらいは耐性ができている。ここは冷静に対応を……
「ダメじゃない。改めてよろしくな、………ひより」
ダメだ。ひよりが強すぎる。冷静にいこうと思っても、気づいたら流されている感覚だ。どうすることも出来ない。
いや、そもそもこれは事件の埋め合わせであって仕方ないんだ。………そういうことにしよう。
「っ!!、はい!よろしくお願いします!八剣くん……いいえ、迅くん!」
椎名は今まで以上の笑顔でそう言った。なんか一之瀬とはまた違った意味で眩しいな。
ピコンッ
その時、俺の携帯が鳴る。俺は携帯から来たメールを確認すると、
(綾小路?それも画像一枚………これは?)
その画像はある位置情報をスクリーンショットで撮影したものだった。
(これは………家電量販店の近くか…)
俺は画像を見てすぐに場所を理解する。
(綾小路は意味もなくこんなことをする奴じゃない。だとすれば……)
「迅くん?どうかしましたか?」
ひよりが首を傾げながら質問する。
「悪い。少し急用が入った。ひより、またな」
俺はそう言って駆け出す。
「え、あ、は、はい。お気をつけて」
ひよりに送り出されながら走って図書室を出る。司書に小言を言われそうになったがそのまま走り抜ける。図書室の近くにある南出口から俺は飛び出して位置情報の元まで走る。
俺が現場に到着すると、家電量販店の搬入口の物陰に隠れている綾小路を見つけた。俺は綾小路の状況を見て気配を消しながら綾小路に近づく。
「綾小路」
俺は小さな声で綾小路を呼ぶ。綾小路は少し驚いたように目を開いて言った。
「……八剣。いつの間に来たんだ?」
「今さっきだ」
こいつは今、いつ来たんだ?っと聞いたがこの反応からして本当は気づいてただろう。俺も気配を完全に絶ってたわけじゃないし。だが、わざとそれらしく振る舞った。
「それより何があったんだ?」
俺は一旦その事実を飲み込み綾小路に尋ねる。すると、綾小路は搬入口がある方向を見るように促す。俺が言われたとおりにその方向を覗き込むと、
「もう、私に連絡するのはやめてください……」
そんな声が聞こえて来る。
(この声は……佐倉か?)
「どうしてだい?僕は君のことが大切なんだ……。雑誌で見た時から好きだったんだ。この学校で君を見た時運命だと感じたよ。好きなんだ……君を想うのはやめられない…」
「やめて、やめてください」
(これは……)
俺がこの時、思い出していたのは先日佐倉のブログで見た気持ち悪いコメントのことだ。
『運命って言葉を信じる?僕は信じるよ。これからはずっと一緒だね』
(……まさか…)
俺が状況を把握すると綾小路に声をかけられる。
「見ての通り佐倉がピンチだ。だから、いざとなったら佐倉を助けるのに協力してくれないか?」
「………何をすれば良いんだ?」
俺はとりあえず頼みの内容を綾小路に確認する。
「オレが合図したらあそこに介入して、あの男を止めてくれ。止め方は任せる」
「おいおい、アバウト過ぎないか?」
「佐倉を救えればそれでいいんだ。あの男をどうしようともな」
「…‥…わかった」
俺は綾小路に聞きたいことは色々あるが、一旦飲み込み渋々了解する。
「助かる」
俺と綾小路がそんなやり取りをしていたその時、佐倉は鞄からあるものを取り出す。それは手紙だった。何百にも届くかもしれない量の手紙がそこにはあった。
「どうして私の部屋を知っているんですか!どうして……こんなもの送ってくるんですか」
「決まってるじゃないか。僕たちは心で繋がってるからだよ……」
「もうやめてください。……迷惑なんです」
佐倉はそう言って手紙の束を地面に叩きつけた。気持ち悪い言葉に対しても佐倉は真っ直ぐに立ち向かっていく。やはり、昨日の事件で勇気が出過ぎたのだろうか。
「どうして……どうしてそんなことするんだよ。君を思って書いたのに…」
佐倉の勇気は認めるが、このやり方は正直悪手だ。ストーカー相手にこの手の説得は効果が薄い上にリスクが高すぎる。佐倉がなんらかの武術の達人ってこともないだろうし。達人だったとしても一人で向かっていくのは絶対に避けるべきだ。
「こ、来ないで……」
男は佐倉と距離を詰めていく。雰囲気的に佐倉を襲う気だ。今のあの男からすれば人に見られているかもしれないというのは二の次で、佐倉を強引に自分のモノにしてしまおうとしている。
俺はポケットから携帯を取り出して撮影の準備をする。隣を見ると、綾小路も携帯を構えて撮影してる。
「今から、僕が本当の愛ってものを心と体に教えてあげるよ。そうすれば、雫もわかってくれるよねっっ」
「きゃ!やめてください!」
その時、男は佐倉に飛びかかり佐倉を地面に押し倒した。その決定的瞬間をカメラに収めると、綾小路から軽く背中を叩かれる。その合図に従い、俺は物陰から出ていった。
「そんなところで何してるんですか?」
俺の声が静かに響き、男も佐倉も俺方を見る。俺はあえて丁寧な口調で話す。
「へっ!?い、いや、そ、それは……」
「いい年したおじさんが女子高生を無理矢理襲おうなんて恥ずかしくないんですか?」
「ち、ちが、違うんだよ。こ、これは………そ、そう、彼女がカメラの使い方がわからないって言うから直接教えてたっていうか………」
「へえ〜、そうなんですか。…………本当に?」
「あ、ああ、ほんとほんと、僕、何も知らないんで……」
俺はゆっくりと一歩一歩近づいていき、ある程度距離が縮まると、
ブワッッッッッッッ
「っ!!」
俺は殺気を放って男を威圧する。男は一瞬で冷や汗をかき、顔色が青くなっていく。
「この状況でとぼけるか。随分ふざけたことを言うんだな」
「ひいいいい、待ってくれ…‥来ないでくれ」
男は佐倉から飛び退き、逃げようとするが足を滑らせて転倒する。俺は構わずそのままゆっくりと足を進めていく。男は恐怖で上手く立てないのか尻もちをつきながら後ずさる。
「この子に飛びかかった瞬間はこの携帯にバッチリ押さえてある。つまりこの子が訴えればあんたはすぐにでもお縄につけるってわけだ」
「あ、ああ……」
男は言葉を発することも出来ないようだ。俺は男の肩を掴み、僅かに微笑みながら言う。
「死にたくないなら………わかるよな?」
「あ、う……」
男は白目をむき、泡を吹いて倒れた。この状態なら当分は起きないだろう。
俺は男が気絶したのを確認して、佐倉の方を見る。佐倉は恐怖から解放され腰が抜けたのか地面に座り込んでいる。
「大丈夫か?佐倉」
「う、うん。それより八剣、くん………どうしてここに?」
「ある奴にここに呼ばれたからだ。そろそろ出てきたらどうだ?」
俺は綾小路のいる物陰の方向にそう言った。すると、物陰から綾小路が姿を表す。
「あ、綾小路くん?!」
佐倉は結構驚いている様子だ。
「お前と連絡先を交換しておいてよかったよ」
綾小路はそう言って携帯の画面を俺たちに向ける。
「実は学校から貰った携帯はメールアドレスを登録してると位置情報がわかるんだ。それで、何となく嫌な予感がしたから佐倉の位置情報を確認してみたら………」
「ここだったってわけか」
俺の言葉に綾小路は頷いた。ここの位置情報を見てピンっときたってことは綾小路はあの定員のことも知ってたのか。
「…………私、全然ダメだね。結局一人じゃ何も出来なかった」
佐倉は自分に呆れてるような言い方でそう言った。
「そんなことはなかったぞ。手紙を叩きつけたところなんてカッコよかった」
綾小路は大量の手紙が散乱している地面を見ながら言った。この手紙の量からして結構な間、佐倉は被害に遭っていたのかもしれない。俺はそんなことを考えていると、
「……誰だ?」
俺たちが隠れていた方とは別の物陰から気配を感じる。俺たち3人はそちらに視線をジッと向ける。
「……にゃはは、もうバレちゃった?」
「…一之瀬?」
物陰から出てきたのは、なんと一之瀬だった。
「覗き見しちゃってごめんね。でも、来たのは本当に今さっきなんだよ」
それはそのはずだ。ずっといたなら、俺や綾小路が気づかないわけがない。
「たまたま真剣な顔で走ってる迅くんが見えたから、気になって後をつけちゃった」
「……そうか」
「えっと……これってどういう状況?」
一之瀬は気絶してる従業員や散乱してる手紙を見ながら尋ねた。
「実は……」
俺は佐倉の方を見ると頷いたので、状況を一之瀬に説明する。
「ええっ!?アイドル!?すごっ!芸能人だね!握手して握手!」
芸能人に握手を求めるという一之瀬のちょっとミーハーな一面を見た気がする。
「テレビとかは出てないですけど…」
「それでも凄いよ!アイドルなんてなろうとしてなれるものじゃないし」
それはもちろんそうなのだが、一之瀬の整った顔立ちとあのセクシーな体つきは素質としては充分過ぎると思う。
「いつから気づいてたの?」
佐倉は一之瀬と握手しながら顔を少し俺と綾小路に向けてそういった。
「ちょっと前だ。悪い、俺と八剣以外にも数人気付いてる」
綾小路が正直に伝える。
「それでよかったのかも。……自分を偽り続けるって結構大変だから」
「それにしても、今回の件はちょっと驚いたぞ。佐倉がストーカーと正面から対峙するなんて夢にも思わなかった」
「そうだぞ、ちょっと勇気を出し過ぎだ。何かあったらどうするつもりだったんだ」
俺がそう言うと、綾小路も便乗する。まあ、実際に襲われかけたわけだしな。
「はは、そうだね………怖かったな」
佐倉は何故かおかしそうに笑っていた。
「綾小路くんも、八剣くんも……私のこと、変な目で見ないんだね」
「「変な目?」」
佐倉の発言に、俺と綾小路の声が被ってしまった。佐倉はそれを見て微笑んでいた。
「明日からメガネと髪型変えていったら、皆んな気づくかな」
「気づくどころか学校中パニックになるぞ。それでもいいなら」
「ああ、Dクラスに大量の人が押しかけるだろうな」
佐倉がメガネを外し、髪型を変えて、本気の容姿を晒せば、男子からは間違いなく大人気になるだろう。なのでそれを利用して握手会のようなものを行えば、いい感じにプライベートポイントを稼げるのではないだろうか。
「うわあ……物凄く可愛い!……メガネとかで全然印象違う」
俺がそんなしょうもないことを考えていると一之瀬の声が聞こえたのでそちらに目を向けると、一之瀬は携帯で雫のことを調べたようだった。
「だな。さすがアイドル」
「………」
俺がそう言うと、一之瀬は何か複雑そう顔をして俺を見ている。何か機嫌を損ねるようなこと言っただろうか?
「ごめんね。ずっと黙ってて」
佐倉の謝罪に綾小路は反応する。
「別に謝ることじゃない。話さなきゃいけないことでもない。だけど、これからはもっと相談し合える関係にはなれたんじゃないかと思う。悩むことや迷うことがあったら言ってくれ。………櫛田や堀北、八剣が相談に乗ってくれるはずだ」
「いや、俺かよ」
なんかまた面倒事を押し付けられかけている。それくらいは自分でやれよ。
「そこはオレが相談に乗るよって言うところじゃないかなぁ」
俺と一之瀬のツッコミが綾小路に突き刺さる。綾小路は涼しい顔をしてるあたり、効果はいまひとつのようだ。
「………うん。わかった」
「あ、私も相談に乗るからね!」
今、顔と名前を知ったはずの生徒に迷わずそう言える一之瀬の凄さを俺は改めて感じていた。
「私はBクラスの一之瀬。よろしくね」
一之瀬に差し出された手を佐倉は少し迷ったが握って答えた。当たり前のことだが、一之瀬はやっぱり一之瀬だと思う瞬間だった。
『クラスにアイドルがいるってすごいよね』
寮に帰ったあと、俺は一之瀬と電話で少し喋っていた。
『そうだな。今までは全く実感なかったけど。ま、隠してたから当然か』
『でもアイドルも大変だね。この学校の中ですらストーカー被害に遭うんだから』
『だな。帆波も気を付けろよ』
『私?なんで?」
(…………本当にわかってないのか)
『いや、帆波レベルの美人だとアイドルじゃなくてもストーカーされる可能性も高いだろ』
『っっ!!!!』
『……どうした?』
一之瀬からの返答が返ってこないので問いかけてみる。
「う、ううん。な、なんでもないよ。そ、その………び、美人って言ってくれて……あ、あ、ありがとう』
明らかに大丈夫じゃなさそうだが。電話越しでもわかるくらい動揺している。
「本当に大丈夫か?」
「う、うん!電話でよかったぁ、こんな顔見せられないよ』
『ん?何か言ったか?』
一之瀬が何か言ったのはわかったが声のボリューム的に電話では聞き取れなかった。
『へ!?、声に出てた?!』
『いや、内容までは聞こえなかったぞ』
『そ、そっか…』
『……………』
『……………』
少し沈黙が流れる。なんとなく気まずい。
『そ、そうだ!ストーカーといえば迅くんも気をつけてね!』
『…………俺がか?』
『今はストーカー被害に遭うのは女子だけじゃないんだからね』
そうは言っても俺がストーカーされる姿なんて微塵も思い浮かばないが、
『うーん、まあ、一応警戒はしておく』
『うん、それがいいよ。あ、話が変わるんだけどさ、色々あって頭から抜けかけてたけどそろそろ期末試験だね』
『そういえばそうだったな。でも、まだ二週間近くある。問題はないだろ』
そもそも俺は他人に教えることはあっても、自分の試験勉強はあまりしたことがない。理由はしなくても充分な点数が取れるからだ。テスト勉強というのはテストでより高い点数を取るためにするのであって、元から高い点数が取れるのであれば極論する必要性がない。そういう意味ではテストが近かろうがあまり関係ない。
『そうかもね。でもそろそろクラスで勉強会とかを始めなきゃまずいかな』
『クラスはそうかもな。うちも多分そろそろ始まると思う」
俺は前回、中間テストの時に堀北の頼み(脅し)で勉強会に講師役として参加している。今回もおそらく呼ばれることになるだろう。だが、今回は断るつもりだ。理由は単純、面倒くさいからだ。一人、二人ならまざしも、大人数は流石に面倒くさい。
前回は俺が堀北を助けたのには2つ理由がある。
1つ目は、入学当初で綾小路のスタンスをいまいち把握できていなかったためだ。実力を隠すのは本当に隠したいからなのか、それとも俺みたいに気まぐれでなんとなくやってるだけなのか、それを判断したかった。綾小路が堀北に協力するとわかった時、綾小路のことを判断するのには丁度いいと思った。
2つ目はクラスメイトとの最低限の面識すらろくにない状況だったからだ。クラスメイトがどんなやつか把握する必要があると俺は考えていたが、あの時はそういうタイミングがなかった。そこで堀北のクラスの勉強会に参加しろというのはクラスの連中と最低限関わり、どんなやつか把握するいい機会だと思ったからだ。
以上の理由から前回は堀北の頼みを正直に聞いてやったが、今回はその必要がない。何故なら、綾小路は堀北に協力はしてもあくまで最低限だし、クラスメイトとはある程度ファーストコンタクトはほぼ済んでいる。だから、堀北や平田になんと言われようと断る気でいる。
『うん。退学者なんて絶対出したくないからね』
『…………帆波はもしクラスメイトが退学になったらどうする?』
一之瀬に対してこの質問をするのは愚問だ。何故なら一之瀬をある程度知る者なら次の言葉を予測することなど容易いからだ。だが、念のため彼女自身の言葉で太鼓判を押して欲しかった。
『助けるよ。本当にどうしようもなくなる最後の瞬間まで』
一之瀬の覚悟が籠もった言葉が携帯越しに伝わってくる。
『そうか』
俺は短くそう返した。
その後はたわいもない雑談を1時間くらいして、通話は終了した。
二巻終了です!
それと、次回の更新が少し遅くなるかもしれません。